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モウ一人のワタシ (2)

 学校は楽しい。想像していたよりもずっとだ。テレビとか、本とかでどういうものかは知っていた。でも、実際に自分が行ってみるとなると全然違っていた。

 やっぱり、断然クラスメイトの存在だ。同じ年の子がこんなに沢山いる。一クラスで四十人くらい。しかも、フユのいるクラスだけじゃなくて、他にも同じだけの人数がいるクラスがいくつもあるんだ。すごい。八クラスで三百人以上。更に、それが一年生から三年生まで。千人近い。

 朝、みんな決まった時間に学校に来る。「おはよう」ってあいさつする。気持ち良い。フユもあいさつする。「おはよう」元気いっぱいにあいさつする。楽しい。みんな、同じ学校に通う仲間なんだ。

 教室に行くとクラスメイトがいる。やっぱりあいさつする。

「おはよう、因幡さん」

 名字で呼ばれるのは、まだちょっと慣れない。フユ、って呼んでもらえる方が嬉しい。それはまだ気が早いのかな。名前呼びしてくれるような友達、欲しいな。

 クラスには、リクエスト通り曙川ヒナさんがいた。こういう無茶というか、ごり押しが好きじゃないってハナシだった。どうかな。ヒナは、フユのこと、嫌いになってないかな。

 フユはどうしてもヒナと同じクラスになりたかったんだ。ごめんね。

 ヒナとはまだあまりお話ししていない。いきなり話しかけても良かったんだけど、なんというか、ちょっと警戒しちゃた。一応、そんな子じゃないって聞いてはいた。ただ、やっぱり鍵の力をどういう風に使っているのかが気になっちゃって。

 多分、ヒナもフユのことを気にはしていると思う。当然だ。お互い、相手の心が読めるってなると腰が引けちゃう。自分は読まないって決めているのなら、尚更だ。

 安心して。フユも、読まないって決めてるクチだ。だってその方が、世界は面白いことに満ちている。

 クラスメイトと話す時も、相手の考えなんていちいち読んだりしない。感情の揺らぎが判るなんてつまらない。意図が見えるなんて面白くない。折角目の前に誰かがいて、フユと話をしてくれているのに。心の中なんて見るものじゃない。

 授業は面白い。フユの知らないことばかりだ。勉強だけなら教科書があれば良い。インターネットとか、便利な道具が沢山ある。でも、先生から話を聞く、という行為はここでしか受けられない。先生もみんな違う。顔も、名前も、教え方も、みんな人それぞれ。とても面白い。

 体育の授業だけは少し苦手。身体を動かすのは、やっぱりまだ慣れていない。じっとしていることが多かったからかな。それとも、まだ色々と影響が残っているのかな。心配ないって言われていても、こうやって学校のみんなと一緒にいると、どうしても不安になってくる。フユも、普通の女の子になりたい。

 クラスメイトはみんな優しい。フユに色んなことを教えてくれる。フユのことを助けてくれる。フユはいつも「ありがとう」って言う。ありがとうを言わない日は無い。そのくらい、フユはみんなに感謝してるし、お世話になっている。

 どう、カマンタ?安心した?フユはうまくやってるよ。女子高生フユだ。ふふふ。

 学校にいる時が、フユは今一番楽しい。あそこにいると、フユは普通の女の子になれてる気がする。ううん、気がする、じゃないよね。フユはもう、普通の女の子なんだ。そうなんだよね。

 ヒナも、普通の女の子してるみたい。どうしようかな。今度、こっちから話しかけてみようか。なんだかタイミング外しちゃって、難しいよ。

 ねえ、カマンタ。世界って、こういうものだったんだね。フユは何も知らなかった。今、フユはとても幸せだと思う。

 今日、学校が終わって。また明日、学校に行く。こんな繰り返しが、こんなに楽しくて、嬉しいものだなんて。フユには想像もつかなかった。

 感謝しないといけないね。カマンタ、あなたにも。フユは生きていて良かったって思えるよ。ここにいて良かったって感じる。

 大丈夫。もう、あんなことはしない。約束するよ。




 フユが来ることについては、事前に知らされていた。正確に言えば、予兆というか、遠回しな託宣を受けていた。

 ヒナの身に何か大きな転機が訪れる時には、ナシュトが夢の中に現れて警告を発してくれる。今回、ものすごく久しぶりにヒナはナシュトに夢を視させられた。

 銀の鍵の持ち主が、ヒナと接触しようとしている。

 そもそも銀の鍵が複数存在しているとか、ヒナはこの時初めて知らされた。こんな危険なものが、実はそこかしこにゴロゴロしているんじゃないかとビックリしたが、流石にそれは杞憂というものだった。銀の鍵は、そこまでありふれたものではない。ま、そりゃあそうか。

 その数少ない鍵の持ち主同士が接触するということは、極めて異例な出来事であるそうだ。因果律が大きく変化する可能性がある。平たく言えば、この事態によって何が引き起こされるのか、神様であるナシュトにも全く想像がつかないらしい。

 だいぶ困った状況だったが、一つだけ良い知らせがあった。この相手には、どうやら敵意が存在しない。それはとても大事なことだ。銀の鍵を持つ者同士で喧嘩とか、考えただけでゾッとする。

 詰まるところ、とにかく何が起きるか判らないから気を付けろ、という、歴代で最も無意味、且つ役に立たない託宣だった。

 ホント、じゃあ一体何をどうしろって言うんだか。散々煽っておいて、投げっぱなしもいいところじゃないか。


 心を読む力。ヒナはこれをなるべく使わないようにしている。気持ち悪いし、何より相手に失礼だ。特にハルに対しては絶対に使わない。そういうズルはナシの方向で。それから、友達にも極力使わない。言葉にするって、とても大切なこと。ヒナは周りの人とはちゃんと話をして解り合いたいし、理解したと思いたい。

 フユがどういうスタンスなのか、しばらく遠目から観察させてもらった。もちろん、ヒナはフユの心を覗かない。こちらの姿勢はしっかりと見せておく必要がある。

 クラスメイトと話すフユ。授業を受けるフユ。学食に行くフユ。つけ回す訳にもいかないので、目につく範囲内でフユの行動を調べてみた。結果は、ヒナと同じ、ということだった。

 フユは、なんだろう、とてもひたむきで、何にでも感動する子だった。ちょっとしたことに驚いて、喜んで、大袈裟なくらいに反応する。良く笑って、良く話して、毎日が常に楽しそうだった。

 授業であってもそうだ。フユは勉強が好きみたいだった。どの教科も熱心に学んでいた。この学校内でヒナとは最も無縁な場所、図書室に入って行く姿もたびたび見かけた。クラスメイトと話をしていない時は、フユは大体静かに本を読んでいた。

 うん、悪い子ではなさそうだ。むしろ普通。普通に毎日を過ごして、それを楽しんでいるように思える。警戒は解いても良い気がするなぁ。まあ、まだその真意は判らないし、実際に直接対話をしてみないことには何とも。

 何か話をするきっかけがあれば良いんだけどね。


「曙川さん、お昼ごはん一緒に食べても良いかな?」

 フユはあっさりと声をかけてきた。ある日のお昼休み。フユはにこにこと笑っていた。

 最初のうち、フユは他のクラスメイトと一緒に学食でお昼を食べていた。しかし、混雑してがちゃがちゃとうるさい状況が、どうにも自分向きではないと考えたらしい。

 そこで、今度はお弁当組と一緒にお昼を食べてみようと、訪ねてきたという訳だ。

 確かに、ウチのクラスのお弁当組最大派閥と言ったら、ヒナのいるグループだからね。今や女子五人、男子四人の九人。大所帯だ。っていうかユマ、もうすっかりウチのグループの一員か。いや、別にいいよ、うん。

「ん?因幡さん?良いんじゃない?」

 一応うちのグループのリーダーはサユリなんで。ワンレン黒髪の眼鏡美人。私服だとOLに間違われます。絶対年齢詐称してるよね。思ったこと、正直に言って良いからね。

「学食は混んでるものね。因幡さんにはつらいんじゃないかな」

 サキは我がクラスの誇る王子様。女子だけど王子様。ここ大事。すらりとしたしなやかな肢体に、ネコ科肉食獣を思わせる目、すっきりとしたショート。陸上部のエースらしいよ。ファンが多いから気を付けてね。

「因幡さんなら大歓迎だよ」

 チサトは、ちっちゃくて可愛らしくてお人形さんみたい。吹奏楽部の誇る期待のフルート奏者。ふわふわロングにパッチリお目目。可愛いでしょう。これがね、抱き心地がまた良いんだわ。

「曙川さん、あんたさっきっから何言ってんの?」

 えーっと、そこでクール気取ってるポニーテルそばかすが、ユマです。学園祭実行委員でした。もう学園祭は終わっちゃったので、現在はただのお払い箱。部活の家庭科部に集中している。これが通称およめさんクラブとか超乙女で恥ずかしい・・・

「何言ってんのってばさ!」

 うわっと、ロープロープ。何でもないってば。ユマ、ストップ。

 女子はこんな感じかな。後は男子。

「ん、別に構わないよ」

 えーっと、朝倉ハル、ね。その、ヒナの彼氏。え?知ってる?誰に聞いたの?まあ確かに有名かもしれないね。うん、付き合ってる。幼馴染。え?もう、いいでしょ、そんなの。うー。

 好き、だよ。あー、もうやめやめ。

 後はいもね。じゃがいも、じゃがいも、さといも!

「曙川、お前それ酷いだろ」

 うるさい黙れ、おかず出してやらないぞ。

 ・・・ということで、一通り紹介が終わった。終わったことにしておく。根菜たちはどうせいてもいなくても同じだろう。

「賑やかで楽しそうだね」

「学食よりうるさかったらごめんね」

 さて、まずは騒音の源を出してしまうか。鞄から大きな耐熱タッパーを取り出す。何だろうとワクワクして見ているフユの前で、いつものように取り皿と箸を並べる。蓋を取ると、ふわっとおいしそうな匂いが流れ出した。

「今日は酢豚。なんかパイナップル入れてくれって話だから入れてみた」

「おー、ゴチになります曙川食堂」

 困ったもんだよ、まったく。

 別にヒナの家は食堂でもなんでもない。これはハルの友達に対する幸せのお裾分けって奴だ。ヒナは今、毎日ハルのお弁当を作って持ってきている。これを羨ましいとか騒ぐものだから、ハルにも頼まれて一品おかずを余計に準備してきているのだ。ああ、一応お金をもらうようにしました。愛情じゃなくて、あくまで義理ですので。義理。

「すごいね、曙川さん」

 フユが目をキラキラさせている。すごくないよ。なんだかなし崩し的にそうなっちゃってるだけ。いつ辞めても良いんだけどね。そうなるとお昼に白米だけ準備してきている、さといも高橋とかが哀れになっちゃうしさ。ん?さといも高橋はチサトと良い感じなんだから、そうなったらもうそっちで引き取ってもらうか。

 フユのお昼ご飯は何だろう、と思ったら。

「それ、お昼ご飯?」

「うん。おかしいかな?」

 白いおにぎりが、二つ。海苔も何もついてない。塩、ふってる?フユはきょとんとしている。

「お弁当だっていうから、自分で作って用意してきた方がいいかなって思って」

 あー、なんかそんなところで妙に気を遣わなくてもいいよ。自由だから。買ってきても良いから。ほら、ヒナの作った酢豚も食べて。いもたち、今日は控え目にな。

 遠慮がちに、フユはヒナの酢豚を一口食べた。ちょっと酸っぱかったのか、軽く口をすぼめた後で。

「おいしい」

 そう言って、小さく笑った。

「良かったらフユも好きなだけ食べてね」

 うん、って返事をしてから。

 フユが驚いたようにヒナの顔を見つめてきた。はぁ、判らないとでも思っているのかね。ヒナにはすぐに判ったよ。

「ヒナ、でいいから」

「ありがとう、ヒナ」

 この子はとても不器用だ。理由は判らないけど、とても臆病で、いつも一歩後ろに引いている。こういう人間観察が得意なチサトも、ヒナと目が合って軽くうなずいた。多分サユリも、サキも同じことを考えている。

 フユは、このグループにいる方が良い。ヒナも、フユとは仲良くしたいと思うようになって来た。



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