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2016年/短編まとめ

愛はなくても、チョコはあります

作者: 文崎 美生

「あんまー」


どこぞのアニメで聞いたような言葉を真似て、ぱくり、チョコレートを口に入れた幼馴染み。

ちゅるり、音を立てて指に付いたココアパウダーを舐めとる彼女は、緩みに緩んだ笑みを見せる。

そんな風に表情筋が緩むならば、普段から愛想を振りまけばいいものを……。


「生チョコ?溶けるから美味しい」


バレンタインだから、と答えにもならない答えを返せば、あぁ、なんて声。

ゆったりと視線をカレンダーに向けたが、視力が悪いくせに眼鏡を掛けない彼女は、目を細めるだけで見えなかったらしい。

首を捻っていた。


私も私で決してお菓子作りが好きなわけでもないし、特別得意なわけでもない。

ただ、世の中の女の子は凄いもので、何をそんなに頑張るんだと言いたくなるレベルに、手作りチョコを必死に作る。

例えは違うが、目には目を歯には歯を、みたいな。


彼女は満足そうに舌の上でチョコレートを転がす。

真っ茶色の舌を覗かせて、誰に渡すの?なんて睫毛を揺らしながら問い掛けてくる。

ぱちぱち、瞬きを眺めながら、私は創り終えた生チョコやらチョコレートムースやらを見た。


「愛を伝えたりするの?」


「一体誰によ」


「さぁ?ボクの知らない人とか」


次、とチョコレートムースに手を伸ばす彼女。

今日はやけに機嫌がいいというか、表情筋が柔らかいようだ。

聞いたことのない鼻歌を歌いながら、銀色のスプーンを食器棚の引き出しから引っ張り出す。


くるり、スプーンを回してから、チョコレートムースに差し込んで一口。

またしても「あんまー」とふざけた声。

美味しいかどうかではなく、甘い、なんて感想にもならない。

語彙力がないとか、そういう問題じゃないだろう。


「アンタは他の幼馴染みにあげることすら、考えようと思わないわけ?」


かちり、歯にスプーンの当たる音。

彼女はその音と感触に僅かに眉を寄せ、ふむ、と口の中のチョコレートムースを飲み込む。

上下する喉を見つめれば、そこから声は発せられて、のんびりと言葉を紡ぐ。


「ボク、もう作り終えてるし」


不思議そうに傾けられた首に釣られるようにして揺れた髪の毛。

チョコレートとは別物の甘い匂いがする。

何の匂いか、鼻を動かした私に気付くことなく、彼女はお菓子作りの過程の中では、デコレーションが一番好きだとか言っていた。


あぁ、そうよね。

アンタは手先だけは器用で、そういう細々した作業が好きよね。

言葉にして吐き出すのが面倒で、はいはい、と頷きながら心の中に留めるそれ。


白くて細い、握ったら折れてしまいそうな指先には、小さな形のいい爪が生えている。

彼女は私の視線を気にすることなく、食べ終えたチョコレートムースのカップを水に漬けた。


「大丈夫だよ。文ちゃんの分もあるからね」


何が大丈夫なのか分からない。

冷やし終えて、ラッピングをしようとしていただけなのに、何故こうも時間を食っているのか。

僅かに溶けたチョコレートムースを見て、常温になってしまった生チョコに溜息を落とす。


仕方ない、もう一度冷やしてからラッピングをしよう。

冷蔵庫に、と手を動かし始めると、彼女はニコニコと笑いながら冷蔵庫の扉を開けるので、本日何度目かの溜息を吐き出した。


「今年も本命はないねぇ」


楽しそうに呟かれた言葉に、お互い様だ、なんて吐き出して冷蔵庫の扉を強く叩き付けるように閉めた。

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