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クラスチェンジ! ……?

 モンタール村から東へ歩くこと、たぶん二、三時間くらい。

 茹だるほどの暑さではないが、歩き疲れと乾燥した気候のせいでじゃっかん朦朧とし、何時間歩いているのかも分からなかった。緑があればこんなに乾いていないかもと思うと、森の大切さを認識させられる。

 カラカラに喉も乾いてきた頃、ようやく目的の建物が見えてきた。

 ご多聞に漏れず丸裸の森を背にする白亜の神殿は、五階建ての宿ほどの高さを有している。幾本もの列柱が階層状に並ぶ姿は神秘的でさえあった。一階の中央に設けられた黒い扉は重厚ながらも、大手を広げ旅人を出迎えているように見える。

 初めて目にしたものを圧倒する迫力と、壁面に彫られたレリーフが同時に荘厳さをも感じさせた。


「やっと着いたな」

「ああ、ここまで長かったぜ」

「まだ旅が終わったわけでもないのに……」


 呆れた様子で息をつくソフィア。それも分かるが、ここまで本当に長かったのだ。多少の疲れを吐露することくらいは許してほしいというもの。

 やれやれと肩をすくめるソフィアの隣では、クロエがただじっと神殿を見上げていた。

 その紫瞳が映しているものは神殿か、はたまた倒すべき敵か。


「……まあ、どっちもだろうな」

「あ、なんか言ったかおっさん?」

「いや、なんでもない。それより早く入るか。喉も乾いたし」

「そうですね。一応旅人のことも考えられていて二階には宿なんかもありますので、宿泊もできますよ」


 それはありがたい。

 クラスチェンジしにきて、町や村に戻る途中で疲れて倒れたら元も子もないからな。それにわしらはここから魔物退治に向かわねばならんから、体力を回復できる施設があるというのは大変助かる。

 ふとそこで、わしは少し疑問に思ったことを尋ねた。


「クラスチェンジをしたらさっそく魔物を倒しに行くのか? エルフの女王と先に顔合わせはしなくてもよいのだろうか?」


 魔物を倒した後、いきなり「魔物を倒した」と会いに行って、信じてくれるか不安に思ったのだ。

 いままでの経験則から言うと、それは半々くらいなんじゃないかとわしは思うわけで。信じてくれた者もいれば、わしを邪見に扱った不届き者もいた。エルフの女王がわしを見た目で判断しないという保証はどこにもない。

 ロクサリウムの女王も初見はそんな感じだったしな。あの時は従士の資格を得たため信用してもらえたが。


「おっさんを勇者として信用してくれるかを心配してんなら、たぶん大丈夫だろ。あんまり関係なさそうだしな」

「それはどういう意味だ?」

「つまり、私たちに面識がなくても、クロエならあるというわけですわ」


 そういえば、クロエはすでに顔を合わせているんだったな。しかもロクサリウムの王女だ。これほど信用を得やすい人物もそうそういないではないか。

 いや、別に利用しているわけではないが、少なくともわしよりは遥かにいい。


「ふむ、なら心配はいらんな」


 まあ、わしもクラスチェンジして真の勇者になるわけだし?

 いざとなれば、わし一人でもどうとでもなるだろう。なにせ真の勇者だからな!


「ではさくさくクラスチェンジを済ませるか」


 そしてわしらは黒い扉を押し開き、神殿の中へと進入した。

 神殿内は思っていた以上にさっぱりとした内装でシンプルだった。

 全面つるりとした大理石の床で、大きな支柱が何本か立っているが、ほかに目立った装飾はない。その柱には松明がかけられ、やわらかく辺りを照らしている。

 中央にはさほど高くない階段が伸び、その頂には玉座のような椅子が設えられ、そこには一人の女子が座っていた。

 高さのある帽子に白を基調としたローブ。この神殿の神官だろう。


「さて、じゃああたしから先に行かせてもらおうかな」


 そう言って一歩踏み出したライア。

 ソフィアがその背に声をかけた。


「なににクラスチェンジするか、もう決めてるのね」

「まあな。あたしは剣士だからその上位だ。お前は決めてないのか?」

「決めてるけど、決めあぐねているってところかしら」

「ま、そう深刻に悩むこともないんじゃないか?」

「そういうわけにもいかないでしょ。パーティーの役割ってものがあるんだし」

「なんでもいいけどさ。お前は素手で殴ってんのが一番らしいと思うぜ?」

「まったく、他人事だと思って」


 二人の親しい会話を聞いていて、なんだかほっこりとした自分がいた。

 ……もっこりじゃないぞ?

 それというのも、なんだかんだ言ってこの二人、しっかりとした信頼関係がいつの間にやら築かれていると感じたからだ。

 短いやり取りだが、確かに仲間としての絆みたいなものが見えた。共に競うように旅を、戦闘をしてきた二人だからこその関係性とでもいうのだろうか。戦友、そう、戦友だ。

 なんだか眩しくて羨ましいな。


「……わしもキラキラしたいぞっ!」

「ニヤニヤしてキラキラしてたら、気持ち悪さが爆発してるって。んじゃお先に」


 失礼な言葉を言い置いて、ライアは階段を上がっていく。

 そして神官の前へ。


「ここはディーナ神殿。生きとし生けるものが新たな人生を歩むための出発点。旅人よ、クラスチェンジをご希望ですか?」

「ああ、剣豪になるよ」

「……経験は十分に積んでいますね。よろしい、認めましょう。あなたの門出を祝福するとともに、この先の人生に幸多くあらんことを」


 神官が告げると、ライアの体が突然金色の光に包まれた。しばらくして輝きが収まると、大して見た目に変わらなそうなライアが直立していた。

 そして一礼をして階段を降りてくる。


「本当にあれでクラスチェンジ出来たのか?」

「ああ。大神官が認めたんだから、そりゃあ剣豪になってるさ」

「なんと! あの娘御は大神官なのか!?」

「驚くのはそこかよ。まあいいけどさ」


 呆れ肩をすくめながらも、ライアはソフィアへ体を向けた。


「それで、決まったか?」

「ええ。別にあなたに言われたからってわけじゃないけど、やっぱりバトルマスターになるわ。その前にクロエに聞いておきたいんだけど、あなた回復と補助魔法は持ってる?」


 ソフィアの問いに、クロエは静かに首肯した。

 自動筆記にて記したメモ帳には、『賢聖を目指してるから全部覚えたよ』とある。


「なら、心置きなくクラスチェンジ出来るわね」


 そう言って、軽やかな足取りでソフィアは階段を上がっていった。


「賢聖というのは……?」

「賢者のさらに上の、最上級のクラスのことさ。魔法使いとクレリック、その双方を極めた者だけが至れる職の上。つまり究極だな」

「ということは、クロエはクレリック系統をすでに極めているということか」


 だから心置きなくとソフィアは安心したのだな。

 ということはだ、わしが死んだらクロエにも復活させてもらえるということ。二段構えで頼もしい限り。

 会話に興じていると、クラスチェンジを終えたソフィアが階段を下りてきた。

 その手には、いつぞやの買い物袋を携えている。


「私ちょっと着替えてきますわ。勇者様、大神官様に失礼のないようにしてくださいね」

「安心せい。娘御といえど神官に手を出すような真似は、風俗以外ではせんからな。それにわし、真の勇者になるんだし! こちらから手を出さんでも、向こうから来るようになるだろうからな。心配するでない」

「寝言は寝てから言ってくださいね」

「妄想はいいから早く行ってこいよ」


 背を押されるどころか、半ば背中を蹴られるような形で送り出されたわし。

 ぞんざいな扱いはあいかわらず変わらない。悲しい。

 しかし! そんなことで肩を落としてなどいられない! わしはクラスチェンジするのだ!

 急ぎ階段を駆け上がり、大神官の女子の前へ。

 珍しいデブでも見るようなきょとん顔をされたが気にしない!

 瞳を輝かせて大神官のセリフを待っていると、ハッと思い出したように口を開いた。


「おほん。ここはディーナ神殿。生きとし生けるものが新たな人生を歩むための出発点。旅人よ、クラスチェンジをご希望――」

「わしは真の勇者になりたいぞ!」


 詰め寄らん勢いで、前のめりながら食い気味に口にした。


「最後まで言わせてやれよ、かわいそうに」

「仕方がなかろう。居ても立ってもいられんのだから」


 ニコニコし大神官を見ていると、わしを真剣な眼で見つめ返してきた。

 思わず勘違いしてしまいそうな眼差しにニヤニヤしてしまう。

 次に紡ぎ出す言葉に期待値はうなぎ上りだ!

 と、うずうずしながら待っていたら、大神官の眉が急にハの字に垂れ下がった。まるで同情するような憐憫を感じさせる顔だ。


「ん? どうしたのだ?」

「あなた、そもそもが勇者ではありませんね」

「なんだとっ?! 初耳だぞそんなこと!」

「落ち着いてください」

「いや、落ち着けん。お前さんのおっぱい揉まんと落ち着けそうにない。よろしいか? ――いててて」

「聞くな。つうか大神官に失礼なこと言ってんじゃねえよ」


 手をわしっと構えたところで、ライアに耳を引っ張られた。


「いつの間に上がってきたのだ」

「ちょっと聞き捨てならなかったんでね」


 おお! やはりライアは仲間思いだ。

 感動にいまにも咽び泣きそうな感情!


「大神官、いくら勇者に見えないメタボのおっさんだからって、見た目で判断するのは多少酷いと思うぜ」

「……それはフォローになっとるのか?」


 しかも多少って。メタボのおっさんは否定のしようがないが、これでもわしなりに頑張っとるのに……。


「いえ、見た目云々の話もあるにはあるのですが、」

「あるのか。その事実にわしショック」

「それ以前に、勇者の証をお持ちでないようで」

「……勇者の、証?」

「はい」

「わしは勇者だが、それではいかんのか? それとも血筋がどうのとかなら、根本的に無理なのだが……」


 不安を顔に浮かべて大神官を見る。

 わしの目を見返した大神官は微笑を浮かべた。それは安心しろとも取れるし、諦めろとも取れる微妙な表情だった。

 ますます不安が募る……。


「勇者というのは代々証を所持しているものなのです。それは血筋や見た目以上に大切な物。勇者はそれを以って勇者と成す。と、女神様が定められました」

「ずいぶん簡単な決まり事なんだな。とどのつまりだ、その証とやらを提示すれば、おっさんは勇者になれるってわけか」


 大神官はその通りだと大きく頷いた。


「してその証とやらはいずこに?」

「捨てていなければ本人が持っているか、その家に保管されていると思いますが」


 そんな大事な証を捨てるバカはいな……いや、あのもやし勇者なら分からんな。

 なにせわしを足蹴にし、城から放り出したのだから。

 しかし、


「とすると、一度アルノームまで戻らねばいかんのか」


 ここから船でアルノームまではかなりの距離がある。

 旅の祠を使えばいいが、そのためにはロクサリウムまで戻り、そこから旅の祠でグランフィードを経由して戻るのだが。肝心な船のフォアマストがあんな状況だから、スピードはあまり出ないだろう。

 イルヴァータの現状を鑑みても悠長なことはしていられない。しかし勇者にならねば役に立てん。

 うーむ、どうしたものか。


「アルノームまで戻るのでしたら、ここの道具屋にグリフォンの尾毛が売っていますよ」

「尾毛?」

「はい。一度行った村や町にひとっ跳び出来るアイテムです」

「にしてもグリフォンとな? ずいぶんと便利道具に使われるのだな」


 クロエが持つ自動筆記の羽ペンもグリフォンのものらしいし。

 幻の獣は人の役に立つ、いいやつなのかもしれん。

 

「ではそれを買うことにしよう」


 話がまとまったところ、


「――あら、まだクラスチェンジが終わっていなかったのですか? それとも、大神官様に手を出そうとしているのですか?」

「なにを失礼な。前者に決まっとるだろう」


 着替え終わったらしいソフィアから声がかかった。

 振り返り、階段下を見下ろすと――そこには黒いスーツ姿のソフィアが。一瞬バーテンかと思ったぞ。


「それがグランフィードで買った服なのか?」

「ええ、SPスペシャルセットですわ。耐久性耐摩耗性はもちろん、耐水性も上等。伸縮性もある素材なので動きやすいんですよ」


 それを証明するように、体を捩ったり腕を曲げたりを見せつけるソフィア。

 露出がまるでないではないか。わしはてっきり超短いスカートかと思い期待して振り返ったのに……。落胆を禁じ得ない。

 そこで、ふと思い至ることがあった。


「……ハッ! ソフィアよ、後ろを向いてはくれんか?」

「え? ええ、いいですけど……」


 不思議そうに小首を傾げながらも、後ろを向くソフィア。

 わしはドタドタと急ぎ階段を下りる。

 どうしても、確認せねばならんことがあるのだ!

 わしはヘッドスライディングしながらベストポジションへ。そして、見上げた。

 そこには、パツパツのパンツ越しの形のいいソフィアのお尻が! 桃尻、桃尻! むちっとプリンとした尻があったのだ!

 これは絶景。

 いや、これはこれでいいものだな。法衣の垂れ布越しの尻のラインも美しかったが、パンツスタイルはダイレクトに尻だ。布がめくれ上がるのを期待して待つ手間がない。それはそれで楽しかったが、それはそれ、これはこれだな。


「うむ」

「うむ、じゃねえよ変態め」

「イタっ」


 いつものように、鞘で頭部を小突かれた。

 ライアも鎧ではなく、薄着になればいいのにな。そしたら旅中、常に目の保養が出来るのに。ポロリも期待できそうな乳なんだから、もったいない。

 クロエの視線も痛いが、クロエもクロエだ。いつかバニースーツを着せてやるからな!

 ぐぬぬ、と唸ってみるものの、遠そうなその光景に知らず、わしはため息をついていた。


「ため息つきたいのはこっちだっての、ったく」

「それで、勇者様のクラスチェンジが終わってないのはどういうこと?」

「かくかくしかじかでな」


 ライアが事の経緯を簡潔にソフィアへ説明した。


「なるほど、証が必要なのね。なら善は急げですわ。さっそく道具屋へ行ってグリフォンの尾毛を買いましょう」


 そうしてわしらはアルノームに戻るためのアイテムを購入した。

 久しぶりのアルノーム。憂鬱だが仕方がない。

 それに、楽しみなことも一つだけあった。


「――ルミナス嬢……」


 あの極上のプリンちゃんはまさに神の領域だった。

 谷間を弄った感触と温もりは、いまもこの手に残る。

 また会えると思うと、自然胸も高鳴ってくるというもの。

 成長したわしを見て、惚れてくれたりなんかしちゃったりして!

 それだけが、いまから楽しみでしょうがない。


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