伝えたい事があるんだ2
麗ちゃんの熱傷の方は、上半身に少しだけ水ほうがあったが、一番ひどかった腕の熱傷は俺の応急処置で救急に着いた時にはかなり落ち着いている様だった。少々後が残ってしまう可能性が高いのだが、皮膚移植をすればきれいになるよって麗ちゃんに伝えると、安心したのか気を失ってしまった。そりゃそうだ。慣れない厨房の作業を手伝っていたら熱湯を被ってしまったのだ、普通なら気を失う事も多いだろう。切ってしまった上着と濡れたズボンを脱がして入院着に着替えさせてもらう。意識がないとは言え、知っている女性なので俺はその場から少しだけ離れる。
「先輩流石でした。ここまで一人で処置を?」
「いいや。俺が来た時には外で冷水をかけられていた」
「シャツも防水加工だった事が幸いでしたね。普通のシャツならもっとひどかったと思います」
「そうか。入院させるか?」
「ちゃんと面倒を見る事が出来る人がいれば連れて帰る事は可能です。毎日通院できると言う事が条件になりますが」
「そうか、それは……あの人なら自分が面倒を見るっていいそうだな」
「誰ですか?」
「この子の雇い主。まあ年の割に仕事ができるキュートな女の子だよ」
俺が林に麻生さんの事を話している所に、当の本人が走り込んできた。
「すみません。全ての手筈が整いました。麗ちゃんのご両親は不在でしたが、彼女のお兄さんはこちらに治療を一任すると言う事でした。それと彼女のロッカーを開けたら保険証があったので持って来ています。こっちは着替え一式になります。麗ちゃんは?」
「今は安心したみたいで気を失っています。麻生さん達の応急処置のお陰で少々後は残るかも知れませんが軽いケロイドで済むと思います。気になるのでしたら治療関老後に形成外科にかかる事を勧めますが」
「それは麗ちゃんが望むようにしたいと思います。彼女は入院させますか?」
「それですけど、麻生さんは暫く仕事をセーブして麗ちゃんのお世話が出来ますか?」
「出来なくはないですよ。私が数日いなくても店が動くようにはしているはずですので」
「そうですか。それでしたら、彼女を自宅でケアさせたいのですが、いかがでしょう?」
「店から近い所に家がありますので、構いませんよ。麗ちゃんにも確認しましょう」
「それがいいですね。それと救急での主治医は勤務外のはずですが、僕が担当する事になったのでご安心下さい」
にっこりと俺が微笑むと麻生さんもようやく安堵の表情を示した。
そして一枚の用紙を提出する。よく見ると事故の状況説明が詳細に書かれていた。
「良くこの短時間で書けましたね」
「現場の状況の確認は厨房に一任しましたが、カウンターの高橋に監視させていましたので不正行為は行えません。彼は全てを見ていましたから」
「成程。それで彼女に水をかけていたのが椎名さんだったと」
「椎名はちょうど業務終了になるところだったので庭でホースを繋いでもらいました。フロアの笹野君にはロッカーに置いてある毛布とバスタオルを持って来て貰う様にお願いしました。一番忙しい時間でしたらこうはいっていません」
「で、麻生さんは、これは事故だと思いますか?」
「分かりません。そこは桐谷に最終診断をさせようと思っています。一階厨房の責任者は彼です。彼が公正に処理してくれる事を望みます」
「麻生さんは本当にオーナーですね。こういう組織ならアルバイトでも安心ですね」
「そうだといいんですが、明日の夜に麗ちゃんのご実家に伺う事になっていますので、私としてはそこが一番の山場だと思います。一応弁護士さんに同席をお願いする予定です」
麻生さんの回答に一瞬だけ顔が曇ってしまう。本当に手際が良すぎて怖くなる。
「手際よすぎって思っているでしょう?いいんですよ。開店前にシュミレーションしていたんです。指を切ったとか、火傷したとか、食事を食べて嘔吐したとかね」
「成程。もしかしてフローチャートとか作っています?」
「ありますよ。必ず私達三人が揃うとは限りませんから」
本当にこの子26歳なのだろうか?
「年齢は誤魔化していませんよ。周囲で生傷の絶えない人がいるんですよ」
「えっ?俺も知っていますか?」
「達也さん。今度帰ってくるから、また頭が痛くなるんだわ」
彼女が言う達也さんが誰なのか、俺は良く知っている。リハビリ科の半常連となっていた大槻選手の事か。
「えっ?達也さん帰国ですか」
「そうよ。国内リーグに復帰するのか、引退するのか知らないけどね。達也さんが決める事に私は従うだけよ」
うーん、この言い方なんか引っかかるなあ。もしかしてこの二人。
「渡辺さん、達也さんが帰って来る時は麗ちゃんのお世話頼んでもいい?」
「お二人はそう言う事ですか」
「一応そういう事でいいです。互いの夢を追いかけるって約束をしているからね」
愛の形にはいろいろあるのだなあと俺は思った。その後意識の戻った麗ちゃんと相談して、今日は点滴治療を受けてから麻生さんの家に滞在して治療をすると言う事に決まった。
麗ちゃんの熱傷は。腕を下ろした状態で熱湯が掛かった訳ではなかったので、筋力が落ちてしまったが、リハビリ科に移さないで自宅でリハビリでいいだろうと言う事に決まった。
毎日、腕の状態を店に救急外来に通って来てくれる。最初の二日程は麻生さんも仕事を休んでつきっきりで看病していたのだが、三日目に麗ちゃんの方から私もお店の片隅で大人しくしているのでお仕事して下さいって言われてしまったのという事で再び通常業務を始めた。途中で麗ちゃんと一緒に通院をしてきている。鎮痛剤が無くなる頃なので、必要かどうか聞くと……毎回はいらないですって答えたので頓服に切り替えた。抗生剤は最後まできっちりの飲んでもらう事を約束させた。治りかけで雑菌が入って可能する事の方が厄介だからだ。
熱傷の後の方は、大半はちょっとだけ色素が濃いかなって程度であるが、それはそのうち落ち着いてくるだろう。一番ひどかった二の腕から肘にかけての熱傷は徐々に回復してきている。薄いケロイド状にはなってしまいそうだが、ひきつれているとか言う事は無いだろうと思う。