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あごがれ∞ループ再び 2

「じゃあ、先に帰るから」

「荷物レジの下にあるから受け取って」

「ああ、で……本当に俺にもてなせって言うのか」

「だから付いてきたらね。私に絡んできたら、自宅に連れて行くわ」

「どっちに転んでも、おもてなしか。ご愁傷様だな」

「そんな事を言わないの。お風呂先に入って?」

「ああ、悪いな。自分の事を優先して」

「私達はそれでやってきたんだから、このままでいいんですよ。ゆっくりと寄り添っていきましょう」

「はいはい、それじゃあまたな。梨佳」

「はい、ご利用ありがとうございました」

カウンターで後片付けしているオーナーは達也さんを見送ることなく作業を続けている。

「ほらっ、二人ともできる事やりなさい。食器の片付けを始めましょう」

閉店までの準備はやる事がたくさんある。俺達は手分けをして片づけることにした。

達也さんが自宅に戻って暫くすると、達也さんの後に入ったお客さんがバタバタと帰って行った。

「オーナーあのお客さん」

「分かっていたわよ。いいのよ。悪い事していないもの。高校の恩師の元に記者が押し掛けたって連絡があったからここまで来るのは時間の問題だと思っていたのよ」

「平気ですか?」

「平気よ。私達付き合い始めた時期も、付き合っていた時も……今とほとんど変わらなかったから。あの頃は彼も寮に住んでいたからもっと会う時間なかったし、外に出たら目立つ人だから学校が終わる時間に迎えに来てくれたりしてくれて帰るだけなんてデートばかりだったから」

「嘘……中学生並みじゃないか」

「だから言ったでしょう?私達は悪い事をしていないって」

オーナーから小出しに聞かされる二人の交際中のエピソードは実録小さな恋のメロディーかって突っ込みたくなってきた。

「だからね、私達の事を聞いても何の参考にもならないわよ。互いの夢を優先していたからね。でも達也さんの次の夢を聞いて叶える方法を見つけないと」

「それ……知っているんですか?」

「知らないわよ。今期で現役引退するのも初めて知った。私の前だけで言うのが怖かったんでしょう。達也さんらしいわ」

七歳年の差って聞いているけど、二人はいつでも対等に接している事は良く分かった。


「ただいま」

今日の勤務を終えた私は自宅の引き戸を開ける。この家に決めた理由は天井の高さ。達也さんが来た時にゆったりと過ごせる物件を探していた私は、店の傍で見つけたこの家をすぐに内覧して契約した位だ。

この物件は中古販売の物件だったので、クロスを変えたりフローリングを張り替えたりした。

達也さんの他に男性用の靴があるので、私は腹を括ってリビングに繋がる廊下を歩きだした。

「いらっしゃいませ。大槻の妻の梨佳と申します。名刺をお渡しした方がよろしいでしょうか?」

「奥さん、お仕事が終わったばかりでしょうからゆっくりなさってください」

「そうはいきません。達也さん、おもてなしご苦労様でした。明日のお仕事に響かない程度にお付き合いしたらいいですよ」

「梨佳、お前は?」

「私は特別にお昼から出勤にさせてもらったから。記者さんは私達の事が知りたいんですよね?達也さんは不器用だからネタになる話は出てこなかったでしょう?」

「あはは……奥さん手厳しい。大槻選手から聞いた事は、川野さんに聞いた事とほぼ同じでした」

「川野先生ですか、開業してから地元に戻っていないのでお元気でしたか?」

「やっぱり川野先生がお二人を会わせたのですか?」

「合っている様なちょっと違っている様な。私始めて主人を見た時に大きい人で卒業生かと思った位ですから」

「梨佳は川野先輩に言われるまで本当に気が付いていなかったものな」

「そこの話は本当なんですね。で、すぐにお付き合いしたのですか?」

「してないですよ。知り合った頃はオリンピック前ですもの。その後に国内リーグを見に行ったり、オフになると主人が川野先生に会う時に少しだけ会ってはいましたけど」

リビングには至るところに写真立てがある。達也さんの写真ばかりだ。

「この写真は?どなたが撮影したものですか?」

「私です。高校時代までは写真部でしたから。店のホームページの画像も全て自分で撮影しています」

自分で言うのも恥ずかしかったが、私は自分が撮影したと伝える。

「でもこれって大分若い頃の写真ですよね」

「この時は、文化祭のテーマ写真でイメージ通りに撮れないって悩んでいた彼女をチームの練習に連れて行ったりもしたな。あの時の写真は皆本当に大切に今でもしているらしいぞ」

「その写真ありますか?」

「あったと思いますけど……素人作品ですよ。いいのですか?」

私は文化祭の時の写真だけを纏めたアルバムを記者さんに見せた。

「これは……すごい。テーマは?」

「働く人です。テーマの一環で達也さんのチームの皆さんにもご協力をして貰いました」

でも、こいつ文化祭当日に使った写真は食堂のおばちゃんの写真だったんだぜって達也さんが暴露する。

「だって……チームのスタッフさんだとトレーナーさん位しか使えないって思ったの。他の皆さんは達也さん同様に知らない人はいないのだから」

チームを陰で支えてくれる人達に光を差し込んでくれたその写真は社内報で取りあげられたりしたものだ。

「いくつか、社内で使えるものがありそうなのですが、お借りする事はできますか?」

「それはここで決める事ではないでしょうから、今まで撮影したものを持参して後日改めて編集部にお邪魔しましょうか?大槻達也の妻ではなくて一個人として」

私が提案すると記者さん達は笑いだした。


「奥さん、青年実業家って表記だけではもったいないですね。アマチュアカメラマンでも活動出来ますよ」

「無理です。体が足りません。これからは大槻の妻というお仕事もありますから。入籍して離れている間、妻らしい事はほとんどしていませんから、これからは大槻の妻を堪能するつもりです」

「店のオーナーさんなんですよね。それはどうしてですか?」

「それは内緒です。出資者という事にして下さい」

「でも、厨房知識も事務知識も持ち合わせていますよね。周辺取材からそれは知っていますよ」

「達也さんがゆったりと過ごせるようなカフェを作りたかったんです。外観は白くて女性向けに見えるでしょうけど、内装はシックで、大柄な男性でも寛げるファニチャーを用意した結果がエトワールです。お二人は今日店に入った感想を教えてもらえますか?」

「僕らが記者だと分かっても受け入れたのはどうしてですか?」

「お客様だからです。それ以外の理由はありません」

「凄く冷静な判断ですね。普通ではできないですよ」

「ここまで来るのに、きっと大切な何かを捨ててしまったかもしれないですね。女らしさとか。店舗では女らしさを前面に仕事をするのは個人的にしたいと思っておりませんし」

「ここ数日、店の周囲を張らせて貰いましたけど、樋口名人もいらっしゃるんですね。どういう関係ですか?」

「樋口先輩は、高校の二学年上の先輩です。必修クラブの将棋クラブで全くの初心者の私に指導してくれたお師匠様です」

「あの名人は梨佳と同じ学校だったのか。俺見たことないぞ」

「そうでしょうね。達也さんと遭遇するタイプには思えません。それは間違ってないです」

「そうじゃなくて、あいつをお師匠様って呼ぶのを始めて聞いたんだけど」

「聞かれないから言ったことないわ。将棋クラブに三年間いたなんて地味だしさ」

私が種明かしすると、達也さんは拗ねてしまったようです。

「すみません。夫の機嫌が悪くなってしまいました。私達の交際のエピソードも面白い事は何もありません。それに大槻の妻の店として取りあげられたくもありません。オーナーは私ですが、共同経営者がおりますのでできれば取り上げて貰いたくはありません。それに世の中には秘めておいた方がいいこともありますよ。ファンの方々から彼を奪ってしまったのは申し訳ないのですが、せめて美女とゲットしたに違いないって……そういう夢を壊したくないのです。なので、察して貰えると非常に有難いのですが」

「奥さんには負けました。こんな素敵な方ならファンの方も何も言わないと思いますよ。奥さんの記事は……少しだけ書きます。外で後姿だけ撮影してもよろしいですか?」

「私である事と自宅を特定されない様に撮影して下さいね」

「分かりました。またお店に伺うのは?」

「お客様ならいつでもお待ちしております。うちの料理は体にいいものを提供していますから。すっかり遅くなりましたね。タクシーを手配しましょうか?」

「すみません。お願いできますか」

私は記者さんの為にタクシーを手配して、外に出てお見送りをする。その時に簡単に写真撮影をした。デジイチで撮影された画像ではじっくり見ても私だと分かる事はまずないアングルで撮影してくれている。さすが、プロの方だなって思った。

「では、写真の方は、改めて時間を調整させて貰いますね」

「お願いします。私もまだまだ下手なので」

タクシーがゆっくりと家の門の前で止まる。お二人を乗せたタクシーはゆっくりと走りだした。


「帰りましたよ。達也さん」

達也さんの座っているリビングのソファーの隣に座る。

「そこじゃないだろう」

「その前に、これからの達也さんの夢……教えて?」

「コーチとしてチームを支えたいんだ」

「分かったわ。今度は差し入れを我が物顔で持って行けるわね」

「そんなつもりは無いくせに」

「言ってみたかっただけよ。達也さんも学校の部活のお手伝いするの?」

「それはどうかな。俺は教育免許持っていないからな」

そっか、外部ボランティアとしての参加になるのか。それでも達也さんはオファーがきたら受けちゃうだろうなと私は思っている。達也さんはお人よしだから。

「いいですよ。達也さんはその夢を追いかけて。私はそんな達也さんが好きだから」

達也さんがまだチームのジャージを着ていることに気が付いた私は達也さんに問いかける。

「いい加減お風呂に入りましょう。チームのジャージに替えがあると言っても、入らないってのは認めませんよ」

「シャワー浴びてきているし」

「でも記者から逃げる為に、走ったんでしょう?ダメです。お風呂入りましょう」

「今夜は少しだけ夜更かしできるだろう?」

「ほんの少しだけですよ。その為には早く動いて下さい」

「はいはい。俺の奥さんは本当に強いですな」

「達也さんに付いて行くにはパワフルでないと無理ですよ」

「でも、感謝しているよ。梨佳。風呂に入ってくる」

さっきまで拗ねていた夫はあっという間に機嫌が良くなっている。こんな調子で私達は時間を重ねていくのもいいんじゃないかなって思う私がいるのでした。


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