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玉座の間 大魔王ゼルード

 ただひたすらに長い階段を下りていく。

 だがそれは、今までのように洞窟を荒く削り出して作ったものではない。きっちりと切り出され黒く塗られた壁際には、松明が等間隔に整然と並んでいる。

 螺旋を描くことも折れ曲がることもしない直線的な階段は、迎える者の余裕や矜持すらも感じさせた。

 ひしひしどころかビシビシと感じるプレッシャーからも、女神と対等にやり合えるだけの力を持っているというのは頷ける。人間など取るに足らない存在とでも思っているのだろう。

 だがわしらはここまで辿り着くことが出来た。旅の中で培われた力と育まれた絆、それらは自信となってわしらの背を押してくれている。

 長く続いた階段もようやく終わり、ひらけた空間に出た。

 真っ直ぐに伸びる通路の両脇は水路になっていて、不気味な悪魔像が飛び石のように並び威嚇するようにこちらを向いている。

 一対、二対、三対と像たちを通り過ぎると、やがて巨大な鉄扉に突き当たる。

 まるで地獄の門かと見紛うほど重厚でいて装飾過多なそれは、審判への覚悟を問うているようにさえ思えた。


「玉座の間はこの向こうか……。開ければいよいよ最後の戦いだ。お前さんたち、準備はよいか?」

「そんなもんここに下りる前にもう済ませてるさ」

「覚悟もすでにしています」

「世界の平和と人々の笑顔のために、絶対に負けられないね、この戦い」

「生きて帰ろうよ、みんなで一緒にさ」

「ここまで来てみすみす殺られてやる義理はない、潰すぞ大魔王」

「……経緯や理由はどうであれ、皆とここまで来られたことを誇りに思う――では行こう、決戦の舞台へ」


 わしは重たい扉を押し開けた。

 玉座の間。そこは闇を放り込んだように真っ暗で、まるで先が見通せない。しかし一歩踏み出すと、そこかしこでかがり火が次々に灯り始め、やがて部屋を明るく照らし出す。

 黒塗りの部屋に敷かれた赤い絨毯の先、三段高い場所にその玉座はあった。豪奢でいて歪な造型、空席だが確かに感じる圧倒的な存在感。

 否が応でも緊張感を煽る。

 階段手前までやってくると、どこからともなく黒い靄が現れ、その男は姿を現した。


「……お前が大魔王か?」


 わしの問いかけに不敵に笑む黒衣の男。しかし黒髪の隙間から覗かせるアメジストのような瞳はまるで笑っていない。

 聞かずとも理解できる、強さの桁が違う。

 いままでも強き者たちとの戦いはあった。その当時の自分としては脅威であった彼らも、目の前の男と比べたら赤子同然だ。

 レギスベリオンの力を開放したあの時のベルファールでさえ、置き去りにされるだろう。それほどの底知れぬ魔力を感じる。

 思わずわしが息を呑むと、フッと鼻で笑った男が静かに口を開いた。


「そうだ、余が大魔王ゼルード。魔族の王の中の王。よくここまで辿り着けたな勇者、ゴミ同然の分際で」

「わしは自らをそう卑下したことなどないし、そこまでつまらん存在とも思っておらん。世界にとっての悪、異端、不要物という点ではお前の方がゴミなのではないか?」

「フッ、口だけは達者なようだな」

「それよりも。あの夜、幻影で見たお前は確かに凶悪な悪魔面をしていたと思ったが。実際は随分と優男なのだな、拍子抜けするほどに」

「外見と実力はイコールではない。その程度のことなど貴様でも痛感できているはずだが」

「たしかにその通りだ。しかしその言葉、そっくりお前に返させてもらうッ」


 わしが剣を抜くと、背にする女子たちも武器を手にした。

 それを呆れたようなため息であしらい、ゼルードはゆっくりと立ち上がる。


「身の程を弁えないムシケラほど質の悪いものはない。処理するのも面倒だがあの女神の先鋭、後顧の憂いはここで滅しておくべきか」


 呟く魔王の魔力が膨れ上がる。突風とともに放たれた威圧に肌がビリビリとひり付く。だがそんなものに気圧される程度の覚悟でここへ来たわけではない。

 柄を握る手に力を込めて、剣気を輝聖剣へ漲らせた。「――皆、行くぞ!」わしのその一言で仲間たちは散開する。

 とそこでいきなり先制してきたのはゼルードだった。「グウェルゼルタ……」右腕をなぎ払うように先ほど高めた魔力を放ち目標地点で爆発させると、まるで巨大津波のような爆炎が四方八方の広範囲に及んだ。

 散開したばかりの仲間たちに完全回避出来るような余裕はない。


「くっ、いきなりかよ……ッ」

「こんな序盤で削られるわけにはいかないわ、文句言わずになんとかしなさい」

「分かってる!」


 ライアとソフィアは闘気を高め、技を以て相殺しようとする。しかし思いのほか魔法の威力が高く、自身もタメを作れないため大技を繰り出せず、相殺しきれない分のダメージをじわじわと負っていく。


「予想は出来たはずなのに、油断したね……エレメンタル・ディグレース!」


 クロエはレジスト魔法を唱え、ついでに全体回復魔法を使用した。彼女は後衛のためまだ魔法との距離はあるが、それも時間の問題だ。

 わしはそんな皆からわずかばかり遅れ、「ワルドシールド!」盾の障壁と結界を展開した。

 ライアとソフィアの居る位置まで広げるとなると、かなり気張らねばならんが、そうも言っていられん。やるしかないのだ。

 先行しまず障壁が張られる。すると、ゼルードの魔法を受けた瞬間に簡単に打ち破られてしまった。「――なにっ?!」魔剣そのものだった騎士鎧の、ブラウフェンゲルツェンの初撃は止められたというのに……。


「盾固有の障壁では使い物にならんというのか……だがわしにはまだ女神から贈られた結界があるッ」


 多角形のプリズムが組み合わさり、大きなドームを形成する。皆を守る堅固な結界ではあるが、障壁よりも張り終えるまでの時間を要するのは難点だ。

 だが現状最高の魔法結界。その名に恥じぬ活躍で、大魔王の魔法は効果を切らす。


「忌々しい女神の結界か、まあいい」


 しかしまだまだ余裕の表情をしている。この程度では驚かないらしい。

 わしは結界を解除し、再び剣を構える。と、気づいたようにライアが声を上げた。


「なあ、楓とベルファールはどこ行ったんだ?」

「言われてみれば姿がないわね」

「無茶しなければいいけど……」


 仲間たちの心配する声を受けわしも周囲を見渡してみるが、姿どころか気配もない。――その時だ。

「オジサンさー、ワルドシールドはさすがにダサすぎでしょー」という声の聞こえた方へ目を向けると、柱の影になっている場所から楓がぬっと姿を現した。


「――影潜りからのぉ~いきなり雷遁、神威・天雷滅却っ!」


 速さを増した印結びから繰り出された雷が、全方位からゼルードを取り巻き激しく攻め立てる。属性こそ違えど、その凄まじさは全力のギガルデインに匹敵するほどだ。

 間違いなく言えるのは、火遁、九頭龍神火咆に並ぶ最強の術の一つということ。

 魔王の様子が窺えないほどの激雷はやがて一カ所に集中し、終いには束ねた逆さ雷となって天に向かって昇っていく。天井にぶつかると術は爆ぜ、まるで柳のように雷撃が降り注いだ。

 その一筋一筋が凄まじい威力で、たまらず左手で障壁を展開していたゼルードも、「――ぐっ」とわずかな苦悶を洩らしダメージを負っているようだった。

 女神の話では障壁で無効化されると聞いたが……それ以上の威力ということだろうか? それとも術はまた訳が違うのか。


「すげえ術だな、二段構えかよ……」

「本当に楓は多芸だわ、感心するわね」

「いやー、アタシってばやればデキる女だからさー」

「玉藻ちゃんもびっくりするだろうね」


 皆から称賛を受ける最中、ふと虚空へと目をやった楓。わしも気になり視線を向ける。

 雷撃が収まりつつある頃合いに、何もなかった空間に突然歪みが生じた。見覚えのあるそれはエステルの転移魔法と似た現象だ。

 そのたわんだ歪みからベルファールが静かに姿を現す。剣に黒炎を纏わせ振りかぶる彼女を、ゼルードは鋭く睨め付けた。


「裏切りのダークエルフが、この期に及んで余に楯突くか」

「端から手下になどなったつもりはない。レギスベリオン無きいま、貴様の言いなりになどなるか――オプスキュラー・ティルヴルム」


 魔剣を振り下ろし大火力の黒炎を放つと、それはベルファール自身の高魔力と混ざり合い、とてつもない奔流となって魔王に迫る。というか射線上にわしらがいることをまるで考慮していない攻撃だなぁ、仕方のない奴め。わしはワルドシールドで皆を守る。

 雷に抵抗を見せた障壁を解除した魔王は、冷静に両の手に魔力を集中させた。


「魔剣と自身の魔力による混成魔法か、小癪な。だがその程度――ヴラゴハウル=オルトロス!」


 両手を押し出すようにして魔法を受け止めた折、双頭の巨大な獣が大口を開けて咆哮しているような幻影が現れた。

 まるで壁のように立ち塞がりながらも、吐き出し続ける魔力がベルファールの魔法を往なし、やがて掻き消すと同時に放たれる。

 寸でのところで再び転移により距離を取ったベルファールだが、表情に悔しさは滲んでいない。

 しかしあの魔力を止めるとは……おかげでワルドシールドがあまり意味を成さなかった。


「フッ、グリムレイヴを手にしたところで所詮はこの程度か」

「ほぅ、こんなところで魔剣の真名を聞けるとはな」

「どの道、知れたところで貴様たちに勝ち目などない」

「真名? それを知るとどうなるのだ?」


 ベルファールの背にわしが訊ねると、剣に纏わせた黒炎を周囲に霧散させながら言った。


「真名を知らなければその武器の本領は発揮されない。逆に知れたいま、魔剣の力は真に解放されたと言える――このようにな」


 彼女が呟いた直後、靄のように広がっていた魔力が集まり爆発的に燃焼すると、黒い炎で出来たドラゴンが姿を現した。


「まさかと思っていたが、手にした時から感じていた。邪竜マディルにも似た魔の力を」

「マディル……レブルゼーレの母竜だな」

「ああ。そしてグリムは古の魔竜の名だ。この魔剣にはそのドラゴンの力が宿っている」

「なるほど。真名を知れたからこそ魔竜の力を開放できるというわけか」


 得心しわしが頷いたところ、くっくと肩を震わせてゼルードが嗤う。


「だからどうした。何度も言わせるな。貴様たちが余に勝つことなど、皆無だ」


 人を見下し嘲笑する魔王に苛立ちを覚えたのは、なにもわしだけではない。

 苛立つように闘気と魔力を高めた女子たちは、強い敵愾心を燃やす。


「あんまり調子に乗んなよ」

「こんな序盤で判断されるほど私たちは弱くないわ」

「数的に有利なのを差し引いてもね」

「攻撃通るってのはさっき証明できたし」

「あの程度の力を見せただけで実力を知った気になるな」

「わしらがここへ来たのはお前を倒すため。敗北など許されん。なればこそ、必ず討たねばならんのだ」


 小馬鹿にしたような笑みを崩すことなく聞いていた魔王が、呆れるように肩をすくめる。笑みを失せさせるには至らんようだ。


「ならば余に示してみろ、矮小な人間の力がどれほどか。女神の先鋭、世界の希望。些末なものに縋るその全てに、余が絶望をくれてやる」


 全身から噴き上がった魔王の魔力が、その背に得体の知れない不気味な幻影を映しかけた。まだなにかありそうな不安を覚えたが、いまはぐだぐだ考えるのはやめだ。

 強く地を蹴ったライアとソフィア、二重高速詠唱に移行したクロエ、そして再び姿をくらました楓とベルファールに続いてわしも駆けた。

 まず先攻したのはライアだ。

 一人突っ込み鋭い斬撃を繰り出した。紙一重で避けた魔王の顔面を返す刀の切っ先で狙う。それを仰け反りながら躱したゼルードは右手に魔力を集束させた。

 ライアの胴部を直接狙ったのだろう魔王だったが、その腕が伸ばされた刹那――「させるかよッ!」コンパクトに振り下ろした刀から放たれる「紫光黎明!」の極大オーラが攻撃を阻む。

 防御結界を突き抜け逆に胴へ強力な一撃を受けたゼルードはわずかに顔をしかめるも、たった半歩で踏みとどまった。

 魔力を握りつぶしそこから繰り出された魔王の拳を、ライアは咄嗟に鍔元で受け止める。だがその瞬間炸裂し大爆発、ライアは吹っ飛ばされ壁に背中を強かに打ち付けた。


「ぐぁっ!」

「ライア!」

「あたしのことなら心配すんな、おっさんは前見て集中してろ――ゲホッ」


 かなり強烈なダメージだったらしく、苦悶の表情で咳き込む。心配だが心配ばかりもしていられん。呼吸法で回復に努める彼女から大魔王へ目線を戻した。

 続いて楓が影潜りから姿を現す。土遁の印を結ぶと「鬼嘆泥沼」で魔王を足止めした。しかし足首までしか沈ませられず、その程度では効果は期待できない。

 それは楓も解っていたようで。続けざまに結んだ印は冥遁だった。たしかわしが最後に見たのは酒呑童子の時に使った『餓鬼霊障』以来だが、果たしてどのような術か。

 そんな期待の中、楓が唱えた術名は「奈落兇葬」。沼から這い出た亡者たちの燃え盛る無数の腕が魔王の体に絡みつく。引きずり込まれるようにして、徐々に体を沼へと沈ませていくゼルード。なんの抵抗もなくそのまま完全に姿が見えなくなると、今度は沼の中からグチャグチャと聞くに堪えがたい租借音のようなものが聞こえてきた。


「楓よ、一体あの中ではなにが起こっているのだ?」

「冥界の魑魅魍魎たちを喚び出して襲わせてるんだよ。アタシもあんま冥遁は使いたくないんだけどねー。でもあいつらしぶとい上に食欲は旺盛だからさ。今ごろ焼肉にでもしてみんなでパーティーしてんじゃない?」

「あの沼は呼び水だったってわけね」


 じゃっかん顔をしかめながらも、ソフィアが感心した風に呟く。

 やがて租借音が聞こえなくなり、沼も波紋すら広げず影溜まりのように静かになった頃。

 突然ぶるぶると沼が震え、中からゆっくりと鏡のような黒い球が浮かび上がってきた。

 中空で弾けると絡みついていた亡者の腕が飛んでくる。わしの目の前に転がり無残にのたうっては、息絶えるようにして動きを止めた後、瘴気となって霧散する。

 空中浮揚するゼルードはまるで無傷だった。


「なかなか面白い技を使う。ウジ虫どもの共食いを眺めるのは存外楽しめたぞ」

「共食いっ?!」


 と楓が心底驚く。

 どんなタネなのか知らんが、あの沼の中では魑魅魍魎が互いに食い潰し合っていたというのか。やはり強い――だが!

 今度はわしの番だと剣気を纏わせたアールヴェルクを逆手で振り抜いた。三発分のワルドストラッシュの眩い剣圧は魔王に直撃する寸前、何か黒い剣閃によってなぎ払われる。爆散したわしの技、その向こうでゼルードは魔力の塊でできた大鎌を手にしていた。

 地上に降下しながら、魔王はつまらなさそうに呟く。


「アテルサナトス。その程度の技、余の死黒の鎌の前では無力に等しい。小手調べのつもりならばやめておけ。全力でこい勇者、あまり余を退屈させるな」

「――そういうセリフは全員を相手にしてから吐いてくれる?」


 声が聞こえたかと思えば、一瞬で間合いを詰め既にゼルードの背後を取っていたソフィア。いつもは片手だけに螺旋を纏わせているはずの闘気だが、今回は両手だ。

 魔王が振り返る素振りを見せた瞬間、「双撃・武王螺旋連衝!!」その背に連撃を叩き込む。一撃の重さ重視の通常のものと比べれば一発の威力は低い。だがそれでも連撃数が半端ではないため、総ダメージはこちらの方が上だろう。

 魔王の防御結界は粉みじん、しかし魔王自身も相当タフなのか、致命的なダメージとまではいかないようだ。

 連撃の後、分けていた闘気を瞬時に右手に集中させ渾身の「武王螺旋衝」を叩き込む。

「グハッ!」と苦痛を洩らしながら飛ばされた先で受け身をとった魔王が体勢を整えようとしたその時――「クロエ!」とソフィアが声を上げた。


 向けた視線の先で、クロエは最上級魔法の魔方陣を二つ準備していた。この機会を窺っていたのだろう。

「任せて――オルディリアス・イグニート」まず放たれたのは火属性。幾筋の炎が、焔を噴き上げながら床と宙を這い魔王を取り巻くように集まっていく。炎は回転しながら球状へ変化し、肥大してはやがて大火球を形成した。

 小爆発を繰り返しながら、苦しみもがくように焔が腕を伸ばし始めたのを見計らい、もう一つの魔法を解き放つ。

 緑の魔方陣から放たれたのは荒れ狂う巨大な風玉「エルヴァディール・アウラーレ」。風の最上級は初めて見る魔法だ。二重詠唱で使用したのも意味のあることだろう。飛んでいった風玉は大火球の中へ潜り込むと、乱回転させた火球を一気に肥大させ瞬間的に爆裂させた。

 女神の塔で見たような爆炎が広範囲に及ぶかと思いきや――高魔力の火炎は立ち上る局所的な巨大竜巻に巻かれ、魔王の逃げ場を完全に封じる火炎竜巻となった。

 それは魔王城外苑で見た、風属性の「ヴォルグテンペスト」、火属性の「フラムフェルゴ」を合わせた竜巻などとは威力の桁がまるで違う。

 閉じ込められている魔王の防御結界など当然意味をなさず、さらには両手でそれぞれの属性の障壁を展開し耐えていた。これほどの魔法でも、耐えているのだ。


 が、「――なるほどな……」そう呟き中空に姿を現したベルファールが、黒炎のドラゴンを撫でながら冷徹な眼差しをゼルードへ向けた。

 先ほど同様、竜巻に巻かれながらもベルファールを睨み上げる魔王。その表情にようやく焦りが見えた。


「貴様、三属性以上の障壁は同時展開できないと見たが、どうだ?」

「それに答える義理はない……」

「ならば試してやる――グリム!」


 脇に控えていた竜は急降下し、火炎竜巻の中へ突っ込んでいく。竜は炎となって弾け紅蓮に黒炎が混じると、さらにえげつない火力となって逆巻いた。

 魔剣グリムレイヴの炎は暗黒魔法に近いのだろう、故に火属性の障壁では無効化や軽減が出来ない。


「ぐっ……余が押されるだと、たかがムシケラどもに……ッ」

「そうやって取るに足らないと高を括っていたのが仇となったな。お前に比べれば小さな存在でも、力を合わせればどのような苦難にも立ち向かってゆけるのだ!」

「はぁ、貴様は大して何もしていないだろう……」


 良いことを強く言いきった、そんな気になったのも束の間。わしらの元まで戻ってきたベルファールが、背後で呆れた調子で呟く。


「わ、わしの出番はまだこれからなのだ、いまに見ておれ」

「なら油断せずに準備しておけ。ライアとソフィアはそれを解っている」


 言われ二人に目をやると、闘気を高めその時に備えているようだった。

 なるほど。魔法が切れると同時に叩こうという算段か。それならばわしも――

 剣を逆手に持ち替え、今度はケチらず剣気をフルチャージして待機した。


「ベルファールよ、助言感謝する」

「したつもりはない」


 冷たいようでいて少しやわらかい返事だった。

 ここに至りようやく仲間らしくなってきたな。目的を同じくするというのは、それだけで何かが芽生えるのかもしれん。

 ようやく魔法の効果が切れかけると、距離を少しずつ詰めていく前衛三人組。やがて竜巻が掻き消えた刹那、まず飛んだのはライアだった。


「くらいやがれッ、無刀流奥義・刃雨大瀑!!」


 闘気を刃に乗せて振り下ろしオーラを放った。幾百の気の刃に襲われるも魔王はやはりタフで、先の術と魔法のダメージがあるにも関わらず膝を屈するようなことはない。


「勇者様、挟撃いきますよ!」

「うむ、お前さんに合わせよう」


 ライアの技の終わり。ソフィアの突進力を計り、わしは全力で駆け出す。

「――武神天崩撃!」「――ワルドブレイク!」 

 ソフィアは背、わしは正面から渾身の技を同時に打ち込む。無防備な背中側とは違い、わしのブレイクは両腕でガードされてはいるものの、双方向からの衝撃は確実にゼルードの体へダメージを負わせているだろう。

 現に耐えている魔王の表情は悪鬼の如く。だがここで終わらせる、その想いを込めて、押し返されぬようにわしはさらに力を込めた。

 ビリビリと痺れる腕。ぶつかり合う技同士がやがて魔王を挟んだまま爆発しかけたその時――


「ザコどもが、図に乗るなッ!!」


 魔王が激昂し一気に魔力を発散させると、一瞬のことでなにか解らなかったが、得体の知れない物体に強烈になぎ払われ、わしはソフィアと同時に吹き飛ばされた。

 地面を転げまわりながらも剣を地面に刺し、なんとか止まる。ソフィアは無事かと思い立ち上がろうとした瞬間、「ゴボッ」とむせ込みわしは血反吐を吐いた。


「なん、だ……この衝撃は……鎧を突き抜けてきおった――ぐふッ」

「おっさん!」

「オジサン、大丈夫っ?!」

「ベルファール、ソフィアをお願い!」

「任せておけ」


 わしは楓とライアの支えを頼りに立つ。ベルファールが転移によってソフィアを救出した後、クロエの回復魔法によって全快した。


「すまんな、みんな。ソフィアよ、大丈夫か?」

「私は大丈夫です……それよりもアレは――」


 わしらの視線の先。

 禍々しい不気味な魔力を噴き上げる魔王の背後に、魔法陣のような円環から伸びる、黒いガントレットに包まれた剛腕が一対浮かんでいた。

 円環は輪を広げながら中央で重なり、やがて大きな鎧兜の上半身が姿を現す。腰元に現れたもう一つの円環は地面へ下りていくと、今度は片膝を立てて屈む下半身が……。

 そうして全身を覆う魔力に透かされたゼルードの体は、吸い込まれるように鎧の中へと消えた。

 数瞬の後――兜の目元に黄金が灯ると、鎧の至る所から紫黒色のオーラが燃えるようにして噴き上がる。

 おもむろに立ち上がるその身長は三メートル近い。さらに凄みを増した雰囲気、そして威圧を以て見下ろしてきた。


「……まさか余が、ムシケラ相手にこれを使うことになるとはな。貴様らはそう簡単には死なせん。死よりも辛い苦痛を与え嬲り殺しにしてくれる」

「お前がどれだけ強大であろうと、わしらは決して負けはせん!」

「では第二幕の幕開けだ、かかってこい勇者ども――」


 そして戦いの第二幕、その火蓋が切って落とされた。

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