カミラ
オルガンの前では、崩れた屋根から月光が降り注いでいる。
その中心に佇む影は、ゆっくりと振り向いた。銀色の髪が、光を反射して煌めく。
「あら……お客様かしら?」
涼やかな声で、それは言った。微笑むその瞳が、妖しく揺らめく。
すでに正体に気づいているのだろう、映司は俯いて答えた。
「ここに一人、男子生徒が来なかったか?」
「ええ、いるわよ。お友達なのかしら」
楽しそうに笑って言う。
彩芽と直を背に隠し、彼は小声で二人に告げた。
「目を合わせるな。合図したら逃げる」
「……わかった」
やはり小声で返して頷く。
映司はできるだけ緩やかに歩を進めると、ちょうど教会の真ん中辺りで足を止めた。
「友人が迷惑をかけた。連れて帰りたいのだがどこにいる?」
「あら、迷惑だなんてとんでもないわ。わたしたち、ちょっとここでお話ししていただけなのよ」
「そうか、邪魔してすまないが、彼の帰りが遅いもので。何かあったのではと」
「大丈夫よ。……ねぇ、それより」
月明かりに照らされながら、それは細い腕を伸ばす。
透き通るような肌に整った顔立ち。豊満な体つき。なるほど、と映司は思った。
「わたし、カミラって言うの。あなたも少し、お話ししていかない?」
伸ばされた手が近づく。薄暗い教会の中で、カミラと名乗った彼女の両腕が映司の首に回された。
ちらりと奥に視線をやると、投げ出された両足がオルガンの影から伸びているのが見える。
「いや、結構」
普通なら、くらっときてしまいそうなシチュエーションにも動じず淡々とそう答えると、彼はカミラの腕をあくまで優しく下ろした。
「失礼」
そして、おもむろに常に携帯している小瓶の中身を彼女にかける。
「主の御名において、聖なる水よ悪しきものを退けたまえ……アーメン」
ぼそぼそと早口でつぶやくと、カミラが我に返るよりも早く、映司は走り出した。
オルガンの影で倒れている望月を引っ張り出し、軽々と担ぎ上げて叫ぶ。
「行け!」
それはすなわち、「逃げろ」の合図だった。
一瞬のためらいを見せる直を引きずるように、彩芽が腕を取り教会の外へと走る。
「ぎゃあああああ!!!」
断末魔の悲鳴が聞こえ、肉の溶ける臭いが風に乗って漂ってきた。
教会に裏口はない。のたうちまわるカミラを避けて、壁伝いに手探りで出られる場所を探す。
指先が、草に触れた。
見れば、石造りの壁が崩れている。屈めばなんとか通れそうだった。
警戒しながら、映司は外へ出る。望月を背負い直し、急いで寮へと走り出した。
その直後、背中に鋭い痛みが響く。
ほとんど反射的に望月の体を落としてしまった。慌てて駆け寄ろうとする足が止まる。
まるで狼のような唸り声をあげて、彼は両手と両膝で地面に立っていた。
間に合わなかった、と口の中でつぶやく。
一歩後ずさる。武器になりそうなものは、他にない。せいぜい、その辺の枝を千切って十字にするのが関の山だ。
必死に打開策を巡らせていると、教会から憤怒の形相をしたカミラが出てくるのが見えた。
「許さない……許さないわ……」
地の底から響くような声で言いながら、彼女はこちらを見る。
先程の聖水で多少の火傷は負っているようだが、致命傷には程遠い。
「行け!殺せ!」
怒鳴るカミラの声に、かつて望月だったそれが飛びかかってくる。体を捻って直撃は避けたが、左腕を引っ掛けられた。痺れるような痛みに眉を顰める。