僕が君に出来る事 2
修学旅行から帰った俺達の距離が劇的に近付いたかと思えばそうではない。多少の雑談が増えた程度だろうか。俺も放課後になると真っ直ぐ自宅に戻ってしまうから赤池さんと一緒に放課後を過ごす事はないだろう。今日の俺は、自宅に一度戻ってから妹のおやつを作ろうと思ってちょっと遠いスーパーに向かう事にした。
「椎名君?自宅ってここの傍なの?」
「赤池さん。君も買い物?」
「うん。私の家は両親が共働きだから、自分のものだけは自分で作っちゃうの」
「そうなんだ。偉いね。俺は妹のおやつに小豆の缶詰めとおやつをいくつか買って帰ろうと思って」
俺の籠の中にはアトピー用の袋菓子が入っている。他のスナック菓子も食べられはするのだけど、妹は怖がって食べないので結局はいつも市販のものか、簡単に作れるものを用意している。
「偉いね。ちゃんとお兄ちゃんしているんだ」
「そうじゃないと、成長期になりつつある妹じゃ足りないだろう?」
「お母さんは?」
「うちは午後にパートしているんだ。だから俺が妹のおやつと俺が作れる範囲の夕飯は用意するんだ」
今日のメニューは鳥の空揚げだ。片栗粉を使うから竜田揚げに近いかもしれない。
「今夜は照り焼き?」
「いいや竜田揚げに近い唐揚げ。それでも下味をしっかりつけるからちゃんと食べてくれるよ」
「いいなあ。私もおしょうゆ味の下味食べてみたいなあ。」
「そっか。だったら、今度アレルギー用の醤油を分けてくれたら作るよ」
「いいの?」
「平気だよ。一人増える位大したことないから。だったら俺の連絡先知った方がいいよね。赤外線でデータ貰ってもいい?」
俺達はスーパーの通路の真ん中にいたから端に移動して赤外線通信で大概のアドレスと番号を交換した。
「ごめんね、忙しいのにのんびりさせちゃって」
「大丈夫だから、気にしないで。また明日」
レジの前で俺達は別れた。
自宅に戻ってから、急いで切り餅を炙って焼けた所に買ってきたゆであずきの缶づめを開けて餅の上に載せる。たくさん食べさせてやりたいけれども、夕飯が入らなくなると困るので今日は一個だけだ。
「ただいま。お兄ちゃんお腹すいた」
「そう言うと思ったよ。お帰り香織。おやつは……時間が遅いからこれだけね」
「もう少し食べたい」
案の定、妹はダダをこね始める。その気持ちは分からなくもないけど、それを聞いてやる訳にはいかない。
「ダメ、学校の宿題が終わる程度の糖分じゃないと夕飯が入らないぞ。今夜は唐揚げだけど、兄ちゃんが全部食べていいって事だな」
「それを先に言ってよ。兄ちゃん、宿題教えてくれる?」
「いいぞ。リビングで宿題やれば見てやるそ」
「はーい」
妹は俺の言われるままにリビングのローテーブルで宿題を広げた。
やがて、ゆっくりと季節は流れて、俺達は高校三年生になった。妹は中学は受験をして地元の公立ではなくて私立の女子高に通っている。お昼がお弁当であればアトピーでもどうにかなるだろうという親達の配慮に妹は乗っかった事になる。
週に三日ほど塾には通っていたの事は知っていたけど、俺が思った以上に妹の頭がいいことに驚いた。
俺の方は、きちんと進路を決めていなかったけど、出来れば食品関連に就職がしたいと思っていた。漠然と理学部とか農学部を視野に入れていた。
いつもなら俺が戻ってくると暫くして戻ってくる妹が珍しく戻ってくるのが遅かったその日、妹の手には見慣れない箱を持って来ていた。
「どうした?それ?」
「あのね、学校のお友達の家が喫茶店を経営していてね。学校のグループ課題があって立ち寄らせて貰ったの。そうしたらね、私でも食べられるケーキを作ってくれたの。それでね、お土産もくれたの」
凄く目を輝かせて俺に教えてくれる妹にホッとしていた。喫茶店を経営しているお友達の家に寄ってくる事は知ってはいたけど、多分紅茶を飲んでプリンでも食べて来るかと思っていたからだ。
「良かったな。ちゃんとお礼を言ったか?」
「うん、言ったよ。それでね、凄く美味しかったからお兄ちゃんとも一緒に食べたくて買って来たの。私とケーキ食べる事って……最近ようやくできるようになったからね……一緒に食べたかったの」
最近自宅の近くに開店した店が、除去食の子供達にも対応してくれる店なので定期的に予約をしてケーキを買って食べ始める事にしていた。妹は小麦粉だけだから乳製品には問題は無い。
やっぱり仲のいい友達と食べると言うのは、妹の夢の内の一つだったのかもしれない。そんな事を考えながら俺はその貰ったケーキを一口食べた。
その時、漠然としていた俺の夢が明確なビジョンになって現れた。
12月6日、一部訂正しました。