あごがれ∞ループ 3
達也さんは私と会ったあの日から数日間、学校で過ごしていたらしい。
今日は部活の活動日で、こないだの撮影したバレー部の写真を見せる為にいつもより早く学校に来ている。今は、川野先生が私の撮影した写真を見ている。何枚かめくったところで先生の手が止まる。
「なんだ。俺の嫁も撮ったのか?」
「はい、ちゃんと許可を貰いましたよ。それで、奥さんの分はプレゼントです」
「おっ、いいのか?」
「はい、幼稚園の方は既に送ってありますので」
「そうか。達也の分は?」
「あの後すぐに現像して、貰った名刺に書いてあった住所に送りました。そうしたら、昨日これが届きました」
私は一枚の絵ハガキを見せた。明るくて開放的なイメージのある南ヨーロッパの都市が印刷されている写真だ。
「なんだ?あいつ、ヨーロッパにいるのか?」
「そうみたいです。他の競技の皆さんと一緒に選手村に合流するみたいです。元気そうでなによりです」
「そうだな。でも最後のは……ちょっと……」
「おちびちゃんはあんまりです」
「見た目は否定できないけどな。あいつが自分のテリトリーに他人を入れること自体が少ないから、ちょっと言葉がキツイのは目を瞑ってくれ。達也……全日本のエースってフィルターで見なかった麻生の事を気に入ったようだな」
「それは……褒められているのですか?」
「そうだな。あの後な……あいつを見た他の女の子が騒いで大変だったんだ」
その光景は簡単に目に浮かぶ。テレビで見る達也さんが、バレー部の練習に混ざっているんだから。
オーラを消していたって、プレーしたら誤魔化す事は不可能だろうから……ご愁傷様、達也さん。
そんな私を見ながら、川野先生は絵葉書の一部分をトントンと突いていた。
「それにここさ、あいつがまた会おうなって書いた位だ。オリンピックが落ち着いたらあいつのことだからまたここに来るだろうな」
「先生……オリンピックが終わったら、国際マッチじゃないんですか?」
「そうだろうけど、休みなしに練習なんてしないぞ?」
「そんなことしたらストレス溜まりますよ」
「自主練習日に来るだろうな。それにあいつのしていることは気にしない。お前は、お前のままでいてくれな?」
「そりゃそうに決まっています」
それから、現像した写真で文化祭に使えそうな写真を先生と一緒にピックアップする事にした。
それからオリンピック番組で何度か達也さんを見た。
気になるオリンピックの結果はメダルは逃したけれども、決勝ラウンドまでは勝ち残る結果だった。
テレビで見た達也さんは、やっぱりキラキラしていて、私に出してくれた絵葉書は気紛れだと思っていた。オリンピックも終わって、学校の文化祭の準備で忙しい土曜日のホームルームの後に川野先生に呼び出された。
「今日は何ですか?」
「ん?ちょっと時間かかるかもしれないが、麻生昼飯は?」
「持って来ていますよ。こないだの連休で取った写真の現像する予定だったので」
そう答えた私を連れて、先生は体育教官室に連れて行く。最近の私は土曜日に昼食を持って学校に来て、お昼を食べてからゆっくりと現像する事をしている。それが終わってから、街の図書館で勉強をしてから帰る生活が夏休みが終わった後からの私に日常に変わっていた。
体育教官室の別名は生徒指導部別室。ここに来る生徒は体育係の人間か、風紀委員か日直位とテンプレと化している。
「いいんですか?」
「あのな。俺が呼んだんだろ。それにお前自身も風紀委員で見周りの報告にいつも来ているじゃないか」
「そうですけど、風紀委員絡みってことは、イレギュラーのお仕事ですか?」
「それは、ちょっと……違う。まあいいから入れよ」
体育教官室のドアがゆっくりと開いて、私は入る様にと川野先生が促す。
体育教官室の奥には白い歯を見せてにっかりと笑っている……達也さんがいた。
「達也さん、サボりじゃないですよね?」
「久しぶりに会った人に、練習しろはないだろ?梨佳、お前……さては、風紀委員だろう?」
「さすが。よくお分かりですね。私は川野先生に呼び出されただけですけど?」
「ああ、先輩にね。ほらっ、お前に土産だ」
そう言うと、達也さんは私に何かを手渡した。貰った紙袋をゆっくりと開けるとそこには可愛らしいマグネットが入っていた。
「かわいいですね。ありがとうございます」
私が喜んでマグネットを見ている隣で川野先生がちょっと意地悪い事を言う。
「達也、お前……餌つけか?麻生はそんなに単純じゃないぞ」
「先輩、何を言っているんですか?これは夏休みの写真のお礼ですよ。あんなに一杯撮って貰ったのって久しぶりだったから。ところで文化祭の写真終わったか?」
「まだです。でも納得できるものにはなっていますよ。達也さん見たいんですか?」
「見たいと言われたら是非。俺の写真は使ってないだろ?」
「達也さんの顔はないです。腕とか、顔以外の体とかはありましたけど。バレーやっている時の川野先生ってかっこいいなあって写真見て思いました」
「いつもはどうなんだ?」
「先生ですけど?達也さんのいる世界にいたいって思わないのかなって思う時はあれからはあります」
「大丈夫だ。これでも全日本には入った事ある。レギュラーじゃないけどな」
「そこまで努力したってことでしょう?それだけでも凄いです」
「梨佳。お前さ、俺の練習……撮りに来るか?」
「えっ?それはちょっと贅沢すぎます」
「大丈夫。テーマは働く人なのだろう?スタッフもチームの為に働いているからさ」
私は達也さんの言いたい事が理解できた。チームの為に働いているスタッフさんを撮影して欲しいんだ。
練習の場所には達也さんのチームを支える人がいる。その人を撮影するのも楽しいかもしれない。
「それだと、許可を貰わないと」
私はうろたえてしまう。だって、こんな女子高生が簡単に実業団チームの練習が見れるとは思えない。
「そこは俺を利用するつもりなんだろう?本当に達也らしい」
「こんな役で良ければ、先輩に何を言われても俺は平気ですよ。チームの人間が梨佳の写真を見て、撮影者が見たいって言ったんだよ。あっ、当日は制服で来るなよ。スカートも禁止な」
「えっ……でも……」
凄く嬉しいお誘いだけど、即答してしまっていいのだろうか?
「いいよ。麻生、お前ちょっと社会見学するか?」
「できるのであればしたいです。食堂とか見られますか?」
「食堂?お前食堂のおばちゃんになりたいのか?」
「私、管理栄養士の資格が欲しいんです。だから食堂を見学したくて」
「そういえば、面談でも言っていたな」
「はい」
「うん。おちびちゃんは躊躇いがなくていいね。いい子だ」
そう言うと私の頭を撫でてくる。しかし、ぐしゃぐしゃになるように撫でるから髪の毛がすごいことになってしまっている。
「麻生、直したらどうだ?」
「はい、先生。ちょっと鏡を借りますね。達也さんって……アホですか?」
私が達也さんを睨みながら言うと、川野先生も呆れつつあるようだ。
「確かに達也の方が悪い。ガキだな。逆に麻生が落ち着いている分。お前ら二人のバランスがいいぞ」
いきなりとんでもない事を言いだした川野先生に私はギョッとする。
「7歳年上の人からしたら、私は玩具以外の何ものでもないですよ」
「麻生……そうやって言うな。俺の嫁も連れて行くけど……いいよな?」
「いいですよ。梨佳もおいで。本物を見せてやるから」
「そんな。無理しなくてもいいですよ。国内リーグでも見られるんですから」
「それなら、チケット送るから。そうじゃなくて、練習している俺も見て欲しい」
なんか必死な達也さんが、可愛らしく見えた。
国内リーグ直前に、私は川野先生に連れられて達也さんの練習を見る事ができた。
本当は……達也さんと同じチームに入る話があったんだと、達也さん達の練習を見学している時に川野先生の奥さんが教えてくれた。でも、家庭の事情があって今の職業……先生をしている。
本人はそこのところは気にしていないし、私達が出会えたのだから今の人生もいいものだと言っているから、理佳ちゃんが気に病む必要はないのよ。部活の顧問も楽しそうにやっているからって言われたけど、私の傍で一緒に見ている先生の姿を見ていると切なくなってしまって、先生に気がつかれない様に目に溜まった涙をそっと拭った。
「梨佳。どうだ?」
タオルで汗を拭きながら達也さんが私の元にやってくる。
「すごいね、ローマは一日にして成らずってこのことだね」
「なんだ?」
「皆さん、達也さんのように凄いなあって思ったの。ねえ、どうやったらあんなに飛べるの?ねえ、背中に羽でも生えているの?」
私はペタペタと達也さんの背中を触って……ある訳ないよねって呟いた。
「あってたまるか。まあいいか。梨佳、先輩に鞄預けて」
「どうして?」
「俺がお前が見たいものを見せてやる。おいで」
達也さんに連れられて、私はコートに入ると体育の授業よりネットが高いなあと思って眺めていると、私の体がふわりと上がった。丁度ネットの上部が顔にくっつきそうなまで上がる。
「俺らの視界はこんな感じ、分かったか?」
「分かったけど……私はちょっと怖いや。達也さんありがとう」
「そっか。それにしても軽くないか?ちゃんと食えよ」
「私はアスリートじゃないんです。これでも人並ですよ」
その後もいつものように達也さんに玩具にされた。いつもと違うのは、達也さんのチームの人にから、根掘り葉掘り聞かれた事位だろうか。そんなに目新しいのかな?私みたいな普通の女の子。バレーファンの女の子なら、先生のお伴でもばっちりとおめかししているよね。今日の私の服装は達也さんに言われた通りに動きやすい服装なので、思い切りカジュアルだ。それに、達也さん選手の皆さんよりもスタッフさんの方をたくさん撮影させて貰った。
その後、達也さんはチケットをくれるって言っていたけれども、ちゃんと買ってシーズン中に何回か試合を見に行った。
何度か気がついてくれて、手を振ってくれるんだけども私はそれに返す事は出来なかった。
達也さんは、私の事は近所の年下の女の子の様に構っているだけ、私の様に恋心をもっていないんだ。変な期待をしてはいけないって思う事にしていた。
12月6日、一部訂正しました。