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君がポラリス 3

「敏也君一人で平気?」

「大丈夫ですよ。僕の分担が一番楽です」

「クラスのかけ持ちでしょう?大丈夫なの?」

「うちはクッキーしか作らないのでオーブンで焼いて冷ますだけです」

「生地作りは?」

「被服室で昨日頑張って作りましたよ。足りないって事は無いと思うんですけど……今日の残った量を見て、材料を持ち帰って家で作りますよ」

家庭科室でオーブンの余熱をセットして、卵焼きの準備をしている俺を見つけた部長がやってくる。

「卵焼き……一人で大丈夫?」

「朝の仕込みの時に、洗い物を頼むかもしれないですけど。それなら誰でも頼めますよね?」

「そうだけども……負担が多くない?」

「そうですか?店が始まるまでに冷蔵庫で冷ましておきたい分があるから僕も早めに来ただけです。今日は暖かくなる予定なので、焼きたてを食べたいって人がいないことを祈りますよ」

「確かにそうね。そうなると時間かかっちゃうものね」

「だし汁作りの方も鍋を見ていればいいだけなので、僕は平気ですよ。慣れてきたらもう少し手伝えると思います」

部長は口を動かしながら作業をしている俺を見ながら微笑んでいる。

「敏也君はお家のお仕事を手伝っているから出来るのよね」

「部長、今は止めましょう。オレンジケーキはどうしましたか?」

最終的にどうなったかまで俺は知らないオレンジケーキの話のする事にした。

「敏也君のアイデアのコアントローを控えて、オレンジピールを増やす事にしたの。こっちの方が食べやすいかもしれないって思うの」

「それは良かったです。冷たいデザートはどうするんですか?」

「そっちは寒天ゼリーを作る事にしたの」

「寒天ゼリーは中学で作りましたね」

「そう、だから皆が作れるだろうから一年生に一任しているの」

部長がニコニコしていっているけれども、俺は漠然と思い出していた。俺達のクラスでやった調理実習では、固まらなくてグズグズなゼリーらしき物体ってグループが多かったような……。不安になった俺は部長に提案する。

「試作しましたか?」

「まだよ。普通は大丈夫でしょう?」

「普通ならばです。でも、俺以外の一年生でちゃんと部活に来るのは時田さんと広川さんだけです。二人がメインで直前の仕込みで失敗せずに作れると計算するのは若干危険です」

「分かったわ。時間を調整してすぐに作れるようにするわ。ありがとう」

「何かあれば手伝いますけど、基本的に僕はいないものとして作業して貰わないといけないです」

「そうね、ありがとう。今年までは原価を下げられたけど、来年からはそうはいかないわね」

「朱音さんの家の差し入れですか?」

「うん。敏也君のお家の伝手も凄く助かっているわ。今年の文化祭の協賛もかなり増えたって聞いたわよ」

「僕は商店街の人に出来たら一口参加して下さいってお願いをしただけです」

俺は生徒会が協賛依頼をしに行く前にお願いをちょっとしただけだ。逆に生徒会にも俺はお願いをしている。こういう時はギブアンドテイクが基本だろうと思ってやっただけだ。この交渉は俺にとっていい経験だと思っている。

「やっぱり、調理の道?」

「でも、俺はコックになりたいんです。板前は兄貴たちがいる訳だから」

「そっか。敏也君は切り開く事を選んだのか」

「はい、ここで洋食の楽しさが分かったので」

「そう。それは私達の責任は重大ね」

「そうですよ。先輩方のお陰です」

俺は頭を下げた。あの日に調理部に誘われなければ俺の進路は絶対に違っていた。

「ところで、朱音の事……聞いた?」

先週、本人から農業大学の推薦入試の合格通知が届いた事は聞いている。

「いいの?」

「何の事ですか?」

「あの子の事」

「僕が進学して上京する時に近くのアパートに住みなさいってい言われましたけど?」

「うーん、俺の嫁認定?」

「それは言わないでください。複雑な気持ちなんですから。それでもいいんですよ。これから頑張れば」

「あらっ?おっとりさんかと思っていたら……」

「彼女の傍にいられるのなら、何でもやりますよ」

部長にそう返してからニヤリと俺は微笑む。

「こわっ、あの子……捕獲されちゃうの?」

「言い方が悪いですよ。部長。彼女は獲物じゃないです。愛しい人です」

「聞いた私が悪かったわ。今の話……聞いていない事にしてもいいかしら?」

「それがいいと思いますよ。それに先輩も、今日の文化祭で勝負するんでしょ?」

「なっ、なんで、それを?」

「やっぱりね。胃袋を掴んだものが最終的に強いと思いますよ。健闘を祈りますよ」

「あんたには言われたくないわよ」

部長は頬を膨らませて帰って行った。俺はこれからの作業に没頭する事にした。


文化祭は、それなりの結果を出して終了した。調理部もクラスも最終的には黒字収支だったと報告があった。クラスの皆で作ったとも言えるリレー小説は、完成した分は有志によって冊子化する準備をしている。

俺達の学校は募集の人数が少ないので進学コースと就職コースにざっくりと別れている。そんな俺のクラスは主に大学進学者が多い。人数が少ないので三年間基本的にクラスが変わることなく持ち上がる。その代わりに二年からは選択授業が増えるので同じクラスでも全員が全部同じとは限らないのだ。

クラスの後ろの棚には、文化祭で集めて余ったノートや鉛筆とかが纏められている。鉛筆と消しゴムは筆記具を忘れた人間が時折使っている。来年もこのまま企画が続いていきそうな勢いだし、未完の作品はまだノートが回っている。今日は俺の元にノートがやってきた。

手元のノートは学園ミステリーで、唯一の条件は死者を出さない事。実際、読んでいるとヒロインはいわゆるドジっ子で生傷が絶えない子の設定らしい。

最後に書いた奴は、家庭科の調理実習で熱したフライパンに触れたと書かれていた。

「……なんで、そこで終わるかな。訳分からないから」

まずは、冷やして保健室に連れて行って、保険の先生にお説教される所までは書いた。ノートに挟まれているルーズリーフには、次の回す人へのメッセージが書けるようになっている。俺の考えは無理に火傷のシーンを続ける事は無いと思っている。なので、治療が終わって包帯を巻いたヒロイン登場でいいのでは?と書く事にした。いくらドジっ子でも今回は可哀想だと思っていた。

そんな時に、俺の携帯が着信を知らせる。朱音さんからだ。

「どうかしたの?朱音さん?」

「あのね。敏也君。今度の連休……暇?」

「えっと、日曜日の午前は無理ですけど。他は大丈夫ですよ」

「それって……英検の面接?」

「はい、その通りです。だから終われば手伝えますよ」

日曜日の午前中は、英検の面接で隣の駅の学校に行かないといけない。

「それなら、みかんの収穫のお手伝いを頼んでもいいかしら?」

「いいですよ」

「それじゃあ、よろしくね。敏也君、コックになるって本当?」

「その予定。和食はどうにかなるからね」

「本気なのね」

「本気ですよ。僕一人位……ちょっと違う道でも問題ないと思わない?」

「確かに。それなら、今の内に敏也君に料理を教わろうかな」

「いつでもいいですよ。僕の家に来て貰えたら」

「本当?でも……優しく……してね?」

「それなりにという事にしておきます。甘いだけじゃ覚えませんよ?」

「そうだけど……それじゃあよろしくね」

そう言うと、朱音さんの通話は切れた。俺はカレンダーに週末の予定か書き加えた。


12月6日、一部訂正しました。

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