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クロエの決意

 相変わらず、グリフォンの尾毛で飛んだ時の着地が下手くそなことを笑われながらも、わしらはロクサリウムへと舞い戻った。

 ローブ姿の住民たちが多い中、やはり都と言うべきか。旅人はもちろん、行商や出店なんかでかなり賑わっている。


「ここは変わらず賑々しいな」

「そりゃ世界四大都市の一つだからな。賑やかじゃなかったら逆に気持ち悪いだろ」

「人々が笑っていられるのなら、そこはまだ平和だということですわ」


 たしかに。いまだ外では魔物が闊歩していたりするが、ここらで犠牲者の話はあまり聞かない。

 ロクサリウムの衛兵たちが、日々頑張って平和維持に努めているのだろう。そういった者たちのおかげで平穏な日常が保たれているのだな。

 グランフィードのやる気ない衛兵たちとは違う。

 やれやれと肩をすくめたところで。街の奥、女王の居館であるフラムアズールの屋根を眺めるクロエに気づいた。


「どうしたのだ?」

「え?」

「いや、ぼうと眺めておったので気になってな」

「あぁ……うん、帰ってきたんだなって思って。ちょっと感傷的になってた」


 変装用だろうか。道具袋からつばの広い黒色の帽子を取り出してかぶると、それをそっと押し下げた。

 たしか母親と喧嘩して飛び出したのだったな。

 わしらはロクサリウムを発ってから一週間ほどしか経っていないが、長らく旅に出ていたクロエからしたら、ホームシック的なあれに陥ってもおかしくはないだろう。

 しかし安心するのだ。家に帰れなくとも、わしがお前さんの家になってやるからな。

 わきわき、わきわきと手はクロエの肩へ伸びる。もう少しで肩を抱く、そんな寸でのところでソフィアに手の甲を抓られた。


「痛いではないか」

「女王に会うまでに傷物にされては敵いませんので」


 そんなつもりはなかったのだがな。

 信用ないことにしょんぼりしながら、街を奥へと進む。

 そうして坂を上ると、いつぞやの衛兵がまた門番として立っていた。


「これは従士様、お久しぶりです」

「うむ、お前さんも元気そうでなによりだな」

「みさなんもお元気そうで……――ってク、クロエ様ッ!?」


 ライア、ソフィアとお馴染みの面々を確認した衛兵は、もう一人増えていることに気づいた。それを王女だと認識した瞬間、大層驚いたようだ。顎が外れそうなほどあんぐりと口を開き、だらしなく呆けている。


「あまり騒がないで。わたしは中に居るってことになってるんだから」

「――ハッ?! こ、これは失礼しました! ど、どうぞ」


 衛兵は恐る恐るといった風に道を開け、美しい所作で敬礼をした。

「ありがとう」と言葉をかけると、クロエはわしらを引き連れて堂々と門をくぐり、その先の館の扉を押し開けた――。


 とまあこのようにして、女王と再会したまではよかったものの……。


「………………」

「………………」


 初めこそ、久しぶりに娘と再会できたことを喜んでいた女王だったが。

 クロエが旅を続けたいという旨を伝えてからこっち――しばらくの間「いいかげんに戻ってきなさい」「このわからず屋!」などと言い争った挙句、今は互いに無言を貫いているため、ひどく気まずい空気の中にわしらは置かれていた。

 声をかけようにもかけづらい雰囲気なのだ。わしはあまり得意ではない。この首筋がもぞもぞする感覚。あまり身に覚えはないが、なにかしらのトラウマでもあるのかもしれん。

 それにしても。

 以前女王はクロエのことを「静かに怒りや闘志を燃やすタイプ」と言っていたが、ぜんぜん表に出ている気がするのだが。親子喧嘩の時はそうなるのか……?

 たしかに、こうして声を荒げて怒っているところは見たことがないしな。

 しかしこのままでは埒が明かない。


「お前さんたち、早いとこ握手でもして仲直りしたらどうなのだ?」

「なんです従士のくせに、女王に意見する気ですか? 外野は黙ってなさい」

「いくら勇者さんでも少し放っておいて欲しいかな」


 放っておいた結果が、この沈黙の無為な時間なのだがな……。

 というかわし、頑張ると決めたのに早くも心を折られそうだ。勇者としてパーティーをまとめていけるのか? まあ、これも一つの形ではあろうと思うが。


「どっちも頑固なら仕方ねえし、そんなに肩を落とすなよおっさん」

「慰めはベッドの上で――」

「あ?」

「――という絵本を知らんか?」

「そんないかがわしい絵本はねえよ。ただのエロ本だろそれ」

「まあそうとも言う」


 鞘尻で頬をぐりぐりされながら押し黙る二人を見た。

 互いにツンケンしているが、こうして並んでいるとやはりよく似ているな。母親は金髪だが、顔立ちがそっくりだ。女王の青紫のドレスとクロエの黒いローブが、怪しくも艶やかな花のようで、ついつい蝶のように引き寄せられてしまう。

 気づけば、わしは顔を背けて対峙する二人の間に挟まっていた。


「おお、なんでこんなところに……」


 信じられない! と大仰にジェスチャーすると、二人がわしを尻目にした。

 なにかしら反応があるだろう、そう思っていたのだが――


「ふん」

「…………」


 女王が鼻であしらっただけで、期待した驚きも、笑いすらもなかった。

 とぼとぼと、ライアとソフィアの元へ出戻る。


「ったく、おっさんが行っても意味がねぇんだから大人しくしてろよな」

「しかし、このままではただ時間が過ぎるだけだぞ?」

「そうですね。リコルタでヴァネッサを待たせていますし、ここで時間をとられるわけにはいきません。私が行きます」

「女王に手だけは上げるでないぞ?」


 逆賊になりかねん、そんな不安をソフィアは一笑に付した。

「分かっていますわ」と言い置き、いまだ会話しようともしない親子の元へ。


「女王、頑なに拒むのもいいですけど、もう少しクロエを信じてあげてもよろしいのではないですか? いくらなんでも過保護すぎると思いますけど」


 声をかけられた女王は、小さくため息をつき呆れるように言った。


「今度はあなたですか。意見を許した覚えはありませんよ」

「一向に話が進まないので、もどかしくなっただけです。彼女は私たちにとって大切な存在、抜けられたらその穴の大きさは計り知れません」

「それは私にとっても同じこと。魔王討伐よりもまず、ロクサリウムの治安維持を優先しなさい。あなたの国なのだから」


 クロエと目を合わせることなく女王が告げた。

 怒りからだろうか肩を震わせて、クロエは静かに口を開いた。


「魔王がいたら治安もなにもないじゃない。それが原因で魔物が活性化してるんだし。それにイルヴァータだって、魔王が送り込んできた魔物のせいであんなことになってたのに……」

「だからと言ってあなたがやることではないわ。王女を死地で戦わせるなんて、私の責任も問われてくるでしょう。それにどこの世界に自ら魔王を討伐しようなんて家出する王女がいるの?」


 そこに関して一つ物申したく思い、わしは戦々恐々としながら手を上げた。


「女王、絵本の話で恐縮だがな、王女が魔王を討伐するための旅に出るという話は昔読んだことがあるぞ。しかもその娘は格闘を得意としている。それに比べたら、まだクロエは可愛らしいものではないか?」

「絵本の世界と現実を比べて語るんじゃありません。メルヘンなブロッコリーは黙っていなさい」


 め、メルヘンなブロッコリー? わしすっかりブロッコリーが定着したみたいになっておるが、わしの名前はワルドだぞ? そして勇者だぞ? 従士でもあるのに。

 女王と会話をすると、しょんぼりさせられてばかりだな。わしの方が年上なのに……。

 すると女王はしばし逡巡した後「――分かりました」と呟くと、すっと目を眇めてクロエを見た。


「クロエ、ではあなたの覚悟を示しなさい」

「覚悟?」

「そこまで言うのなら、あらゆるものを捨てる覚悟があるのでしょう? 国を捨て、そして王女の位を捨ててまでも、あなたに魔王討伐を成し遂げるという意思はあって?」

「女王、それはいくらなんでも可哀想――」


 それ以上口にすることは許さない、殺意にも似た女王の鋭い眼光に射竦められ、わしの言葉は喉奥どころか肺にまで引っ込んだ。

 一瞬殺されるかと思ったぞ……。娘よりも弱いとか、それでも相当なのではないか?


「旅に出るというのなら、私はあなたと絶縁します。国に戻ることも許しません。それでも出ていくのですか?」


 剣呑な表情からは厳格さしか窺えないが、声音はどこか寂しさを滲ませているようにさえ聞こえた。本当は出ていかないでほしい、そんな切実さを感じる。

 もうすでにわしらの出る幕はなくなった。ただ舞台袖からクロエの答えを待つだけだ。

 思い悩むように下を向くその姿を見つめていると、なにかを決意したように突然顔を上げ、そして大きく頷いた。


「それでもわたしは、魔王を倒す旅に出たい。国に守られてばかりの頃には気づかなかったことがたくさんあるの。ロクサリウムは比較的平和だと思う。それは守ろうとしてくれる人たちがいるから。でも、自分たちの力だけでは守り切れない人たちも世界にはたくさんいる。そういう人たちを救える力があるのなら、わたしはその人たちを救いたい。旅をして、きっと魔王を倒す。それが出来ると思わせてくれる、仲間と出会えたから」


 クロエの決意を厳しい顔つきで聞いていた女王は、ふっと相好を崩した。


「あなたの意志は固いようね。分かったわ、旅に出ることを許可します」

「でも絶縁するんでしょ?」

「それは覚悟を見極めるためについた嘘よ、本当にするわけないでしょう。私が耐えられないわ」


 女王はホッとしたように胸に手を当てると、やわらかく笑ってみせた。

 可愛い娘と縁を切るということは、女王にとっては身を切り苛まれるほどの一大事というわけだ。そうならなくてよかったと、安堵にため息をつきたくなるのも頷ける。

 わしに子供はいないが、もしわしが女王の立場だったなら、絶対に行かせたりはしないだろう。

 それを思うと苦渋の決断であったかもしれないが、それ以上に親子ならではの信頼関係が二人の間に絆として存在しているのだろうな。なんだか温かいものを胸に感じた。


「ところで、そこのメルヘンな従士は本当に信頼に足る人間なのですか?」

「わしはワルド!」

「あなたの名前などどうでもいいことです」

「こう見えても勇者だぞ?」


 証を見せつけてやると、「あら本当」と適当に適当を塗り重ねたような適当さで流された。


「しかし、勇者であろうと従士であろうと関係ありません。答えなさい。あなたにクロエを守り抜く覚悟はありますか?」

「クロエはわしの大事な仲間だ、男として命を賭しても守る!」


 当然のように返事をしたわしの瞳の奥を、女王はのぞき込んでくるように見つめてきた。

 すべて見透かされるような感覚に、ぞくりと背筋が震えた。しかし意思を固めた強い眼差しで見つめ返す。真であると。

 するとややあって、女王は静かに首肯した。


「その言葉、信じましょう。クロエのこと、よろしくお願いします」


 小さく頭を下げた女王に、クロエは思いっきり抱きついた。


「ありがとう、お母様」

「ロクサリウムのことは気にしなくていいから、あなたの望む旅を――その果ての目的をしっかりと果たしてきなさい」


 涙ぐみながら「うん」と返事したクロエを見ていたら、なぜかこちらまで泣けてきた。母娘っていいなぁ。

 こうしてクロエが正式にパーティーに加わることになった。


【……あ、クロエがパーティーに加わった。正式に】


 ……いまじゃっかんテンポが遅かったような。しかも正式を付け足したように思えたが。最近サボり気味ではないか?

(それにしてもずいぶん久しぶりではないか。お前さん女神なのだろう?)

 心の声で語りかけてみる。

 ……………………………………。

 やはり返事はない、ただの屍のようだ。


『っ?!』


 おっ、反応はしたな。

 勇者になったのだし、女神とも話してみたい気は多分にあるが、まあいまはこれで良しとするか。


「あ? なに一人でニヤけてんだおっさん」

「いや、母娘が微笑ましくてつい、な」

「変なことは口走らないでくださいね、せっかくクロエが正式加入したのですから」

「分かっておるよ、そんなことは」


 相変わらず信用ないな、わし。まあ、魔王を倒した暁にでも、母娘共々貰うことにするからいまは良い。

 すると、名残惜しむように娘の体を離すと、女王はわしらを見ながら告げる。


「旅に出る前に、フラムアズールの宝物庫から武具を持って行きなさい。私からの選別です」

「お、おお! すまん恩に着るお母さぁああああん! ――おふん!」


 わしも女王に抱きつこうと勇み駆け出したのだが、ソフィアからドロップキックをもらい、ずいぶん離れたところで未遂に終わった。

 ライアに首根っこを掴まれて引きずられながら、なんともみっともない別れとなったのだ。



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