あごがれ∞ループ 2
2学期が始まる直前にオリンピックが始まるという大切な時期にナショナルチームのエースがいてもいいのだろうか?
「ああ、今近くの体育館を借りて最終調整をしているんだ。俺はその前の貴重なオフを先輩に捧げていると言う訳。分かった?」
私はコクンと首を縦に振る。うちの部活……そんなに強くないのに……。
「麻生、お前が何を考えているのか……想像が出来るけど、それは口にしないでくれ。俺も泣きたくなってくる」
そりゃそうだよね。総体の予選リーグで敗退が常連の弱小チームだもの。
「でも今年のこの件のベスト8に残ったチームに先輩が最初の年に教えた教え子がいるのは凄いと思わない?」
大槻さんに言われると何となくそうなのかもって思ってしまう。
「先輩は、本当に指導者向きですよね。俺にはできません」
「俺はこうやって教師をしているのは本当に楽しい。達也達とプレーしていたのも楽しかったぞ」
「達也君がオフで来てくれるのも、奴らも楽しみにしているみたいだじゃないか?川野先生はそれでもいいのかい?」
「ふうん、先生達の話を聞いていると、男子バレー部ってあり得ない位に贅沢な環境よね。こうやって生でナショナルチームの人に会えるんだもん」
「まあ、そう言うなよ。麻生の写真のプラスになるんじゃないかなって俺は思ったのだが」
私は川野先生の行った事に微笑んで返しただけにとどめた。
川野先生と大槻さんの関係なら、私に頼まれて写真を撮る事はできるけれども、私が大槻さんを被写体としてファインダーから眺めてしまうのは全くの別物だろう。
普通なら絶対に許して貰えそうにない。
「まあ、深く考えるな。見えるものを撮れ。ついでに先生もよろしくな」
「川野先生……。分かりました。奥さんに渡せるようにとっておきを撮れるように頑張ります」
私と先生のやり取りを大槻さんはジッと見ている。何か気になる事でもあるのだろうか?
「あの……どうかしましたか?」
「いや……先輩が女の子に優しい。この子、何者ですか?」
何者と言われてもですね、普通の女子高生に見えていると思うのですが。
「俺が変に思われるからその言い方は止めろ」
「俺達って、ファンの女の子は多いけど、女の子と接する機会は凄く少ないんだ。俺が他の人から聞いたのは、学籍番号が前の女の子とその女の子の友達だけって聞いていたからさ」
先生……それは、かなりというか、非常にストイックな生活をしていらっしゃったようですね。
先生の奥さんとは、私達が入学する直前に結婚式を挙げたと聞いていた。
「先輩。奥さんとの出会いはどこですか?まさか……合コン?」
「こばと幼稚園だ」
先生がぼそぼそと話すから、はっきりとは聞こえない。
「幼稚園だ。達也。そこで笑うな」
大槻さんは、お腹を抱えて笑っている。先生の顔があっという間に赤くなった。
「わかりました。幸せなんですね。そのまま幸せでいて下さい」
私は淡々と先生に言葉を帰して、物理準備室を出る事にした。
「一度戻るのか?」
「はい、カメラがないとどうにもなりません」
「そりゃあそうだ。じゃあ、体育館に来なさい」
「はい、分かりました」
私は物理準備室から、写真部の部室でもある生物室に向かう。
大槻さん……大槻選手が来ている事は、他の生徒は知っているのだろうか?この事実を話してしまいたいが、お忍びなら話したらいけないよね。
部室から自分のカメラを手にした私は体育館に向かう事にした。
体育館に着くと男子バレー部は既に練習を始めていた。今日は体育館全面を使用しているようで、こないだ撮影した時よりもバレー部の皆の顔がいい表情なので私は無意識にシャッターを押していた。
「なんだ?もう撮っているのか?」
「こないだよりも表情がいいのでつい。そのうち持ってきます」
「そんなにいいのか?」
「はい。ファインダー越しで見ますか?」
私は先生にカメラを手渡す。先生の顔がどんどん険しくなってくる。
「麻生が言いたい事は良く分かった。達也がいなくなったら鍛えがいがあると思わないか?」
「そこの所は……ちょっと答えたくないです」
「お前は本当にいい子だな。折角だから達也のプレーでも見たらどうだ?本気じゃなくてもいいだろう?」
「はい……でもいいんですか?」
「あいつもいいって言っていただろ?」
「じゃあ、少しだけ」
私から川野先生が離れるとコートの傍の大槻さんの傍に走り寄った。
「達也、ちょっとスパイクやってみないか?」
「あれっ?梨佳ちゃん?今日はどうしたの?」
「えっと、文化祭の素材で川野先生を被写体にしようと思って」
「ふうん。俺達じゃないの?残念」
「ごめんなさい。先輩方はテーマに合わないんです」
「そのテーマって何?」
「今年は働く人です。聞いてからたくさん写真を撮りはしたのですが、これといったものがどうしても無くって」
「校内もいろいろな所に出没しているって聞いたよ。こないだ理事長室にいたんだって?」
「はい、理事長のお仕事にも興味が合ったんで」
私も理事長の撮影が許可が下りるとは思わなかったのですごく驚いたものだ。
私はあっという間に、こないだ引退したはずの先輩方に囲まれる。最初は学級日誌を届けるのに男子バレー部を覗いた事が切っ掛けで、こうやって会うと構われるのだ。
「梨佳ちゃん、高い所撮りたければ、お兄さんが肩車してあげようか?」
「パンツ見えたら困るので私の代わりに撮って下さい」
「うーん、今日の梨佳ちゃんも手ごわいなあ」
「基本的にはピュアなのに、こんなに攻略が難しい子だったとは」
「ところで、先輩方は受験勉強は?」
「俺達は推薦なんだ。だから完全引退って訳にはいかないんだ」
スポーツ推薦だったら仕方ないのかなあ?1年生である自分にはその位しか想像力がない。
「俺は教育学部だけど、気分転換に体を動かすんだ」
「教育学部……川野先生みたいになるの?」
思いついたままに先輩に聞いてみる。
「まさか、俺ね小学校の先生になりたいんだ。だからある程度の運動も音楽も出来ないといけない訳。バレーもやっているけど、ピアノも高校に入ってから始めたんだ」
ちょっとおちゃらけてみえた先輩の本気に当てられて、自分の事を考える。
私将来……何になりたいんだろう?漠然と思っている事はあるけど、それが叶うかはちょっと自信がない。
「麻生、始めるぞ。俺達のコートならどこでもいい。向かい側から撮る時はお前のいる場所にはボールはいかないから安心しろ」
「はい。お願いします」
何枚か、大槻さんのスパイクを撮影して、先生のトスアップの姿も撮影する。今度はポジションを変える様だ。
始めて、先生のスパイク姿を目にする。まるで、背中に羽がついている様なそんな気がする綺麗な跳躍だった。これだけ高く飛べるのなら、大槻さんの様にまだ現役でできたのではないのだろうか?
大槻さんから、俺も撮ってくれよって催促されたので、ファインダーを大槻さんの方に向けた。
ファインダーから見える大槻さんはとても笑顔で凄く楽しそうに見える。先生もお前にトスアップするのは何年ぶりだ?なんて言いながら顔はにこやかだ。
「先輩、さっきの写真で終了なのは、納得いきません。一度位は本気でやりたいです」
「そうか。それならお前らちゃんと見ていろよ」
そう言ってから、引退した先輩たちも含めてレシーバーにして、先生達はどんどんスパイクを打ち込んでいく。川野先生もそうだったけれども、大槻さんの無理のない跳躍を口を開けて眺めてしまう。先生の時は鳥と漠然と思ったのに、大槻さんの跳躍は獰猛な猛禽類をイメージできる。
先生とのタイミングが合ってくると、大槻さんの打点がどんどん高くなっている事に気がついた。
そんな二人を手持ちのフィルムが無くなるまで撮影し続けた。
「どうだ?撮れたか?」
「凄く素敵なオフショットになったと思います。文化祭でも外には出せません」
「そうか。達也。こいつの写真は面白いから楽しみに待っていろよ」
「さっきの名刺に送ってくれよ」
「はい、オリンピック前に本社に行きますよね?」
「もちろん」
「それだったら、すぐに現像出します。こっちこそありがとうございました」
「楽しみにしている。ちょっとスランプだったので、先輩に相談して良かったです」
その後は、練習というよりは大槻さんのバレーレッスンになってしまって、私もなぜか制服のままで参加しているのでした。
その時に、大槻さんっていうのは、堅苦しいと言われてしまい、達也さんと呼ぶようにと言い渡されたのだった。
12月6日、一部訂正しました。