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伝えたい事があるんだ3

「本当に渡辺先生には助けてもらいました」

「これが仕事だし」

俺はこれが普通で当たり前。これで稼いでいるのだから。

「そうですよね。ゆっくりと先生の顔を見た様な気がします」

「痛みが取れたって証拠だろ?そんなに目新しいか?この格好?」

「その服装を見るとちゃんと先生だなあって思って。お店に来ている時は大抵がシャツにジーンズですよね」

「だから、俺は医者なんだって。分かったか?」

「はい」

今の俺の恰好は、店に行く時のシャツの上にブルーのスクラブの上下を着て白衣を羽織ってステートを首に巻いている……ありていに言えばドラマでよく見かけるお医者さんって姿だろう。

救急にいる俺は、子供が相手の時は、スクラブの上を脱いで白衣も脱ぐ。子供って医者って恰好から怖いって言う子が多いから見た目を騙してさっさと診察を終わらせる事にしている。同僚からたまに文句は言われるが、患者を的確に診察するための手段としているだけだ。

俺が傷口を治療しながら珍しく麗ちゃんがちょっと落ち込んでいる様な気がした。

「どうした?」

「どうもしません」

「なあ、笑ってくれないか?」

俺は麗ちゃんの顔を覗きこむ。

「だって、皆さんに迷惑をかけちゃいました」

「そんなことない。厨房が滑る状態だったのが悪かっただけだ。店の清掃業者を入れる頻度を増やすそうだぞ」

「私はそんな事を望んでいません」

「あのな、エトワールは本当にアルバイトの事をよく考えているぞ」

「えっ?」

「後で聞いたんだけどな、制服のシャツ……本当は持って価格の安いシャツにする計画もあったらしい。それを反対したのが麻生さん。彼女も麗ちゃんの様に腕に火傷をしているんだ」

「嘘……」

「まあ彼女の場合が学校の実習だって聞いているけど、だからなるべく熱湯がかかっても守れる衣服に拘ったそうだ。これからは厨房に入る際はコックコート着用に変更したそうだぞ」

「そんな……」

「それでも熱傷をする事だってある。それでも傷にならないようにって最新の注意を払うのが経営者の仕事だって……私の傲慢がもたらしたんだって麻生さんは責めている」

「そんなことない。そんなことないのに」

そう言うと麗ちゃんはポロポロと泣きだした。

「二人とも自分に厳しくて、他人に優しすぎるんだよ。実家の親御さんは何か言っていたか?」

「いいオーナーさんねって言っていたわ」

「成程な。慰謝料の増加を要求したそうだよ。麻生さんの足元を見てね。麻生さんは店にもよく来る弁護士さんいるだろう?あの人と一緒に行って今後この件で両親と接触する事はないだろうって言っていたよ。向こうのいい値を目の前で支払ったのだろうな。お前がここに運ばれた時も実費会計だからってかなりの高額を持って来た位だから」

「お母さん達……。私、知られたくなかった。末っ子の私はあまり可愛がられた事は無いんです。お兄ちゃん達と私の差ははっきりとありました。私が大学に入るのも、いい企業に就職する事が条件だった位です。もう……こんな家嫌です。怪我した私をお金の算段に利用するだなんて……あんまりです」

「そうだなあ。麗ちゃん、いつアパートに戻るんだい?」

「えっと……オーナーからは先生の所に通う必要が無くなるまでって言われたの」

達也さんが戻って来ても麗ちゃんを世話する気なんだろう。あの人だって手がかかる大きな子供なんだから。

「そういえば、明日同居人が増えるわよって言っていました」

俺の嫌な予感はどうやら的中しそうだ。俺の今日のシフトは麗ちゃんを見てからシフトを上がって、深夜隊の勤務になる。その前に麻生さんを捕まえる体力は持ち合わせていない。三人が揃ったところで切り出すしかないのだろうなあとぼんやりと考えていた。

「なあ、麗ちゃん。俺と暮らさないか?」

「えっ?先生とですか?」

「うん。俺は基本的に医者でもシフトだから基本的に残業というのはあんまりない。無理に職場復帰する事もない。それに俺の家も部屋が余っているんだ」

「それって、ちゃんと治るまでですよね」

「これからはもっと寒くなると感染症は減ってくるけど、免疫低下しているから注意は必要だろ。お前インフルエンザ打っていないだろう?店の傍には病院がないから、内科の同期に頼んでワクチンが打てるように手配するから、明日の通院の後に内科に行くように」

「分かりました。ありがとうございます」

「今日はこれでおしまい。また明日な」

「はい。また明日お願いします」

そう言うと麗ちゃんは外来から出て行った。

「先生……ずいぶんお若い子ですね」

「その割にはしっかりしているだろう?」

「あの子はエトワールの若い子ですよね?他の科のスタッフが可愛いって言っていましたよ。先生はおじさんなので先手必勝しかありません」

「おじさんって言うなよ。俺はまだ三十になっていないぞ」

「十代の女の子にしたらアラサーの男性はおじさんですよ。はい、次の患者さんですよ。先生」

ナースにエールを貰ったのか、背中から打たれたのかよく分からないが、俺はどうやら背中を押されたらしい……そんな気がした。


翌日。いつもと同じ時間に麗ちゃんがやってきた。これから大学に行ってみるという。

「それはいいけど、無茶だけはするなよ。それから麻生さんは家にいるか?」

「私が病院に行く時にこれから成田に行ってくるねって言っていましたよ。空港に用事があるんでしょうか?」

麗ちゃん……君は何も知らないままでいいよ。大学から帰ってきたらあの二人の洗礼を浴びるんだから。

「麻生さんの今日のシフトは?」

「今日はお休みですよ。昨日も遅くまでお仕事していたみたいですから」

成程、達也さんシフト発動ですか。ここまであからさまなのは珍しいな。今までならランチ終了後から勤務していたと思うのだが、これからの事でも話し合うのだろうか?

「麻生さんに会いたいから、俺からメールするわ。今日はこれでお終い。昨日言った通りにワクチンを打ってから帰れよ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

麗ちゃんはそう言って今日も外来を後にした。

「先生、腹を括ったんですね?」

「まさか……先生って……だったなんて」

「もしかして、味見しちゃったとか?」

「んなもん、するか。馬鹿もの」

ふざけた事を抜かすナースどもを蹴散らして俺は今日の勤務を終了した。

自宅に戻ってから、麻生さんに連絡すると留守電になっていた。折り返し連絡が欲しいと留守電を入れると暫くしてから麻生さんから着信があった。

「ああ、申し訳ない。達也さんのお迎えか?」

「そうよ。これからの行動を確認しようと思って」

「成程。なあ、麗ちゃん……俺が預かったら……ダメか?」

「渡辺さん、それってどういう意味ですか?一時の火遊びなら反対しますよ」

「誰が火遊びだ。至って真面目だ。今回の前から接客態度からずっと好ましいとは思っていたんだよ」

「そうですか。彼女の両親は相当な毒親ですよ」

「平気さ。世間的には俺だってエリートになるだろう?」

「まあそうですけど……気を付けて下さいね」

「俺が嫁に貰うんだ。彼女が大学を卒業するタイミングで他の病院で働けばいいだけだろう?」

「ちょっと、そこまで考えているんですか?」

「もちろん。最終的には彼女のこれからの人生も込みで預かりたいんだが?ダメか?」

「最終決定は麗ちゃんです。私達は何もいいませんよ」

「ありがとう。それでは、後で麻生さんの自宅に行かせてもらうから」

「いいですけど、店の個室でディナーでもどうです?私達はその予定ですから」

「それじゃあ、俺が本気だって事を証明するわ」

「麗ちゃんが渡辺さんを選んだら……毒親から守れるようにしましょう」

「そうだな。それではまた後で」

俺は急いで車のキーを持つ。行き先は一つしかない。俺は目的地までをナビに入れて車を発進させた。


夕方、指定された時間にエトワールに行くと、何も言われずに個室に連れて行かれた。

始めて入る個室は、思った割に狭苦しく感じなかった。

「ようこそ、オーナーの別室へ」

「なんだそれ、梨佳」

「普段は業者さんとの打ち合わせに使っているからよ。ディナーでここを使うのは初めてだわ。

そう言って、俺達はゆっくりと席に着く事にした。

「久しぶり、渡辺先生」

「達也さん、三年ぶりですか?」

「そうですね。日本が懐かしくなってきたので帰ってきました」

「今後はどうなるのでしょう?」

「古巣に戻ってコーチ兼選手で活動することになりました」

「麗ちゃん、びっくりしただろう」

「はい、オーナーの彼氏が大槻選手だなんてビックリです」

「そうだよなあ。この二人喧嘩すると、チビと巨人しか言わないんだぜ」

「渡辺さん、それは言わないでください」

俺が二人の秘密を暴露すると二人は頬を赤らめる。子供喧嘩を見ている以外に何でもないからな。この二人の喧嘩は。

「渡辺先生、本当にありがとうございました」

「麗ちゃん、このバカップルに、二人で過ごす為の時間を上げたいと思わない?」

「それはそうですけど……でも……」

「俺さ、まどろっこしい事が苦手だからはっきり言うわ。麗ちゃん、結婚を前提に一緒に暮らそう」

「はあ?結婚……ですか?」

「うん、俺なりにかなり本気。形になるものもあるけど、デザイン重視で買ったからお直しに出さないといけないと思うけど」

そう言って、彼女の前にジュエリーボックスを差しだした。

「渡辺……さん。遊びじゃないんですか?」

「もちろん。この年でこんなものを出して遊びなんてしないよ。大人だって純愛をするものなんだからさ」

「いきなり婚約者は無理です。でも……若葉マークの恋人からお願いしてもいいですか?なので、これは一度お返しします」

「それって……俺と一緒になってくれる事を前提とした恋人って事でいいのかな?」

「はい、世間知らずですけどよろしくお願いします」

「俺が麗ちゃんにお願いしたい事は一つだけ。俺の前では笑っていて。無理はしないで。思った事をちゃんと話して」

「はい、頑張ります」

「麗ちゃん……三人で楽しく過ごす予定だったのに……残念だわ」

「オーナーは大槻選手と結婚しないんですか?」

「それは内緒です。秘密」

「麗ちゃん、案外入籍だけはしているかもよ?この二人」

その後、達也さんのファックスで三年前からオーナーと夫婦であったと発表がされたのでした。


次は棋士(樋口)の恋愛事情についてです。

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