婚約は解消を推奨する。
いつも思ってた。
悪役令嬢ってちょっと度が過ぎてるけど、ただのヤキモチ妬きの可愛い女の子じゃん、と。
だってだって、自分の婚約者が他の女とラブラブしてるんだよ? そりゃ怒る。おこ。私だって怒るもん。
そんなに他の女とラブラブしたいなら、さっさと婚約破棄でもなんでもすればいいと思うの。
それをしなかったのってさぁ、つまり婚約破棄の理由を探してたからでしょ? そんなことをするまでは婚約を破棄する理由がなかったってことだよね?
ばっかじゃねーの。っていう。
「そなたと婚約を破棄し、この娘と婚約することにする! また、次期王妃を害した罰としてそなたから貴族性を取り上げ、平民とする!」
煌びやかなダンスホール。王都の東にある学園の王と王妃もいらっしゃる卒業パーティーでそれは行われた。
私、アンサンブル侯爵家令嬢、ミリリアーナ・アンサンブルは悪役令嬢としてその場に挑んだ。
平民になるのはいいよ。むしろ平民万歳やったね。別に嫌じゃないし。
それよりも問題はこのクソ婚約者である。
私には前世の記憶がある。私は前世では兄3人に囲まれた少し男勝りな少女だった。兄3人から食事を奪うために、私は強くならなければいけなかったのです。
だから生まれ変わって、私が貴族のお嬢様で、しかも兄のうちのオタクが気に入っていた乙女ゲーの悪役令嬢だと知ったときは、もう、もう。
この世界に生まれ変わって一番嬉しかったのは魔法が使えるってことかな。しかも私の魔力で王族と同じくらい高くて、すごい便利なんだよ。
前世で思い描いてた『こんなのできたら便利だな』ができちゃうんだから。
例えばテレポート(この世界では転移)だったり、テレパシー(この世界では精神干渉)だったり、空を飛んだり(この世界では普通できない)だったり、まあいろいろ。
ほとんど超能力だよね。楽しい!
あ、話がずれた。
まあ、話を戻すと、前世では少しだけ男勝りだった私は必死でお嬢様の仮面をかぶることになった。おかげで言葉遣いも丁寧になったよ。(当社比)
王子様の婚約者になった理由に関してはなるほどなーって感じだった。やっぱり一番の理由は魔力が強いからだって。今の王子様はそこまで魔力が強いわけではないらしいから。
王子様に関して、私は嫌いでもなかった。恋愛感情は皆無だけど。言うなれば弟って感じかな。
ただ、王子様だからといって、乙女ゲームだからといって、婚約者を無視して他の女に走っていいはずがないと思うの。
というわけで、私は女にも王子様にもふざけんなという話をお嬢様として懇々と説明した。
それが、ハァ? 私がその女をいじめた? 三日前階段から突き落とした?
なにいってやがんだ、クソ野郎。
ググっと怒りがこみ上げて、魔力が腹の底から煮えたぎってくる。視界の端に移った王と王妃があわあわとしてるのが見えて、ふーっと息を吐くことで落ち着きを取り戻した。
「陛下、わたくしの発言を許していただけるでしょうか」
王様に向かって微笑んでこてんと首を傾げる。ただし私の目は坐っている。
ついでにテレパシーで「今から言う言葉は不問にしてくださいません?」と伺う。
「よい。……今ここでそなたが口にする言葉は不問と処す」
「ありがとうございます」
日頃から親しくしていたおかげだね!
さて、ここで振り返って王子様と女を見る。
私は今から平民になるんだよ。もうお嬢様とか気にしなくていいんだよ!
「ふざけないでくださいよ、二人とも」
「……はっ!?」
「ふざけんなって言ってたんだよ、おまえと、おまえ」
ビシ、ビシッと指で指してやる。王子様がパクパクと阿呆らしい顔をしていたけど知らない。
だって私はもう平民になるんだも〜ん。これからの言葉は不問だも〜ん。
「だいたいさぁ、私がおまえを好きだって前提で話すのやめてくれる? 私、全然全く恋愛感情とかないし。なよなよしい男とかほんと無理なんで」
「な、な、そなたは誰に対してそんな口を、」
「陛下が今から言う言葉は不問だって言ってたでしょ。話聞いてないの?」
馬鹿なの? 死ぬの?
「そしてそこの女!」
「わ、わたし?」
「そうだよ、あんた。なんで婚約者のいる男たちと寝てるの? 馬鹿なの? ビッチなの?」
「なっ!」
あ、この女転生者だ。ビッチなんて言葉、この世界にはないから。知ってるっておまえ、私と同じ前世有りだな!
「私、おまえのこと階段から落としてないから。おまえにこれっぽっちの興味ないから」
「う、うそよ! なんでそんなこと!」
「証明ならできるよ。私、ここ最近学校行ってなかったし」
「はぁ!?」
ちょ、出てる。出てるよ、素が。
すごい形相で睨むこの世界のヒロインで男爵令嬢ににっこりと微笑む。
そしてクルッと王様に向かって笑った。王様がビクッてなったのが気になる。
「陛下、私は隣国にいてここ数週間学園には通えませんでしたよね?」
「ーーああ。ミリリアーナ嬢には次期王太子妃ということで外交を手伝ってもらっていた」
「で? あんたが階段から落とされたのはいつだっけ? ん?」
ニヤニヤとお嬢様にはあるまじき笑みで男爵令嬢に詰め寄る。と、私と男爵令嬢の間に王子様が割り込んできた。
その後ろからひょっこりと顔を出し、私を睨みつける。
「まあいいわ。私が言いたいのはーー」
「ま、まってください……! でも、ミリリアーナ様は転移が使えますよね……?」
「……は?」
空気が固まった。
「カレン……? 君はなぜそれを……」
「え? だって、」
「それ、私のトップシークレットなんだけど」
ザワザワと外野が騒がしくなる。
テレポート、もとい転移ができる人間はとても希少だ。というか王族ぐらいしかできない。
でも私は平民だもーん。もう家とか関係ないもーん。
「まあ、転移はできるよ。だけどそれを隣国で行ったら魔力感知でバレるに決まってるでしょ。隣国の王宮だよ? そんなことしないわー」
「でもっ、私見たもんっ!」
「はいはい。じゃあもうそれでいいよ。なんか可愛子ぶりっ子に腹立って落としたってことでいいよ。どうせ平民になるんだもんね。貴族の責務とかもう気にしなくていいんだもんね!」
それならいくらでも罪をかぶってやらぁ。
「と・に・か・く! 私が言いたいのは婚約者がいる男たちが他の女といい感じになってんじゃねーよってことですよ」
そう、これが言いたかったの! ずっと言いたかったの! 具体的には前世の断罪イベント見たときから!
「だいたい婚約が家と家との繋がりって理解してるんだったら普通相手が嫌でも他の女と人目のあるところでイチャイチャしないから。イチャイチャするぐらいなら自分の家に『俺、好きな人できたんだ。だから婚約は解消するね』くらい言えっつーの。それで婚約者が相手の女に文句言ったら、責められるのがこっちとかほんとわけわかんないし。馬鹿なの? 死ぬの? もげるの?
どう考えても、先に裏切ったほうが悪いから。浮気男は死ぬかもげるかしたほうがいいと思うんだ、私」
あー! すっきりした!
シンと静まり返ったホールで満面の笑みを浮かべる私。隅のほうから女子のすすり泣く声が聞こえ始めたのをきっかけにガヤガヤとまた騒がしくなり始めた。
「じゃあ、言いたいことは言えたし私は平民になりますね!」
「ミリリアーナ嬢!?」
「ミリリアーナ……」
「今までありがとうございました、王様、王妃様。私は普通の女の子になりまーす!」
ザクッと自分の腰まで伸びた髪を思いっきり切ってやった。
ふん、髪が長いのってめんどくさかったんだよね。
あー、すっきりした。いろんな意味で。
浮気男はもぐべし。