僕が君に出来る事 3
「シーナ、大学行かないの?」
「行かないよ。俺、専門学校に行く」
いきなりの俺の進路変更にクラスの皆が驚いていた。
「何があったんだよ」
「人を喜ばせる事をしたくなった……かな」
「どんな専門学校だよ」
「まずは、自己流だから調理師学校に通って。調理師になってから製菓学校に入るんだ」
「最終的にどうしたいんだよ」
「そうだなあ。共同経営で喫茶店でもいいし、お菓子の小売店でもいいよな」
俺が決めた夢を皆がきょとんとして見ている。
「何?俺のキャラじゃない?」
シーンとするクラスの中で、赤池さんだけが一人手を叩いてくれた。
「凄く素敵だと思う。椎名君は本当に優しいのね」
「そんなことないよ。俺でも出来そうかなって思っただけ」
「できるよ。普段から椎名君しっかりしているから」
俺達がそうやって話していると、一人がニヤリと笑う。
「何?二人ってそういう関係?」
「関係も何も。たまにスーパーで買い物をしていると会うんだよ。俺のお袋は午後からのパートだったから妹のおやつと夕飯の用意は俺の仕事だったから」
「なるほどな。お前の妹ちゃんって……そういう事なのか?」
「うん、妹以外でも困っている子はいっぱいいる。そんな子を少しでも喜ばせる事が出来る手伝いができるのなら……それをしたいと思っている」
俺がきっぱりと言い切ると、お前らしいな、決めたら絶対に動かないものな……なんて言われた。
問題だったのは、先生に進路変更を告げた時だった。
「椎名、お前一時の感情でそんなに簡単に決めるなよ」
「そんなことないですよ。俺なりに考えていますよ」
先生は俺の過去の成績を見ているようだ。
「お前の成績なら農業大学でも十分に入れるんだが、それじゃあダメなのか?」
「俺は無駄に遠回りしたくないだけです。妹の様な、食べたくても食べれない子が食べれる物を作ってあげたいって思う事はいけない事でしょうか?」
「お前の妹って」
「俺の妹はアトピーで小麦の除去を日頃からしています。ある程度料理ができるようになってから俺が妹のおやつの支度をしています」
「そういう経験も含んで決めたと言うのならこれ以上反対はしない。お前の成績なら専門学校なら推薦入試で進路を決める事が出来るから、どこの学校に入りたいのか早急に決めるように」
「分かりました。ありがとうございます」
一番の関門も難なくクリアした。後は学校選びだけだ。
学校選びは積極的にオープンキャンパスに足を運ぶことにした。同じ業界に進もうと思っている連中ばかりだからやっぱりそれなりに料理は出来るらしい。ほとんど自己流に近い俺は受かったら本格的に料理を始めた方がいいなあと漠然とながら考えていた。
秋になって専門学校の推薦入試が始まった。俺が希望した学校は料理系の専門学校ではかなりレベルの高い学校で倍率も相当高いものだった。学校では受かるだろうと言われたけれども受かる自信は何処にもなかった。
入試が終わって合格発表は週末に行われる。近いから見に行けばわかるのだが、受かれば書類が届くだろうからと俺は皆がで書けた自宅でのんびりと過ごしていた。玄関のチャイムがなって扉を開けるとそこには郵便屋さんがにこやかに立っている。
「椎名幸雄君?」
「はい。そうですが」
「それじゃあ、これ君宛の書き留めね。ここにサインかハンコ貰えるかな?」
サインを書いた方が早かったので郵便屋さんにボールペンを借りてサインを書いて書類の入っていると思える封筒を受け取った。送り先は俺が受験した専門学校だった。
「それじゃあ、これで失礼します。頑張ってね」
そう言うと郵便屋さんは玄関の扉を閉めて出て行った。
俺はゆっくりとその封筒を眺める。封筒には進展と書かれていたから俺しか開けられないらしい。
リビングに移動した俺はゆっくりと封筒を開けて書類を広げる。一番上に書いてあったのは合格と書かれた通知書だった。
俺の合格は学年で一番乗りだったらしい。俺にあやかるんだといって俺の背中を叩いたりするちょっと失礼なやつが増えたりした。
最近では妹も友達の喫茶店で宿題をする事が多くなったせいか、前よりはおやつを作ってやる事が少なくなってきた。期末テストの直前だと言うのに、俺は本屋のお菓子作りが書いてあるコーナーに立っていた。
「椎名君?どんな本がほしいの?」
「うーん。お菓子の専門用語の書いた本が欲しかったんだ」
「それなら……こっちだと思うわ」
本屋でばったり会った赤池さんに連れられて俺は少し離れたエリアに移動する。確かの彼女の言う通りに入門書よりは少し難しい本がたくさん売られている。その中から俺は一冊手に取って眺めてから購入する事にした。
「赤池さんは?赤本?」
「うん。そうだね。もうすぐセンター試験だから期末テストが終わっても気が抜けないわ」
そういえば赤池さんの希望進路って聞いた事がない。
「赤池さんは将来どういう職業につきたいの?」
「私は公務員になりたいの。だからまずは文系の大学に入学する事かな。それから夜に公務員講座のある専門学校に通う事になりそう」
「公務員だっていいじゃない。頑張れば夢は叶うよ。俺も応援してもいい?」
「ありがとう。ちょっと最近判定が良くなかったから凹んでいたんだ」
「大丈夫。まだ本番まで時間があるんだから。やけになっちゃだめだよ」
「分かってはいるんだけどね、やっぱり焦っちゃうのは良くないね」
俺も希望の本を買い終わると本屋の前で、それじゃあまたねって店の前で別れた。
彼女の後姿を何度となく見送っているはずなのに、今日はいつまでも見ているのがとても辛かった。そしてどうしてそう思うのか自分でも良く分からないでいた。
12月6日、一部訂正しました。