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三種族同盟

 女王の許可を得たわしらは、あれからすぐにエステルの転移魔法でラグジェイルの大地へと飛んだ。

 どうやら転移魔法は一度行った場所、もしくは見た場所にしか移動できないらしく。いったん港町ラゴスへ行き、そこから馬車を調達して北へ進路を取った。

 事情を説明したら早馬を用意してくれたため、数時間ほどでドワーフの町への入口のある岩場へ、たどり着くことが出来たのだ。

 覚悟を決めているためか、後ろ向きな緊張を感じさせないエステルとともに地下へ降りる。

 相変わらず埃っぽい坑道を道しるべに従って移動すると、やがて鉄門へたどり着いた。


「――よいか、エステル。この先はドワーフの町だ。わしらが付いているとはいえ、あまり無茶なことは」

「分かっている。私は頼みに頭を下げに来ただけだ。たとえ戦闘になろうと手は出さないと誓う」

「その時はわしが必ず守る。物理防御に関しては完璧な盾だからな」


 ……小手調べのような魔法が貫通してきたことを鑑みると、少々自信がなくなるが。ドワーフ王も物理に関しては自信ありそうだったからな、その点だけは信じることにしよう。


 鉄門を皆で協力し押し開ける。ひんやりとした地下の町の空気が肌を撫でた。

 普段なら、そこら辺を歩いているドワーフたちが目に映るはずなのだが、今日は様子が違った。一人も外に出ていない。

 それどころか、息を殺しているようなピリッとした緊張が町に満ちていた。ある意味では殺気じみている。


「……こいつは」

「たぶん地下へ降りた瞬間から感じ取ってやがったんだろうな」

「ここまでとは思わなかったわね。それほどまでに仲が悪いの?」


 ソフィアの疑問に、「ふう」と重いため息をついてエステルは軽く肩をすくめた。


「互いに互いの造形物や容姿を貶し合ってきた歴史が根深いからな。話し合いの席に着こうなどという発想すら出てこないレベルでの相互嫌悪だ。私だって勇者の盾を見るまではそう思っていた」

「やっぱりハイエルフが感心するくらいのすごい盾なんだね」

「それにしても武器まで構えてるとかさ、あっちはやる気満々だねー」

「武器?」

「ほら、あそこ、納屋の陰からちょっと見えちゃってんじゃん」


 楓が指さす方へ目を向けると、そこには納屋の角からこちらを覗く金槌を抱えるドワーフの姿があった。

 あのドワーフはよく覚えている。カタツムリ退治の時に案内してくれたラウスという者だ。

 わしは小走りに駆けラウスのもとへ。


「お前さん、久しぶりだな」

「お前たち、どういうつもりなんだ? ハイエルフを町に入れるとか、王は大変ご立腹どころか怒り心頭で怒髪天だぞ」

「そこまで怒り狂うほどなのか。まあよい、王のところまで案内してくれんか?」

「死にに行くのか?」

「話をつけにいくのだ。世界のためにな」


 ゴーグル越しのラウスの目が、わしをじっと見定める。そこに覚悟を見たように目を瞠ると、「……分かった、ついてこい」と言って背を向けた。

 ラウスについていき、町の高台にある王の住居前までやってきた。

 久しぶりに見た鍾乳石の柱に囲まれた建物は、それほど時間が経っていないにも関わらず、もはや懐かしくさえ感じる。

 エイルローグのアリシアとネリネは元気にしているだろうか……。

 ふと彼女らのことを思い出しながら扉に手をかけた、その時だ――


「おっさん、引けッ!」

「危ないッ!」


 ライアとソフィアに鎧の襟首を掴まれて、思いっきり引っ張られた。

 刹那。

 石の扉が外壁ごと爆発によって吹き飛び、爆風がわしの眼前を掠め撫で上げるようにして空へ噴き上がっていく。前髪が少し燃え、チリついた。

 あまりにも突然のことに混乱し、天地の位置を正しく認識できないほど世界がぐるぐるとしていたが。不意に視界へ飛び込んできた存在がそれを払拭した。

 土色の闘気をまとったドワーフ王が、髪を逆立てながら悪鬼のような形相で睨んでいたのだ。


「ワルド、てめえ一体どういうつもりだ? お前ら人間は恩を仇で返すのか?」

「だ、誰も仇討ちになど来とらんだろう」

「ハイエルフがなんでこんなところに居やがる。誰が連れて来ていいと許可した?」

「許可などは得ておらん。だがその前に話を聞いてほしいのだ」

「裏切るようなやつの話を俺が聞くと思うのか? 死にたくなければさっさとそいつを連れて消えろ。俺をこれ以上怒らせるな」


 声を低めドスを利かせる王の声に、体が恐縮し震える。殺気が十二分に膨らみ切っていたからだ。

 だがここで尻込みしては勇者とはいえん。勇ましい者、それが勇者なのだ!


「お前さんがわしらを殺したいのであれば構わん。その時は全力で、お前さんが鍛えたこの最強の盾セヴェルグで皆を守る」

「――なら返せ」

「いやだ」


 即断ると、王は頬をひくつかせながらわしを睨んでくる。

 負けじとわしも睨み返していると、エステルがそれを止めるように間に割って入った。


「ドワーフ王。此度の突然の訪問、どうかお許しいただきたい。私はヴァレンティン王家に仕える巫女、エステル・エグゼリス。あなた方が私たちを嫌悪しているという事実を承知の上で、本日はお願いに参りました」

「願いだ? 二種族間には海よりも深い溝があることは知ってるだろ。その願いとやらを、俺が聞き届けるとでも本気で思っているのか?」

「思わない。ですが、この世界に存在する数多の命のためにも、どうか協力をお願いしたい」


 エステルは人目も憚らずに、ハイエルフにとっては屈辱であろう、異種族であるドワーフへ跪いて頭を下げた。

 ドワーフ王もそこまでするとは思っていなかったのか、軽く仰け反るようにして体を引いた。困惑するような目を向けてきたため、わしはそれに対して真剣な顔で頷く。


「……あのプライドの塊みたいなハイエルフが、俺に頭を下げてまで申し出たい願い、か。…………ちっ、そこまでされて話も聞かないんじゃ俺の器が知れるだろ。汚ねえ真似しやがって……」


 髪をガシガシと掻き大斧を収めると、闘気の発散を解除して王は高台を降りていく。


「……ついてこい。話しなら広場で聞いてやる。どうせお前らも絡んでることだろうから、ワルドたちもな」

「ありがとう、ドワーフの王」


 立ち上がり、彼の背に礼を告げたエステルへ、「ゴルディールだ」とドワーフ王はそっけなく零して先を行く。

 思いがけないところで王の名前が知れた。これは幸先が良いのかもしれん。

 わしは小走りに駆け、王の後ろへついて歩いた。

 坂道を下るとすぐそこにある広場では、恐る恐るといった様子でほかのドワーフたちも集まっていた。

 しかし数が少ないことが気になってわしは訊ねる。


「ゴルディール王よ、以前よりもドワーフの数が減っている気がするのだが、どうしたのだ?」

「ああ、エイルローグの再興のために手伝いに行ってるからな」

「ということは、アリシアとネリネはここにいないということか」

「お前たちが発って二日後には、勇み足で飛び出していったよ。大した姫さんだ。と、それは置いといて、ひとまず座れ」


 集まっていたドワーフたち数名が、机と椅子を並べ終えたところでわしらも席に着く。テーブルは円形をしていた。

 円卓は平等、対等、そういった意味があると何かで読んだ気がするが。そうだとするならば、王はわしらを尊重してくれているのだろう。

 その広い心に感謝したい。

 王はどっかりと椅子に腰掛け、さっそく切り出した。


「それで、俺に頼みってのはなんだ?」

「はい。単刀直入に申します。あなたにオリハルコンを鍛えていただき、勇者の剣の剣身を完成させて欲しいのです」

「オリハルコン? そいつはアダマンタイト以上の伝説の鉱物だろう、手に入れたのか?」


 王はわしを一瞥する。もちろんわしは首を横に振る。


「いや、これからだ。その前にお前さんに頼みに行くのが先だと思ってな。いわゆる筋を通すという奴だ」

「頭の悪そうなワルドにしちゃ懸命な判断だな」


 ……先に向かおうと言ったのはわしではなく、エステルなのだがな。まあ黙っておいてもいいか。話の腰を折るのもなんだしな。

 決して頭が悪そうと言われたことを気にして、わざわざ訂正しなくてもいいだとか、そんな浅はかな保身に走ったわけではないことだけは断っておく。


「だがオリハルコンを鍛えるにはここじゃ無理だぞ。アダマンタイトよりも難しい鉱物だ。ヴァルム鉱石程度の火力じゃ鎚打ち下ろすどころの話じゃねえ。どうするつもりだ?」

「それに関しては問題ありません。聖域の工房があります」


 王はまさかといった様子で目を瞠る。


「俺をエーデルクルスの聖域に入れるつもりか? よくそちらさんの女王が許可したな」

「勇者の剣を鍛えることは、それ即ち世界に平和をもたらすことへと繋がるでしょう。そのことを陛下にもご理解いただきました」

「梃子でも動かなそうな女王を説得したってのか。なるほどな、危険を顧みずにここへ来るわけだ」


 くくっと愉快げに肩を揺らして、ゴルディール王は口端に笑みを浮かべた。


「面白い、気に入った。ところでプリンセスはどうした、一緒には来なかったのか?」

「アルティア様は第三魔法障壁を張るため聖域に残られています」

「第三まで使わされるほどの有事ってことか」


 髭を撫でつけて「ふむ」と頷いた王へ、エステルは静かに首肯した。


「理解が早くて助かります。いまユグドラシルはベルファールの脅威に晒されています。次の襲撃で間違いなく戦力のすべてを投入してくるでしょう。おそらくその準備をしているであろう今しか猶予がありません。ゴルディール王、一方的な頼み事で心苦しく思いますが、いま一度お願いしたい。どうかユグドラシルのため、そして世界のために、そのお力をお貸しください」


 再び頭を垂れて協力を乞うエステル。

 王は小さく鼻を鳴らすとラウスに目配せし、紐で巻かれた古い羊皮紙と羽ペンを持ってこさせた。それを卓上に広げると、なにやらセヴェルグに刻まれているような文字を書き始める。

 自身の名前を書き終えた王はペンを置き、神妙な顔をして口を開く。


「話は分かった。だから顔を上げろエステルとやら」


 そう言われ顔を上げたエステルは、羊皮紙に書かれていた文言を目にする。


「これは……」

「同盟締結に関する書類だ。古代女神文字は契約の文字。この文字の前に交わされた約束は絶対だ。お前たちの覚悟を前に、俺たちがいつまでもガキみたく毛嫌いしてるわけにもいかねえからな。その覚悟を買ってここに同盟を宣言してやる。名前を書きな」


 少々乱暴な王の言葉を噛みしめるように胸に手を当てたエステルは、「ありがとうございます」囁くようにしみじみとそう言ってペンを取った。

 彼女がさらさらと流れるように名前を記入し終えたところで、王はわしの顔を見る。


「ワルド、最後はお前だ」

「ん? わしも名前を書くのか?」

「三種族の同盟だからな。いちおう名前書く欄作ってやったんだ、ついでに書いていけ」


 見ればエステルの名前の下にもう一本下線が引かれている。

 いつの間にやら、わしが人間代表みたいな扱いだ。なんだか首筋がむず痒い。

 だがそういうことならと、「わかった」そう頷いてからわしもペンを取る。

 久しぶりに書く名前はひどく不格好な文字で記され、前二人と並ぶときったない……。わし、こんなに字下手だったかな。これではあの勇者もどきの青年を馬鹿には出来んではないか。

 一人渋面を浮かべていたところ、ゴルディール王は突然立ち上がった。


「よし、ここに同盟は結ばれた。とりあえずお前たちはさっさとオリハルコンを手に入れてこい。俺は鍛冶道具の手入れでもして待ってる」

「そうですね、オリハルコンがなければ始まりません。私たちはさっそくガーブ山地へ向かいます」

「ああ、気を付けていけ。レブルゼーレは強力な黒竜らしいからな。油断して死ぬんじゃねえぞ」


 心配してくれる王にわしはしかと頷き返し、そしておずおずと切り出した。


「ところで。少し言いにくいのだが、よかったらもう一本剣を貸してはくれんだろうか?」

「あ? あれじゃ役立たなかったのか?」

「そういうわけではないがな。ベルファールの魔法を斬った時に腐食してしまったのだ」

「ったく仕方がねえな。すぐ持ってこさせるから待ってろ」


 王が指示すると、ドワーフは慌てて高台へと走っていき、すぐに剣を抱えて戻ってきた。

 相変わらず武骨ではあるが、今度のはわしの身長に合っていて前の物よりは扱いやすそうな剣だ。


「以前お前にやった剣よりは身の丈に合ってるだろ。こんなこともあろうかと思って、あれから一本鍛えておいたんだ」

「すまん、恩に着る。ドラゴンと対峙するならば必要不可欠なので助かる」

「なに、俺も勇者に自身の作を使ってもらえる。それは名誉なことだ。お前はらしからないけどな」

「放っておけ」


 余計な一言にツーンと拗ねてみせると、ゴルディール王はガハハと豪快に笑った。

 だがすぐに真剣な顔をして、スッと拳をわしの方へと伸ばしてくる。


「お前のために最高で最強の剣を作ってやる。だから必ず戻ってこい」

「なに、わしは一人ではない。皆がいるならば、どんな強大な敵だろうと蹴散らしてみせる」


 わしも拳を出し、王の拳に軽くぶつけた。

 ふっと笑みをこぼすと、それ以上の言葉はいらない、そう言わんばかりに王は踵を返して高台へと戻っていく。

 その広い背中から、励ましの言葉を得たような気がした。


「さて、わしらもそろそろ行くとするか」

「ところで、ガーブ山地まではどう行くの?」


 クロエの問いにエステル。


「ガーブ山地は昔監視のために何度か訪れたことがある。場所なら分かっているから転移できる、だから安心していい」

「そっかー、それなら楽でいいね。しっかし便利だねーそれ。クロエちゃんも使えたらいいのにね」

「たしかに便利だけど。見た場所や行った場所にしか行けないって、グリフォンの尾毛みたいだね」


 そういえば効果が似ているな。だがあれは上の世界でしか使えんようだし……。

 そうなるとクロエにも欲しいところではあるが。

 そんな淡い期待を抱きかけたが、エステルから残念なお知らせをされる。


「転移魔法は限られた者にしか発現しない特殊能力だからな、それは無理だろう」


 がっかりと肩を落とす楓の背中をポンポンと叩くクロエ。

 そんな二人を微笑ましく眺めていると、エステルが転移の魔方陣を地面に広げた。


「さあ急ごう、竜の巣へ――」


 そうしてわしらは、再びユグドラシルの地へ転移した。

 強大な黒竜レブルゼーレを倒し、オリハルコンを得るために。

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