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関宿のたまも庵

 河童との出会いから、東海道を西へ行くこと数時間。

 関という割と人の数も多い、大きな宿場町へ入ったわしら。

 ここらに至ると、家屋も二階建てが多くなり、さらに全てが瓦葺。今まで見てきた村が惨めに思えてくるほどの豪華さだ。

 それにニコゴリ村とは違い人々は通りで会話に興じたり、店先にはちゃんと野菜や道具なんかが出ていて安心する。

 夜半ということもあり、歩き疲れを癒すために宿を取りそこで一夜を明かした。


 朝宿を出て、そのまま京へ向かおうと思ったのが。『たまも庵』の看板を偶然見かけたため、楓に訊ねたいこともあるということで立ち寄ることにしたのだが……。

 以前と同様。

 赤い傘が立てられた店先から、「たのもー」と小屋の奥へ声をかけ、期待半分に待つこと数瞬。


「――いらっしゃい!」


 そうして元気よく外に出てきた娘が楓ではなかったことに、じゃっかんの落胆を禁じ得ない。

 髪の長さはそう変わらなさそうに見えるが楓と違い黒髪を下ろしており、着物も藍色で丈が長かった。唯一同じなのはピンクのヘアピンくらいだ。

 いや、またこれが見た目はすごく可愛いのだ。楓と遜色ないほどには。

 そんな女子との出会いは嬉しくはあるのだが、聞きたいことの答えが出ないことは残念というほかないだろう。

 思わずため息が出てしまった。


「どうしたのオジサン、ため息なんてついて?」

「いや、なんでもないのだ。それにしても、たまも庵というのはどこにでもあるのだな」


 肩を落としながらも訊ねると、女子はカラカラと快活に笑った。

 一瞬楓の顔がダブって見えたが、きっと気のせいだ。声も違うしな。


「たまも庵は全国展開してるからねー。基本的に宿場にはあるし。ちなみに本店は京にあるんだー」

「そうなのか。ということは、お前さんはこの関のたまも庵の店員なわけだな」

「まあ、店は定期に回って転々としてるから、ここ限定ってわけじゃないんだけど」


 なるほど。やはりたまも庵は移動式だったか。

 しかしニコゴリ村のあれはどういうわけなのだろうか。キレイさっぱり消えてなくなった現象は……。この娘に聞いたところで分かるわけはないと思うが。


「一つ聞きたいのだがな。楓という娘がいまどこにいるか知らんか? お前さんと似たようなヘアピンをしている愛い娘なのだが」

「……えっ?」

「ん?」


 呆然とした顔をして、ややあってから娘は前髪を分けているヘアピンに触れた。

 なぜか驚いたような顔をし、「あ、あはは」とどこか気まずそうに笑ってから頷いた。


「あー楓さんなら知ってるよー。たぶん今ごろ京にいるんじゃないかなー――あ、ちなみにこのヘアピンはたまも庵の制服みたいなものだからみんなしてるんだよ、だから気にしないでねっ」

「う、うむ、そうなのだな」


 まくし立てるような勢いに気圧され、ついたじたじになってしまう。まるでニコゴリ村で楓に初めて会った時のようだ。

 しかしそうか。楓はもう京にいるのだな。そういうことなら急がなければならん。


「すまん、仕事中に時間を取らせたな。わしらは京に急ぐ故、ここらで失礼する」


 小さく頭を下げ、わしはたまも庵から去ろうと体を町の出口へ向けた。

 すると突然、「ちょっと待って!」と女子に呼び止められる。唐突だったため、少しばかりバランスを崩しよろけながらも女子に振り返った。


「どうしたのだ?」

「旅の人と見込んで頼みがあるんだけど」

「頼み?」


 訊ねると、女子は神妙な顔をして手招きをした。どうやら近くに寄れということらしい。

 その通りに近づくと、ふわりと瑞々しい花の香りが鼻腔をくすぐった。瞬間、楓が思い出され、京に行きたい気持ちがより強くなる。しかし女子の頼みとあらば聞かぬわけにはいかないだろう。

 女子は口元に手を当てると、わしの耳に寄せた。

 わしはここぞとばかりに、より近く耳をそばだてる。


「あんまり大きな声じゃ言えないんだけどさ、」

「――おふん」


 案の定。女子の吐息が耳をこしょぐり、背筋をぞくりとした快感が突き抜け、思わず変な声が出てしまう。

 女子が喋る度にゾクゾクと体を震わされ、脳が蕩けるような快楽を得た。耳もなかなか気持ちの良いものだと思った。

 おかげで完全に話す内容は右から左だ。


「――なんだけど、どうかな? 助けてくれる?」

「……あ、……おっ……むふー。――ん? ああ、いいだろういいだろう、わしらに任せよ。勇者だからな」

「聞いてなかっただろうが」

「あいたっ」


 久しぶりにライアの鞘がごつんと脳天を叩いた。

 今まで静かだったから、仲間の存在をつい忘れてしまっていたな。思いのほかこの状況を楽しんでいたようだ。

 白昼堂々、野外風俗を経験したような背徳感……。つい身震い。


「で、なんの話だったのだ?」

「オジサン、聞いてなかったわけ?」

「いや、すまん。あまりにお前さんの息が気持ちよかったのでな。没頭してしまったのだ、わはは!」


 笑いながら丸みを帯びた鎧の腹を強かに打つと、快音が響いた。照れ隠しでもあったのだが、少し自分でも楽しくなってきてポンポコ叩く。

 唖然として見ていた女子は、わずかに目を流し人差し指を甘く噛むと「……房中術はまだ習ってないんだけどなー」

 小声でなにかを口にしたようだったが、ポンポコ音に掻き消されてよく聞こえなかった。


「ん? なにか言ったか?」

「なんでもないよ。ところで小鬼は退治してくれる?」

「小鬼?」


 小首を傾げて問うと、呆れたようにため息をついたソフィアが「仕方ないですわね」と、しょうがなさそうに説明してくれた。

 なんでも関宿の裏山に、人を攫って食べる小鬼がいるというのだ。

 以前は小さな子供が狙われていたらしいのだが、田舎では家計が苦しいという親とともに都へ行ってしまったため、小鬼は食べるものがなく今度は弱い老人なんかを狙っているそうだ。

 言われてみれば子供の姿が見当たらない。家の中に居るのかもしれないが、少なくとも外をきゃっきゃと駆け回っている子らはいない。


「河童は悪戯程度だったが、今回の依頼は人食いか……。食べ物をあげてどうにかなる相手ではないだろうな」

「犠牲者がいるなら放っておく道理はねえよな?」

「次の犠牲者を無くすためにも、私たちが退治しに行きましょう」

「京に行く前に、後顧の憂いは断っておかなきゃいけないね」


 皆やる気に満ちている。

 大江戸をどうにかするためにも京に急がなければならない。しかし、依頼を受けたからといって大きく時間をロスすることでもないだろう。

 小鬼だし。たぶんゴブリンとそう変わらなさそうだ。

 ここから京まではおよそ一日。楓への土産話が一つ増えると思えば、どうということでもない、か。


「よし、ではその小鬼とやらを倒しにいくとするか」

「そうこなくっちゃな、おっさん!」

「ようやく戦闘ですわ」


 ぐるぐると肩を回すライア。

 ぎゅっぎゅと何度も拳を固く握るソフィア。

 たぶん二人とも、久しぶりの戦闘に高揚しているのだろう。ジパングに来るまでも魔物とはほとんど遭遇しなかったし。来てからというもの、出会ったのは河童一匹。

 鈍って仕方がないとでもいうように、二人は体を解している。

 クロエはどうだと思い目をやると、軒先の長椅子に置かれていた空の皿を片す、店員の娘の姿をじっと見ていた。


「クロエよ、もしかしてお前さんも着物が着たいのか?」

「え? ううん、そうじゃないけど」

「なんだ残念。きっと似合うのにな」


 そうじゃないと断りつつも、どこか気になっているような眼差しのクロエを見て、京でのプレゼントは着物にしようと心に決めたわしだった。


「さて、ではさくさくと小鬼とやらを倒しに行くとするか」


 そろそろ行くことを店内に告げると、「あ、待って。これ持ってって」と、店先に出てきた女子になにかを差し出された。

 長方形の紙切れに複雑な紋様が描かれたそれは、どうやら護符というものらしい。


「これは?」

「オジサンたち異邦人でしょ? 裏山にはずいぶん昔に陰陽師が結界を張ってるらしいから、誤作動した時用に念のためね。たぶん機能してないだろうから必要ないとは思うけど。山に入る時は、ここらの人はお守りにみんな持って入るからさ」

「そうかそうか、ありがとう」

「いいっていいって。んじゃ気をつけてねー」


 ひらひらと手を振り女子に送り出されたわしらは、教えられた裏山に向かった。

 クロエは相変わらず、女子のことを気にかけていた。




 ニコニコしながら勇者一行の背を見送る。

 たまも庵の娘は、その姿が完全に見えなくなるまでずっとそうしていた。

 ようやく姿が消えた頃。

 手振りをやめ笑顔を解いた娘は、焦り顔をして胸に手を当てた。


「あっぶな! またあのクロエって子アタシのこと気にしてたし、バレてないよね、ねっ?! ていうか、まさかヘアピン外し忘れるとか、迂闊すぎでしょアタシ……」


 娘は項垂れ、大きく息を吐いた。

 そんな折「そんなことだからお前はいつまでも未熟なままなんだッ」なんて言葉が脳裏を掠める。


「うるさいなーお師匠は。こんな時に思い出すとか、最悪。でもさ、アタシはアタシで仕事してるんだし、別に寄り道したっていいよねー。ま、遅いって怒られるかもだけど、お師匠にはいい薬になるかもね」


 その時を想像し、娘は愉快げな笑みを口元に浮かべた。

 そうして、ひとしきり想像を楽しんだ後、次の目的地へ向けて娘は身支度を整えるのだった――。

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