料理 樹目線
今、俺の家に……俺の部屋にナギがい居る!
俺の部屋のソファーにナギが居る!
二人がけのソファーに並んで座っている。
海外ドラマのゾンビシリーズ。
調べてみたらシーズン7まであるらしい。
見終わるまで通ってくれる約束まで取り付ける事に成功した。
ナギは今、真剣にテレビを見ている。
怯えて俺に触って来ることはない。
隣の家の馬鹿女ならテレビなんて見ないで怯えたふりして俺に触りまくって来るのに………
ナギはゾンビが突然出てくるシーンにビクッと肩を跳ねあげている。
か、可愛い!
思わず抱き締めたくなった。
やったら、ゾンビ扱いで殴られるのは目に見えている。
それでも手ぐらい握れないだろうか?
駄目だ!俺の頭の中は煩悩に溢れている。
「イッ君」
「へ?どうした?」
「お腹すかない?」
テレビの中では血まみれのゾンビが人に食らい付いている。
それを見てお腹すかないかって………
「そうだね。少しすいたかも」
「キッチン借りて良いなら作るよ」
「え?良いの?」
ナギは苦笑いを浮かべた。
「期待しないでね。たいしたもの作れないから」
俺は嬉しくて笑うとキッチンに案内した。
「イッ君家のキッチン、すご!」
俺の家は冷蔵庫は大型だし、オーブンもあるし料理の機材は一通り揃っているし綺麗だが問題があった。
「モデルルームみたい!冷蔵庫開けて良い?」
「良いけど……」
俺の家の冷蔵庫をナギは楽しそうに開けた。
「………イッ君、ビールとマーガリンとジャムしかないよ?冷蔵庫買ったばっかり?」
「いや………家、料理する人居ないからいつもこんな感じ」
「ご飯どうしてるの?」
「コンビニか、外食」
「金持ちめ」
ナギは腰に手をあて、エッヘンポーズをとると俺に向かって言った。
「買い物に行きます」
「じゃあ、車を出そう」
そこに現れたのは、親父だった。
「ダンディーさん」
「近くのスーパーで良いかい?」
「安い店ならどこでも」
親父はクスクス笑いながら鍵をとってくると言ってキッチンから出ていった。
「フライパンも鍋も良いのが揃ってるのに勿体無い!」
ナギは戸棚やらなんやら扉という扉を開けて中を確認していた。
「行こうか」
戻ってきた親父にナギは可愛い笑顔をむけて後についていく。
俺もそれを追いかけた。
近くのスーパーでナギは楽しそうに食材を選びはじめた。
「イッ君何食べたい?」
「ナギが作ってくれるなら何でも良いよ」
「何でも良いが一番大変なんだからね」
「はい、すみません」
何が食べたいか?なんて全然想像していなかった。
「………玉子焼き?」
「お弁当みたいだね」
「こないだお弁当のおかずの話してたでしょ。あれ、良いな~って思ったんだよね」
ナギはニコッと笑ってカートを押した。
「玉子焼きでよければ何時でも作ってあげるよ。玉子売り場は………アッチかな?」
ナギが可愛すぎて辛い。
「ナギちゃん、おじさんパスタが食べたいな!」
「トマトのスープスパにしましょうか?たくさん作って紗季さんの分も温められるようにして」
「ナギちゃんって優しいね」
ナギは困ったように笑った。
「紗季さんはお仕事頑張っているんだから、お家にご飯があったら嬉しいですよね?」
「そうだね。紗季には僕からメールしておくよ。ナギちゃんがご飯作ってくれたよって」
「たいしたことないパスタしか作れないですけどね」
ナギは必要な物を物色しはじめた。
俺と親父はそれに後ろからついて歩く感じだ。
「樹、逃がすなよ」
親父の小さな一言に俺はため息をついた。
「捕まえてもいないのに、逃がすなかよ」
「はぁ?まだ捕まえてないのか?馬鹿か?」
「煩い。ナギは俺を友達としか思ってねんだよ」
「ダッセ」
「煩い。俺はゆっくり距離を縮めてくんだよ」
親父は俺を肘で小突くと言った。
「チンタラして他にとられんなよ。あんな良い子他に居ねぇぞ」
「解ってる」
ナギは他に居ないって言って良いほど俺をドキドキさせる女だ。
後ろ姿を見ているだけでも、彼女だけが鮮明に見える。
彼女にだけ色がついてるみたいだ。
「イッ君、ポップコーン買って良い?」
「良いよ。テレビ見ながら食べよ」
ヘニャンと笑うナギを抱き締めたくなる。
ああ、何でナギは俺の彼女じゃないんだろ?
俺の彼女だったら、いっぱい甘やかして俺無しじゃ生きられないようにするのに。
買い物の後、ナギは手際よくトマトベースのスープスパを作ってくれた。
俺用に玉子焼きも作ってくれて、それも滅茶苦茶旨かった。
俺用なのに親父と兄貴にとられてムカついた。
その後、また二人でテレビを見た。
楽しい時間はアッという間に過ぎた。
過ぎてしまった。
「ナギちゃん帰るよ」
「………続き気になる」
ナギが残念に思ってくれている事が嬉しかった。
「来週も来る?」
「良いの?」
「良いよ。何時でもおいで」
ナギは嬉しそうにヘニャンと笑って頷いた。
抱き締めてキスしたら裕子さんに殺される。
解っている。
俺は欲望をぐっと押さえ込んだのだった。