圭と理沙
裕一に了承の意を伝え、部屋を辞して薄暗い廊下を並んで歩く。
少し痩せたようだ、と理沙は隣の男を見上げて思った。使役用の幻獣狩りに出かけていたらしいが、これだけ長い期間学園を離れていたのは珍しい。
「……大丈夫?」
「ん?ああ、うん。大丈夫大丈夫」
へらへらと笑って、彼は手を振る。
疲れていないのかという問いにも、同じように笑った。
「これからお前の部屋行ってもいいでしょ?今回の件の概要と、協力要請したっていう生徒たちのこと教えてほしいんだけど」
「まあ、構わないけど…手土産のひとつもないの?」
「あ、忘れてた。コレあげる」
言いながら手渡されたのは、青い雫型の石が付いたピアスだ。
冗談だったのに、と理沙は笑って受け取る。
「……うん、やっぱり似合う。見つけたとき、お前を思い出してね。きっと守ってくれるよ」
「圭……ありがとう」
早速身につけての礼に、渡した方が気恥ずかしいらしく、圭は軽く頬を掻いた。
学長室のある三階から、二人は階段を下りる。途中、時計を見ると十時を回ろうとしていた。
校舎を出て、左手に向かう。
二つある見慣れた建物のうちの片方に、二人は入った。時間も時間なだけに、サロンやエントランスに人気はない。
一応男子寮と女子寮に別れてはいるものの、お互いの行き来に特に制限もなかった。よって、圭は堂々と理沙についてエレベーターを待つ。
彼女の部屋は最上階にあった。程なく着いたエレベーターが、二人をそこへ連れて行く。
「どうぞ」
「お邪魔します」
形式ばった挨拶を交わし、中に入る。彼が学園を出る前と同じ、整理整頓が行き届いた部屋だった。
理沙は普通の生徒とは違い、一人でこの部屋を使っている。部屋自体も、寮というよりは高級マンションの一室に近い。
「相変わらず、いい部屋だねえ」
「別に普通の部屋で構わないんだけど、一人部屋ってここしかないんだもの」
遠慮なくソファへ腰を下ろした圭のために、コーヒーを淹れながら彼女は答える。
一度それをテーブルに置くと、自分の紅茶とノートパソコンを持って自らもソファへ座った。
映司から聞いたことをざっと話した後、慣れた手つきで生徒の名簿を開く。映司と彩芽にも見せた、生徒たちの細かいプロフィールが載っている画面を映すと圭の方へ向けた。
「こっちが芳川映司、こっちが椎名彩芽。それから松前直。この三人が、学長が協力要請した生徒たち」
「……全員一年?嘘でしょ?」
「残念ながら、本当よ」
圭の言葉にため息混じりで返し、理沙は言う。
「いくら対吸血鬼部の生徒が少ないからって、二、三年もいるでしょうよ」
「映司くんがカミラって吸血鬼に襲われた時、バリーと会ったから……だと思うけど」
「うーん、人材不足ってのは本当だねえ。裕一が出られれば一番手っ取り早いのに」
「それができない理由は良く知ってるじゃない」
「まだ沈静化してないわけ?権力闘争」
「あなたがいない半年程度で解決できるなら苦労はないわ」
それもそうか、と思いながらコーヒーを一口飲んだ。
斜宮学園では、数年前に前学長が突然逝去して裕一がその後を継いだ。もともと裕一が次期学長であることはほぼ決定していて、周囲はそれが少々早まっただけだと思っている。
しかし、中には若い彼に任せられないと反対する者もいた。それは討伐者としての力量に嫉妬してのことも少なくない。
結果、斜宮学園内の権力は二分された。片方は裕一を学長として認め、彼と共に学園を作ろうとする一派。もう片方は裕一をどうにか失脚させ、学園を乗っ取ろうとする一派。
理沙や圭はもちろん裕一派であるが、対立する一派の首謀者はいまだ掴めずにいた。
「今回の件、どう思う?」
紅茶に口をつけ理沙が問う。眉を顰めて圭は答えた。
「わからない。けど、これが裕一の失脚を狙ってのことかと聞かれたら、違うとも言えないねぇ」
手を顎にやり、無精髭を撫でながら続ける。
「実習や演習での事故による負傷や、極端な話死亡したとしても、それらは仕方ないと受け入れられる。けど、何の危険もないはずの寮や学園内で、吸血鬼に襲われただの生徒が行方不明……というか眷属にされただの、そういうのは十分失脚の理由にならない?」
「なるでしょうね。きっと責任問題って言い出すと思うわ」
「裕一はあの若さで良くやってるよ。くだらない権力闘争なんかでよけいな心労をかけたくないね」
「そうね……圭より年下だもんね」
悪戯っぽく笑って言った理沙の言葉に、思わずコーヒーが気管に入ってむせてしまった。




