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神秘の森

 獅子頭の魔物を倒し砂の城から出ると、大地が俄かに輝き出して突然眩い光に包まれた。

 顔を覆っていた手をどけると、そこに広がっていた景色に目を瞠る。


「美しい……」


 おもわずため息がこぼれた。

 砂と土色しかなかった荒野の殺風景が一変、目にも鮮やかな緑の大自然が蘇ったのだ。

 城が建っていた場所には泉が広がり、周囲は深い森に囲まれている。

 風にそよぐ葉、鳥の囀り、森独特の青臭い匂い。

 何十年ぶりかに緑を見たような、そんな新鮮さを味わった。

 本来の姿が戻ったということは、エルフの女王が力を取り戻したことに相違ない。


「これでイルヴァータも平和になるな」

「あの荒んだ村人たちも、もう大丈夫だろ」


 ライアが村の方角に目を向けながら言った。


「女王の力も戻ったようですし、急いで報告に参りましょう」

「そうだね。久しぶりに会うのが楽しみだよ」


 ソフィアとクロエが先を急ごうと促す。

 聞けばクロエは、声を失ってからは一度もエルフの女王に会っていなかったそうだ。

 ロクサリウムの王女としての矜持からか負けて悔しかっただろうし、倒せなかったことを申し訳なくも思っていたのだろう。

 だが仲間がいれば役割を以って、困難も打ち砕けることを知った。

 わしも改めて勉強になった。

 ふと、昔読んだ絵本の主人公が言っていた言葉を思い出す。

 一人では無理でも、心強い仲間さえいれば、どんな苦難も乗り越えていけるのだと。

 そんな頼もしい仲間たちに、わしもいろんな思いを含めた頷きを返したのだ。


 一路、イルヴァータの北東へ。

 地図的に見ると、ディーナ神殿の北東にある神秘の森の中に、エルフの隠れ里があるようだ。

 というわけで、ディーナ神殿でソフィアが余分に買っていたグリフォンの尾毛を使い神殿まで戻ることに。

 神殿の周囲を囲うようにして生えていた丸裸の木々も、しっかりと緑の葉を茂らせていた。

 神殿前にて、


「イルヴァータに自然を取り戻してくださり、ありがとうございました」と大神官から礼を受け、さらに「こちらはエルフの里へ入るための通行証です、お持ちください」と七色に色付く葉っぱを貰った。

 またいつか世話になることになるだろうからとよろしく言って、わしらは神殿を後にした。


 森へ向かう道中――


「それにしてもだ。おっさん、あの技名はなんだよ?」

「ん? ワルドストラッシュのことか? かっちょいいだろう?」

「絵本からほとんどパクってるじゃねえかよ」

「なんだ、ライアも読んだことがあるのか」

「ああ、小さい頃に少しな」


 眼鏡をかけた勇者らしからぬ勇者が、魔王を打ち倒す話だ。

 ワルドストラッシュは、覚えた技がなんとなく似ていたため、その眼鏡勇者をリスペクトして名付けたのだが……。


「なにか問題があるのか?」

「そもそもあれって、大地、海、空を斬った後に完成するやつだろ」

「ふむ。つまり、わしはそれらをすっ飛ばして全てを斬れる勇者、ということになるな!」

「まったく斬れてなかったけどな」

「…………気を削ぐようなことを言わんでくれ」


 力なく肩が下がる。

 でもたしかに。獅子頭にはあまりダメージを与えられなかった。

 あんなはずではなかったのに。どうなっとる? もしや未完成なのか?

 しかし、最初に覚えたのだから仕方がない。

 いま現在わしが攻撃手段として使えるのは、ライアから教わった『回転切り』『兜割り』、使ったことはないが『龍尾返し』そして『ワルドストラッシュ』の四つ。

 まだ地海空のどれも斬ってはいないな。

 絵本と現実を比べてもしょうがないのだが……。


「ま、まあわしが成長していけば、きっともっと凄い技を覚えるだろうから、安心するのだ!」

「期待はしたいけどな」


 懐疑的な眼差しが少々痛い。

 わしは居たたまれなくなり、話題を逸らすことにした。


「おっ、神秘の森とやらが見えてきたぞ?」

「どこを指さしてるんですか? 勇者様、あれはただの林です。神秘の森はあっちですわ」


 ソフィアが白く滑らかな指を添えて、わしの指さす方向を東へ訂正した。

 拳で殴る職だとは思えないほど綺麗な指だ。急に触れられたため、年甲斐もなくドキッとしてしまうなー。

 いや、『TOKIMEKUことは良いことだ!』と何かの絵本で読んだことがある。わしもそう思う!


「おお、そうか! しかしもう目と鼻の先ではないか。クロエよ、お前さんに道案内を頼んでよいか?」

「うん、任せて。二回来ただけだけど、里までの道なら覚えてるから」

「それは頼もしいな!」


 そうして、わしらは神秘の森へ入った。

 少し湿り気を帯びた森の空気が肌に纏わる。奥へ進むたび、露に濡れた樹葉の匂いが濃さを増す。

 踏み超える倒木は苔生し、そこから新たに芽吹いては光を求めて伸びる新芽に、わしは健気さを感じた。

 こうして森は成長し、エルフたちの里を作り、同時に隠していくのだな。


「……神秘の森か。外にあった森とはやはりどこか違う感じがするな」

「ああ、なんか幻想めいてる」

「エルフの隠れ里があるくらいですから、自然も原生的なのでしょうね」


 人間の手が加えられていない故なのだろう。

 右に左に上に下にと。物珍しさに視線を巡らせながら歩く。

 こんなにも自然溢れる処に来るのは初めてで、なんだか不思議な心持ちだ。

 自分がひどく落ち着いていることが分かる。安心感という奴だろうか。

 こういうのを、原風景と言ったりするのかもしれんな。


「――この先を行くとエルフの里だよ」


 前を歩くクロエが急に立ち止まり、前方を指さした。

 視線の先には、わしが十人くらい両手を広げて手を繋いだくらいの太さがある、立派な木が立っている。

 大きな木だなと思い近づくと、「止まれ、侵入者よ」とどこからともなく低い声が聞こえた。

 辺りを見渡してみるが、人の姿はない。


「どこを見ている、目の前の木を見てみろ」


 言われ、太く立派な木を見やると、なんといつの間にかその幹に、目やら鼻、口が現れていた。

 渋そうにモゴモゴしながら、それは口を開く。


「この先はエルフの里だ。許可なく立ち寄ることは許さん」

「許可ならディーナ神殿の大神官から貰っとる。これだろう?」


 言いながら、七色に色付く葉っぱを渋面の木に提示した。


「なるほど。確かに本物だが、ここは通さん」

「な――っ!?」


 納得いかず詰め寄ろうと一歩前へ出ると、クロエに脇から制された。

 代わりにクロエが口にする。


「わたしはロクサリウム第一王女クロエ。以前女王から魔物退治を依頼されたんだけど。面識がある者でもダメなの?」


 すると人面樹はなにやら鼻をスンスンと鳴らすと、


「この匂いは確かにクロエ殿。いいだろう、許可する。ついでにそこの娘たちも通っていいぞ。だが、そこの太いのは通さない」

「なんだと? そんな贔屓が許されてたまるか! わしは勇者だ、このパーティーのリーダーだぞ!」

「そんなことは知らない。だがそうだな、理由もなく帰れというのでは筋が通らないか。では心して聞け。エルフの里には女性しかいない。だから、男であるお前を通すわけにはいかないのだ」


 相変わらず渋そうな顔をしながら喋る人面樹。

 しかし木の事情など知ったことではない。そんなことより、わしの耳はある言葉に過敏な反応を示していた。


「里には女しかおらんのか?」

「そう言っている。だから太いのは通さない」


 太いから通せないと言われているようで少し不愉快だが……。

 しかしそうか。女しかいないとは。


「つまり、桃源郷はここにあったというわけだな!」

「意味が分からない。とりあえず立ち去るがいい」

「ふん、仕方ない」

「お、おいおっさん、諦めるのかよ」


 ライアが狼狽しながらわしの肩を掴んできた。

 それに対し首を左右に振り、そうではないと告げる。


「要するに、“女”であれば通れるのだろう?」

「そうみたいですけど……」

「どこからどう見ても、勇者さん男だよね」


 上から下から、皆いま一度確認するように見てくる。

 ふふんと得意気に鼻を鳴らすと、わしは三人に向かって訊ねた。


「お前さんたち、ちょいとばかし香水を借りてもいいか?」

「香水?」


 不思議そうな三人の内、これでよければとソフィアが差し出してくれた小瓶を手に、わしは一人茂みの向こう側へ。

 それから数分後。


「待たせたな」

「別に待ってねえよ――――げっ?!」


 茂みから姿を現したわしを見て、女子たちは三者三様に顔を顰めている。

 そこまで酷くはないと思うのだが。少なくとも、ライアとソフィアは見慣れているだろうし……。クロエは、そういえば初お目見えか。まあ、慣れてもらうしかない。

 尻をブリンブリンと振り、香水の匂いをプンプン振りまきながら、わしは人面樹の元へ歩む。

 くりくりの天パの上で揺れるフリルのカチューシャ、丈が足らずおへそオープンなお仕着せ、歩くたびに踊る腹肉、おパンツ丸出しのミニスカート、少々毛の飛び出すニーソ。そして色を添える、エプロン!

 喫茶パンフィルのバイトで貰ったウェイトレスの制服、捨てなくてよかった。

 いまわしが所持している女物と言えば、この制服とバニー服だからな。

 さすがにバニーはわしが着るわけにはいかん。クロエに着てもらうのだから!

 デレデロに伸びてしまっては、目も当てられないだろう。

 しかし、わしもずいぶんと着慣れたものだな。ぜんぜん抵抗がないのが逆に怖いぞ。


「――というわけで、あの勇者を名乗っていた男は帰って行ったぞ。わし通っても良いか?」

「むー…………」


 と、眉間らしき場所に皺を刻む人面樹。

 渋面を浮かべてモゴモゴと思案している様子。


「つうかこんなので騙されるわけがね――」

「たしかに女の匂いだな、通っていいぞ」

「って信じやがった!? こいつバカだろ! 女の香水ならなんでもいいのかよ!?」

「ふはは! 許可も得たことだし、エルフの里ならぬ桃源郷へ入るとするか!」


 すっかり元の木に戻った門番らしき人面樹にさよなら言って、わしらは奥に向かって歩き出す。

 そうしてわしは上機嫌のまま、隠れ里へ入場した。

 めくるめく出会いに期待せざるを得ない!

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