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業火の広場――炎帝のイグニスベイン

 村を出て二日。

 野宿を挟みながらラグジェイルの地を南へ下ったわしらは、再びエイルローグの町まで戻ってきた。

 この一週間ほど。魔物たちがどこそこへ侵攻したなどの悪い噂を聞かなかったことからも、イグニスべインとその配下たちは大人しくしていたようだ。

 それに関してそこまで心配していたわけではなかったが、どこも無事なことに一先ず安堵する。

 だが、問題はここからだ。

 気を引き締め、廃街のエイルローグ城下町の崩れた門から町へと入る。


「以前は力の差をまざまざと見せつけられ、手も足も出なかった。だが今回は違う。わしは盾を、そしてライアは武器と技を手に入れた」

「ああ。前のようにはいかねえ。やつは朱火の仇でもある。落とし前はあたしが必ずつけるッ」


 鞘を握るライアの手にさらに力が入る。双眸が鋭く見据えるその先は、大広場の方向だ。


「私たちも坑道での戦闘で成長しているから、足手まといにはならないはずよ」

「新しい魔法も覚えたし、」

「アタシも術覚えたからねー」


 クロエと楓が顔を見合わせて頷き合う。

 どこか嬉しそうに見えるのは、自身の成長を実感しているからというだけではないだろう。皆の役に立てる、気持ちだけではない確かな自信がその表情に現れている。

 魔物の襲ってこない町中をひた歩き、大通りへと差し掛かる。甲冑の魔物が剣を胸の前で構えて、通りの端で列を成していた。

 広場へと誘われ、そしてついにわしらは戻ってきたのだ。

 足を踏み入れた瞬間、広場の中央上空に以前のように炎塊が出現する。

 地面に落ちて小爆発を起こしたことで立ち込めた黒煙の中に、わしらはやつの姿を見た。

 燃え盛る大剣、炎を纏う紅蓮の甲冑。因縁の仇敵、イグニスべインだ。


「よくぞ吾輩の元へ戻った。あまりに遅く待ちくたびれた。恐れをなして逃げたのかと疑うほどに」

「馬鹿言ってんじゃねえ、誰が逃げんだよ。あたしは負けず嫌いなんだ、負けたまんまでいられるか!」

「その性格が仇とならなければいいが」

「余裕ぶっこいてられるのも今の内だぜ」


 ライアの強気な発言に、イグニスべインは軽く肩をすくめる。そして革製のベルトに下げられた刀を見て「ほう」と感嘆をこぼした。


「新たな武器を手に入れたか。それに心技体、いまの其方にはそれが具わっているように思う。これは油断ならんようだ」


 ライアにしか注目していないことに多少ムカッとし、わしも前に出て盾を自慢する。


「お前さん、わしの盾が目に入らんのかっ? わしだって強い防具を手に入れたのだ! 恐れをなすがよいぞ」

「ん? それはドワーフの仕事か……。地下全体を崩してやろうと思いグランドロックマイマイをずいぶん前に放ったが、あれでは話にならなかったようだな」


 自嘲するように鼻で笑うと、イグニスべインはおもむろに大剣を持ち上げた。


「では小手試しをしてやろう。その盾がどれほどか――」

「おっさん、来るぞ!」

「任せておけ! 皆は後ろに」


 わしはどっしりと盾を構えてそれに備える。やつが宙を斬りつけた形は十字、以前にも見たあの技だ。

「クロスバーン」技名と共に膨大な熱量の火炎が十字型に放射される。

 真っ赤な炎が迫りくる。しかし盾はその炎が接触する間際に輝きだし、周囲に淡い光のフィールドを発生させた。

 球状の表面をなぞるように炎は流れていき、背後に居並んでいた甲冑どもを焼き尽くす。やがて勢いをなくしたは炎は黒煙を引いて消えた。


「大したものだ。これは少し厄介だな」


 そう呟いたイグニスべインだが、さほど危機感を感じていないように思う。まだ隠している力でもあるのだろうか。

「おっさん、大丈夫か」そう言って駆け寄ってきた女子たち。もちろんわしに傷はない。少し熱さで息苦しくはあったが、その程度だ。


「大丈夫だ、皆も無事か?」

「ええ、私たちは大丈夫です」

「それにしてもすごい盾だね、勇者さん!」

「あいつの技もこれさえあれば完封できるかも!」


 喜ぶのはまだ早い気もするが、褒められるのは満更でもない。

 魔物に視線を転ずると、肩を揺らして愉快げにクックと笑っていた。


「だが楽しめそうだ。吾輩も久しぶりに全力を出す時が来たようだな。ようやく出会えた好敵手……さあ、吾輩を楽しませてくれ」

「来るわよッ」


 ソフィアが注意を促した直後――。

 イグニスべインの体を包む火気が一気に勢力を増した。紅蓮に混じる黒い炎。魔物の周辺に陽炎が揺らめき、景色が歪んで見える。

 大剣を肩に担いだ魔物は地を蹴った。

 クロエがすかさず「ディヴァインベール」で属性耐性を皆に付与する。

 瞬時に散開した女子らに続いてわしも駆け出した。

 イグニスべインがまず狙ったのはわしだ。盾しか取り柄がないと判断されたのだろう。

 わしは剣を逆手に持ち替えながら、振り下ろされるやつの剣を盾で真っ向から受け止める。甲高い金属音を響かせた重みのある一撃に足先までしびれた。

 今なら至近距離だ。逆手に持ち替えた時から溜めていた剣気を、わしは直に叩き込む!


「くらえい! ワルドブレイク!」

「甘い!」


 盾で防いだまま繰り出した技は、しかし奴には届かなかった。イグニスべインが盾表面で剣を滑らせ、その勢いのまま剣を弾き返したからだ。

 不発に終わった剣気は、大剣に纏う火炎を巻き込んで盛大に爆発を起こす。

 辺り一面に白煙が広がる。

 視界不良の中、煙に滲む炎を目印に突っ込んだのはソフィアだった。

 乱れ舞うような連撃が空気の流れを生み、徐々に煙を晴れさせる。

 強烈に足を払いわずかに体勢を崩させると、ソフィアは右腕を引き絞り闘気を拳へ集中させた。


「武威穿孔撃!」

「ぬぅううん……っ」


 腹部への超強烈な正拳突きは、衝撃波を伴いながらイグニスべインを吹き飛ばす。グリーヴの裏が磨り減るのではと思うほど、石畳の上を滑りながら魔物は着地した。その近くの地面に突如現れた黒い影――。

「む?」と気づいたように見上げた先には、冷たい闘気に身を包んだライアがいた。


「修行の成果を見せてやるぜッ! 雪華驟雨!」


 上段から刀を振り下ろすと、瞬時に発生した鋭い氷の結晶が雨のように降り注ぐ。イグニスべインの鎧から噴き上がる炎が減衰するほどの威力で、鎧の各所を初めて損傷させた。

 修行を終え実力を認められたライアの技は、以前よりもはるかに切れ味を増しているようだ。


「吾輩の鎧が……破損するだと」

「以前とは違うんだよ。いまのあたしの剣には、朱火の想いも存在してる」

「なるほど、それが其方の強さか。ならば吾輩は、それを打ち砕くまで――」

「はいはーい、無駄話してる場合じゃないでしょー。っといきなり水遁、蒼蛟(あおみづち)!」


 イグニスべインが剣を振り上げた一瞬の隙をつき、素早く印を結んだ楓。これまた初めて聞く遁術は水だった。

 石畳からにじみ出るようにして湧いた水は、見る間に巨大な蛇のような形となる。地面を這い間合いを詰めた水蛇は首をもたげ大口を開けると、一気に襲い掛かった。


「なんのこれしき!」


 大剣で蛇を薙ぎ払ったイグニスべインだったが、直後兜の向こうで目を瞠ることになる。

 真っ二つに斬られた蛇が二匹となって襲い掛かったのだ。

 両腕に噛みつかれた魔物は「ぐおっ」と苦悶の声を漏らす。熱により蒸発する前に四散した蛇の水をかぶり、先ほどよりもわずかだが火の勢いが弱まった。

 間違いなくダメージは与えているだろう。

 その間隙を突かないクロエではない。

 周辺一帯の気温が途端に冷え込む。長いこと唱えて準備していたのは白青の魔法陣、つまり氷属性だ。


「ブリルステングラヘイル!」


 魔法名とともに溜めた魔力を解き放つ。

 すると地面に四角く巨大な影が落ちて、急に広場が暗くなった。

 皆の視線が頭上を向く。その先に、円形の広場を切り取れるほど巨大なステンドグラスのようなものが浮いていた。神々の神殿に飾られていそうな壮麗さだ。

 クロエがパチンと指を鳴らすと、それは一斉に砕け散り、ガラス片のような氷晶が無数に降り注ぐ。

 範囲内にいた広場を囲う甲冑どもは貫かれ、切り裂かれ、次々に絶命していく。

 無刀流の雪華驟雨をさらに広範囲にし、威力を上げたような魔法だった。

 イグニスべインは火炎剣を高速で振り氷晶を払うので精一杯のようだ。それでもすべてを払えるわけはなく。


「ぬぐぅう……これほどの魔力を有しているとは……まさかあの小娘は賢聖か……」


 魔法により損壊部位を広げる鎧を見、忌々しく呟いた魔物は苛立ちを爆発させるようにして全身の火気を高めた。


「ますますもって面白いッ!」


 イグニスべインが大剣に炎を集約させる。氷晶を払うことを止め、逆手に持ち替え両手を添えると、そのまま剣を地面に突き刺した!


「ブレイジングピラー!」


 地震のように大地が揺れる。広場の石畳のところどころから赤々とした光が漏れてきて、瞬間――巨大な火柱がそこかしこで立ち上った。

 クロエの魔法は相殺され消滅。

 高さ十数メートル、直径にしておよそ三メートルの火柱を避けながら、ライアがイグニスべインに突っ込んだ。


「ずいぶんとダメージ負ってるみたいじゃねえか。まだ隠し持ってんなら早いとこ出した方がいいんじゃねえのか?」

「なに心配は無用だ。吾輩が其方らに負ける確立などゼロに近い。奥の手を出すまでもないだろう」

「そうかい、なら出させてやるまでだッ!」


 間合いを詰めて神凪一文字で斬り下ろす。それを魔物は大剣で防いだ。

 しかし宙に閃いた無数の斬撃は凌ぎきることが出来ず、何発か受けて鎧が破損する。その部位が一瞬凍りつくが、刹那で蒸発した。氷雨寒月だ。

 鎧から噴き出す炎の勢力が若干弱まる。


「ほう、以前よりも斬撃数が増し、属性も付与されているな。修行とやらの成果か」

「まだまだッ!」


 意気込んで斬りかかるライアを鼻であしらい、イグニスべインはその都度大剣で弾き返す。鳴り響く剣戟の音。

 一部の隙もない実力者同士の打ち合いは続く。まるでそれを楽しんでいるかのように。

 ソフィアはライアが必ず隙を作ると信じているのだろう、その時を待ち闘気を溜めている。

 クロエと楓はというと。立ち上る火柱をどうにかしようと、水魔法と水遁での消火活動にあたっていた。


「オジサン! この火ぜんぜん消えないんだけどっ」

「なに? お前さんたちでも消せんのか?」

「さっきから強めなのを使ってるけど、衰える気配すらないよ」

「む、それはいかんな。戦うのに邪魔だし、やつがこれを用いてなにかせんとも限らん」


 わしもなにか出来ないものかと思案し、試しにワルデインを放ってみた。

 天から火柱に向かって雷が落ちる。が、直撃した瞬間に魔法は弾け飛んでしまった。


「まったく威力が足りてないのだな……不甲斐なし」


 情けなさに頭を垂れる。

 そこでふと、グランドロックマイマイを倒した時に感じた成長を思い出した。

 ワルデインの威力をもう一段階上げられるかもしれん……。

 ものは試しと、わしは大きく深呼吸し、緊張しながら手を振り上げた。

 いざっ! と思ったが、肝心の名前を決めていない。


「どうしたの勇者さん?」

「いや、新魔法を試そうと思ったのだが、名前がないなとふと気づいてな……」

「オジサンのことだから適当でいいじゃんっ、どうせダサいんだからさぁ」

「失敬な! 親しみがあると言わんかっ」


 いまもなおライアはイグニスべインと切り結んでいる。互いの力は拮抗していて白兵戦はほぼ互角だ。だが長引けば分からない。

 魔法の名前などで悩んでいる暇は、ない!


「えーっと、ワルデインよりも大きな雷……ん~、ギガ、ワルデイン、ちと長いか……ええい! それならギガルデインだっ!」

「ワル付いてないからダサくないけど、やっぱ微妙だねオジサン!」

「見ておれいくぞ! 落ちてこい聖なる雷――、ギガルデインッ!!」


 振り上げていた手を地上に向けて下ろすと、天上からバリバリといった音が響いた。それはワルデインの時よりも大きな音だった。

 その時、天が眩いほどの閃光を発し、刹那的に轟音と共に巨大な雷が降ってきたのだ。ワルデインの時は弾かれたが、火柱の天辺に落っこちたギガルデインは地面まで一気に貫いた。火柱の一つが消滅する。


「なにっ!? 吾輩の火柱が破壊されただと!」


 イグニスべインがよそ見をしたその時、


「いまだッ、紫光黎明!」

「ぬっ、しまった!」


 一瞬の隙を逃さずライアは刀身に闘気を集め、それを薙ぎ払う形で解き放った。

 紫色をした極光が魔物の腹部に直撃し、そのまま盛大に吹っ飛ばす。

 その先で待ち構えていたのはソフィアだ。


「方向修正も完璧ね。連携取るのは少し癪だけど、存分に利用させてもらうわ」

「ぶちかましてやれ!」

「――武王螺旋衝ッ!」


 それは上の世界の魔王エルムに使った技だった。

 助走をつけて跳躍し、黄金のオーラを螺旋に巻きつけた右拳をイグニスべインの背中へ叩き付ける。溜めていた時間が長かったからか、オーラは爆発的な衝撃波となって、魔物を反対の建物までふっ飛ばす。

 錐揉みしながら次々に廃屋を破壊し、イグニスべインの姿はあっという間に見えなくなった。

 ソフィアの行動を見ていて、多少ヒントを得た気がする。ただ溜めるのではない、別のチャージ方法を……。


「おっさん!」


 閃きを頭の中で咀嚼していると、仲間たちが駆け寄ってきた。


「ん、どうしたのだライア?」

「さっきの新しい魔法だろ? すげえな、火柱一本消したぜ」

「うむ、それはよかったのだが。さすがにこの数、ざっと数えて……十九本か。こんなものギガルデインで全て処理は出来ん。多少MPが増えたとはいえ、ワルデイン三発分も使うのではすぐに尽きてしまう」


 肝心な時にストラッシュもブレイクもクロスも放てないのは致命的だ。

 わしの総MP量からすると、ギガルデインは撃ててあと三発。これではぜんぜん足りん。


「この火柱、何か役目がありそうな気がするのですけど……」

「たしかに、それはわしも考えていた。なんとかしてこいつを破壊できればよいが……」

「でもよかったね。勇者さんもちゃんと成長してるよ!」

「うむ、まさか本当に出来るとは思わなんだがな。成功してよかった」

「あの魔神剣壊してから好調だね、オジサン!」

「わしもようやく足手まといにならずに済むと思うと、嬉しく思うぞ」


 だが、イグニスべインはまだ生きている。

 奴が吹っ飛ばされた方を見ると、皆の視線もそちらへ向いた。

 瓦礫の山が道のように続く先に、魔物は静かに立っていた。全身が火だるま状態なのは変わらない。先ほどと違っているのは、ほとんどが黒炎に包まれていることだ。

 兜から覗く赤い瞳が不気味に光り、とうとう奴を本気にさせたのだと知る。

 腰を屈めて跳躍すると、百数十メートルの距離を飛んで広場まで戻ってきた。

 破壊された鎧の一部からは、溶岩のように赤い体が露出している。

 火柱により、血のように赤々と色づくフィールド。

 その中に佇むイグニスべインの迫力に思わず息を呑んだ。


「よくぞここまでの力を身に着けた。これほど楽しめた戦いは吾輩も初めてだ。認めてやろう、其方らの力を」

「わしらは一人ではないからな。仲間がいるからこそ強くなれるのだ」

「先ほども似たようなことを言っていた。それが想いの力か。吾輩には縁遠い、いや無縁だな」


 イグニスべインは大剣の柄を強く握り締める。纏う黒炎がさらに勢いづいた。


「だが吾輩は一人でも強くなる、独りだからこそ強くなる。群れることで強くなる其方らとは違うのだ」

「仲間ってのはただ群れてるんじゃねえよ、信頼し合ってるんだ。互いの背中を預けられる、それが仲間だ。ただの烏合の衆じゃねえ」

「そのようなものは幻想にすぎん。孤独こそ力だ。仲間などというまやかしなど吾輩が焼き払ってくれるッ」

「まやかしなんかじゃねえ、仲間を幻想なんて言わせねえッ!」


 イグニスべインとライアが同時に闘気を開放する。

 まず動いたのはイグニスべインだった。

 大剣に収束していく猛火が逆巻き、竜巻のように回転を始める。膨大な魔力の凝縮が見て取れ、わしでもあの技はマズいと思えた。

 すっとライアの前へ立ち、わしは盾を構える。


「おっさん、いまから使ってくる技はやつの奥義だ。いけるか?」

「大丈夫だ、案ずるな。ライアは自身に集中するのだ。皆のことはわしが守る! このセヴェルグならばそれが出来るはずだ」

「頼んだぜ。必ず隙は出来るはずだ」

「果たして出来るかな……」

「くるぞッ」


 イグニスべインがゆっくりと大剣を振り上げる。

 火柱たちもひと際大きく噴き上がる。


「塵すら残さず消え失せよ、ブラウフェンゲルツェン!」


 剣が振り下ろされ、爆風と共に逆巻く極大の黒炎が放射された!

 一瞬でわしらの元まで到達した業火。

 盾はいままで以上に強く輝き、一帯に魔法軽減のドームを形成する。クロエの属性耐性も相まって、おそらく軽減率は九割を超えるだろう。

 しかし、ひとたびこの結界から出れば一瞬で消し炭にされてしまう。現に広場の石畳はすでに溶け、ドロドロとした溶岩状に変化している。外は地獄絵図だ。

 ただ耐えるしかない身動きの取れない現状。しかし長いことこの場に留まることは危うい。熱波により、軽微ながら継続ダメージは負っている。

 なんとかしなければ……。

 その時。渦を巻く黒炎越しのイグニスべインが、再び大剣を振り下ろしたのが見えた。


「まさか――っ⁉」


 計十九本の火柱がうねり、わしらに向かって矛先を定める。そして一気に襲い掛かってきた! 一点に集中するような束となり、渦巻く黒炎を螺旋に纏う。

 火勢の強まりに対抗するように、盾がより一層眩しく輝く。セヴェルグも頑張ってくれている。

 だがこのままではジリ貧になってしまう。守ると言った手前、その約束を反故にすることは男として自分を許せん。なにか策を講じねば……っ。


「ぐぬぅ……」


 火勢どころか重みすら増している黒炎に、左腕が痺れるような感覚に襲われる。

「おっさん!」「勇者様!」「勇者さん!」「オジサン!」と女子たちの心配する声が背中越しに聞こえる。だが返事をする余裕がない。

 せっかく強力な盾を手に入れたのだ、わしが守るのだ! と心を強くして、わしはふと逆手に持ったまんまの剣を見た。

 先ほどソフィアの技を見ていて気付いたチャージ、試してみる価値はあるだろう。「ふんぬ!」と疲労からか鉛のように重たい右腕を背後へ回す。

 技はワルドストラッシュ。だがこれはただの溜めではない。

 レベルも上がって、以前まではワルデイン三発分で二回だったのが、同量のMP消費量でストラッシュを撃てるようになった。

 現段階で使用可能と思われるのは、四発分の剣気を段階的にチャージすること。

 それでどうなるかは正直分からん。だが、やれることをやるしかない!


「ライア、わしが必ず、隙を作る。だから、見逃すでないぞっ!」

「ああ、信じてるぜおっさん!」

「うおぉおおおお!」


 わしは長剣にストラッシュ四発分のチャージを始める。実力不足のせいなのか腕が異常なほど重たい。

 だがここでやらねば負けるのだ。


「いまさらそのような技で状況を打破出来るものか。諦めよ」

「わしは、諦めが悪い男でな。女子のためならば、なおさらだ。わしを敵に回したことを、後悔するがよい、ぞッ!」


 チャージ完了。

 ドワーフ王からもらった武骨な剣が、まるで聖剣かと見紛うほどの輝きを宿した。

 わしは火柱が集中する場所を狙って、現時点で放てる全力のワルドストラッシュを撃った。

 輝く剣気が黒炎を纏う十九本もの魔力の束を一気に押し返す。


「なにっ!?」


 イグニスべインが吃驚する。

 それはそうだろう。押し返された炎は空へと連れて行かれ、そこでまとめて爆散したのだから。


「――ありがとな、おっさん。見直した、よっ!」


 ありがたい誉め言葉を残し、次の瞬間にはライアは上空へ飛んでいた。

 疲労困憊の体を石畳に横たえながら空を仰ぐ。

 黄金の闘気に包まれた姿は、まるで二つ目の太陽のようだ。


「これがお前が馬鹿にした仲間の力だッ。そして、この技で終わらせてやる――いくぜ、無刀流奥義・刃雨大瀑ッ!」


 極限まで高めた闘気を、神凪一文字に乗せて振り下ろした!

 闘気は幾百にバラけ、斬撃の雨となって降り注ぐ。必殺の一撃はイグニスべインの鎧を斬り裂き、圧倒的な物量で攻め立て反撃の余地も許さない。

 膝を屈した魔物は、血だまりのような溶岩に身を浸す。

 すでに全身を覆う火炎はなく、戦意を失っているようだ。


「……見事……ぐふっ! ……吾輩を倒す者がまさか現れようとは、思いもしなかったぞ」

「そうかい。アンタも相当強かった。一人じゃどうしようもないくらいにな」

「だが其方には仲間がいる、か……」

「ああ。人ってのは誰かのために強くなれるもんだからな。少し恥ずかしいが、あたしもそんな人間だったってことさ」

「吾輩にも……仲間と呼べるものがいたのなら……其方らのように、さらなる高みに、いけたの、だろうか……」


 イグニスべインの体が消えかけていく。さらさらと、燃える紙が灰となって風に流れていくように。


「……大魔王は強い。だが、其方らならば、きっと……。最期に、其方の口から名が聞きたい、教えてはくれないだろうか……」

「――ライアだ」

「ライアよ、其方の前途を祝して、餞別をくれてやろう……。剣聖にたる証明となる、吾輩の剣だ、持ってゆけ……」

「ああ……ありがたく頂戴するよ。あたしもアンタのこと、忘れない」

「……う、む、実に、清々しい、敗北だ……。さらば…………」


 そう言い残し、イグニスべインは完全に消滅する。後には赤色の結晶が残った。

 魔力が消えたことにより、石畳の溶岩も黒々として固まった。

 かろうじて残っていた甲冑たちも、主人の死と共に物言わぬ躯となる。


「終わったな」


 クロエに回復してもらい、元気を取り戻した体を起こしてわしは皆に告げた。


「今回は勇者様が珍しく活躍しましたね、ですが見直しました」

「珍しいは余計だが、嬉しいものだな」

「本当にすごかったね。盾もだけど技も」

「ドワーフに足を向けて寝られんな。技に関しては誇らしいぞ」

「ほんとにかっこよかったよオジサン!」

「うむ、良いところを見せられてわしもよかったと思う」


 いままでなんとなく美味しい所を持っていったりしていたが……。

 今日は皆のために死力を尽くした感じで、いい疲労感がある。

 イグニスべインも言っていたが、なんだか清々しい気分だった。


「ライアもわしのことを褒めてくれてよいぞ? わしは褒められて伸びるタイプだからな」

「調子乗んな、おっさんのくせによ。それにさっき褒めただろっ。だから今日はもう褒めねえよっ!」

「なら明日褒めてくれるのか?」

「向こう三年はねえな」

「そげな……」


 つい涙目。まあしかし、褒められたいから頑張っているわけではないからな。

 これは貴重なご褒美だと思うことにしよう。

 ふと視線に気づき、ライアを見ると――ほんのりと頬を赤く染め、ぷいっと明後日の方へ目を逸らした。


「ま、まあ、おっさんのおかげでもあったからな。……あ、ありがとう。……も、もう終わりだ、当分褒めない!」


 急にデレたライアを、皆温かい眼差しで見ていた。

 仲間というのは背中を預けられる信頼関係だけではなく、こういった団欒があるのがいい。

 魔物にそのような感性があるのかは知らんが、そういったことが理解できるのなら、世界も少しは平和になるだろうにな。


 それからわしらはこのことを報告すべく、一先ず朱火のいるエイレム村へ戻ったのだ。

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