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もっと君の事を知りたいのだけど?再び

「おはようございます。オフィスで白衣とはどういう事でしょう?今日は講義がある日でしたか?」

「違うよ。沙織君。君が白衣姿の僕にときめいている事に気が付いたからさ。オフィスでキュンキュンして貰おうと思って」

「確かに、白衣姿の男性は好ましいと思いますが、オフィスでキュンキュンすると私の業務に支障がでますので、今日は脱いで下さいって言いませんが、今後は自重して貰えると幸いです。それにそういうコスチュームは、たまに見られると言う事に眼福感があるのだと私は思うのですよ」

「成程。それも一理ある」

「病院の先生の白衣も、スクラブもステートもずっと見ていると、ただのアイテムにしか見えませんよ。それに私は白衣が好きな訳じゃなくて、白衣を着ている教授を見ているのが好きなんです」

私も咄嗟に問題発言をしてしまったと気が付いて、今のは忘れて下さいって慌てて訂正をする。

「無理だから。そんな白衣を着ている僕が好きって全力で伝えられるとは思わなかったから……沙織君は本当に小悪魔ちゃんだね。僕を散々翻弄させてくれたから、今日はずっとこの白衣姿でいようかな。あっ、でもお昼は辞めよう。ラーメンの汁が白衣に付いたら幻滅されちゃうからね」

「そんな事で幻滅はしませんが、すぐにシミ抜きしますよ。白い白衣は白い所に意義があるんです。ヨレヨレ白衣はいいんですよ。働いている戦闘服って感じで。ちょっと汚れた白衣だけは絶対に許せません」

「だから、沙織君の白衣に対する情熱は良く分かったからさ、それをもう少しだけ……僕に向けてくれてもいいと思わない?僕のライバルが、まさか僕が来ている白衣だなんて……悲しくない?」

「そうですか?先生は好きですよ。でもその先生を包装してくれる白衣はもっと素敵アイテムなんです」

「うん、分かった。ごめん……これ以上沙織君の傍にいると僕がいけない大人になりそうだからちょっと出かけてくるよ。罰ゲームに僕がいない間は、僕の白衣を着て留守番をしている事。いいね?」

「何ですか?その罰ゲームは?私には罰ゲームではないと思いますけど」

「いいの。それじゃあちょっと久しぶりにお茶でもしてくるから」

そう言って先生はお茶に行ってくるねなんて軽口を叩いてオフィスを出て行ってしまった。

「彼の白衣を羽織ってって……まんま彼シャツじゃないですか?先生いきなりの乙女脳ですか?一体どこの回路が壊れてしまったのでしょう?ひょっとして、年末に近付いてきて流行語大賞に触発されてしまったのでしょうか?」

でも、折角の眼福シチュエ―ションの一つである、彼シャツなのですからたっぷりと堪能します。先生の白衣をギュッと抱き締めるのも可愛い気がしますが、それが許せるのはもう少し若い女の子な気がするので今は自重します。渡された先生の白衣には、先生がつけているフレグランスの香りが少しだけ写っていないはずなのに傍にいる様な気がしてしまいます。

「先生だって……反則じゃないですか。あんまりですよ」

私は一人きりのオフィスでいない人の白衣を羽織って私は自分自身を抱き寄せた。


「沙織君はどうしているでしょう、楽しんでくれたら嬉しいですけど」

「石川君」

「あっ、学長。ご無沙汰しています」

オフィスから一番近い自販機でコーヒーを買ったところでばったり学長に会ってしまった。本当の事を言うと一番合いたくない人の一人ではある。

「ああ、君か。ところでこないだの話はどうだい?」

どうだいって言われても。最近学長に尋ねられるのは学長から勧められたお見合いのことだ。少なくても今の自分には沙織君がいるのでその話は無かった事にして欲しいとお願いしているのだが、自分にとってどうも都合の悪い話になると全てなかった事にしてしまう悪癖を持っているこの人は無かった事にしようとしているようだ。

「その話でしたら、昨日お断りさせていただいたと思いますが、学長」

「そうだったかな。今までは研究を理由に断り続けていたと思うが、今は論文を書いている状況と聞いている。それなら会食位はできるのでは?」

「お見合いという名の会食でなければ参加しますが、学長の言う会食は確実にお見合いと世間がいうものでしょうから丁重にお断りします」

「断らないといけない事情でもあるのか?」

「そうですね、今後も共に過ごしたいと思う女性はいます。なので今後こう資料は一切無用ですよ」

学長の手に持っている封筒を指差してにっこりと微笑む。

「なんだ、そいつはつまらん。その女性と別れたらまた用意してやろう」

「そんなへまはしませんよ。ご安心ください」

「では、いずれそのお嬢さんに会わせて貰おうかの」

俺がお見合いを断わったのに、何故か学長は機嫌を良くして帰って言った。

「結局、あの人は何をしたかったのだろうか?コーヒーがぬるくなってしまったじゃないか」

俺は憎まれ口を叩いてから、ゴミ箱に飲んだ缶コーヒーを捨てて生協に向かって歩き出した。

暫くは論文の原稿と授業の講義がメインになるので、完全にインドアな生活になるので、必要そうなものを求めて生協にいって少し買って帰るかと思いついて変えることにした。

生協は、講義の時間中という事で比較的すいていた。籠を手に持って、口寂しいといつも口にするボトル型のガムと、ハーブ味ののど飴を購入する。お菓子の棚を見ていると、こないだ沙織君が食べていたお菓子と同じ箱があったので、さっきからかった謝罪の意味も込めて買って帰る事にした。

そして駄菓子のエリアで珍しいものを見つけた。それは子供の頃欲しくて親によく強請って買ってもらった棒付きのキャンディー。加えながら論文を書くのも気分転換にはいいかもしれないと思って、それらを数本選んで籠に入れて、一時メダリストが好きだと言っていたチョコレート菓子も入れて、ラーメンスナックを入れ……結果的にお菓子だらけになってしまったその籠を持ってレジに向かう。

「先生、珍しいですね。見事にお菓子だらけ。女の子みたいですよ」

「僕、甘いものが好きなんだよね。沙織君が買って来てくれるお菓子もいいけど、たまには生協の売り上げに貢献しないといけないと思わない?それから、いつものグラフ用紙をまた注文しておいていいかい?」

「いいですけど、いつものロットだと来年になってしまいますけどいいですか?」

「そうだよね。前のはまだ残っているから十分だよ。それじゃあ注文書を書いておこうか」

その後に、沙織君の好みのスイーツがあると聞いて、買った物の中に忍ばせて自分のオフィスにもどることにした。


「ただいま。お留守番御苦労さま」

「教授、何ですか?お茶に行くだけじゃなかったのですか?」

「その予定だったよ。見て分からない?」

「で、生協で遠足前の小学生の様にお買いものをしてきたと……」

「だから、それは結果論だって。そこまでのプロセスには興味は無いの?」

大きなビニール袋にごちゃごちゃとお菓子を一杯入れた教授がご機嫌で戻ってきたのは、お茶をして来るって言ってから45分程してからのことだった。その姿は遠足前日のおこずかいの限界までたっぷりと買い占めた小学生の様な、満ち足りた顔というか、ドヤ顔したという教授がいた。

「なくはないのですが、今は論文を勧めましょうね」

「最近の沙織君はそればかり。確かに論文が重要なのは分かっているよ。でもねたまには息抜きをさせて」

「順調なのですか?論文?」

「日本語はね。後は推敲をしたら終わりだよ。沙織君が〆切りって言っているのは先方に提出すると英文に翻訳してくれるから通常より早いだけ」

「翻訳……ですか。でも先生は自分で書けますよね」

「そうだけど、そうするとゼミ生の指導ができないから、最近は自分で翻訳していないよ。外注して貰っている。そこで訂正が必要な時はちゃんと訂正するから」

先生はそう言うと、私の姿を見てニヤリと笑った。

「結局、沙織君は僕の白衣を着たままだし。そんなに僕がいなかったの寂しかった?」

うっ、そんなつもりじゃなかったんだけど、オフィスに暖房を入れるほどでもなくてちょっと寒かったから羽織ったままでいただけなのに……先生は楽しそうに私を見つめている。

「白衣って確かに保温性がありますね。夏は逆にクーラーのない場所だと暑そうです」

「そうだね、でもそんなに長時間外には出ないから今までは気になっていなかったな。沙織君といると季節をちゃんと感じることができるよ」

そう言うと、教授は窓辺に立つ。キャンパスの中の銀杏の木はこないだの強風でほとんどが落葉してしまっている。

「こうやってこのオフィスで君とこうやってどの位の季節を過ごす事ができるのかな?」

また突拍子のない事を教授は行ってくる。けれども、ちょっとだけ気にかかっていた事が私の頭の中に通り過ぎていく。私との交際は、一時的なものなのかもしれないって。そのうち別れを告げられてしまうのかもしれない。私は一気に不安になった。


「なんて顔をしているの?沙織君。僕はこれからもずっとこのオフィスで君とこうやって外を一緒に見ていたいと思っただけだよ。君が考えている事はきっと考えすぎ」

「そうですか?だって、教授は素敵な人じゃないですか」

「そう言ってくれる君は本当にいい子だよね。でもね、本当の僕はただの臆病者だ。今までだって交際していた人はいた。でもその先を望もうとする前に彼女達は僕以外の男性を伴侶として選んで僕の元を去って行った。それ以来、僕は恋をする事に相当臆病になってしまった」

始めて聞かされる彼の過去に私は言葉を発する事が出来なくなってしまう。

「だからね、僕は君との恋を最後の恋にしたいと思っているんだ。それを形にするにはまだ時間がかかってしまうと思うけれども……沙織君の意思の確認だけさせて貰ってもいいかな?」

「どうして……そんな事を聞くのです?」

「それは、君が若くていろんな可能性を持ち合わせているからだよ。僕が君を選ぶことで君の未来が狭まってしまうと思うと踏み切れないでいるんだ」

「そんなこと……ありません。教授が私でいいって言うのなら、これからもずっと教授の傍にいたいです。うちの大学って職場結婚禁止でしたっけ?」

「そうではないと思う。けれども僕は結婚したら定時で帰りたいから沙織君も定時で帰れる部署にいて欲しいな」

「要は、私は教授の秘書以外はダメって事ですね。異動になったら……どうしましょう?」

「僕のマネジメントをしてくれる?活動場所のメインは僕の自宅になってしまうと思うけど」

「それって……。本気にしていいのですか?」

「僕は君との想いはいつも本気だよ。だから君がお見合いパーティーに行くって聞いた時は、本当に勇気を出したんだ。さっきの告白でも分かっただろう?」

確かに、私がお見合いパーティーをするって言った時、エトワールで教授はかなり機嫌が悪くなっていたし、その翌日私に告白をしてくれたのは、まだそんなに月日が経っている訳じゃない。

私は頷いて、教授の傍に歩み寄る。そして教授の広い背中に自分の額を押し当てる。

「私も……教授とずっと一緒にいたいです。でもまだ仕事がしたいので……今の私達にとっての最良の幸せの方向を一緒に探しませんか?」

「そうだね、年上の僕の方がもっとしっかりとしないといけないのに、肝心なところは自分で決められないどころか、君に委ねてしまっているね。ごめんね。僕ももっとしっかりしないとね」

教授は、優しい人なだけ。私にも決断する時間をくれてこうやって答えを出すまでちゃんと待ってくれている。普通の人なら……こうやって待ってくれるだろうか?多分、自分好みの答えを引き出す様にストーリーテラーを気取りながらほくそ笑んでいるかもしれない。

「そんな事ありません。真司さんは……優しすぎるんです。特に私は。そこまで優しくなくたっていいんですよ。そんなに真司さんが思うほど私も子供じゃないんですから」

「そうだね、沙織君は年頃の女の子よりはしっかりしているから。ダメだよ。少しは僕に甘えてくれないか」

「いいんですか?」

「構わないよ。業務中は僕と交際している事を微塵も出さない……そんな君が僕は好きなのだから。そうやって僕に想いを伝えてくれる君の仕草が本当に可愛くて溜まらないよ。でもいつまでもそのままだと君の顔が見られないな。ねえ、こっちを見てくれないか?」

「嫌です。教授の前にたったら抱き寄せる以上の事を絶対します」

「そうだね、可愛い君の前では僕は堪える事が難しいから……そのお楽しみは今日の最後の講義が終わって、沙織君の仕事が終わってからのお楽しみにしてもいいかい?」

「私には拒否権がないように思えますよ」

「大丈夫。ちゃんと早めに自宅には送る。それと……そろそろ沙織君の両親にご挨拶に行こうね」

「それって……そう言う事ですよ。君との関係を公にしようと思います。少しずつ調整して行って二人で一緒にいられるようにしていきましょう」

今まで見た事のない笑顔を私に見せてくれる彼を見て、なんか最初からこうなる様になっていたのかなってほんの少しだけ黒い事が浮かんだ事だけは彼には内緒です。


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