オールドブルー町長からの依頼
新技を体得してから早数日。
何度か海の魔物に遭遇したが、危なげなくそれらを処理しつつ、いつも通りに船は航路を進んだ。
嵐に見舞われることもなく、そうして無事に海賊船はオーファルダム第一の港、オールドブルーへ到着したのだ。いや、してしまったと言った方が正しいか、心情的には。
いつ女子たちからお誘いの声がかかるかと悶々としていたわしの期待が、見事に打ち砕かれたのだからな! 布団を握りしめ、一人ニヤニヤしていたあの時々の自分を戒めてやりたい気分だ。
プレゼントした衣装も見ること叶わず。
下船する皆の後ろを、わしはただ肩を落としながら付いて歩いた。
「これがオーファルダムの港なんだー、スゴイね……」
港の広さに驚いたのだろう楓が、町を見渡しながら感嘆のため息交じりに呟く。
オールドブルーは地図で見るところ、真ん中あたりで括れる縦に長いオーファルダム大陸の、南側に位置する港町のようだ。
ジパングの港とは比べ物にならないほど広く、そして建物も基本三階建て以上と背が高い。楓が驚くのも無理はないと思う。
わしはリコルタの港町を見ているからさほど驚きはしないものの。やはり所変われば雰囲気も変わるのだと改めて感じた。
色とりどりのカラフルな外壁は、ただ見ているだけで気持ちを明るくさせる。
沈んでいた気分も浮上してくるというものだ。
「ところで楓よ、京に帰るか?」
「そういえばもう四日も経ってるんだっけ? 船旅が楽しくてすっかり忘れてたよ」
「もう町に入ったからな、いつでもここに戻って来られるぞ。一応グリフォンの尾毛を往復分渡しておこう」
道具袋に手を突っ込み、わしは束ねられた尾毛を二つ抜き出して楓に手渡す。
「ありがと、オジサン! まあお師匠んトコ早く帰ってあげたいのはそうなんだけど、少し町見てからでも遅くないかなーって」
「そうか、ならしばらく一緒に見て回るか!」
それから皆で町中を散策する。
そこで気づいたことだが。家の外壁がカラフルだったのは港近くだけで、中ほどまで来るとすっかりレンガ造りに様相を変えた。
それに関して疑問を口にすると、ヴァネッサが「港の家がカラフルなのは、漁師なんかが自分の家を見つけやすくするための工夫なんだよ」と教えてくれた。
ただ面白がってのことではなく、ちゃんとした意味があったのだなと感嘆する。
赤茶けた町並みを見物しながらも、わしは率先して冒険者ギルドを探す。
すると、感心するように「へぇ~」と口にし、ライアが物珍しがってきた。
「おっさんからギルドに行こうなんて、明日は雪でも降るのか?」
「なにを失礼な。ギルドにはいろいろ依頼が舞い込んでくるのだろう? ならば、困っている者たちを助けるのもわしらの仕事ではないか」
と、プレゼントを買ったためにマイGが少ないからということは伏せて、真面目顔を向けると――
「とかなんとか言って。所持金がマズいことになっているから、とかそんな理由なんじゃないですか?」
ソフィアが実に的を射たことを言ってきた。
「ぬぐぐ」と渋面を浮かべて唸っていると、クロエが「まあまあ」と二人を嗜める。
「そうだったとしても、人の役に立とうとすることはいいことだと思うよ」
「ま、それもそうだな。あたしもそこまで否定するつもりはねえけどさ」
「そうね。理由はどうあれ、役に立つのなら立派と言えるわね」
相変わらず遠慮がないな。
まあ、それも愛情と思えるほどには長く旅をしてきた仲間だ。そして正妻ズでもある! まだ仮なのが辛いところだが。
皆を囲うためのハーレム城を建設するためにも、これからは少しずつ貯蓄をしていかねばならんだろう。時折プレゼントも交えつつな!
8000Gでは掘っ立て小屋しか作れん。我が大望のためにも、今はギルドを目指さねばッ!
「では皆の者、急ぐぞ!」一人いきり声をかけ、わしは人波を押しのける勢いでずんずん町中を進んだ。
「――おっ、ようやく見つけたぞ、冒険者ギルド!」
赤茶の建物に掲げられた青い『ギルド』の看板。それは中央の町役場から少しばかり離れた場所に建っていた。
見上げ看板を指さすわしに、「少しは落ち着け」とライアが肩を叩いてくる。
「それで、目当ての依頼はなんだ? また風俗系でも探すのか?」
「その時はまたウェイトレスに変えさせていただきますね。あれはあれで楽しかったので」
……あの時ソフィアが言っていた『楽しみにしている』旨は、食事だけでなく、わしのウェイトレス姿を面白がっていたということがこれでハッキリしたな。
まあ、いまさらそれをとやかく言うこともあるまい。いまやわしもあれを着るのは楽しくあるからな。女子たちから突っ込まれるのも、そう悪くないだろう。
二人の軽口に、わしはそうではないと首を横に振る。
「そんな平和的なものでは報酬も少ないだろう。やはりここは魔物討伐系で一気に稼ぐのが良いと思うのだが」
「少しは分かってきたじゃねえか」
「少々残念ですけど、そうと決まったならば善は急げですわ」
わしらに見合う依頼はあるだろうか。そんな期待を抱きながら、ギルドの中へ入った。
足を踏み入れて思ったのは、けっこう賑わっているなということ。
グランフィードやロクサリウムもそうだが、やはり何かしらの仕事は常にあり、それを求めて町人や冒険者が門を叩きにくるのだろう。
張り紙で埋め尽くされた掲示板の前には、十数人が集まっている。
わしもその後尾から掲示板を眺め、依頼を物色した。
「ふむ……港町だからか、漁や船関係の仕事が多いようだな」
漁のアシスタント、網や帆を作る仕事、船の修理、製造などが特に目立つ。
あとは酒場のバーテンや、喫茶での給仕、武器防具道具屋のバイトに各種清掃。
それと風俗関係か。
どれもそれほど報酬が高くなく、魔物討伐系の依頼が見当たらない。
これは望み薄かと諦めかけていた、そんな折。
掲示板を見上げていたクロエが「これなんてどうかな?」と、一枚外してこちらへ差し出してきた。
どれどれと紙面に目を落とす。
「……ワイルドリザードの討伐?」
「ワイルドリザードって言ったら、リザードマンの上位種族だよ」
「ヴァネッサよ、詳しいのか?」
「ああ。うちはオーファルダム南部出身だからね。南部には基本、リザードマンが多く生息してるんだ」
思わぬところで出身地を聞けて少し嬉しく思った。同時、なるほどなと一つ頷く。
しかし少々引っ掛かりも覚えた。ワイルドという単語、以前にもどこかで聞いたような気が……気のせいだろうか?
「リザードマンって?」との声に目を向けると、楓がライアに質問を投げかけているところだった。
「いわゆるトカゲ男のことだぜ」と答えるライアに、「へぇーそんなのがいるんだ」と楓はどこか楽しげに瞳を輝かせる。
微笑ましいやり取りを一通り眺め終え、わしは紙面に視線を戻す。
『急募』との文字が赤く縁取られているところを見るに、どうやら急ぎのようだ。
「依頼主は町長みたいだな」
「ならさっそく行ってみるかい? 町役場――」
受付で依頼を受注したわしらは、ギルドからほど近い町役場を訪れた。
五階建ての最上階へ案内され、赤い絨毯の廊下を歩き、突き当りの部屋の前へとやってきた。わしは重厚な木の扉を押し開けて入室する。
窓際の椅子から外を眺めていた町長は、わしらに気づくと椅子を回してこちらを向いた。
「おお、君たちが旅の勇者一行か。ギルドから話は聞いている。よくぞ参った、わたしが町長です」
握手を求められたため、わしも手を差し出してグッと握った。
「単刀直入ですまないが、ワイルドリザードを倒してほしい」
「急募になっとるが、そんなに急ぐのか?」
訊ねると、町長はため息を一つこぼしその理由を説明した。
ワイルドリザードは本来、森の奥地に生息してあまり人里には来ない。その分、手下のリザードマンに村や町を襲わせるそうなのだが。最近になってなにを思ったか、ワイルドリザードまで町村へ現れるようになったというのだ。
近くの村はすでに壊滅しており、トカゲたちのアジトになっているらしい。
勢力分布から察するに、奴らは西を目指して移動していると町長は語る。
「このままでは奴らがオールドブルーに達するのも、もはや時間の問題だ」
「なるほど。そういうことなら急がねばならんな」
「報酬は50000G出そう。すまないが急ぎ頼む」
「そんなにもらってもいいのか?」
「ここは旅人も行商も多く集まる町だ。それに船もある。トカゲ共に侵略されればそれこそ被害は甚大だ。金を出し惜しんでいる場合ではないからな」
なかなか太っ腹な町長だ。わしよりも細いが……。
まあ、依頼を受けるのは金額ではないが、頼まれたからにはやり遂げよう。
「人々の平和を守るためにも、わしらがなんとかしよう。待っていてくれ」
トカゲ共のアジトになっているという村を地図に記し、わしらは町役場を後にした。
役場の目の前の広場で地図を広げ、わしは皆に問う。
「ここからだと大体二日くらいか。向こうが進行してくるのだとしたら、迎え撃つという選択もないわけではないが。どうする?」
「そんな七面倒くせえことはやめようぜ。こっちから斬り込んだ方が手っ取り早い」
「そうですわ。やはりさっさと叩き潰した方が気分もいいですし」
この二人はやはりそう答えるだろうな、とは思っていたが。相変わらず頼もしい言葉に、ある種の安心感を覚える。
クロエはどう考えるだろうと思って目を向けると、
「早く倒してあげた方が町の人も安心すると思う。纏まってた方がわたしとしてもやり易いし」
それはつまり、まとめて吹っ飛ばしやすいからと言っているように聞こえ、ライアとソフィアとさほど意見に相違がないことに驚いた。
旅をするようになってから、なんだか二人に影響されているような気がしてならんが。まあそれでもクロエはクロエだな。愛い愛い。
「ヴァネッサはどうするのだ?」
「うちはここで待ってるよ。船のメンテもあるしさ」
またしばらくビキニおっぱいを見られんのは辛いところではあるが。それも二日程度の辛抱か。
「そうか、では待っていてくれ」
「ああ。オヤジ、気をつけて行ってこい」
うむと返事し、わしは楓に体を向ける。
すると楓は、思い悩むように腕を組み、「うーん」と唸っていた。
「どうしたのだ?」
「いやぁ、依頼を受けたのにさ、アタシだけ何もしないで京に帰るとかないじゃん?」
「別に気にすることはないぞ? 楓にはこの先頼むことも増えるかもしれんしな」
それでもと悩む楓に、わしは一つ提案をする。
「楓は罠とか張れるのか?」
「罠? まあ張れるけど。どうすんの?」
「では、アジト付近のトカゲが通りそうな場所とかに仕掛けておいてくれんか?」
部隊をいくつかに分けてこちらへ向かってくる可能性があることを告げると、
「なるほどね。そういうことなら分かったよ。アタシに任せて! 割と強烈なの仕掛けとくからさ」
楓はそう言って「ニシシ」と悪戯そうに笑った。
「んじゃアタシは先に出るね! 罠仕掛けたらいったん京に戻るよ」
「うむ、気をつけるのだぞ。それと玉藻によろしくな」
「りょーかいっ! あっ、アタシが帰ってくるまでこの町にいてよオジサン」
「いまさらお前さんがいない旅など出来んよ。待っているから安心するのだ」
「ありがと! んじゃいってきまーす!」
わしらに手を振ると、スタタッと楓は駆け出し――その姿はあっという間に見えなくなった。足の速さならやはりこの中で一番だな。
楓の背を一瞬だけ見送ったわしら。
「なら、あたしらも行くとするか」
「そうね」
「うん、急ごう!」
一人残るヴァネッサに一先ずの別れを言い、わしらはオールドブルーから出発した。
ワロスブレイクをさっそく試せると思うと、なんだかワクワクしてくるというものだな!