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新たなる船出

 オロチを倒したわしらは、一先ず酒場へと戻った。

 帰ったら宴を開くと言っていた主人は、わしらの無事を大変喜び、約束した通り盛大に饗宴を催してくれたのだ。

 供された魚の燻製が実に美味で、久しぶりにたらふく酒を飲んでしまい、つい酔っぱらったわしはそのまま寝落ちした。


 目が覚めればもうすでに朝になっており、ガヤガヤとなにやら外が騒がしいことに気づく。

 酒場の小窓から外を覗くと、まるで祭かと見紛うほどに人々が騒ぎ倒しているのが見えた。


「一体なんの騒動だ、これは?」


 軽い二日酔いに痛むこめかみを押さえて呟くと、


「――やっと起きたのかおっさん」

「まったく。もうお昼だというのに、呑気なものですわね」

「ずいぶんお寝坊さんだね、勇者さん」


 なぜか呆れ笑う、店の入口に立つライアとソフィア、そしてクロエの姿が。

 クロエはまだ酒を飲めん齢だが。ライアとソフィアは競うようにかなり飲んでいたにも関わらずケロリとしている。

 わしも強い方だという自負はあったが。いつぞやと同様、こうも歴然とした差を見せつけられると、さすがに酒に酔わせてオイタなど出来ようはずもない。

 一人侘しい気持ちに浸っていると。突然吹き込んできた風に乗って、女子たちから良い香りが漂ってきた。


「お前さんたち、もしかして風呂に入ってきたのか?」

「そりゃそうだろ。これから殿様に会いに行くんだからさ」

「殿様?」


 訊ねると、ライアが事の経緯を説明してくれた。

 昨晩、楓はオロチが打倒されたことを大江戸の皆に伝えるために、かわら版といういわば情報誌を刷っている矢立屋のもとに駆け込んだ。

 一晩で刷り終わったかわら版は日の出とともに町中に撒かれ、それを知った民たちが喜び、ああして外に出て騒いでいるのだという。

 そしてさらに。城の地下に捕らえられていた餅持は、オロチが倒れたことで家臣たちの呪縛が解け、無事に救い出されたそうだ。

 その礼がしたいということで、餅持がわしらに会いたがっているということらしい。


「なんだ、前の殿様はちゃんと生きていたのか」

「みたいだな」

「ということは、ジパングは完全に元通りの国に戻るわけだな」


 ふむと頷いたところで、そういえばと。一人足りないことに気づいた。


「……ところで、楓の姿が見えんがどこに行ったのだ?」

「楓なら、『この賑わいなら、ドサクサに紛れて許可なくたまも庵出店してもバレないだろうから、稼いでくるね!』と言って、私たちと銭湯に入ってからはずっとお店に立ってますわ」


 あの子はホントに元気ですわね、とソフィアは窓の外へ視線をやり微笑む。


「なかなかちゃっかりしているな」

「楓ちゃんはしっかりしてるんだよ、見た目派手だけど」


 たしかに。第一印象からはこれほど真面目だと思わなかった。正義感も強いしな。偏に、玉藻の教育の賜物なのだろう。もしくは、その背を見て自ずとそうなったのか。辛い過去があることは玉藻から聞いたが、そのことも正義感の強さに起因しているのかもしれない。

 だが時に、正義感は身を滅ぼすこともある。そう絵本に書いてあった。

 楓が前のめり過ぎて危険に晒されないか、わしは心配でならん。

 忍であるゆえ、そこらへんの判断や見極めは自分で出来ると思うが。

 まあ、その時はわしが体を張って守るがな!


「つうか、おっさんも銭湯行ってきたらどうだ?」

「わしはそんなにも臭うか?」

「年齢の割にはそこまでですけど、汗くらいは流した方が……」

「殿様が気にするかもしれないからね」


 クロエの指摘に、なるほどと得心する。そういう考えも出来るか。

 それにわしは勇者だからな。少しくらい小奇麗にしていた方が、女子たちからの好感度も上がるというものだろう。

 にしても、この生活に慣れてから汚れることに抵抗がなくなってきたように思う。城暮らしの時はメイドたちが綺麗な服を用意し、ベッドメイクも完璧で、何から何までピカピカだったからな。

 潔癖というほどではなかったが、さすがに汚れを良しとはしなかった。

 それを鑑みるに。冒険というものは、人そのものを変える力があるのだろう。


「よし、そういうことなら分かった。ではわしもさっぱりしてから殿様に会うことにしよう」


 ――そうして。

 わしは先に風呂で汗を流し、それから皆で大江戸城へと向かった。

 本丸御殿とやらに入ると、長々と回廊を歩かされる。木造建築の城は、今まで見てきたどの城よりも温かみを感じた。それは木材で出来ていることも大いに関係しているだろう。

 いくつもの部屋を素通りし、わしらはやがて大広間へと通された。

 大きな襖が開けられ中へ入ると、一面広々とした畳敷き。イグサのにおいが特に濃いように思う。広さに感動しながらも部屋の奥に目をやると、一段高い上段にその人物は鎮座していた。

「そのまま入ってこい」と言われたので、遠慮なく歩いていくと、


「よく来た、私が餅持だ」


 両の手にお餅を持つ、なんともふざけた髷頭が言葉を発する。

 白塗りの面ではないが、丸い顔が特に印象的だ。着物は白と金基調に黒の長袴姿。オロチとは対照的で、普通の人間的オーラを発していた。


「おかしな殿様だな。これは名が体を表す、というやつだろうか?」

「こいつは典型みたいだな」

「しっ! 本人は至って真面目みたいよ」

「怒られちゃうかもしれないから黙ってようよ」


 ついからかい半分に口にすると、ソフィアとクロエに注意を受けた。

 なんだかそれだけでニヤニヤしてしまう。

 愛い女子に怒られるというのは、やはり嬉しいものだな!


「なにを笑っているんだ、餅は良いものだぞ。腹持ちがいい、も――」

「餅だけに、か?」


 言われる前に制してやると、なぜか餅持は涙目になって大事そうなお餅を取り落とした。手がわなわなと震えている。


「あーあー何やってんだよおっさん。殿様がショック受けてんぞ、泣かせてどうすんだよ」

「思いついても、言っていいことと悪いことがありますわ」

「大人げないよ、勇者さん」


 女子たちから口々に責められる。

 どちらかというと、この程度で涙する餅持の方が大人げないと思うのだが……。

 それに、わしがニヤけていたのは別にお餅を面白がったからではない。

 しかしまあ、わしがその立場ならショックくらいは受けるかもしれんし。とりあえず「すまん」と謝っておいた。

 すると餅持は落としたお餅を拾い、「まあ今日は無礼講だ、そのくらい構わん」と気を取り直して餅を食む。


「もまいたちには感謝、もぐもぐ、んぐ、しているからな」

「食うか喋るか、どちらかにしたらどうなのだ?」

「悪い、腹が減っていたもので。……それはさておき。ジパングを救ってくれてありがとう。この恩は一生忘れん」


 餅持は、持っていたお餅を小皿の上に置くとわしらに頭を下げた。

 一見縁日に出てきそうな優しい妖怪じみたふざけた殿様だが、ちゃんと礼を弁えているところは好感が持てる。


「なに、わしらはわしらの使命を果たしたまでだ。困っている者を放ってはおけんしな」

「それは素晴らしい心構えだ。聞けばどこぞにいる魔王を倒す旅の途中だというな?」

「まあ、なんとなく場所は分かってはいるのだがな。まだそこまでの移動手段がないのだ」


 言いながら、わしは道具袋から宝玉を取り出した。

 エルフの里で貰った赤いやつだ。


「お前さんに訊ねたいのだが。ジパングにこの玉に似た物はないか?」


 餅持は宝玉を手に取ると、「うーむ」と唸りながらまじまじと観察する。

 少しの期待を抱きながら返答を待っていると、彼はため息をついた。


「すまんな、私には分からん。見たこともない」

「そうか」


 まあ、ジパングにはなさそうだと思っていたから、さほどのショックは受けないが。残念なことには変わりない。


「――だが、こんな玉なら持ってるぞ?」


 言いながら袖から転げ落としたのは、見るからに同種の紫の宝玉だった。

 ツヤツヤと景色を反射し、覗き込むと吸い込まれそうな錯覚に陥る不思議な球。


「お前さん、持っとるではないか。こいつをどこで手に入れたのだ?」

「いやな、私が牢に入れられる前に、焼餅が落としていったのをたまたま拾ったのだ」


 カッカと軽快に笑う餅持。

 棚からぼたもちとはこういうことを言うのだろうか。


「これを譲ってくれんか? わしらには必要な物なのだ」

「なに構わんぞ。私は餅を持つことに執着しているからな、玉など触ってはおられん。持ってゆけ」


 奇しくも、新たな宝玉を入手するに至った。

 青、緑、赤、そして紫。残るはあと二つか。他の球は何色をしているのだろうか。

 大事に道具袋へ宝玉をしまったところで、餅持が訊ねてくる。


「他になにか欲しいものはあるか? お前たちは国を救ってくれた英傑だ。こちらが用意できるものならなんでも用意させるが」

「心遣い感謝する。わしは特にないが、お前さんたちはどうだ?」

「私もないですわ」

「わたしもないかな」


 ソフィア、クロエと続く中。ライアが一歩踏み出し、童子切を差し出しながら言った。


「あたしはお言葉に甘えさせてもらうよ。頼みたいんだけどさ、このレベルの刀を打てる、現ジパングにおける最高の鍛冶師を探して欲しいんだ」

「これは童子切、か。今すぐに必要か?」

「いや、当分はこいつで十分すぎるくらいだけどさ、後々に必要になってくるだろうから」

「分かった、いつかお前たちが訪れるその日までに刀匠を探しておこう」

「助かるよ」


 約束を取り付けたところで、わしらはそろそろお暇することにし、餅持の礼を背に受けながら大江戸城を後にした。


 町は変わらず活気づき、人々の笑顔が弾けている。

 こういった表情を見られるだけでも、勇者をやっていて良かったなと、いつからか思えるようになった。

 やはり平和が一番だからな。

 それからしばらく大江戸を散策していると、見慣れた赤い傘が立てられた茶屋を見つけた。楓のたまも庵だ。

 どうやら材料が切れたようで、傘を畳む楓に町民が残念がって群がっている。

 わしは人の波を縫って、店仕舞いに勤しむ楓に声をかけた。


「大盛況だったようだな」

「あっ、オジサン! みんなも揃い踏みだねー。おかげさまで、全商品完売だよ、懐も潤って言うことナシって感じかなー」


 ぽんぽんと着物の帯を叩いてニカッと笑う楓。

 そんな上機嫌な楓に、ライアが意地悪な笑みを浮かべた。


「けど無許可なんだろ?」

「まねー。まあジパングも平和になったことだし、今日くらい許して欲しいかなー。今度来る時はちゃんと許可もらうしさ」

「そんなことより、楓は殿様に謁見しなくてよかったの? 褒美をくれるって言ってたわよ」


 ソフィアがつい先ほどの出来事を伝えると、楓は小さく首を左右に振った。


「アタシは別にいいよ、褒美とか。そんなことのために協力したわけじゃないしさ。あ、でも油揚げ一年分くらいなら欲しかったかも?」

「油揚げ?」

「お師匠が好きなんだよねー。おやつによく食べてるんだ」


 ほうほう、玉藻は油揚げが好き、か。

 しかし、こんな時でも玉藻のことを考えていることに、楓の優しさを感じた。

 ……そうだ。ここらで皆にプレゼントを渡しておくというのもいいかもしれん。クロエは以前着物に興味を示していたように思えるしな。

 玉藻が一人油揚げをかじる様を想像し盛り上がる皆に、わしは少しばかりの提案をした。


「京に戻る前に、わしに少し時間をくれんか?」

「ん? 別にいいけど、用事か?」

「まあそんなところだ。ではな! ――」


 言うが早いか。わしは一目散に駆け出し、大江戸中を走り回った。

 道具屋から呉服店、中には『こすぷれ専門店』などという世界の衣装を取り扱う店など方々駆けずり回り、数々の商品を買い漁ったのだ。

 おかげで50000Gほどあった所持金が8000Gになってしまったことは、秘密にしておこう。


 皆と合流し、そしてグリフォンの尾毛で京に戻ったわしら。

 太陽が燦々と照り付ける真昼時。

 青いにおいのむせ返る竹林を奥へと進み、ついに玉藻の待つ屋敷へと帰ってきた。

 そんなに日は経っていないのに、ずいぶんと久しく感じる。

 楓が門扉を開けて中へ入ると、やはり庭で池を眺めて佇む玉藻の姿を見つけた。どうやら日課のようだ。


「お師匠ただいまー!」


 毎度のように抱きついてくる楓の頭を、慈愛に満ちた表情を浮かべながら撫でる玉藻。九つの尻尾も、喜びを現すように激しくわさわさしている。

 落ち着いていてあまり表情には出ていないが、内心とても嬉しいようだ。


「一週間はみていたが、ずいぶんと早かったな」


 玉藻は楓の頭から手を下ろし、わしらに向き直って言った。


「玉藻がくれた護符のおかげで、オロチはずいぶんと楽だったぞ」

「そうか。やはりオロチと言えども、八俣でなければ弱かったのじゃな」


 少しやりすぎじゃったか? と自問する玉藻に、ライアが「そんなことはないぜ」と否定した。


「あの護符がなかったら、たぶんもっと苦戦してた」

「そうね。少なくとも変身後の妖力は、酒呑童子を上回っていたし」

「わたしの魔法でも、護符の力を利用してなかったらあの炎を止められなかったと思う」


 皆の話を聞き、そうだったのかと今さらながら思う。

 確かに力が跳ね上がった感じはしたが、酒呑童子より強いとは思えなかったのだ。

 玉藻がくれた護符を信じ切っていたからだろうか?

 道具に頼りすぎるとダメだなんて言っていた、絵本の登場人物を思い出す。何事も過信は禁物だと。

 気にも留めていなかった言葉ではあったが、これはいい教訓になった。


「そうか。役に立ったならよかったのじゃ。……それで、お前たちはこれからどうするのじゃ?」


 そう訊ねてくる玉藻の声音は、どこか寂しそうに聞こえた。尾も鳴りを潜めるように大人しくしているため、気のせいではないだろう。


「ジパングは平和になった。だが、まだ魔王を倒したわけではない。わしらはまだまだ旅半ばだからな。次は東のオーファルダムという大陸を目指すことになる」

「そうか」


 そう呟いて瞼を閉じる玉藻。

 なにやら逡巡し、思いつめるように眉間に皺を刻む。

 ややあって目を開けると、以前みたく楓に向き直る。


「――ヤダ」


 玉藻が口にする言葉を察してか、楓は機先を制して断った。


「……まだなにも言ってないじゃろう」

「言わなくても分かるし! またアタシに、みんなに付いてけって言うつもりでしょ?」

「よく分かったな、その通りじゃ」


 さも当然のように頷く玉藻。

 それを前にして、口を噤んで押し黙る楓。

 気まずい沈黙が庭に流れた。クロエの親子喧嘩以来だな、こういう雰囲気は。

 こういった場合、横合いから口を挟むのは少々気をつけた方がいい。とは経験談だ、わしの。だから黙って見守るのだ、そっとな。

 だが、沈黙はあの時ほどは長引かなかった。

 玉藻は楓の顔色を窺うように、少し遠慮がちに訊ねる。


「皆と旅をするのは嫌いか、楓?」

「……好きだけど、そういうことじゃないじゃん」

「好きなら旅を続ければいいじゃろう。私のことは気にしなくてもいいんじゃぞ?」

「気にしないわけないし! また目の下にクマつくってさ、寝てないんでしょ?」

「いまは私のことはどうでもいいじゃろう」

「どうでもよくないし! なに? なんなの? お師匠はアタシのこといらなくなったの?!」


 勢いに任せて飛び出した言葉に、玉藻は目を瞠り「そんなことはない!」と声を荒げた。心外だと言わんばかりに九尾も激しく主張している。


「私がお前のことをいらなくなるだなんて、そんなことは万に一つもないじゃろう! なぜ分からんのじゃ」

「だったらなんで……」


 薄っすらと涙を浮かべる楓の瞳を見つめながら、玉藻は想いを口にした。

 この狭いジパングだけを見るのではなく、もっと世界に目を向けて欲しいと。

 国に平和が戻った今、まだ世界には苦しむ人々がたくさんいる。そんな者たちの為に世界を救おうとしているわしらに、楓の力は一助となるだろう。

 だから、自分に縛られるのは終わりにして、旅をしてほしいのだと。

 それを黙って聞いていた楓は肩を震わせた。


「勝手なこと言わないでよね! 大体、アタシがお師匠に縛られてんのは好きでそうしてるんだし。アタシが手綱押し付けてんの! だからお師匠はそんなこと気にしなくていいの!」


 やっぱり楓はわんこだった?!

 いや、それはさておいて。

 わしは一人、楓との出会いの話をしてくれたあの夜のことを思い出した。

 玉藻に育てられて楓も幸せだと言ったわしに対し、そうだといいと答え涙した玉藻を。


「話の腰を折るようで悪いのだが。……玉藻。あの夜の涙は、こういうことだったのだな。お前さんはあの時すでに決めていたのだろう? 楓を旅に出すことを」

「気づいていたのか?」

「いまさっき思い出したのだ。そういうことだったのだろうな、とな」


 そんな話をしたところ、楓はムッとして腕を組み断固拒否する姿勢を示した。


「アタシは旅なんてしないよ。お師匠の面倒見なきゃだし」

「私の話を聞いていたのか? 勇者の手助けをしてやれと言ったのじゃ」


 双方ともに譲らない。

 この二人にも頑固印のハンコを捺してやろうと思う。

 しかしこのままでは埒が明かない。わしはここに至るまでに少しだけ考えたことを口にする。


「楓よ、いつでも京に帰ってもいいという条件ならどうだ?」

「そんなこと出来るの?」

「なに、お前さんのグリフォンの尾毛代くらい、わしがなんとか捻出してやろう。といっても、新たな町や村に着くまでは無理だがな」


 グリフォンの尾毛は一つ100G。まあ、魔物の素材などを売ればどうということもないだろう。それに、ギルドなんかで依頼をこなせばすぐだろうしな。


「それならまあ、考えないでもないけど……。でも、それはそれでなんかアレだね。お師匠離れ出来ないダメな弟子みたいな感じでさ」

「いや、どちらかといえば飼い主に会いたいわんこ――」

「ん?」

「いや、なんでもない」


 話がこじれそうだったので誤魔化しておく。

 楓は一つため息をつくと、納得したのか頷いた。そして玉藻をしっかりと見据える。


「そこまで言うなら旅に出るよ。でもアタシ、しょっちゅう帰ってくるかんね! 鬱陶しがられても帰ってくるから。んで、お師匠に安眠をプレゼントするからさ!」

「それは押しつけがましいプレゼントじゃな。まあ、ありがたく受け取るが」


 どうやら話はついたようだ。

 玉藻は楓に寄り添うと、いい子いい子と頭を撫でる。やはりわんこにしか見えない楓は、くすぐったそうに首をすくめていた。

 何度見ても微笑ましいやり取り。

 わしは今しかないと、ここぞとばかりに道具袋に手を突っ込み、そして贈り物を取り出した。


「世話になったお前さんたちにプレゼントがあるのだが、よければ受け取ってほしい」


 取り出したるはひと月分の油揚げと、桜の模られた簪二本だ。

 楓に桜を挿させるというのはどうかとも思ったが。昔絵本で見た桜がとても綺麗だったから、仲のいい二人にと思ってこれを選んだ。ジパングらしいとも思うしな。

 油揚げの入った箱を受け取った玉藻は目を輝かせ、簪を受け取った楓は玉藻の背後にすっと回った。


「楓、なにをするつもりなのじゃ?」

「簪挿したげるからさ、髪結ってあげるよ」


 下ろされていた金髪をすくい上げ、手慣れた手つきで楓は髪を結っていく。

 心地良いのか、安らかに目を閉じて身を委ねる玉藻。

 すると少しもしない内に、湯浴み美人のような髪型が出来上がった。その髪に楓は簪を挿す。いくつもの花の連なりが、玉藻の髪で咲き誇る。


「――なら、お前には私が挿してやろう」


 楓の手元から簪を取ると、玉藻はサイドテールの根元にそれを挿した。

 茶色い楓の髪に飾られた薄桃色の花は、これまたよく映える。


「二人とも、よく似合うぞ」

「ありがとう、オジサン!」

「油揚げも有り難く頂戴するのじゃ」

「うむ、おやつに食べてくれ」


 プレゼントも渡したことだし、「そろそろ行こうか」と告げると、楓はわしらの側に立って玉藻と対面する。


「さよならは言わないよ、どうせまた近い内に帰ってくるからさ」

「世話になったぜ。童子切、大事にするよ」

「ジパングに来たら、またこちらに顔を出すわ」

「今度来た時に、また尻尾触らせてね」


 皆口々に玉藻との別れを惜しむ。

 玉藻は大きく頷くと、「うむ、気をつけて行くのじゃぞ。皆息災でな」と言って手を振った。

 手を振り返し、わしはグリフォンの尾毛を宙に放り投げる。

 バビュンと一気に空を飛び、気づいた時には津島港へと戻っていた。

 来た時には閑散としていた村だったが、若者たちも戻り、海には漁船が何隻も浮かんでいるのが見える。


「こう見てみると、本当にジパングを取り戻したと実感できるな」

「ああ、以前とは比べ物にならねえぜ」

「他の場所も、今ごろきっとこんな感じなんでしょうね」

「本当によかったって思えるよ」


 しみじみ。

 村を見渡しながら皆で浸っていると、


「あのさ、船ないんだけどどうすんの? オーファルダムって大陸に向かうんでしょ?」


 楓が海を見渡しながら、心配そうに訊いてきた。

 わしは「そのことなら心配ない」と言いながら、道具袋を漁る。

 こんな時の為に、ヴァネッサから海竜の爪笛を預かっているからな。

 人間の手ほどもある爪で出来た笛を取り出すと、わしは得意気に一息に吹いた。

 ピィイイイイ! と甲高い音が海に鳴り響く。

 しばらくすると、水平線の向こうからザザーと船がやってきて、海賊旗を掲げたそれは桟橋に係留した。

 すると懐かしい声が甲板から聞こえてくる。


「オヤジー! 久しぶりだな!」

「うむ、お前さんのビキニが恋しかったぞ!」

「うちじゃなくてビキニかよ。まあいいけど」

「次はオーファルダムだ、お前さんを頼りにしているぞ!」

「任せときな!」


 そんなやり取りをした後、わしらは船に乗り込んだ。

 次の目的地はオーファルダム。

 皆とともにあれば、怖いものなどなにもない!

 楓を新たに仲間に加え、船は東へ向けて出港した。

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