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seventh  作者: 篠原リラ
第一章
9/19

謎の男

「うふふふふ。跪いて命乞いをなさい…あなたはこっちの坊やより見目がいいから、わたしの隷属にしてあげる」


映司はボロボロになった服の袖を破り、器用に口を使って腕を縛ると、


「生憎、間に合ってるんで遠慮させてもらう」

「どこまで強気でいられるかしら?」


いくらか平静を取り戻したらしいカミラは、妖気の漂う微笑を浮かべた。

行け、と短い命令で再び彼女の下僕が走る。


「さあ、その血を喰らいつくすのよ!」


咄嗟に飛びのこうとするが、思ったより足が動かない。

仕方なしに逃げることを諦めて、映司はその場に後ろ向きに倒れこんだ。そのまま手近に落ちていた木切れを掴んで、目前に迫った望月だったものの、その大きく開けられた口に突っ込む。

上顎と下顎を引っ掛けるように縦に無理矢理押し入れると、口が閉じれずに、彼は目を白黒させた。

多少良心が痛みながらも、素早く立ち上がると四つん這いになった横腹を蹴り上げる。


「ギャウンッ!」


犬の悲鳴によく似た声を出しながら、それは転がった。どうやらもう、完全に動物化してしまったのだろう。

何とも言えない複雑な表情をしながら、映司は胸の前で十字を切った。しばらく動けないはずだ。


「役立たずな坊やね……わたしが直接相手をしてあげるわ」


にたり、と爬虫類に似た笑み。背筋に寒気が走る。

映司が動くよりも早く、カミラが飛んだ。およそ人間には不可能な跳躍力。笑う口元からは鋭い犬歯が覗き、目は妖しく赤く光っている。

ほんの一瞬だった。

一瞬、その瞳を注視してしまった。

それだけで、映司の体は金縛りのように動かなくなる。


それは彼女の一族が持つ、魔眼のせいだ。

魔眼は、それを見た相手に暗示をかけることができる。例えば、味方を敵と思わせたり、ありもしない化け物を見せたりする。

暗示は目を見ている時間と比例して強くなるため、一瞬見ただけならばその動きを止めるぐらいが関の山だ。

だが、それはこの場合致命的だった。

カミラの長い爪が、肩にかかる。


バヂイィィッ!!!


瞬間、電気が弾けるような音がした。

体を走る衝撃。しかし彼以上に衝撃を受けたのは、目の前のカミラだ。

見れば両手の先が焼け焦げている。


「……これは……防御結界……?これほど強い結界は見たことがない……」


思わず恐怖心も忘れて、映司はつぶやいた。

直後、ガサガサと草むらを掻き分けて歩いてきたのは壮年の男性だ。

黒縁の眼鏡をかけ、豊かな黒髪を後ろに撫でつけている。


「主の御名において命ずる……闇の眷属よ、あるべき場所へ戻るがいい!貴様らの住処はここにはない!消え去れ、吸血鬼カミラ・ホークウッド!」


男性が声を張り上げ、ロザリオを掲げた。カミラはというと、驚きと嫌悪の混ざり合った形相で、それを見ている。

しかしそれも一瞬のこと。

彼女の足元から炎が噴き出すと、その体を包み込んだ。


「いや、いやあああああああ!!なぜ、なぜ?! なぜわたしが!!」

「我は汝の名を知る者、古の約に従いその身を燃やせ!」


さらに一歩踏み出しながら男性は叫ぶ。

やがて炎がすべてを焼き尽くし、後に残った灰が風に乗って散っていく。

ふう、と安堵の息を吐いて、男性は映司の方へ振り返った。


「もう大丈夫だ。よくがんばった」

「……あなたは……」


問いかけようとした時、校舎の方から走ってくる足音と、彩芽の声が聞こえる。

無事だったことに安心しながらも、映司の視線は変わり果てた望月へと向けられていた。


「これも……あなたが?」

「邪魔されては厄介だったからね」


柔和な笑みを称えて男性は言う。映司の蹴りのダメージなどすでにない彼が、立ち上がることすらできなかったのも、男性が結界を張ったからだというのは解っていた。

そして、再びの疑問が頭をもたげる。


「あの……あなたは、いったい?」

「わたしはバリー。バリー・フィーア」


男性は淡々とそう答えると、動かないままの望月を片手で担いだ。

それから映司を見やり、微笑んで言う。


「お友達はわたしが預かろう。元に戻せるかどうかはわからないが、できる限りのことはしてみるよ」

「……でも」

「わたしが信用できないかい?」


助けてもらっておいてそれでは、あまりに失礼だろうと彼は首を横に振る。バリーは少し落ちた眼鏡を中指で直しながら、


「ほら、お友達が呼んでいる。早く帰ってあげなさい」

「……はい」

「縁があれば、また会うこともあるだろう」


どういう意味なのか。問いかける間も与えず、彼は森の奥へと望月を連れていった。

駆け寄ってくる二つの足音が、何故だかずいぶんと遠くに聞こえる。

完全にバリーの姿が見えなくなってから、映司はその場に膝をついた。今になって、冷や汗が大量に湧き出てきていた。




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