ボーイミーツガール 1
三人が出会ってから店を立ち上げるまでの話です。
敏也目線で書いて行きます。
今でこそ、三人で「エトワール」を経営している訳だが、三人が知り合ったのは、製菓学校の夜間コースだったりする。梨佳は昼間は家政大学に通っていた。敏也と幸雄は偶然にも調理師学校が同じクラスで意気投合。卒業後の進路は敏也も幸雄も違っていたが、夜間の製菓コースで一緒になると昼間は家政大学に通い、製菓学校に通っている梨佳の進路がまた意外なものだった。
「私、カフェを開店させたいの。その為にはお金が必要だから、ひとまずどこかの企業の開発部に入社出来たらいいんだけどなあ」
「えっ、りっちゃんって開業が目標なの?」
「そうよ。男の人がリラックスできるようなお店にしたいんだ」
「成程。確かに女性好みのカフェは男性には入りずらいかも」
「そうなの。外観は女性好みでも内装は男性でも落ち着けるような店を作りたいの」
「ふうん、で、今は何をしているの?」
「アルバイトもしているし、宝くじも買っているの」
「堅実なのと、非現実的なかけ合わせだな」
俺達が率直な感想を言うとりっちゃんは笑っている。
「真面目にやっていてもつまらないじゃない。ちょっとは遊ばないとね」
そしてりっちゃんは、今週のロトは高額当選なのよ~なんて歌い始めた。真面目そうに見えるりっちゃんがそんなチャレンジャーな事をしているだなんてちょっと意外だ。
「やだ。ナンバーズだったら、一番安いのでも何度か当たっているのよ。ってことはそのうち当たるってことじゃない?」
りっちゃんは力強く言うが、その目は本気なので、現実を見ようぜ……なんて怖くて俺達は言えなかった。
そんなりっちゃんの宝くじチャレンジがまさか実を結ぶなんて俺も幸雄も思っていなかった。
ある日の製菓学校の授業が終わった後、ちょっとだけでいいからといってりっちゃんにシアトルカフェチェーンに俺達は拉致られた。
「何?」
「どうしたの、りっちゃん」
「これ……見てよ」
見せてくれたのは一枚の宝くじとその番号。その番号は2等を差していた。
「当たっている」
「うん、そうなの」
「で、これを元にするの?」
「まだ足りないわ。私の事業が融資を得られる可能性は少ないし、まだ社会で経験も積んでいないわ。だからこれを元手にもっと増やすの」
にっこりと微笑むりっちゃんがとても怖い人に見える。確かに社会人経験もないし、実績もない。そんな状態で融資を得るのは難しいだろう。
「でもね、かなり開業への道が近付いたから、その時まで頑張ろうね」
「で、これからは何を目指すんだ?」
「とりあえず、店のイメージをデザインして、不動産屋でさり気なくリサーチをしていこうと思うの。それで気に入った物件が見つかったらその時には二人と呼べるようにならないとね」
「りっちゃんは?俺達が現場を仕切るのはいいけど、りっちゃんは何をするの?」
「そうね、製菓学校を卒業したら、事務系統の資格を取得する予定。そうすればあるい程度は自力で書類が書けるとコストダウン出来るんじゃないかな」
「それだったら……俺の知り合いにそういう事務所があるからそこを利用したらどうですか?弁護士さんも代書屋さんも揃っているから楽ですよ」
「そうね。なるべく自力でやりたいけど、相談出来る事務所があるのはいいわね。その時はお願いね」
りっちゃんは手帳に書き込んでいった。
「今更何だけど……皆ってどんな資格を持っているの?」
「俺は英検二級と普通免許位」
「俺は特に持っていないや」
「二人とも公衆衛生管理者は持っているでしょう。私も管理栄養士と栄養士とカフェコーディネーターと英検準一級と簿記二級は持っているんだけどね」
「りっちゃん、それだけあれば大丈夫じゃない?俺達が厨房を預かるとして、りっちゃんはフロア全体を見てくれたらいいよ。本当に忙しくなったら、りっちゃんが厨房に来てくれればいいんだから」
「そっか。それなら、私もバリスタとか紅茶インストラクターの有資格者を連れてくればいいのね。分かったわ」
俺達三人でどこまでできるか分からないけど、水面下では計画が着実に進んでいた。
更に話が進んでいったのは、製菓学校を卒業して二年後の事。久しぶりに近況報告の場に来たりっちゃんは顔を強張らせていた。
「どうしたんだよ?今度は」
「あのね……これ見て」
りっちゃんは一通の通帳を見せる。そこには四億円が入金されたと書いてある通帳があった。
「これって……」
「そうよ。一攫千金したのよ。だから、これをそのままにするのも変だから私は店に投資したいの」
「成程ね。それで……俺達が出来る事は?」
「少しずつ店を持ちたいエリアをピックアップしたの。まずは三人でそのエリアを絞りたいんだけど」
「俺達三人で決めていいのか?」
「そうね。出来れば二人のパートナーさん達も連れて来て欲しいの。これからは私達の夢に巻き込むんだから。セッティング出来るかしら?」
「りっちゃん、俺の彼女大豆アレルギー持ちだから除去食出来るところがいいんだけど」
「分かったわ。店の方は私に任せてくれるかしら?二人の日付が合ってからでいいからメール頂戴」
「りっちゃんのパートナーは?いなくはないよね?」
「達也さん?今は国内にいないわよ。だから結果論で報告すればいいわ。夢を形にしたいって事は既に報告しているから」
「りっちゃん、彼氏さんって世界と飛び回っている人?」
「そうね。ある意味間違っていないかも。自分の中のリミットに間に会いそうでホッとしてはいるんだ」
「リミット?」
「大丈夫よ。二人には関係ない事だから。気にしないで」
りっちゃんは言葉を濁したけれども、このタイミングで開業をしようという事は何か意味があるようだった。
やがて、駅からほど近い総合病院から徒歩圏内の住宅地の片隅の「エトワール」のベースになる物件が出されたのを見つけて、三人で見に行った。結構天井が高くてゆったりとした洋館の外観だ。
見た目は二階建なのだが、実際には屋根裏のある三階建。りっちゃんはそのフロアーをすべて利用としているようだ。しかもこの場所は、俺も幸雄の住んでいるところから然程遠い訳でもなかった。
「りっちゃんは俺達に、私の名義で物件を抑えちゃってもいいかしら?」
俺達はかなり気に入っていたので、頷くしかない。
「二人はギリギリまで働いて。開業の準備はなるべく一人でやるから」
そう言って暫くすると、りっちゃんは勤めていた食品メーカーの開発室を退職した。そしてアルバイト時代に知り合った人脈を使って、着実に買い取った物件を喫茶店になる様に改装を施していく。
俺達が驚いたのはホームエレベータを設置した事だ。あると便利だなと思っていたけど、りっちゃんは躊躇う事もなく設置してしまった。それと家の耐震補強も施したという。
「結構外物にもお金かけたけど、後で設置するよりは最初に設置してしまいたいの。次は一階のトシ君が使う厨房と、シーナ君が使う厨房の設計は二人に任せたいの。で、一つだけお願いなのは、シーナ君の場合はパンだけを焼くオーブンも設置して、最終的には食育の教室とかアレルギー対応の食事の教室を持ちたいなあって思うんだけど……どうかしら?」
「りっちゃん、それって」
「うん。純子さんから聞いた。私も管理栄養士だから多少のお手伝いは出来ると思うの。トシ君の方もね。ここは幼稚園バスが止まったりするから、庭の一角を店で使う野菜を栽培してもいいんじゃないかしら?収穫できなくてもいいから」
「りっちゃん……そこまで考えていたの?」
「うん。私は我儘だからやれそうな事を全部やってみたいの。ワークショップが月に一度ペースならどうにかなると思わない?」
「そうだな」
「ここまで先手を打たれると、俺達も答えるしかないよな」
こうして、三人の開業計画は本格的に始動したのだ。
12月6日、一部訂正しました。