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君がポラリス 1

「エトワール」シェフ桐谷敏也のお話。


「りっちゃん、あの記事読んだのだろうか?」

「シェフ?何か言いましたか?」

俺の呟きを、調理アシスタントがすかさず拾い上げる。店が忙しくなって来た時に、俺が卒業した調理師学校から一人だけ求人募集をしたのだが、最終的に二人採用した。一人は成田でもう一人は俺の隣で作業をしている……横山だ。

「いいや。なんでもないよ。ランチが終わったら、りっちゃんに新しいランチメニューのチェックをして貰うから。お前のアイデアが採用されるといいな。それと、今夜はディナー予約が入っているからそっちのメニューはこっちになるから。成田と二人で一緒に下拵えを頼むな」

「はい、分かりました。シェフはお休みの日は彼女さんと一緒なんですか?」

横山にはうっかり、彼女との写メを見られて以来隠す事は無い。

「ああ、一緒であるけど専ら新しいメニューを考えている事が多いけどな」

「ええ?彼女さんが可哀想じゃないですか?」

「普通の彼女ならな。でも俺の彼女はそういうタイプではちょっとないかもな」

「そうなんですね。でもそんなに信じられるパートナーがいるシェフが羨ましいです」

横山が素敵ですって言いながら呟く。そして、俺がさっきまで眺めていたスポーツ紙を捲りだす。

「えっ?大槻選手がイタリアリーグから帰国なんですか?オーナーは知っているんですか?」

「成田。それはオーナーのプライベートだ。何かあれば俺達にも話すだろう。今は聞かずに待つのも優しさだろう?」

多分、りっちゃんの事だから、大槻さんが帰国する事は聞いているだろう。その後の動向までは彼女は把握しているのだろうか?

最後に俺が二人の姿を見たのは、大槻さんがイタリアに立つ時にスイーツ事情を見て来るねと言って大槻さんと一緒にイタリアに向かった時だろうか?あの時はイタリアからフランス・ドイル・ベルギー・オランダ・スイス・オーストリアとイギリスを回ってから帰国してきたんだっけ。

あの時は、厨房周りの改修とエレベーターの設置等もあってりっちゃんだけは時間にゆとりがある状態だった。俺達は修行している店で働いていたなあ。あの頃は、今こうやって店で仕事が本当に出来るのだとはどこかで信じられていない俺だったから……。


「とし君。今度の週末手伝ってもらってもいいかしら?」

「いいですよ。来年からは連絡を貰えたら戻ってきますよ」

「そっか、とし君も。上京するんだね。うちの朱音の様に」

「結果としてそうなっただけ。僕がなりたいのは板前じゃないから」

「大丈夫だよ。とし君ならしっかりしているから、いい料理人になれるよ」

学校帰りに近所のおばさんと一緒になった。おばさんの家はメインが稲作で、他に果樹園でミカンと梨を栽培していて、冬になるとハウス苺といった具合に年内通して何かを出荷している。家庭菜園なんて言っている畑も相当広いので、多少は地域の店舗で販売をしている。

俺の家は、祖父の代からの仕出し屋だ。店は親達と二人の兄貴と親族で切り盛りしている。俺自身も部活がない日は店で皿洗いとか下拵えを手伝っている。

そんな俺が料理の道に進みたいと言った時、誰も反対をする事は無かった。最初は地元の県庁所在地の調理師学校に通うつもりだった。けれども、最終的には自宅を出て都内の有名な調理師学校に進学を決めた。俺がちょっとだけ進路先の変更したのは、さっきのおばさんの娘……朱音さんの存在が大きいかもしれない。

「朱音さんは帰ってくるんですか?」

「田んぼの時は学校の同級生や先生を連れて来たのをとし君は忘れたかい?」

「覚えていますよ。稲刈りだって来たじゃないですか。ついこないだの話ですよ」

「朱音かい?今は実験に夢中さ。今以上に冬に強い苺を作るって言っていたけど。いつに出来上がるんだか」

「成程。朱音さんらしいね」

「家の仕事を見ていたあの子らしい進路だけどさ。親としては不安なんだよ」

「どうして?」

「男の人並みに研究に明け暮れていたら、女の幸せなんて掴めないだろう?」

「そんな事になる前に、僕が貰ってもいいかなあ」

「とし君、そんな事を言うと叔母さんは本気にしちゃうわよ」

「いいですよ。それじゃあ……おばさん手伝う日には直接果樹園に行くから」

「ああ、助かるよ。ありがとね」

俺は自宅の前でおばさんと別れた。


朱音さんは生まれつきぜんそく体質で家で寝ている事が多くて、農繁期には俺の家で過ごす事が多かった。俺の家には使用人が多いから寝ている朱音さんの世話をする人は十分にいたからだ。

近所のお転婆な同級生の女の子より、俺より何でも知っている二歳年上の朱音さんは憧れの存在だった。地元の中学を卒業して地域トップの成績がないと入れない高校に入学して中学では入らなかった調理部に入った朱音さんは、俺に料理の基礎を教わる事が多くなった。それから二年後、そんな朱音さんを追いかけるように俺も同じ学校の調理部に入部していた。

朱音さん達の引退も兼ねた、最後の文化祭も近付いたある日の放課後。日が暮れつつある通りを部の皆で一緒に歩いていた。

「朱音。農学部に入るって、本当?」

「うん。品種改良をしたいんだ。家の仕事を結果的に手助けすることになるでしょう?」

「ふうん、で、敏也君は?君も家の仕事を継ぐの?」

いきなり部長に話題を振られて俺は戸惑う。

「僕は……シェフになりたいです。家の方は兄貴たちが既に板前でやっているから僕がいなくても平気です。それよりも、フレンチやイタリアンとか……各国料理を日本人が食べやすいようにアレンジしたり……食育に興味もちょっとあるんです」

「ふうん。それは教育系でも扱わなくはないけど、実践する事に特化するのなら調理師でもいいわね。男の子だから家政学部はかなり難しいものね」

「そうなんです。それとパティシェのコースも通えたら、大抵のものは自分で作れるのでいいかなって思っています」

「夢は、店の開業なのかな?」

「僕は、経営よりも雇われの方が向いていると思っています。実家くの近くで別の店を持って、資金関係は実家の事務の人に任せるのが一番かもしれません」

「敏也君は自分で全部やる人だと思っていたからちょっと意外」

「僕、そこまで出来ないですよ。皆も夢あるんでしょう?」

他の部員に話を振ると、栄養士とか食品開発とか俺とにたような進路を希望している人が思った割に多くてホッとした。


12月6日、一部訂正しました

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