愛はなくても、チョコはあります
「あんまー」
どこぞのアニメで聞いたような言葉を真似て、ぱくり、チョコレートを口に入れた幼馴染み。
ちゅるり、音を立てて指に付いたココアパウダーを舐めとる彼女は、緩みに緩んだ笑みを見せる。
そんな風に表情筋が緩むならば、普段から愛想を振りまけばいいものを……。
「生チョコ?溶けるから美味しい」
バレンタインだから、と答えにもならない答えを返せば、あぁ、なんて声。
ゆったりと視線をカレンダーに向けたが、視力が悪いくせに眼鏡を掛けない彼女は、目を細めるだけで見えなかったらしい。
首を捻っていた。
私も私で決してお菓子作りが好きなわけでもないし、特別得意なわけでもない。
ただ、世の中の女の子は凄いもので、何をそんなに頑張るんだと言いたくなるレベルに、手作りチョコを必死に作る。
例えは違うが、目には目を歯には歯を、みたいな。
彼女は満足そうに舌の上でチョコレートを転がす。
真っ茶色の舌を覗かせて、誰に渡すの?なんて睫毛を揺らしながら問い掛けてくる。
ぱちぱち、瞬きを眺めながら、私は創り終えた生チョコやらチョコレートムースやらを見た。
「愛を伝えたりするの?」
「一体誰によ」
「さぁ?ボクの知らない人とか」
次、とチョコレートムースに手を伸ばす彼女。
今日はやけに機嫌がいいというか、表情筋が柔らかいようだ。
聞いたことのない鼻歌を歌いながら、銀色のスプーンを食器棚の引き出しから引っ張り出す。
くるり、スプーンを回してから、チョコレートムースに差し込んで一口。
またしても「あんまー」とふざけた声。
美味しいかどうかではなく、甘い、なんて感想にもならない。
語彙力がないとか、そういう問題じゃないだろう。
「アンタは他の幼馴染みにあげることすら、考えようと思わないわけ?」
かちり、歯にスプーンの当たる音。
彼女はその音と感触に僅かに眉を寄せ、ふむ、と口の中のチョコレートムースを飲み込む。
上下する喉を見つめれば、そこから声は発せられて、のんびりと言葉を紡ぐ。
「ボク、もう作り終えてるし」
不思議そうに傾けられた首に釣られるようにして揺れた髪の毛。
チョコレートとは別物の甘い匂いがする。
何の匂いか、鼻を動かした私に気付くことなく、彼女はお菓子作りの過程の中では、デコレーションが一番好きだとか言っていた。
あぁ、そうよね。
アンタは手先だけは器用で、そういう細々した作業が好きよね。
言葉にして吐き出すのが面倒で、はいはい、と頷きながら心の中に留めるそれ。
白くて細い、握ったら折れてしまいそうな指先には、小さな形のいい爪が生えている。
彼女は私の視線を気にすることなく、食べ終えたチョコレートムースのカップを水に漬けた。
「大丈夫だよ。文ちゃんの分もあるからね」
何が大丈夫なのか分からない。
冷やし終えて、ラッピングをしようとしていただけなのに、何故こうも時間を食っているのか。
僅かに溶けたチョコレートムースを見て、常温になってしまった生チョコに溜息を落とす。
仕方ない、もう一度冷やしてからラッピングをしよう。
冷蔵庫に、と手を動かし始めると、彼女はニコニコと笑いながら冷蔵庫の扉を開けるので、本日何度目かの溜息を吐き出した。
「今年も本命はないねぇ」
楽しそうに呟かれた言葉に、お互い様だ、なんて吐き出して冷蔵庫の扉を強く叩き付けるように閉めた。