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モウ一人のワタシ (5)

 二月も中旬が近付いてきた。さあ、待ちに待ったイベントだ。ヒナは今年、だいぶ張り切ってるからね。何しろ去年までとは違う。もう全開全力で好きって気持ちを込められるんだ。ハル、楽しみにしててね。

 そう、バレンタイン。甘い告白とチョコレートのイベントだ。

 クラスの雰囲気も、ちょっとだけ変わってる。男子があからさまにカッコつけたり、気を遣ってきたりするんだよね。もう、そういう奴らは最初からお呼びじゃないよ。査定期間はもっと長いんだから。普段のおこないがモノを言うの。

 ハルはまあ、ヒナに貰えるから良いよね。そこは安心してて。ちゃんとあげるし、ハルにしかあげないから。

 あ、でもカイには義理であげないとか。カイはハルの弟。今小学六年生。ハルの家とは家族ぐるみのお付き合いなので、例年カイにもあげるようにしている。ここにきて急にあげないとか、ハルとお付き合いを始めたからもう用無し、みたいで感じ悪いことこの上ない。ヒナの弟、小学二年生のシュウにもあげなきゃいけないとだし、どうせなら一緒に準備しておくか。

 なんだ、それじゃ去年と全く同じじゃん。ぶー。つまんない。

「曙川食堂はくれるんじゃないの?」

 じゃがいも1号が失礼なことを言っている。お前らな、お昼におかず作って来てやってるという大サービス以上の何を期待しているんだ。ヒナは好きな人以外にあげるつもりなんかさらさら無いの。諦めて他をあたりな。

 やれやれ、ご飯作ってあげてるうちに情が移るとか、そういうのは無いからね。むしろさっさと辞めたいくらいだ。この一手間のせいで睡眠時間がどれだけ削られてると思ってるんだ。いもたちは、自分たちがハルの友達だってことだけに感謝しておきな。

 それに、さといも高橋にヒナから渡す訳にはいかないもの。チサトはまだ悩んでるみたいだけど、もうカモフラージュとしていも全員に渡しちゃえば良いじゃん。お昼の時もよくフルーツ持って来るよね。みんなで分けってってヤツ。あれと一緒。オヤツってことでドカッと出しちゃえば良いんだよ。

 まあ、特別な感じのものを渡したいなら、それはそれで、だね。

 本命、義理、とそんな感じかな。後は友チョコ。こっちの方が問題。サユリとか、サキとか、チサトとか。あと水泳部の部活のみんなとか。うー、面倒だな。ああ、それと、ユマ。いるのかね。

 忘れちゃいけないのが、フユ。

 浮ついた感じのクラスの雰囲気を、フユはきょとんとして眺めている。フユにはあげない訳にはいかないんだよなぁ。何しろ大切な友達だし、バレンタインなんて初めてだろうから。

 それに、他にも理由がある。

「ヒナぁあ!」

 突然ユマが泣きついてきた。うわぁ、なんだなんだ。なんか凄いイヤな予感がするよ。学園祭の時と同じ空気を感じる。


 予感は的中。およめさんクラブ、じゃなかった家庭科部の部員がかなりの人数風邪で休んでいるらしい。まあ、時期的にそういうこともあるだろうね。しょうがないよ、流行ってるみたいだし。

 で、例年各部活に配布して回っているチョコレートの制作が間に合わないと。なんだその「例年各部活に配布」って。家庭科部って訳わかんないな。ヒナ、間違って入部しなくて良かったよ。

 まあ、入らなくてもこうやってお手伝いしてくれってお願いされちゃうんですけどね。

 なんか面白そうと言って、サユリ、サキ、チサトも参加してくれることになった。申し訳ないね。ふむ、それなら丁度良いか。ヒナはユマにちょっと条件を付けさせてもらった。結果はオッケー。じゃあ、参加者追加ね。

 と言うことで、ヒナはフユに声をかけた。フユは目を白黒させて驚いた。

「えー、チョコレートなんてどうしていいか判らないよ」

 だろうね。塩なし白おにぎりを見た時点で、想像はついているよ。

 いい機会だ。今回はチョコってことで入門編。フユには少しずつヒナが料理を教えてあげる。独り暮らししてて料理しないとか、意味が判らない。フユの生活だと、自炊で少しでも倹約出来た方が良いでしょ。

 それから、なんか釈然としないが、いもたち。お前らにも役割を与えるから、特別に参加を許す。文句言ったら殺す。横暴?知ったことじゃないね。チョコ欲しいんでしょ?うむ。

 ハルにもお願いしたいことがあるんだ。良いかな。ごめんね、手間かけさせちゃって。少しだけ、ハルの優しさに甘えさせてください。・・・あぁん?扱いが違う?当たり前だろうが。

 いつものお弁当メンバー勢揃いだ。良かったじゃん、いもたち。色々やることはあっても、チョコをもらいっぱぐれること自体は無さそうで。文句言いながらもしっかり参加表明するしな。そんなに欲しいものなの?

「もう母ちゃんからだけとか、そういうの嫌なんだよ」

 母親に愛されてて幸せじゃないか。ありがたくいただいておきなよ。そりゃ贅沢ってもんだ。

 フユなんか、その母親すらいないんだ。貰ったことも、あげたことも無い。こんな風にみんなが騒いでいるのが、なんでなのかすら判っていない。そんなのつら過ぎるよ。

 だから、ヒナはフユを満たしてあげたいんだ。楽しいこと、いっぱいあるよって。ヒナたちが当たり前のように思っていることでも、フユには新鮮で、きらきらと輝いているんだ。

 みんな、力を貸して。ヒナは、フユに見せてあげたいんだ。

 世界のきらめきってヤツを。




 バレンタインデー。学校の中がそわそわした感じになっている。女の子が、好きな男の子にチョコレートを渡す日。だから、その日が近付くと、みんな気が気では無くなってくる。

 街中でも、色んな所にバレンタインって書かれている。テレビを点けても、その話題で持ちきり。みんなバレンタイン。すごく大きなイベントみたい。

 本にも出てる。色々なことが書かれている。元々は聖ウァレンティヌスっていう人の命日だったとか。ふーん、人が死んだ日が、愛の告白の日になっちゃったんだ。面白いね。

 誰かが死んだ悲しい日よりも、誰かに愛を告げる幸せな日の方が良い。フユはそう思う。ウァレンティヌスっていう人も、そんな幸せな日として覚えられている方が浮かばれるでしょう。えーっと、撲殺されたんだって。うん、撲殺の日として記憶されるよりはずっと良い。

 その日は、フユにとっても特別だ。ふふ、愛の日だからこの日にしたのかな。あの神様はロマンチストな所があるよね。因幡って名字もそう。最初に言われた時は意味が判らなかった。後で色々と調べてみて、そして、色々と考えさせられた。

 チョコレート、よく判らないまま作ることになってしまった。作るって言っても、そこまで難しいことはしないみたい。溶かして型に流し込むのと、あとケーキを焼くんだって。それだけ聞くと簡単そうに思える。そんなに甘くは無いのかな。

 一応予習はしている。湯せん、というやり方で溶かすのだそうだ。テンパリング?油が分離しないように気を付ける。うーん、実際に試してみた方が良い気がするなぁ。

 チョコレートなんて買ったことあったっけ。戸棚とか、冷蔵庫とか開けて調べてみる。無いね。覚え無いもんね。

 そもそもお菓子とか全然食べない。ご飯だって、そんなにこだわりは無い。食べて栄養を摂らないと死んでしまうから、仕方なく食べているって感じだ。

 ああ、でもお昼の時間だけは違うな。あれは、食べるっていうことよりも、みんなで食べるってことの方が大事だ。ヒナの作るおかずはいつも美味しい。昼休み、わいわい言いながら食べている時だけは、何故か美味しいって感じる。身体の栄養だけじゃなくて、きっと心の栄養も摂っているんだ。フユにはそう感じられる。

 ヒナは、フユに料理を教えてくれるって言った。確かに自炊出来た方が生活費は楽になるかもしれない。うーん、フユは食べるものにそんなにこだわりはないな。フユが生きていくのに、別に美味しいものって必要は無い気がするんだ。

 例えばヒナみたいに、朝倉ハルに食べてもらうために料理をする、っていうのは判る。自分のためじゃなくて、他の何かのため。フユには何も無いし、誰かが美味しく食べてくれるのなら、その方が良いことだろう。フユは、食べること自体にはそんなに喜びを感じない。

 それじゃダメかな。

 自分が楽しくないことで、誰かを楽しませることなんて出来ない。ヒナならそう言いそう。怒られちゃいそう。美味しいって、思えるようになった方が良いかも。誰かに食べてもらうにしても、美味しいものでなきゃいけないもんね。

 まだそんなに遅い時間じゃないし、ちょっとコンビニまで行ってみよう。バレンタインだし、チョコレートはいっぱい売ってるでしょう。


 外は真っ暗だ。とは言っても、街灯の明かりがそこかしこにあるので、あんまり暗いとは感じない。息を吐いてみる。白い。フユが生きている証拠。寒いな。もっと厚着してくれば良かった。

 コンビニまでやって来ると、入り口の横でフユと同じ高校の制服を着た男子たちが数名騒いでいた。こんな時間に学校帰りかな。部活やってたとか?フユは部活には入ってないからなぁ。興味はあっても、体力がもたない。

 ちょっと通してねって横を過ぎようとしたら。

「おお、因幡」

 あれ、宮下君だった。一緒にいるのは和田君と、高橋君。あはは、ヒナの言うところのいもたちだ。こんばんは。こんな時間にどうしたの?

「部活終わって、ちょっと燃料補給してた」

 肉まん食べてる。なるほど、食べ盛りって訳だ。お昼にあんなにヒナの作ったおかずを食べて、晩ご飯の前にまだ食べるんだ。男の子は凄いな。フユもそのくらい食べた方が良いのかな。もうちょっと太ってる方が良いよね。

「因幡は痩せてていいんじゃない?曙川はややマニアックの部類に入りつつあるよな」

 もう、ヒナに言いつけちゃうよ。おかずの味付け、激辛にされちゃうんだから。それは困る、と大笑い。

 そういえば朝倉君はいないんだね。

「あー、デートだデート。最近二人で帰るのがブームなんだって」

 おー、あつあつ。良いよね、あの二人。ヒナはもうすっかり夢中って感じで、朝倉君はさりげなくフォローしてあげてるの。素敵な関係。憧れちゃうな。

「ありゃ尻に敷かれるって」

 ヒナがイニシアチブ取りそうなのはそうだけどさ。でも、いざという時は朝倉君もぐいぐい行きそうな感じじゃない?そういうところを含めていい関係なんだよ。

 おおー、って言われた。え?なんか喋り過ぎちゃったかな。和田君がうんうん、ってうなずいてる。どういうこと?

「そうなんだよなー。あの二人は隙が無くてなー」

 宮下君、隙があったとしてどうするつもりなんだ。ダメだよ、あの二人の邪魔しちゃ。フユはあの二人には幸せになって欲しんだから。

「だから無理だって。曙川なんか見るからにそうだしさ、それに、朝倉も相当だぜ」

 両想い、いいよね。朝倉君はフユから見ても、ヒナにぞっこんなの丸解りだよ。よっぽど心配なのかなんなのか、いつも目を離していない感じだよね。まあ、ヒナが危なっかしいって言った方が良いのかな。ヒナはなんていうか、目立つよね。それで可愛いから、やっぱり気になるんだろうね。

 おっと、そうだ、買い物に来たんだった。じゃあね、みんな。また明日。

「おー、またな」

 フユがチョコレートを選んでいる間、三人はずっとコンビニの外で何やら騒いでいた。お家に帰らなくて平気なのかな。これも男の子ならでは?うーん、それはフユには判らないな。

 十五分くらい経って外に出たら、結局三人ともまだそこにいた。こんなに寒いのに、肉まんだけでよく耐えられるね。みんないつまでここにいるの?

「因幡はさー、誰かにチョコあげようとか考えてる?」

 はぁ、宮下君はそんなんだからヒナに永世名誉じゃがいもとか言われるんだよ。「そんなこと言ってんの?」うん、言ってた。

 特に考えていないよ。フユなんかからチョコ貰ったって、喜ぶ男の子はいないもの。みんなだって、サユリとか、サキとか、チサトとか、あとユマもかな、あの辺の可愛い女子から貰った方が嬉しいでしょ?まあ、ヒナからは諦めた方が良いかな。

「俺は、因幡さんから貰えれば嬉しい」

 え。

 和田君が、ぼそって呟いた。え、それ、どういうこと?フユからチョコ貰って、好きだって思われて、和田君は嬉しいの?

「あー、俺も俺も!俺もうれしーい!」

 宮下君が騒音を奏でている。ちょっと何言ってるのか判らない。静かにしていてほしい。

 フユの中に、今までに感じたことの無い何かが、むくむくと湧き上がってきた。なんだろう。なんだろう、これ。

 じゃあ、おやすみ。

 気が付いたら、慌ててその場から立ち去っていた。一度も後ろを振り返らなかった。息が上がってる。体調が悪くなってきたかな。薬を飲んだ方が良いかな。ううん、身体は、思っているよりもずっと快調だ。

 部屋に戻って、ドアを閉めて。

 コンビニのビニール袋を床に落とした。板チョコがこぼれて転がり落ちる。

 そうだ、練習しなきゃ。

 食べてもらうなら、美味しい方が良い。上手に出来てる方が良い。

 どうしてだろう。フユ、すごくやる気になってるみたい。ヘンなの。


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