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裏山の小鬼

 関宿のたまも庵からの依頼により、ちょうど茶屋から見て裏に当たる北東の小山に向かった。

 標高は高くなく、イメージ的には少し大きな丘に木がたくさん刺さっているような感じだ。

 山への入口には、以前にも見たような真新しい板切れが突き立てられていた。

『小鬼出現地帯! 注意されたし』との警告文が、またも汚い字で書かれている。

 それを尻目に森へ入り、林立する木々を避けて進み緩やかな獣道を上った。

 ひやりとした清涼な空気。緑濃い森のにおいに、ふとイルヴァータの景色を懐かしんだ。

 森のにおいと言えば。

 エルフの森のリーフィアとレニアは元気にしているだろうか。愛い女子のあの露出度の衣装はなかなか見られんからな。良い目の保養になっていたのだが……。

 身近にいる上半身ビキニのヴァネッサは、いまは船でどこぞに行っているし。貰った海竜の爪笛で呼ぼうにもここは陸地だ、呼べん見られん触れられん!

 ああ、布面積の少ない水着から零れ落ちそうなふるふると揺れるおぱーい……。目を閉じればすぐそこに――。

 つと、マッチを売る少女の絵本のようだと自嘲し、頭を振って妄想を掻き消した。いまは小鬼をどうにかせねばな。

 女子と旅が出来ているのだから、それだけで今は贅沢と思うことにしよう…………はぁ。


「それにしても。あまり人が通った感じがないな。見つかるのは動物の足跡だけだ」


 さきほどから腐葉土の上を進めど、痕跡が残っているのは獣のものだけ。靴やら草鞋なんかの人の足跡は見当たらない。

 この山で本当に合っているのか不安になるが、あの娘御はこの山へ目配せしながら話していたから、たぶん間違いはないだろう。と思う。

 ザッザと落ち葉を踏みしめながら行く道すがら、「少し気になってんだけどさ」とライアが前置いて言った。


「たしか陰陽師が結界張ったとか言ってたよな。普通は小鬼が出てこられないように張るもんだけど。ならその限定的なエリア以外は人が入っても安全なはずだろ? なのに人間の足跡がないってのは、なんか不自然な気がするぜ」

「言われてみればそうね。動物が食い散らかすくらいには山菜も豊富にあるのに、貧しい人々が採りに来ないのは気になるわ」


 辺りを見渡していたソフィアが同意を示す中、クロエは思い出したように、


「けど、ずいぶん昔って言ってたし。もしかして効力がなくなってるとかじゃないかな?」

「だったらなお更だぜ。小鬼が町を襲わないのは不思議だろ? もし襲われてたら、あんな呑気に町中を闊歩してねえと思うし」


 ライアの指摘に「あ、そっか」と、クロエは得心したように頷く。失念してたと頬をかき照れ笑いを浮かべる様子を、わしはニコニコしながら見物していた。


「おいおっさん、ニヤニヤしてんなよ。そんなことより、たまも庵で貰った護符になんか反応はないのか?」

「わしはニコニコしていたというのにっ! まったく失礼な……」


 毎度のやりとりをしながらも、わしはたまも庵で貰った護符を道具袋から取り出す。黒い墨で不思議な模様の描かれた紙切れは、貰った時のままだ。


「なにも反応はないが、こいつがどうにかなるのか?」

「分からねえけど。もしかしたらその護符がなにかしらの反応を示すかもしれないから、一応手に持っとけよ」

「そういうことなら分かった――」


 そこからさらに山を登り、およそ半分くらいだろうか。中腹辺りで地面が均されている場所に出た。

 入口と思しき場所には、鳥居と呼ばれるものが朽ちて横たわっている。

 この先は、かつては神聖な場所であったのだろう。しかし今はその面影すら感じさせないほどに廃れている。

 社へと続く石畳もところどころ欠け、地面が露出している箇所がある。社の前に横並ぶ狛犬も、半分無くなっているのが見えた。

 わしは護符を手に、緊張の第一歩を境内へ踏み入れてみた。すると、描かれていた模様が鈍く輝き始めたのだ。


「どうやらここのようだな」

「でも小鬼の姿は……見当たりませんね」


 注意深く目を配るソフィア。わしらは手分けをして件の魔物を探すことにした。

 方々に散る中、


「小鬼だからって油断するなよ、おっさん。少なくともゴブリンよりも強いぞ」

「なんだその程度か。ゴブリンに毛の生えた程度の強さなら、いまのわしなら一刀両断だな。このブランフェイムを存分に試してくれよう! うははははっ!」


 小鬼の強さに安心し、鞘に納まる新品の魔法剣を握りしめて高笑い。

「ったく、調子に乗ってるといつか痛い目みるぞ」というライアの小言を聞き流しつつ、社付近にやって来た時だ。

 護符の輝きが増し、黒い模様がサアーと一瞬で真っ赤に染まった! それはもう警戒しろと言わんばかりの真っ赤っかだ。

 まさかと思い、わしは急ぎ社に目をやる。

 すると、賽銭箱に座る魔物と目が合った。

 その姿は確かにゴブリンによく似ている。だが緑色の体をしたゴブリンとは違い、小鬼は浅黒い肌をしていた。額には二本の短い角。腹はぽっこりと出、少し親近感が湧いた。……こやつもメタボだ。

 見つめてくる目をじーっと見返してやると、不意に小鬼は「ゲッゲッ」と笑った。その口元から覗く牙は鋭く、小鬼と言えど噛まれれば危ないことは容易に想像がついた。

 しかし笑ったのはどういうわけだろう。自分に似た体型の者を目の当たりにしたからなのか。同属を嘲笑するとは、自分を笑っていることに気づかんのか。

 なんだか小馬鹿にされたみたいで腹が立つ。

 むっと眉根を寄せて睨み付けると、ちょうど背後から駆けてくる足音が聞こえた。


「おっさん! 見つけたのか」

「ああ。というか、近づいたら護符が光って、気づいたらそこにいたぞ」


 まるで初めから、わしが近づくと出現するようになっていたみたいに。

 ……いや、まさかな。

 ライアに続き、ソフィアとクロエも駆けつけた。

 わしらは後衛を守るように扇形の陣形を取って武器を構える。

 鞘から引き抜きしは、ロクサリウム王国最高の魔法剣ブランフェイム!

 白く透き通る美しい刀身は、小鬼程度に後れをとるようなナマクラではない。


「お前さんたちは下がっているのだ。あやつはわしが倒す!」

「おっ、やる気になってんな? けどあたしだって久しぶりの戦闘なんだ、おっさんだけにはやらせないぜ」

「それを言うなら私だって。体が鈍って仕方ないのよ。あんな小物倒したところでウォーミングアップにもならないだろうけど」


 三つ巴。三すくみとはこういうことをいうのだろう。

 わしはなんだろう。カエルか? 王様だったし。いや、ヘビもエロいな。体に巻き付いていろいろ出来そうな気がする。ああ、ナメクジも這うか……。

 ま、結局なんでもいいのだが。

 わしが思考している数秒の間に、いつの間にやらじりじりとにじり寄るように間合いを詰めていた前衛の二人。

 ライアは前傾姿勢に雄牛の角のように剣を構える。ソフィアもわずかに前傾の姿勢をとっていた。

 二人の構えから察するに、恐らくどちらも突進技だろう。ソフィアの素早さが勝るだろうが、それに勝るとも劣らない先制技を持つライア。

 わしが普通に駆け出して攻撃を繰り出しても、間に合わないないことは明白だ。

 そうなれば方法は一つ。遠距離攻撃しかない!

 わしはブランフェイムを逆手に持って背中側へ回す。これでも恐らく五分だろうか。距離のハンデがなければ――

 そこで、ふと思いついたことを試してみたくなった。


「クロエよ、わしの剣に雷の魔法を付与してくれんか?」

「雷? いいけど。たしか単体しか無理だっけ」


 不思議そうに小首を傾げ、説明書きを思い出しながらもクロエは雷撃魔法を剣に向かって放った。

 まるで魔法を吸収するかのように刀身は雷を取り込み、寸秒の後――白透明だった剣は淡い黄色に変色して雷を纏った。パリパリと音を響かせながら、刺々しく雷電が無数に伸びている。


「ふっふっふ、これでお前さんたちには後れを取らんぞ?」

「へぇー、おっさんもなかなか考えたな。雷バージョンのワルドストラッシュか」

「なるほど。雷撃魔法は炎と氷よりも出が早いことを利用したんですね」


 ふふ、二人が感心している。きっと今ごろ股を濡らしているに違いないぞ!

 今までの戦闘で、クロエが放った魔法を観察してきたことで理解することが出来た事実。それを早速実践投入するのだ!


「その通り! わしも少しは賢くなっているのだぞ? そして名付けた技名は『サンダーワルドストラッシュ』だ!」

「長えよ」


 せっかく考えたのに、一瞬で切って捨てられた。

 うーむ、……なら、少し短くして、


「ならば、『サンダルトラッシュ』だ!」

「ダサ」

「もうなんでもいいですわ」


 痺れを切らしたのか、呆れたようにソフィアが言い捨てる。

 わしさっきから捨てられたばかりだなー。

 しかしソフィアの顔つきが一瞬で精悍に引き締められたのを見て、思わず息を呑んだ。それを見ていたライアも、急に狩る者の目つきに変貌した。

 殺る気だ。

 放っておけばいずれ町に行くかもしれん。ここで何としてでも食い止めなければ。

 わしも剣を構え直し、そして――

 二人が大地を蹴ったのに合わせて、「サンダルトラッシュ!!」わしも剣を振り抜いた。

 剣速は変わらず遅いが、今回は雷撃魔法を纏っている。

 閃光の刃は雷に後押しされるように二人の間を抜け、電光の尾ひれを引きながら一直線に小鬼の元へ。

 相変わらず「ゲッゲッ」と笑うだけで、賽銭箱から動こうともしない小鬼。

 逃げる素振りすら見せない魔物に、サンダルトラッシュは見事直撃した。電撃が全身に走り小鬼は激しく痙攣した後、ぶすぶすと黒焦げになって賽銭箱の上から転げ落ちた。

 地面に着くか否かの刹那――小鬼の体はボフンと白煙に変わり消える。

 その煙が晴れるころ。

 ひらひらとなにか白い紙のようなものが地面に舞い落ちた。


「む、これは……?」


 拾い上げてみると、簡易な人型を切り取った紙で、貰った護符と似たような模様が描かれていた。


「こいつは式神じゃねえか」

「式神?」

「陰陽師が使役するという使い魔のようなものですわ」

「でもどうしてこんなところにあるんだろ……」


 女子たちがああでもないこうでもないと言い合う中。

 わしは貰った護符と見比べようと、ガントレットの間から護符を取り出した。

 そして二枚を並べて見ようと近づけた瞬間――、人型の紙も護符も、青い炎に包まれて焼け消えてしまった。


「どうなっとるのだ……」


 まさかたまも庵の女子がこれを?

 考えすぎかもしれんが、どうにも腑に落ちない。

 近づいた瞬間に護符が輝き、小鬼が出現したこと。こちらに攻撃してこなかった小鬼。陰陽師の式神の紙。そして共に焼け消えたこと……。

 それとも陰陽師とやらが関わっているのだろうか?

 まあ、ここで考えていても仕方がないか。町に戻って聞いてみるしか。


「お前さんたち、関に戻るぞ」

「あの娘に聞きに行くのですか?」

「そうだ」


 ソフィアに頷き返すと、ふぅと小さなため息が聞こえた。

 そちらを見ると、ライアが肩をすくめて口にする。


「行っても居ねえと思うけどな」

「わたしもそう思うかな」

「クロエまでどうしたのだ? ま、まさか反抗期か?」

「そうかも?」

「あたしは別に反抗期じゃねえけど。思い出してみろ、ニコゴリの時だってもういなかったろ」


 言われてみればそうだ。たまも庵は移動する茶店だったな。これはうっかり。

 ということは、京に急ぐしかないか。

 楓なら何か知っているかもしれんし。


「では一応関に戻って、念のため確認してから京に向かうとするか」

「そうですわね」


 そうしてわしらは山を下りる。

 町までの道中、ライアとソフィアは先の戦闘のことを悔しがっていた。まさか先制を越されるとは思ってもみなかったようだ。

 ……まあ、MPの関係上、まだワルドストラッシュは一発しか撃てないのだがな。それに二人はまだ最上位のクラスになっていない。これからもっと強い技を覚えていくだろう。

 そうなれば、わしが先制を取れなくなるのは必定。それにブランフェイムだから出来ることだしな。いまだけ、今だけなのだ、この優越感は。

 ……ハ!? しまった! こんなことなら乳もみとか尻もみとか掛けておけばよかった! なんという体たらくだ……ッ。

 褒められて嬉しいはずなのに、なんだか複雑な気分だな。

 勝負に勝って試合に負けるとは、こういうことを言うのかもしれん。



 下山し関宿に戻ったわしらは、思った通りたまも庵の傘が消えていることを確認した。

 そのまま素通りしようとしたところ、「ちょいとそこ行く旅の方」と八百屋のおやじに呼び止められた。そして一人一人に竹の皮の小包を渡されたのだ。

 これは何かと問うと、「たまも庵のお嬢ちゃんからだよ。世話になったからおはぎなんだとさ」とおやじは言う。

 京までのおやつに食べて欲しいとのことだった。

 わしらは有り難くそれを頬張りながら、京の都を目指して東海道を西へ行く。

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