大人たちの事情
電話はいつも突然に鳴る。
今日ももちろん、そうだった。書類と睨み合う時間に嫌気が挿していた彼は、携帯電話の着信を取る。
どこにいる、今から行ってもいいか。そんな確認の電話だった。
机の上の時計を見ると、九時を回っている。早くもないが、遅すぎる時間でもない。彼は了承の返事を返した。
電話の主が来訪するまで、大した時間はかからない。ノックの音がすると、彼の返事を待たずに重い扉が開けられる。
「失礼します」
「……おう。どうした?」
即座に扉を開けたことに対して文句のひとつでも言おうと思ったが、その表情を目にして思い直した。そんなことを言っている場合ではなさそうだ。後ろ手に扉を閉めて、彼女は言う。
「簡潔に申し上げます。バリー・フィーアが現れました」
「バリーが……理沙、詳しく頼む」
表情こそあまり変わらないものの、その眼差しには鋭い光が宿った。
促されて、彼女は映司から聞いたことをすべて彼に話す。
一通り聞いた後、机の上で指を組み考え込む彼に提案の形で理沙は言った。
「わたしが彼らに付きましょうか?」
「……いや、ヴァンパイアはお前にとって専門外だ。他に誰か……」
「今手が空いているのは、わたしか遥かスヴェンです」
理沙の答えに、彼は思わず頭を抱える。彼女が上げた他の二人も、彼女と同じく他のものが専門だ。
とはいえ、自分が動く訳にもいかない。
「ずいぶん困ってるようだねえ」
声が唐突に響く。いつの間に開いたのか、扉に寄りかかる姿勢で、男が口角を上げていた。
「圭さん……戻ってたんですか」
「ついさっきね。報告に来たんだけど、面白い話が聞こえたからさ」
「面白くはないわよ……」
糸目の男が扉を離れ、近づいてくる。彼が扉に手を触れなくとも、それは勝手に閉まった。
知らない人が見れば柔和な笑みを浮かべながら、彼は理沙の横で足を止める。
「俺が行こうか。手に入れたコレも試してみたいしね」
「……ですが……」
「いくら手駒が少ないからって、専門外の人間を付けるのは危険でしょ。俺は理沙たちよりはそっちに明るいし、裕一が出て行くわけにいかないんだから使えるもんは使いなよ」
「確かにそうなんですけど」
「学長はそんなこと心配してるんじゃないわ」
心底呆れの視線で理沙が言った。
「圭が暴れすぎないかの方が心配なのよ」
「え?あれ?裕一くん、そんなこと思ってたの?」
「当たり前でしょ。つい半年前、幻獣学部棟を半壊させたの忘れたの?」
「あれは俺じゃなくって〜グリフォン君がさ〜」
「言い訳はけっこう」
二人のやり取りに苦笑しながらも、裕一はため息をつく。
学園内の勢力争いさえなければ、自分が出て行くこともやぶさかではないからこそ、今の状況が歯痒かった。
「わかった、圭さんに任せます。それと、理沙」
「はい」
「圭さんのお目付役を頼む。お前がいれば無茶はしないだろうから」
「……はい」
「……ああ」
互いに釈然としないものを感じながらも、二人は同時に答えて頷く。
それから裕一は机の引き出しを開けると、精巧な細工が施された銃を取り出した。ごとり、と目の前に置いて続ける。
「もし大丈夫そうなら、これを渡してやってください」
「へえ、そんなに買ってるんだ?将来有望?」
「そうですね、逸材ですよ。二人とも」
「二人?」
圭へ言った裕一に、理沙は訝しげな視線を向けるが、彼はそれには答えない。
ただ、よろしくと頭を下げた。