SS12 「エリ子おばさんのエコドライブ」
ガソリンの値段が上がり続けるので、エリ子おばさんは燃費を上げることを決意しました。
「だって、今年に入ってから50円も上がっているのよ。・・・・・・それに環境にもいいし」
エリ子おばさんは私が小さい頃からお世話になっている人です。
私達はとある山の中の町に住んでいます。町の周囲の山は切り開かれているのですが、古くからの神社がある山だけは残っています。その山にある神社以外の建物がエリ子おばさんの家です。
古い洋風の大きな屋敷で町の重要文化財に指定されているそうです(他に何が文化財なのかしりませんが)。おばさんは旦那さんがお亡くなりになってから、この屋敷に1人で住んでいるそうです。波打つ黒髪にキメの細かい白い肌。青みがかった大きな瞳(外国の血が混ざっているようです)。抜群のスタイル・・・・・・と女の私から見てもドキドキするほど色っぽく華やかな美人なのですが、浮いた話はありません。おっとりとした物腰で、笑顔のたえない性格なのですが一度決めたら曲げない性格で、一人でマイペースに暮らしているのです。
私の家は山の麓にあり、一応はお隣さんということになります。親が共稼ぎなので、小さい頃からおばさんにお世話になってきました。若々しくて美人なので「エリ子おばさん」という呼び方は悪い気がするのですが、小さい頃からそう呼んでくれといわれているので今もそう呼んでいます。ただ、私が小さい頃からおばさんの容姿にはほとんど変化がないように思えるのです。私は今、高校二年生ですが、そのうち私の方が「おばさん」に見える日が来るんじゃないかと不安です。
話が横道にそれましたが、おばさんは給食センターで調理の仕事をしています。
お金には困っていないようなのですが、料理が好き・・・というよりは人のために料理を作るのが好きなので、この仕事をしているようです。おばさんは山の下を通る農道を通って、毎日20km先の給食センターに車で通っています。この農道は公共事業で作られたのですが、私はこれほど真っ直ぐで、車が通っていない道を見たことはありません。
運転暦は長いのですが、おばさんは運転は壊滅的に下手です。給食センターは農道の脇にあるのですが、正直、普通の車道ではすぐに事故を起こすでしょう。
おばさんの車は亡くなった旦那さんが使っていたものだそうで、非常に古い大型の外国車です。私は車の種類には詳しくないのですが、以前、「ワイルドスピード」という映画でヴィン・ディーゼルという役者さんが乗っていた古い車を見たときに似ているな、と思いました。なんにせよ、非常に馬力があるタイプの車なのですが、車体が重いので非常に燃費が悪いのです。おそらく普通に乗ればとんでもない速度がでる車なのでしょうが、おばさんはアクセルを踏み込んではブレーキをかけるので、スキップでもしているかのように車が飛び跳ねます。非常に危険な運転なのですが、そもそも車が全く通らないので誰にも迷惑がかかりません。ですが、おばさんはここにきて運転技術を上げることを決意したようです。細かいことが気になるのがおばさんらしいと思います。
さっそく、おばさんはドライビングの本を買ってきて読み始めました。
「アクセルは踏みつづけず、エンジンブレーキで減速するようにしましょう。カーブはアクセルをできるだけ踏まないように・・・・・・カーブはないわね。でも、ためになるわ」
要するにおばさんの運転、全否定です。ですが、おばさんは気にしたようでもなく、練習を始めました。おばさんは一度やり始めると徹底してやります。趣味のガーデニングによって家は見事な花で埋め尽くされ、全国から愛好家が見学にやってくるほどですし、勤めている給食センターもおばさんが中心になって努力した結果、全国的に何度も表彰されているそうです。
結果は目覚しく現れました。
リッターあたり5キロも走らなかった車が、10キロになったと報告してくれたのは2週間後のことです。そこまで酷い運転をしていたのか、と思ったものですが、更に2週間後には15キロまで伸びたと報告されました。・・・・・・軽自動車なみの燃費じゃないかと驚いたのも序の口、報告のたびに車の・・・・・・あのオンボロの大型車の燃費は上がりつづけました。燃費はガソリンの量と走行距離から計算しているのですが、もう一ヶ月はガソリンスタンド(これも給食センターの隣にあります)に行っていないわ、とおばさんは言いました。
「要するにアクセルを踏まなきゃいいのよ。そうすればガソリンは減らないわ」
低速すぎると燃費は悪くなるはずだけど、と思ったものですが、良くなっているのだから仕方がありません。毎日、歩くのと変わらない速度でおばさんの車は走ります。
ガソリンの消費は限りなくゼロに近づきます。
最近、あることに気が付きました。エンジン音がしないのです。
よく見ると、タイヤが少し地面から浮かび上がっていました。
指で触れると振り子のように車が揺れました。
先週からは、車が走ると小鳥が車体にとまり、森の動物たちが道路脇に並ぶようになりました。
うっすらと光すら放つようになった車でえり子おばさんは今日も通勤しています。