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甘い時間の過ごし方 幸雄を純子

「ただいま」

「ほらっ、スツールに座って」

「やだ、本当に用意したの?」

「もちろん」

あまり広くない玄関にちょこんと置かれているスツール。私が靴を履くのに使えばいいとこないだ買ってきたものだ。確かにお腹が大きくなりつつある今の私には靴を履いたりする事は大分疲れる作業になって来ている。そんな私に、幸雄君は楽しそうにお世話をしてくれる。足の爪も切ってくれるのは嬉しいけれどもかなり過保護になっている様な気がする。

「幸雄君、あのねまだやれる事は一人でやりたい」

「分かっているけど、久しぶりだったろ。ヒールの付いた靴」

「それを言われると反論できない。でもほとんど座っていたから疲れてはいないよ」

「気疲れしているの、俺が見逃すと思う?さあ、部屋着のワンピースに着替えてお風呂が沸くまで横になって一緒にのんびりしよう」

「最近それが定番になっていない?」

「嫌いか?俺は練習のつもりなんだけど?」

練習?何の為に?前は床でゴロゴロがそんなに好きな人じゃなかったはずだけど。

「この子が産まれたら最初は寝ているだけだろ?って事は腹ばいで接する時間も多いかなあって」

「やだ。抱っこしたっていいんだよ」

「だって……首が据わらないって怖いじゃん」

「うーん、最初は皆そうだと思うよ。でも抱きたくなるんだよ。街でも見かけるじゃない。抱っこひもしているお父さんとか」

「そうだな。抱っこもいいけど昔ながらのおんぶも捨てがたいな。ばあちゃんにして貰ったおんぶ紐が懐かしいな。今でもあるのか?」

「ああ、ばってん紐?あれってさ……胸の前でクロスするから胸の大きさがさ……」

「成程。俺が使いからあれは買ってもいいだろう?野郎の乳なんてみたい奴いるか?」

「……いないね。きっと」

「だろう?それに夕方ぐずるって子が多いって言うからそう言う時に俺がお世話したい」

「それはとってもうれしいね。ところでパーティーの場で育児休暇を取得するって言ったけど、冗談じゃなかったんだ」

「もちろん。相手はりっちゃんだよ。やると言ったらやるよ。それが失敗だったとしても。俺達をさ、いつかくるりっちゃん自身のモデルケースにする予定なんじゃないの?」

「そっか。梨佳さんの方が先に入籍しているものね。同居し始めたばかりだけどね」

りっちゃん達は達也さんの帰国でようやく同居生活が始まった。なので毎晩達也さんのお迎えで一緒に帰宅している。そのためか、りっちゃんの仕事の進めるペースが更に無駄がなくなった気がする。

暇があるととにかくメモをして、手が空くとメモを片手に作業を進めている。

「りっちゃんから言われた事は、最終的に辞める事を知っているのは三人だけだから他の人に言わないで、育児休暇を満喫して欲しいって言われた。その前に纏まった休みが欲しければ言って欲しいって。ほとんど休みを取っていないからって」

「でも、そうしたらお店は?」

「りっちゃんがケーキ作るって、朝の仕込み部分を受け持つ予定だって聞いている」

「大変じゃない。今まではのんびりと朝は過ごせたのに。休みが元からないのに」

「そうだよな。でもこれからは達也さんが家を出る時間に私も出かけられるから早く店に来られるから大丈夫よって。アシスタントもいればその分早く出来上がるからいいじゃないって」

「りっちゃんも達也さんを生活の中心にしようとしているのね。安心した」

純子は着ていたワンピースを部屋着のワンピースに着替えてリビングのホットカーペットの上にゴロンと横になった。ホットカーペットにはまだ電気を入れてはいないけど、毛布をすっぽりとかけているから寒くは無いみたいだ。

「夕ご飯はどうする?」

「今夜はいらない。皆に勧められるから食べ過ぎた」

「そっか。寝る前にストレッチとかしてから寝ような」

運動不足で太ったら嫌だとごねる純子と俺の運動不足解消のために、エアロバイクを駆ってリビングの片隅に置いている。純子は毎日テレビを見る時にエアロバイクを使っていると言っている。

「そんなに太ったか?体重的にはそんなに増えていないよな」

こないだ病院に行った時に見えて貰った体重表も増えてはいるけれども、太り過ぎ注意とかそういう指導はまだ受けていない。休みの日はちょっと大きい郊外の公園にお弁当持参で散歩をメインに出かけている。秋の紅葉シーズン到来で公園にはたくさんの人がいるけれども、それでも俺達のペースで楽しむ事は出来ている。


「ねえ、年末は本当にお泊まりするの?」

「うん、もう宿は押さえたし、純子のアレルギー対応食でお願いしているよ。それに俺はホテルの部屋からのんびりと雪を眺めたいな。二人でのんびりと過ごせる最後の年末だろ。それに今回のホテルさ、子供の宿泊禁止なんだ。だから暫くは来られないから、俺の我儘を聞いてくれない?」

去年偶々見つけた北関東にある温泉旅館は、料理自慢でもあるが、部屋付き露天風呂もあるし、子供が宿泊できない分、のんびりと過ごす事が出来る。店の営業も大みそかは休みだし、前日は大掃除で店は開店していない。年明けは五日からだが、初日は喫茶メニューだけでの営業だ。これは店を始めた当時から決めて変更した年は一度もない。

それに俺の育児休暇の開始は年明けからだから仕事納めが最後の出勤日になる。早めに作業を終わらせて年明けの最後の打ち合わせをする予定だ。

「で、どう?後任の人は?」

「俺達の学校の後輩を選んだから多分やっていけると思うよ。俺達が心配してもどうにもならないよ。俺達は俺達の夢に向かって歩き始めたんだから」

「そうね。皆に背中を押されたのにまだ躊躇っていたらだめよね」

俺達二人は皆と築いたものから離れて自分達の形をこれから作ろうとしている。失敗への不安もある。自分達が親になる事の不安もある。普段は皆に付いて行くタイプの俺達を動かしてくれるりっちゃんは俺達にプラスの影響を与えてくれる。一番ハッとさせられたのは、まだ冒険してもいいと思うよ。その冒険のメンバーが三人でも家族か私達か……その位じゃないの?失敗したら帰っておいでよって笑ってくれた。そこに救われているのだ。

今は二人で冒険に出る準備を二人でしている所。三人になって落ち着いたら、新しい冒険をしよう。辛くても、彼女の笑っている顔があればそれだけでも大丈夫と思える。それは付き合い始めた頃から変わっていない。あまり自分から伝えはしないけど……たまには伝えてもいいだろうか。

「ありがとな。世間的にはちょっと不安定な生き方しているけど」

「大丈夫よ。私が世間的に堅実な仕事しているし。その夢を必要としている人がいる事はエトワールでも実証できたじゃない」

確かに、アレルギー対応をしている事が知られるようになるとファミリー層の来客が増えた。天気のいい日のバルコニー席はファミリー層で埋まってしまう。

「でも、俺が目指しているのは小さな店。エトワールとはちょっと違うな」

「だから、りっちゃんが今背中を押したんじゃないの?」

俺も何となくそんな事を考えた事はある。エトワールの中でだけでなくもっと視野を広げた方が俺のこれからの為という事なのだろうか?」

「ワークショップだけは続けてもいいだろうか?」

「私はいいわよ。カノンのオーナーは?」

「ワークショップの日は午前中勤務して欲しいって」

「成程ね。午前中にケーキを仕込み終わっていればいいものね」

「そうだな。だから月に一度の日曜日はエトワールで仕事になる」

「それも素敵だと思うよ。大丈夫。この手は手放す事は無いから。幸雄君は考え過ぎないで。私だって隣にいるんだよ」

「そうだな。これでも頼っているんだけどな。もう少しだけ頼りにしますよ。奥さん」

「そうよ。失敗したら、専業主夫になって?その分私が頑張るわ」

始めて、純子からそんなセリフを聞く。彼女も社会に出て自分なりに頑張って今のポジションを持った事が分かった。

「そうだな。専業主夫もいいかもな。少し将来が楽しみになってきたぞ。それじゃあ今度の休みは両親達を呼んでこれからの事を話さないといけないな」

「そうね、私が里帰りして一ヶ月検診の後には新しい家が決まっているといいわね」

「ってことは、中古物件を中心に選ぶぞ」

「いいわよ。ある程度改装していけばいいわよ。物件見つけたら私も見に行くわ」

「そうだな。譲れない条件だけ決めて探していこうか」

「予算は?」

「今は俺の貯蓄でいいだろう。結婚式後も順調に増えているんだから」

「そうなの?」

「ああ。そこの所も見せないといけないな」

「そうね、幸雄君は余り物を買わないから増えているとは思っていたけど……想像以上かも」

「育児のしやすいカジュアルな服でも買うか」

「そうね、子供って顔を擦りつけたりするからボタン付いていない方がいいかも」

「それも今度買いに行こう。子供のものも用意しないとな。まずはチャイルドシートから」

「優等生なお父さんですね。その調子で進んでいこう……ふああ……」

純子があくびをする。いつも午後に少し転寝をするのだから疲れているのだろう。

「ここで寝ると体が痛くなるから、ベッドに行こうか」

「うん、幸雄君は?いてくれる?」

「俺も一緒に寝ようかな。最近昼間に寝るのが癖になってしまったぞ」

「あはは……。子供が産まれたら、今度は川の字で眠れるね。その日が来るのが楽しみだわ」

「それは俺も思った。大変だけど、大きくなったら笑って過ごしたいよな」

「そうよね。タイマーセットして?」

「ああ。ちゃんと起こすからお休み」

それからしばらくして純子は穏やかな寝息を立てている。

俺はそっと寝室から音を立てない様に出て行った。

リビングに置きっぱなしのスマホで実家に電話をかけることにした。俺達の今後の話し合いをしたいと言ったら親達が焦る。悪い話では一切ないよって答えたら双方の親達もそれなら来週を楽しみにするわって言ってくれた。

これからの夢をかなえるには、俺達の両親も巻き込む事になる。だからちゃんと理解をして貰いたいんだ。親達からの資金援助を求める訳じゃなくて、俺達と一緒に孫を見て貰いたい。親達の時間の援助をお願いしたいんだ。

両親達は、アレルギーを持った子供がいる親同士という経験があったせいか、休みも共に出かける位に仲がいいと聞いている。だから、実家の中間地点に俺達の家を持ちたいと思う。今の貯蓄でも新築の家は経つが、条件に見合ったものが立てられるとは限らない。そこのところは来週親に相談をしたらいいだろう。俺達の未来地図が徐々に具体的な形になっていく。それが楽しみで俺は結婚式の時の写真を見ながら頑張るからなって呟くのだった。


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