協力要請
重苦しい雰囲気が、部屋を支配している。
深くため息をついて、目の前の人物は立ち上がった。
「とりあえず、君たちが無事でよかった」
肩に置かれた手が熱い。
一ヶ月前、壇上で語っていた姿とはまた違う学長の様子に、映司は少し驚いてその顔を見上げた。
横では、直が俯いている。その隣の彩芽の表情は見えない。
「カミラ……と言ったか。吸血鬼に間違いないか?」
「……はい」
何故自分に聞くのか、そんな疑問を差し挟む余地もなかった。映司は素直に頷く。
わかった、と学長は答えた。
「その吸血鬼の件はこちらで責任を持って調べよう」
「……よろしくお願いします」
「ときに、芳川映司?」
名前を呼ぶその瞬間、眼光が鋭くなる。
何を言われるのかと身を固くする彼に、学長は告げた。
「君には、引き続き協力を頼みたい」
予想外の言葉に目を丸くする。そんな映司に構わず、彼は続けた。
「君は優秀なヴァンパイアハンターの家系と聞いている。今、学園内のヴァンパイアハンターは少数しかいなくてね。正直、手が回らない。事情も敵も被害者も解っている君が、調査に協力してくれるのなら助かるんだが」
「あの……俺は、あの森でハンターらしき人と会いました。あの人は……」
言い淀む映司に、学長は首を横に振る。
「バリー・フィーアと言ったか……その名のヴァンパイアハンターは学園に登録されていない。まったくのフリーのハンターか、そうでなければ吸血鬼の仲間と思われる」
「……ですが、彼は俺を助けてくれました」
「それは何の理由にもならない」
冷たく言い放ち、有無を言わせぬ口調で続けた。
「協力してもらえるね?」
「…………はい」
「よかった。調査の裁量は君に任せる。くれぐれも気をつけて」
そう付け足すと、再び席に戻る。それはつまり、もう聞くことも話すこともないという意思の現れでもあった。
三人はほぼ同時に一礼して、部屋を後にする。
言葉少なに二階のカフェテリアに移動すると、適当なテーブルについた。相変わらず、直は俯いたままだ。
「……直、大丈夫?」
彩芽が心配そうに声をかける。反応は薄い。
気を効かせて映司が飲み物を取りに行った。その間もやはり俯いたままの直に、正面にしゃがみ込んでその顔を覗き込む。
「……俺は……」
苦しげに、ぽつりと声を漏らした。
「なんで、俺……もっと早く気づかなかったんだろう……そうじゃなくても、映司の言う通り、先生に相談すりゃよかった…そしたら、望月は助かったかもしれないのに」
ほとんど独り言のように吐き出す。
「直、落ち着いて」
「別にそんなに仲良かったわけじゃないけど、それでも、同室で……あいつのこと、変だってわかってたのに」
彩芽は息を大きく吸うと、震える直の両手をぎゅっと掴んだ。
そして静かに首を横に振る。
「直のせいじゃない。不幸な事故だった、それだけのことだよ」
「でも……」
「だったら、俺に協力しないか?」
ちょうどそこで、飲み物を手に戻ってきた映司が口を挟んだ。驚いて顔を上げる直の、隈が浮いた瞳を見返して彼は言う。
「学長に頼まれた以上、やるだけのことはやってみようと思う。けど、俺一人じゃ無理だ。手伝ってくれないか」
「だけど俺、吸血鬼はまるっきり専門外だし、お前みたいに詳しくないし……」
「そんなの関係ないよ」
歯切れ悪く答える直とは対称的に、きっぱりと彩芽は言った。
「大事なのは、自分がどうしたいかじゃない?」
「自分が……」
「僕も手伝っていいでしょ?」
「もちろんだが……気をつけろよ」
矢継ぎ早に決める二人に、少し焦りがなかったと言えば嘘になる。
けれど、直の中には確固たる意思が生まれつつあった。
後悔だけを続けるぐらいなら、望月のために自分ができることをしたい。
「俺も……」
「もちろん」
何を言うかは解っていたのだろう、二人は同時に答えて微笑んだ。