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ジパングの現状

 津島港から街道を西へ歩くこと数時間。

 一向に町も村も見当たらず、ただ田畑だけが左右に広がる砂利道をひた歩く。風に乗って漂ってくるのは土と緑のにおいだけ。これだけの田園というのはあまり見慣れない風景だが、砂利を踏みしめる音と相まってどこか情緒的に思えた。

 しかし行けども人どころか魔物ともすれ違わず……。

 さすがに今日は野宿かと不安になっていたところ、途中三叉路にて真新しい立て看板を見つけた。


「どうやらこの先に村があるようですわ」

「やっと休めるね」


 船旅疲れをようやく癒せると、ソフィアとクロエが喜ぶ中、


「こんなところに標識なんてあったか?」


 ライアはそれを眺めながら疑問符を頭上に浮かべる。

 道を右へ折れるよう促す切りっぱなしの板切れには、『ニコゴリ村』と汚い字で書かれていた。


「看板自体が新しいのだし、ライアが知らなくても無理はないのではないか?」

「それはそうなんだろうけどさ」


 う~んと、納得できない様子で看板を睨む。

 まあ行ってみないことにはなにも分からない。現状を知るためにも一応立ち寄ろうと説得し、看板の案内に従ってしばらく歩いた。

 そうして宿場らしき小さな村ニコゴリへ到着したわしら。

 竹林を背にする村は今までの大地と違い、入口に木柵や門なんかは見当たらない。衛兵なんかもいないし、かなりオープンだ。

 そしてやはりここにも、厚さのない茅葺屋根のみすぼらしい家々が立ち並んでいる。

 港があんな状況だったから、村へ入る前は人などそういないものだと思っていたのだが。ここには、少なからず若者が存在していたことに安心を覚えた。

 けれど雰囲気があるといえば聞こえはいいだろうが、人の少なさと静けさが輪をかけて、寒村と言わざるを得ない寂しさを感じさせる。

 話し合った結果、ひと先ずは野宿を避けたいということで、わしらはここで一泊することにした。


「それにしても元気がないな」


 決して多くはない村人たちは、どこか生気の抜けたような無気力さを表情に落として村内を歩いている。

 なにはともあれ、まずは情報収集だ。

 とりあえず近くを歩いていた若い男に声をかけてみる。


「そこのお前さん。ちょいと聞きたいのだが、いまジパングはどうなっとるんだ?」

「…………」


 ん? 屍でもないのに返事がない。どころか振り返りさえしない。

 まるでわしらの存在に気づいていないようだ。

 それから少女、老婆、壮年の男に声をかけてみたが、いずれも反応は同じだった。


「どうなってんだ?」

「魔物の仕業かしら?」


 怪訝な表情で村を、そして人々を見渡すライアとソフィア。

 わしはその言葉に、村人たちの様子がおかしくなっていた村を思い出した。

 あの時はたしか、エデエリンとかいう魔物の仕業だったか。

 しかし、あの時と比べてみると雰囲気に違和感を覚える。


「魔物の仕業にしては様子がおかしくはないか? 笑ったり怒ったりしとらんぞ」

「それだけが魔物の能力じゃないぜ。中には無気力にさせる魔法を使うやつもいるんだ」

「そうだったのか。だがこいつは、うまく言えんが少しばかり違うように思えるのだがな」


 こういう時は、魔法のスペシャリストに聞いてみるのが最良か。


「クロエはどう思う?」


 訊ねると、お腹を抱えてどこか気まずそうに視線を逸らしていた。

 腹でも痛いのか? 心配し声をかけると「――な、なんでもないよっ?」と少し焦ったような顔をして首を横に振る。

 なにかあったのだろうか……そう思い小首を傾げた時だ。

 くぅ――と、子犬が鳴くような微かな音が、クロエの腹部から聞こえてきた。

 クロエの顔を見ると、頬を染めた朱が徐々に耳まで広がっていく。


「なんだ、腹が減っていたのか」

「~~~~~~っ」

「わはは! 別に恥ずかしがることでもなかろう。愛いやつだなクロエは」


 軽くからかってやると、ますますゆでダコみたいに顔を赤くする。


「まあ歩き疲れたし、たしかに小腹も空く頃合いだな。どこか店にでも入って休むとするか?」

「休むっつってもなー。村人がこんな感じじゃあ、どこも一緒な気がするけどな」


 渋面を浮かべて首筋を掻くライア。

 そうですわね、と言いつつどこか良さそうな店を探すソフィアの横で、「あそこがいいんだけど、ダメかな?」と遠慮気味に指で示したクロエ。

 その先を目でたどると、村の奥。軒先になにやら赤い傘が広げられた小さな茶屋を見つけた。


「『甘味処 たまも庵』か。スイーツ食ってる場合じゃないんだろうけど。まあ、話が出来るやつがいるなら何か聞けそう、か?」

「いまさらだけど。さっき勇者さんに聞かれたことをわたしなりに答えるとしたら、あのお店は怪しい、だよ」

「それはどういうことだ?」


 問うてみると、クロエはこの村に入った時から感じていたという違和感について語った。

 生気が感じられないと思ったわしと同様、この村には生命の息吹が感じられないのだという。


「色で例えるなら灰色の世界ってところかな。でも、あのお店には色が感じられる」

「それはあの店だけ赤い傘を立てているから、というわけではなくて?」

「……わからないけど」


 ソフィアの質問に、なぜか最後は尻切れに呟いたクロエ。

 けれども、クロエが言うのなら何かあるかもしれない。なんといっても魔法王国の王女だからな。常人以上に魔的な何かを感じるものがあるかもしれんし。


「まあとにかく行ってみるか」


 わしはお供を連れ歩いて、ぞろぞろと茶屋に向かった。

 真っ赤な傘、その下には三人掛けほどの長椅子が置かれ、竹で作られた柵の向こうには、テーブルと椅子が三組ほど設置された質素な小屋が建っている。


「たのもー」


 店の奥に向かって声をかけると、しばらくして「ちょい待ってー」と久しぶりに人の声が返ってきた。それだけでわし感動!

 ややあって、店の奥から花があしらわれたミニ丈の赤い着物に身を包む、茶髪の女子が出てくる。歩くたびに揺れるサイドテールが可愛らしい。

 ピンク色の派手なヘアピンで前髪を分けるようにとめ、そこから覗くこげ茶の瞳は活発さを表すようにキラキラと輝いていた。

 着物から伸びる健康的なむちりとした太ももは、実にそそるものがある!

 年の頃はクロエと変わらなそうに見えるな。十七、八歳といったところだろうか。


「おっ? こんなところにお客さんとは珍し。道にでも迷ったの!?」


 女子はなぜか嬉しそうに、テンション高めで駆け寄ってきた。

 勢いに少しばかりたじろいだが、「いや、」と否定し、まずは疑問に思ったことを訊ねることにした。


「お前さんに聞きたいのだが。この村の住人が口を利かないのは、一体どうしてなのだ?」

「あーそのことね。まあ正直アタシにも分かんないっていうか。そもそもアタシ、ここに来たの昨日だし? まあ別に不便なことも何もないからね、どうでもいいっていうか」


 まくし立てるように言って、「そんなことより、」と女子は手を叩いた。


「お茶しに来たんでしょ? はいこれメニューねー。アタシのおすすめはおはぎと抹茶のセットだよ」


 パチリとウインクなぞされ、年甲斐もなく頬を染めてしまった。

 これが俗に言う『TOKIMEKI』なのだろう。いや、久しぶりにキュンとしたぞ。

 いやそれよりもだ。

 女子もここに来たばかりだという。ならこの村の様子がおかしくなった理由を知らないのも無理はない。

 とりあえずお茶でもしながら話を聞こうということで、女子がおすすめしてくれたものをみんなで頼むことにする。

 わしとライアは外の長椅子に腰かけ、ソフィアとクロエは中のテーブルに着いた。

 少しして、赤い小皿に乗せられたおはぎ二つと抹茶が供された。そしてなぜか、小鉢に三角形の油揚げ。

 絵本で存在自体は知っていたが。和菓子という物を初めて食すため、少々気合を入れて「いただきます」と手を合わせてから口に運ぶ。

 まぶされた餡は程よい甘さで、中の白い餅は半分が米の形を残しており、歯切れと食感が面白い。

 口中に甘さが残る内に、点てられた濃緑のお茶をすすった。

 お茶の爽やかな香りが鼻から抜け、苦みでおはぎの甘さがさらに際立つ。


「うむ、実に美味だな」

「でしょでしょ? アタシ茶菓子作るのと抹茶点てるのだけは上手いんだよねー」

「ところで、この油揚げはどうするのだ?」

「それは漬物の代わりの口直しだよ。アタシのお師――あー、ばあちゃんが好きでさ。少ししょっぱいから、お茶は全部飲んじゃわない方がいいよ」


 ふむ、口直しか。しかし変わった口直しだな。

 おはぎを食べ終え、言われた通り油揚げを口に放り込み、残ったお茶でそれを流す。一息つき、わしは本題を切り出した。


「娘御よ、ジパングについて聞きたいのだが。いまこの国はどのような状況なのだ?」

「状況? んー。見たところ、オジサンたち外から来たんだよね? ま、知らなくて当然かー。……殿様が代わったって話は知ってる?」


 うむ、とわしが頷くと、女子は静かに語りだした。

 餅持から焼餅に突然殿様が代わったこと。焼餅になってから税の取り立てが厳しくなったこと。悪口はもちろん、税が払えないものは刑に処されたり、美人は大江戸に囲っては豪遊したりと、餅持の頃には想像も出来ないほどジパングは荒んでいるという。

 田舎ではろくに仕事がない、だから若者たちは続々と都へ出稼ぎに行くようになったそうだ。日々の暮らしの安定と、税を必死で収めるために……。

 そして残された老人たちは眼中にないということで、放免されているらしい。どうせ放っておけばいずれ事切れるだろうからと。

 その話を聞いてわしは憤りを感じた。

 いままで頑張って生きてきた、その者たちの人生すべてを否定する所業だろう。

 顔も知らぬ焼餅という国主に対し怒り、知らず拳を固く握りしめていた。


「こいつはますます放っておけないな」

「そうね、完全に人権というものを無視した行いだわ」

「懲らしめてあげなきゃいけないね」


 各々が感情を吐露する中、茶屋の娘御はじっとわしらの顔を見つめていた。まるで値踏みでもするかのように。


「オジサンたち、ただの旅人ってわけじゃなさそだね」

「よく気づいたな。わしらは勇者一行で、魔王を倒すための旅の最中なのだ」


 ちなみにわしが勇者と告げると、「へぇー」と女子は感心した風に手を叩いた。


「以前行商が来てた頃に聞いたことがあるよー。なんでも太巻きみたいな勇者が旅してるって」

「ふ、太巻き?! まったく、どいつもこいつも失礼な……」


 ぶつぶつと文句が垂れる。

 どこへ行っても太い、デブが先に立つのだな。いや、決して間違ってはいないのだが。否! ……わしは少しばかり丸いだけだ!

 不機嫌さを勢いよく鼻から吐き出した時――


「その焼餅って殿様さ、噂によると魔物なんじゃないかって話があるんだけど」


 声を潜めることもなく、至って平静に女子が口にした。悪口はご法度なのでは……心配になって辺りを見渡す。怪しい気配は感じない、と思う。分からんが。


「それはいったいどういうこと?」


 頼んだおはぎの残りをパッパと平らげ、ソフィアが表へ出てきては子細を訊ねた。テーブルを見ると、皿が十枚積み重なっている。腹の鳴る小腹を黙らすには一枚で十分な量なのに、十皿とは。健啖は相変わらずだ。

 ソフィアから食事代を受け取った女子は、「まいどありー」と笑いながらがま口の財布にGをしまい、質問に答える。


「アタシも噂程度にしか知らないんだけどさー、深夜偶然に焼餅を見かけた町人が、篝火に照らされた焼餅の影が無数にうねってたのを目撃したーとかなんとかって」

「無数にうねる?」

「うん、蛇みたいだったらしいよー」


 蛇と聞けば、シーサーペントを思い出すが。無数とは一体……?

 いや、所詮噂にしか過ぎないか。

 たしかに情報は聞けたが、これだけではまだまだ弱い。確たる証拠を掴むには、やはり大江戸入りしなければならないな。

 一人考え込んでいると、


「あ、そうだ。オジサンたち今夜泊まるところないっしょ? よかったらアタシの家使ってくれていいよ」

「いいのか?」

「全然いいって。ここの宿屋機能してないしさ。これも何かの縁ってね」


 不意にウインクをされ、またしても胸がトキメク。まさかこの女子、わしのことが好きなのでは……?

 まあなにはともあれ、野宿は避けられるようでよかった。女子たちに不便な思いをさせずに済むからな。


「では、お言葉に甘えるとするかな」

「そうだな、借りられるんなら助かるぜ」

「宿屋へ無理に押し入るわけにもいきませんしね」

「ありがとう」


 各々茶屋の娘に礼を言い、そして村の奥にあるという家へと案内された。

 平屋なのは変わらんが、ここだけ唯一瓦葺の屋根で立派だ。壁材もペラペラではないし。

 と――、「ああそうそ。アタシ京に行かなきゃだから、この家自由に使ってくれていいよ」女子は鍵を開けた後、振り返りながら言った。


「なんだ、お前さんも京に用事があるのか?」

「ってことはオジサンたちも? 奇遇だねー」

「それなら明日、わしらと一緒に行かぬか?」


 道中、女子は多い方がわしは嬉しい。それに女子の一人旅は危険かもしれんし。訊ねると、うーんと腕を組み女子は渋い顔をした。


「そうしたいのは山々なんだけどさー、アタシのお師――あいや、用事が急ぎだかんねー。もう出なきゃ間に合いそうにないんだー。遅れるとマズいことになるからさ」

「そうか、そいつは残念だな」

「でもま、京に行くならまた会えるかもね!」


 それもそうだろうが、もう少しくらい親睦を深めたかったな。

 風呂で背中を流しっこしたりとか? おっと手が滑ったとか言って前も洗うのだ。きゃっきゃうふふとくんずほぐれつ、ぬるぬるになりながら男女の親睦を、な!

 まあ、旅をしてからもそれ以前も、一度たりとてそんなことしたことはないが。――か、悲しみ……。


「んじゃ、アタシは先に行くから、またねー」


 哀れだなと打ちひしがれていると、女子は手を閃かせて駆け出そうとしていた。

 わしは慌てて女子を呼び留める!


「待つのだ! お前さん、名前は?」

「そういえば名乗ってなかった。アタシは楓、たまも庵の看板娘、楓だよ」

「楓……良い名だな」

「ありがと、んじゃねー」


 ニシシと笑うと、わしらに手を振り、今度こそ楓は走り去っていった。

 瑞々しい花の香りを残して。

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