モウ一人のワタシ (1)
寒い。
そうか、フユが産まれた季節になったんだ。そう思うと感慨深い。何年目だっけ?十六年目。十六才。
残念だな。産まれた日が判っているなら、誕生日ってお祝い出来たのに。それはまだやったことがない。楽しそうだって思う。カマンタも知らないの?フユの誕生日。
知らないか。カマンタに会ったのは、フユが産まれた後だもんね。気にしないで、一応仮の日ってのは決めてあるじゃない。
その日はどうしようか、ケーキとか買ってみようか。ロウソクを立てるの。年の数だから十六本か。多いな。一息で消すのって難しくない?
後は、ハッピーバースデーの歌をうたうんだよね。知ってる。ディア、フユ。ふふ、なんだかくすぐったい。
カマンタは祝ってくれる?フユの誕生日。フユが産まれたこと。フユが十六年間生きたこと。そうか、ありがと。
フユには、まだ知らないことが沢山ある。みんなが当たり前のように知っていること。フユは、何も知らない。
誕生日プレゼント。そういえば貰ったことないなぁ。誰かくれないかな。カマンタには期待してないよ。
プレゼントをくれる人、欲しいな。
まあ、昔に比べれば、だいぶマシだとは思うんだよ。知ってる人って結構増えたし。一人じゃないんだって、思えるようにはなったから。って。
今、一人なんだけどさ。ははは。
いいんだ。こうしているだけで、楽しいことはいっぱいある。冷蔵庫、電子レンジ、テレビ。テレビはスゴイ。画面の向こうでは、楽しいこと、怖いこと、不思議なこと、何でもある。うっかり一日中観ちゃうことがある。気を付けないと。
鏡。フユは自分の姿を見るの、嫌いじゃないよ。細くて白い。もうちょっとふっくらしている方が女の子っぽいよね。フユはガリガリだ。こればっかりは仕方ないかな。もう、これから太ってくるよ、なんて失礼なこと言わないで。
髪の毛、長いね。真っ直ぐで、黒い。背中の真ん中辺りまで届く。お手入れ大変。乾かすのも大変。でも、すごく気に入っている。さらさらって、掌の上を流れる。フユが、一目で女の子だって判る。とても好き。
顔は、どうかな。ちょっとぼんやりしてそう。垂れ目。もっとパッチリしてる方が可愛い気がする。まつ毛長いねって言われたことはある。身体と一緒で、痩せてて不健康な感じ。本当は、ぱ、って明るい感じの方が良い。
そういう笑顔は、難しいな。
クローゼットの中はお洋服で一杯だ。なんかやたらと買ってもらっちゃった。自由に外に出て歩いて良いんだから、おしゃれもしないとね、ってことらしい。そう言われてもなぁ。フユにどんな服が似合うのかなんて、良く判らないよ。試しに何着か合わせてみた。うーん、どうにもこうにも。テレビで見る女の子みたいにはいかないなぁ。
本を読むのも楽しい。活字。絵が無いぶん、自分で色々と考える。想像する。知らないことが沢山あって驚かされる。物語は大好きだ。読んでいると、まるでフユが登場人物の一人になった気分になってくる。冒険やお姫様も素敵なんだけど。
フユは、普通の人達が好きだな。
ああ、そうそう、制服が来ていたんだね。高校の制服。いよいよ学校に行けるんだ。教科書とか、ちゃんと読んで予習したよ。ちょっと難しかったかな。多分大丈夫。フユは勉強にはついていけそう。
制服、似合ってるかな。袖を通して鏡に映してみた。どう、カマンタ?おかしくない?フユは、女子高生になれてる?
フユは、女子高生になる。
ふふ、笑っちゃう。フユが女子高生だって。こんなに沢山のものに囲まれて、楽しいに包まれて。今度は学校。次から次へと目まぐるしい。ホント、世の中にはフユの知らないことばかり。
ん?そりゃあまあ、不安もあるよ。だって、全然知らないところ、しかも人がいっぱいいるんでしょ?そんな中に入って行くのに、怖いって思わない方がおかしい。
でもさ、そもそもフユには何も無かったんだし、今更どうなったって関係ないよ。むしろ、何が起きたって嬉しい。それが何であれ、フユの知らないことに代わりは無いんだから。
あと、仲間がいるんだよね。仲間って言うとヘンかな。えーっと、フユと同じ力を持ってる人。
曙川ヒナさん。
どんな子かな。楽しみだな。いきなりフユの中を見て、驚いたりしないかな。
友達に、なれるといいな。ううん。
友達になりたい。フユも、友達が欲しい。
年が明けて、三学期になった。気が付いたら高校一年生も終わろうとしている。長いような、短いような。
曙川ヒナ、十五才、高校一年生。高校生活は楽しいことがいっぱいだ。大好きなハルと一緒で、毎日がきらきらとしている。
ヒナは中学までは校則のせいで、無造作に髪を縛っていた。それが良くなかったと思うんだよね。高校で髪をほどいて、ふわっとしたウェーブヘアーに。目元もぱっちりとして明るい感じ。元々の素材は悪くなかったんだってば。緩やかな鼻筋、存在感のある唇。ハルがときめいてしまった、女子高生ヒナちゃん誕生だ。
朝倉ハル、十五才は、ヒナの幼馴染。今は、ヒナの彼氏。恋人。二人は両想いの相思相愛。高校に入って可愛くなったヒナに、ハルは付き合ってほしいって告白してきた。ハルだけのヒナでいてほしいって。もう嬉しくって舞い上がってしまいそう。
ハルは、中学まではバスケ部で頑張っていたスポーツマン。身長が足りなくてレギュラーには届かなかった。でも、なんか高校に入ってから背が伸びたよね。ずるい。髪も短くサッパリとして、爽やかさが増した感じ。本人は鋭いなんて言ってるけど、細いだけでちょっと垂れてる可愛い目。日焼けしにくくて色白な肌。その分筋肉の影が出て良いんじゃないかな?身長が伸びたこともあって、ハルはすっかり細マッチョだ。ヒナはハルのこと、カッコいいと思うよ?自慢の彼氏だ。
小学校の頃、家出して怪我をしたヒナを助けてくれた時から、ヒナはハルに恋している。誰よりも大切な人。ヒナを探して、見つけて、判ってくれる。ヒナの居場所。ヒナの大事、一番だ。
ハルはヒナのことをとても大切にしてくれる。いつもヒナを守ってくれる。ちょっとやり過ぎる時もあるかな。思っていたよりも独占欲が強いところもあったんだね。ヒナはちゃんとハルだけのものだから、そこは安心して欲しい。心配性で困っちゃう。
あまり思い出したくない何だかんだがあって、今やヒナとハルは学校内でも有名なカップルだ。彼氏宣言なんてバカみたい。はいはい、他の誰の所にもいきませんよ。見世物にもなってあげたんだから、ハルの方こそヒナを置いていかないでね。
大好きだよ、ハル。
一月になって、ヒナのクラスではちょっとした事件があった。まあ、事件って言ってもそんなおどろおどろしいものじゃない。どちらかと言えば良いニュース、なのかな。
新しいクラスメイトが増えた。転校生だ。
三学期の始業式の後、担任のメガネ先生に連れられて、彼女はやって来た。そう、女の子。ん?メガネ先生のことはどうでもいいでしょう?中年男性、メガネのレンズがデカい以外何も印象に残らない。以上。
黒板に書かれた名前は、因幡フユ。フユ、ちょっと変わった名前かな。自己紹介で言っていた。
「寒い季節に産まれたからフユです」
細い子だった。うん、第一印象は細い。身体も、手足も、するっとしている。肌の色も白いし、あまり健康そうには見えない。対照的に髪の毛が黒い。塗り潰したみたいな漆黒。サユリも同じ黒髪ワンレンだけど、フユも負けてないね。すごく気を使って、綺麗に手入れされているのが判る。
やっぱり痩せてて、元気の無い感じの顔付き。優しい美人って雰囲気だ。垂れ目で、まつ毛が長くて、見つめられると穏やかな気持ちになってくる。こういう細い子って、ヒナの中ではちょっとキツめのイメージがあった。フユにはそういうのが全然無い。むしろ何処か暖かい。
これでぼそぼそと喋るようなら、幽霊とかあだ名が付けられそうなものだ。が、フユはそんなことは無かった。はきはきとして、何をするにも楽しそう。挨拶も元気だし、何かしてもらえば必ずお礼を言う。良く笑う。人当たりが良くて、すぐにクラスの中に溶け込んでいった。
見た目通り、身体は丈夫では無いらしい。体調がすぐれないことが多いみたい。体育は見学しがち。教室移動の時もつらそうにしている。それでも、学校が好きだと言ってにこにこしている。欠席だけは無い。授業態度も悪くないし、先生の受けも良い。
良い子だよね。ヒナもそう思う。
ヒナは、フユとはまだあまり話したことが無い。フユはクラスの色んな人と話をして、色んなグループと関わりを持っている。今はまだ、固定した自分の居場所を作っていない感じ。その内ヒナのグループの方にも声をかけてくるんじゃないのかな。
イの一番にヒナのところに来なかったのは、フユなりに考えがあってのことなのだろう。そのことについては、別に何か文句がある訳じゃない。逆に、いきなりヒナに話しかけてくる方が不自然だろうね。
いやいやいや、これじゃヒナ、番長みたいじゃん。おい新顔、ヒナにあいさつ無しとはいい度胸じゃねぇか、みたいな。ええっと、そうじゃなくてね。
フユは、特別なんだ。
最初に教室の前に立った時、フユはヒナの方を見て微笑んだ。判ってるよって顔だった。すごくびっくりした。とりあえず、まあ、そういうことなんだなって思っておいた。
フユの左掌には、銀の鍵がある。ヒナの左掌にあるものと同じだ。
銀の鍵。神々の住まう幻夢境カダスに通じる力を持つもの。色々と特殊な力を持っていて、中でも恐ろしいのが、人の心を読む力だ。人の心を読み、人の心を操り、記憶を操作する。それがどんなに危険な力なのかは、想像に難くない。欲望に塗れた人間が持てば、あっという間に自分にとって都合の良い世界を作り上げることが出来るだろう。
ヒナはこれをお父さんの海外土産として受け取って、不完全な契約を結んでしまった。カダスに住まう神々への願いを問われて、そんなものは無いと突っ撥ねたからだ。ハルと結ばれたいって夢はあったけど、それは神様に頼むことじゃない。ヒナは自分の力だけでハルと好き合ってみせる。
結果として、銀の鍵はヒナの左掌に同化してしまった。オマケで、鍵の守護者であるナシュトという神様もくっついてきた。ナシュトは人間のすることに対してはあまり興味が無いらしいが、今ではヒナに付き合って色々と役に立ってもらっている。申し訳ないね。そのくらいに思えるようになったのも最近のことでね。
人の心を読む力。ヒナは、正直そういうことに興味が無かった。なんでも思い通りになる世界。それは普通につまらない。世の中には、うまくいくことと、うまくいかないことがある。努力して、その結果として何かを掴み取ることが出来る。だから世界は面白いんだ。ハルとの関係もそう。ヒナがなぁーんにもしていないのに、ハルが突然「ヒナ、大好きだよ」って言ってきたとして、それは嬉しいことなのかな?
ハルは昔、雨の中家出したヒナを探して、助けてくれた。怪我をして動けないヒナを背負ってくれた。嬉しかった。その時、ヒナはハルに恋をした。ハルに大切に想われていたい。ちゃんとハルに愛されたい。ハルと、好き同士でいたい。ズルしたってダメだ。ヒナは、本当のハルの心が欲しい。
こんな訳の判らない話、誰にも相談することが出来ない。銀の鍵については、ハルにも打ち明けていない。例外として、夏休みにちょっとしたご縁があって知り合った、近隣の土地神様にお世話になっている。神様なんて良く判らない存在の中で、土地神様は非常に気さくで、そのお陰もあって、ヒナはだいぶ今の自分を受け入れられるようになってきた。
そしてそんな状況の中、ヒナのところに、もう一人の銀の鍵の所有者、フユが訪れてきたのだ。