ボーイミーツガール 3
今回は椎名目線で書かれています。
りっちゃんは、途中で施工業者に俺のメールの事を明かさずに業者に確認するようにと連絡をして、結果的にクロス業者の怠慢が露呈した。そのことで俺達に交渉して欲しいと依頼があったけど、流石にりっちゃんの指示が欲しかったので連絡すると、俺が紹介していた弁護士さんを代理人として調停役に入れて作業を納期通りに勧めて欲しいと返事があった。俺は急遽シフトを調整して貰って知り合いの弁護士事務所に立ち寄る事にした。
「こんにちは」
「やあ、椎名君。久しぶりだね。元気だったかい?」
「お陰さまで。早速何ですが、こないだうちのオーナーに会わせましたよね+?」
「うん、あのしっかりしたお嬢さんね。どうかした?」
「今、ヨーロッパに視察旅行に行っているんですが、同時進行で行っているはずの内装工事がかなり遅れているんです」
俺はりっちゃんから預かっている工程表を見せて説明している。内装なので雨が降っても作業は可能なはずなのに、約三日ほど作業が遅れている。
「成程ね。オーナーが女性だから分からないって思っているのかな。さっき麻生さんからメールが届いていたんだけど、僕が仲介役として契約通りに受け渡しができるようにと勧告をして欲しいという依頼があったんだ」
「そうなんですか?」
「依頼の方は受けるけど、支払いの方は、彼女がフランクフルトに着いてから入金すると言う事で今回は特別に受けたから」
「すみません、大したことじゃないんですが。無駄な支出をしたくないだろうと思って……」
「それはいい事だと思うよ。ここからは僕の仕事だね。先方から違約金の支払いの申し出があったら、僕が一度受け取って、手数料を差し引いてから椎名君に手渡す方がいいかな?」
「そうですね。工事関係の通帳は今は僕が預かっているんですが、そこに入金するのがいいですよね」
「そうだね。そこのところのお金の流れ関係はさ、公認会計士に完全に解決してから流れを教えてから行くようにするから……麻生さんが帰国してから二人で事務所に来てくれないかい?」
「分かりました。最近はお店に行っていますか?」
「行けていないなあ。これでも最近は忙しいからね。事務所も手狭になったから引っ越しをした位だし」
弁護士さんに言われてそうだと思い出した。元々は妹の友達の商店街からほど近い所に事務所を構えていたっけ。
「ちょっと前の事なのに忘れていました」
「実家から通っているんだろ?」
「僕はそうですけど、店が軌道に乗ったら家を出ようかと思っています」
「そう。その頃にはまたいい知らせが聞こえるのかな」
「そうだと思います」
丁度テレビではニュース番組が放送されていて、画面には大槻さんがリーグデビューしたと報道していた。
「大槻選手」
「本当だ。イタリアリーグか。大変そうだね」
「最近、本人にあったんですよ。結構楽しそうにしてましたよ」
「椎名君の人脈も広がっているみたいだね。店がオープンしたら是非とも顔を出すから」
「ありがとうございます。多分来年の秋頃にオープン出来るようになると思います」
暫く俺らは世間話をしてから事務所を後にした。
りっちゃんが帰国してからちょっと残務処理が忙しくなってバタバタしていたが、落ち着いてきてから自分達が雇いたい人選をスカウトする事にした。
俺は製菓学校に、敏也は調理師学校に、りっちゃんはカフェプランナー学校とティーインストラクター学校に。最初はアルバイト扱いになってしまうが、店が軌道に乗れば早期に正社員にするという条件で、給与は相場よりちょっとだけ高めに。その高めの設定は、自分磨きの投資に使って欲しいと言うものだ。
学校に依頼した求人は、かなりの応募があった。全員面接をして、学校からの成績も見てゆっくりと考えてから俺達と上手くやっていけそうな人選を選ぶ事にした。
そこから決めたのは、ランチのメニューとデザートのメニュー。俺達が考えたメニューから管理栄養士のりっちゃんのチェックが入って、ボリュームは抑えられているけどかなりお腹に溜まるメニューにする事が出来た。積極的に豆類を取り入れることで食物繊維の摂取を促進させることにしたそうだ。
デザートの方は、特に問題点は無かったけど、アレルギーの子供が食べられるデザートを考えて欲しいとリクエストがあった。フルーツが入ったゼリーとか、豆乳を使ったプリン。お持ち帰りが出来る焼き菓子にはアレルギー対応のものを作る事にした。
そして最後にスタッフ全員で決めたのは、フロアーで働くギャルソンの人選。自分達が勧められる人から優先に声をかけて、りっちゃんのコンセプトに賛同してくれる人を優先に採用した。アルバイトの募集を入れたのは、りっちゃんの母校の学生課にお願いした。条件に調理補助もありとしたことで、家政学部の女の子を中心に選ぶ事が出来た。それと俺と敏也の卒業した調理師学校からも何人かアルバイトとして雇う事にした。
内装も外装も、庭も全て出来上がり、引き渡された翌日に俺たちスタッフが全員顔を合わせる事になった。
「私のふとした思いつきで始まった開業計画に、賛同してくれた仲間が集まってその結果がこの場所になります。この店はどんなお客様でもリラックスして寛げる店を目指します。夜のディナーは要予約で三組というのは、あくまでもメインはカフェである事を忘れない為です。私達は完全なプロではありません。でも専門分野に関しては、誰にも負けない情熱だけは心に持って接客をお願いします」
りっちゃんの挨拶からメンバーの簡単な挨拶が始まる。挨拶が終了後に各担当に分かれて打ち合わせが始まる。厨房の俺と敏也は合同で打ち合わせを行う事になっていた。
「ここは一階が厨房・二階がケーキとパンを作る工房・三階がロッカーと倉庫になっている。三階まではエレベーターがあるからそれを利用するように」
エレベーターが着いていると知ったスタッフは驚いている。
「出来上がったケーキを搬入するのにもその方が楽だろう?これはオーナーのアイデアさ」
「オーナーってお若いですよね?」
「そうだな。でも大学の家政科を卒業して、企業の開発部に勤務経験もある。ここが本当に忙しくなると彼女もここを手伝うからな」
「彼女は製菓学校を卒業しているから、調理補助程度ならどこでもやれる。それにカフェプランナーも紅茶インストラクターも取得している。バリスタ講習も受けているからオールラウンドに活動できるぞ」
「そうなのですね……凄いです」
「そうだな。俺達は彼女の夢に乗っかっただけだ。それでもちゃんと話は聞いてくれる。提案したい事があったらどんどん提案するように」
「はい」
俺達は、早速ランチの試作とデザートの試作をするために作業を開始し始める事にした。
「そう言う訳で、慣れてきたらカウンターでコーヒーの入れ方や紅茶の入れ方を学ぶ事もできます」
「あの、バリスタ検定は受けていないんですか?」
「それはタイミングが合わなくて受けていないけど、お見せしましょうか?」
「りっちゃん……そこまで」
「いいのよ。高橋君。最初は初心者から始めましょうか?」
「分かりました。りっちゃんの火が着いたのですね」
「うん。久しぶりにお客様に提供するんだもの」
私とバリスタ講習を受けた高橋君は紅茶インストラクターの山下君にサポートして貰いながら作業を進めて行く。山下君は専ら洗い物をお願いしているけど、私の作業を見て、ニコニコしている。
「俺達の同期の主席がまさか、コーヒーの資格まで取得していたなんて知りませんでしたよ」
「だって、紅茶好きな人はコーヒー苦手じゃない?」
「まあそうですね。りっちゃんはどっちが好きなんですか?」
「私はね、本当はほうじ茶なの。カフェインレスが好きでごめんなさいね」
「さあ、出来上がりよ。レッスンしたらちゃんと出来ます。紅茶の方も私と山下君でレクチャーしますから」
さっきまで私を見ていた目線がちょっと変わったみたいだ。
「店のレジは誰が行うのですか?」
「それはアルバイトでカフェのレジを扱った事がある人ならすぐに出来ると思います。カフェでのアルバイトの経験者はいますか?」
私が確認すると二人以外全員が手を上げた。
「すみません。私初めてで」
「いいんですよ。ゆっくりと慣れて行きましょう」
その後、ランチメニューの試作品が出てきて、皆で品評しあった。それと同時に店内で提供するメニューの方も形になりつつある。
アルバイトが全員いなくなってから残っているのは厨房スタッフと高橋君と山下君だ。
「りっちゃん、本当に夢を叶えるんだね」
「うん、これからが本当に忙しくなるから皆も協力よろしくね」
私は皆が座っているテーブルにポスティングするためのチラシを置いた。写真は私が取ったものをセピア加工したものだ。
「これ、誰が作ったの?」
「私よ。高校時代は私写真部だったの」
「この店に飾ってある写真もりっちゃんが撮影したもの?」
「うん。中には小さなフォトコンテストで入賞したものもあるけどね。このチラシと同時に店のブログも作成します。自分で作るのがちょっと面倒だったので、知り合いの事務所に頼んでテンプレ一式を作成して貰いました。今後はランチのメニューを撮影したり、ケーキの撮影をしたりして更新させる予定です」
「へえ、りっちゃんにしては用意周到だね」
「そんなことないわよ。私はゆっくり準備するタイプだから、この店の購入契約をした時に退職してずっと準備していたもの。それに厨房関連は担当の人達が使いやすいように設定して貰ったの」
「確かに私達に使いやすいセッティングになっていました」
「気になったらどんどんやり易くして言って」
「分かりました。今後の日程はどうなりますか?」
「プレオープンは十日後から三日間。オープンは二週間後になります。それと労働保険の手続きをオープン日と同時に行うので、必要な書類がある人は早めに提出してね。私も忘れると思うから」
「りっちゃんがオーナーさんしている。すごいなあ」
「そうそう。たまにとんでもないことやらかすから」
「皆、あんまり暴露しないでよ。お願いだから」
そうやって祭りの前の静かな日々は過ぎていった。
「オーナー?どうかしました?」
「ちょっとオープン前の事を思い出しただけよ」
「オープンからもうすぐ三年ですか。あっという間でしたね」
「そうね。でもまだこれからよ。もっとワークショップを開催できるようにしないと」
「はい、私も皆が参加できそうな企画考えますね」
達也さんの記事を目にしたからだろうか?開店前の日々を思い出した。帰国するということは前もって聞いてはいたから生地を見ても驚く事は無かった。達也さんの住む場所はどこになるのだろうか?今の部屋は広いから達也さんが転がり込んできても十分なスペースが確保できるだろう。
達也さんの事は、自宅に戻ってから考えればいいかと私はぼんやりと考えていた。
12月6日、一部訂正しました。
今回記載のある、弁護士、公認会計士に関しては名前も決めてません。
話の流れ的に登場するだけな存在だからです(いわゆるモブです)
彼らの服相当の記載が一切ないのはその為です。