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あごがれ∞ループ 1

カフェ「エトワール」オーナーの麻生梨佳のお話


レジカウンターに置いたままになっている新聞をマガジンラックに入れていく。

そんな中で目に入ったのは、スポーツ新聞の中の小さな記事。見慣れた人の小さな顔写真。

「そっか。本人から聞くまでは知らない事にしておかないと」

私は小さく呟いてから交流ノートを開いてみる。開店してまだ1年しか経っていないのでらくがき帳程度のものが多い。大半は幼稚園帰りに寄ってくれる元気なお子様たちだ。

彼らように小さなビニールボールがカウンターには一つある。天気がいい日は、ローズガーデンでボール遊びをするのだ。店の敷地内と言っても、子供だけで遊ばせる訳にはいかないので私も一緒になって子供達と遊ぶのだ。天気が悪い日にはレジの後ろの棚から絵本を貸し出したり、折り紙を手渡したり。

高校の進路を決めようって時に、彼らと偶々行った喫茶店が今の私の原点だ。店の外観も内装も大分違うけど、暖かくて、お帰りなさいって行ってもらえる様な店を目標にしている。

彼と出会って、もう10年になる。お互いに年を取ったのねって私は苦笑いをしながら窓から見える通りに視線を落した。通りはいつものように駅に向かう人の流れが一定のリズムで流れている。

そういえば、最近彼とメールをしたのはいつのことだったかとぼんやりと私は考えていた。


「まだ後1週間もあるのかあ……」

学校の夏期講習が終わった私は一人で食堂に向かって行った。

夏休みの食堂は閑散としている。私は、いつものようにカレーの食券のボタンを押した。

「あれ、今日は帰らないのかい?」

文化祭の企画のお陰で顔見知りになった食堂のおばちゃんだ。

「暑い時間に帰りたくないのと、暗室の利用許可をもらったの」

「そうかい。出来上がったら見せておくれよ」

「はい、おばちゃん達には本当にお世話になったもの。ありがとうございます」

「これは差し入れだよ。暗室は暑いだろ」

おばちゃんは凍ったミニゼリーをおまけにくれる。暗室の作業も少しは捗るかもしれない。

いつもは人が多い食堂も、広くてがらんとしている。私から離れた所ではサッカー部が打ち合わせを兼ねてランチをしているみたいだ。同じクラスの男子が手を振ってくれたので私は手を振り返した。

「頂きます」

いつもの癖で、手をパチンとあわせて声に出してしまった私。やっちゃったあと思っていたら、私の背後からクスクスと笑う男の人がいる。

背が高くて、穏やかそうな人だ。写真部で校内はよく歩いている方だから、その人が一目で学校の関係者ではない事は分かった。卒業生なのかもしれない。どこかで見た事あるその顔は

「そのカレーおいしい?」

と私に聞いてくる。

「お値打ちだと思いますよ。でも、お兄さんは大盛りでしょう?そうなるとどうなのだろう?」

「それじゃあ、おばちゃん。カレーの大盛りね」

「あらっ、久しぶりじゃない」

「はい、また暫くお邪魔します。おばちゃん達の飯上手いから好きなんだよね」

おばちゃんとの会話を聞いているとやっぱり卒業生にしか思えない。

私はその大きな背中をぼんやりと眺めてしまった。

「ねえ、君にお願いがあるんだ」

「私に出来る事でしたらいいですよ」

「うん。大丈夫。体育の川野先生を一緒に探してくれないかな?」

「川野先生は……多分体育館にいると思いますけど。たまに写真部にも来るからどうなんだろう?」

川野先生は私の担任でもある。バレー部の顧問でもあるけれども、私が入っている写真部の副顧問でもある。

「へえ、写真部の副顧問ねえ……」

「いいですよ。職員室で一応確認したいので寄ってもいいですか?」

「その位いいよ。夏休みにここでランチをしているの?そう言う事は部活があるのかい?」

「はい」

「制服だから……文化部かな。吹奏楽部かい?」

「いいえ、彼らは今はベスト4がかかっている野球部の応援に行っています」

「ふうん、まあ、いいや。先生探しに付き合ってはくれるんでしょう?」

「いいですよって言いましたけど、お昼食べさせて下さい」

「あはは……そうだったね。それじゃあまずはランチを食べようか」

私達は、自分達のランチを食べる事にしたのだった。


川野先生は……体育教官室ではなくて、物理準備室にいた。しかもまったりとコーヒーを飲んでいたのだ。

「先生……すっごく探したんですけど。人が訪ねてくるのを忘れていないですか?」

「こいつの事だから、絶対に誰かと一緒だと思ってはいたが、麻生はこれから何があるんだ?」

先週の三者面談で、私の夏休みの予定を提出したばかりなのに……。

「先生……面談で提出したのに……あんまりです」

私はワザと泣く真似をする。この担任、案外こんなアホみたいな手が通じるんだよね。まあ、ここぞという時にやらないと意味がないんだけど。

「あれか?部活か?お前は成績悪くないから補習じゃないよな……夏期講習か!!」

何とか私が校内にいる理由が分かったようだ。

「そうです。部活の方は、文化祭の企画のチェックをしたいのでこれから現像するんですよ。先生がここにいてくれたおかげで私は楽ですけど」

物理室の二つ右隣が生物室なので現像室も兼ねている生物準備室も近いから結果的に私は楽をしたことになる。

「それは大変だ。ところで、文化祭のテーマって何だ?こないだ俺を撮影していたのもソレ絡みか?」

「はい、先輩方から聞いていませんか?今年のテーマは働く人と聞かれています。先生を撮影した分は、ちゃんと渡しますよ」

「それはありがとう。なぜ?そんなテーマ?」

「正式に部員になった時には決まっていたので、そんなものかと。でも納得したものがなくって困ってます」

私は、前に現像したものを先生に見せる。

「そうか?表情がちゃんとあるじゃないか?」

「そうかな?何か……もの足りない気がするの」

いろんな仕事をしている人を撮影している。もちろん、その度に事情を話して許可を取っている。この作業が思った割に難しいのだ。

やがて、先生が一枚を取り出した。

「これなんて、いいと思うけど?」

その写真は、生垣の手入れをしている庭師さん達だ。

「それ以外にこれっていうのがないんですよ。その人達の日常を収めたいのに……」


先生が見ていた写真を、私が連れてきた人が今は見ている。力のある目元だな……どこかで見た事があるけど……どこだっけ?

「麻生、こいつ……誰か知っている?」

「先生の事を尋ねたって事は……大学の後輩ですか?」

「そうだな。お前の推理力はいい所にいるぞ」

「先生の出身は……規模の大きな大学ですよね。体育会系のバレー部ってのは写真を取った日に教えて貰ったから分かるんですけど……今も現役のプレーヤーさんですよね?」

「どうして分かる」

「なんとなく。でもこれ以上はわかりませんよ」

いくらなんでも、隣にいるお兄さんを見ても分からない。隣の家の幼馴染がバレー部だから聞けば分かるだろうけど、それじゃあまりにも遅すぎる。

「もう無理か?でも、こいつのプレーを見たら分かるかもしれないな。達也、お前もまだまだだな」

「先生、そんな無茶言わないでくださいよ」

「先輩、いきなり何を言うんですか」

「お前の事だからシューズ位は持っているだろう?車の中に」

「車に行けばありますけど……」

「だったら、体ならし程度だろうが練習に参加しろ」

「先輩の言う事は絶対ですから……後で取りに行きます。君も後で体育館においで」

いきなりの展開に私は焦る。そんな私を見て、物理の佐伯先生が笑いだした。

「川野先生、麻生はまるっきり分かっていませんよ。達也君、麻生に写真撮って貰うのなら送付先は会社にして貰ったらどうだい?名刺を見たら麻生でも分かると思うけど?」

「そうだった。もしも、俺の写真を取ったらここに送ってくれる?あまり職場にはいないけど俺の手元にはちゃんと届くから」

そう言って渡された名刺を見ると、全日本チームのエースと同じ名前が書かれていた。

「ええ!!どうしてそんな人がいるの?」

「そりゃあもちろん、先輩に呼び出されたからに決まっていると思わない?」

やっぱり川野先生は、今では熱血教師だけども……その熱血体質なのはもう治らないのだと悟った。

このやり取りが私と達也さん……大槻達也さんとの始まりになるとは思わなかった。


12月6日、一部訂正しました。

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