第1話 国王謁見
ジョセフはお城の扉の前まで行くと衛兵と敬礼し、身分を明かした。前足をちょこんと上げて敬礼するジョセフはなんとも可愛らしく思えてしまう。
衛兵が用件を確認すると扉が開かれる。
『どんな身分であれ、衛兵に身分と用件を伝えるのは必須行動だ』
カオリも覚えておけ、そう言いながらお城の中へと入っていく。身分かー。私は一般市民なんだよなぁ。そもそも一般市民ってお城に入っていいのだろうか。そんな私の考えを他所にジョセフはどんどん進むので私も追いかけていく。
お城の中は黒を基調とした雰囲気だが、ところどころに黄色や赤といった明るい差し色が入って煌びやかさを出している。入口を入ると左右に長い廊下がありそこには部屋がいくつもある。まるで高級ホテルのようだ。中央には踊り場が真ん中にある階段。中央が丸くて階段が左右に広がってて、よくテレビで見るやつ! 私は瞬時にそう思った。語彙力のなさを痛感。
赤い絨毯の敷かれる階段に金色の手すり。素敵すぎる。こんな素敵な場所に住む生活なんて想像がつかなかった。
ジョセフは迷う事なく階段を上り、国王のいる部屋へと向かう。私も遅れないよう後ろをついていく。
ここの廊下も壁紙が黒を基調としているが、玄関とは違いピンクの薔薇などのお花の模様の入った壁紙。とても上品。
「ジョセフジョセフ」
『なんだ?』
「国王ってどんな人? やっぱり威厳のある怖い感じ?」
『国王陛下のミッシェル様は慈悲深く、誰にでもお優しい方だ。王家によって家柄の色は様々だが俺の仕えているここクライス家は王家でもトップクラスのお家柄だ。いいか、今から入るがくれぐれも失礼のないようにするんだぞ』
「はーい、わかりました」
『俺は中には入らないからな』
なんでよ、そう抗議しようとしたが突然ジョセフが目の前で止まったため喉元まできた言葉を飲み込む。高さは3mか4mはありそうな大きな扉の前。ここが国王陛下の部屋なのだろう。思わず見上げる。
『ここが謁見室だ』
ワインレッドの扉、持ち手は金色。扉の外枠は細かい木彫りの模様が入っている。素敵。
『お連れいたしました』
ジョセフが扉の前にいるメイド服を着た、いかにも使用人らしき人に声をかけると扉がキィーと音を立てて開かれた。
目の前に広がるのは真っ直ぐなレッドカーペットならぬ薄紫のカーペット。その先に、3段のほどの階段があり国王陛下が座っていた。
「よくいらしたわね。さあもっと近くまでお寄りになって」
そう言われた時にはジョセフは目の前に居らず、逆に扉の外にいた。
「ジョセフ、ご苦労さま。貴方もお入りなさい。貴方にも聞いてほしい内容ですから」
『かしこまりました』
そういうとジョセフは部屋に入ってきた。
「カオリ、といったかしら。もっと近くまで来ていいのよ」
「あっ、はい」
そろそろと歩き、近くまで行く。
「改めて、私はミッシェル・フォンバート・クライス。第156代目のクライス家当主。僭越ながらアラステリアの国王を務めております」
「初めまして、桜田香織です。国王陛下」
深々と頭を下げてきたので、慌てて私も頭を下げる。
「国王陛下なんて堅苦しい呼び方はおやめになって。ミッシェルと呼んで下さらない?」
「では、ミッシェル様とお呼びすればいいですか?」
『おい、言葉遣いが……!』
「ジョセフ。大丈夫ですよ」
『しかし……!』
「ジョセフ」
『はい、かしこまりました』
怒られてやんの。
「急にお呼び立てしてごめんなさいね」
「じゃあ、鏡が光ったのは……」
「ええ、私があの位置に転移光を出現させたのよ」
転移光……、なにそれ。あの光ったやつのこと?
「あの、ミッシェル様。お伺いしたいことがありまして」
「あら、なにかしら。なんでもどうぞ」
「私は何故ここに呼ばれたのでしょうか?」
「ちょっと貴方に手伝っていただきたいことがあってね」
手伝い? 私が? 国王陛下の? そんな話ある?
え、だって身分違い過ぎない? 私、一般市民ですよ?
『陛下。手伝いというのは、まさか新しく始めようとしている例の事業の一件ですか?』
「そうよ。彼女に任せたいのよ」
『お言葉ですが、この世界のことを何も知らない人間に任せるなど言語道断でございます。腕の立つ者なら他にもたくさんおります』
「あら、ジョセフ。彼女の素性の話をしなかったかしら?」
『いえ、存じ上げてはおりませんが』
「カオリはお母さま、上條アリアから何か伺ってるかしら?」
「確かに上條アリアという名は私の母の名です。ミッシェル様は母の事をご存じなのですか? しかも何故母の旧姓まで?」
私が疑問を抱くとミッシェルは目を見開いた。
「カオリ。貴女はこの世界のこと、何も知らないの? 本当に?」
『恐れながら陛下、アリアというのはまさかあのアリア様でございますか?』
こくっと頷くミッシェルに驚くジョセフ、そして混乱する私。
『陛下の事業をお任せしたいと願う気持ち、しかと受け取りました。しかし何も飲み込めていない状態で任せるのは、さすがに重荷かと』
「……そうね。身の回りの事を教える方が先ね」
「ちょっと、待ってください。なんか状況が飲み込めないまま話が進んでいる気がするんですけど……」
いきなり知らない世界が目の前に広がったと思ったらお城につれてこられて。事業? 手伝い? しかも母さんの名前が出てくるなんて訳が分からない。
「そうね。ごめんなさいね。とりあえずジョセフを教育係でつけるから。彼に色々聞いて少しずつ覚えて。事業の一件は保留にしますわ」
「……分かりました」
『では、陛下。この辺りで失礼致します』
ジョセフに連れられ、謁見室から出る。
扉が閉まった途端、緊張の糸が一気に解けたのかジョセフから大きなため息が出た。私はというと、頭の中が混乱状態だった。
国王に会えば何か分かって、この状況にいることを納得出来る何かがあるかと思っていたのに逆にもっと分からなくなってしまった。しかもどうやら母さんのことも知っているらしい。母さんとはわりと仲が良く小さい頃から色々な話を聞かせてくれたが、こんな世界の話なんて生まれてこの方1度も聞いた事がなかった。
すると、やはりこれは夢なのか。だとしたらかなり壮大な夢を見ていることになる。むしろ夢と割り切ってしまった方が楽な気もする。そうすればどんなにファンタジーじみた世界観でどんなにおかしな設定でも、夢だしなんでもありだよね! で納得出来る。
ジョセフはジョセフでさっきからアリア様がどうだとかこんな娘がどうだとか、1人何やらブツブツと呟いていた。彼にも何か思う所があったのだろう。
『……、とりあえず今日は迎賓館に部屋を用意しているから寝泊まりはそこでしろ。明日以降、この世界の事を少しずつ伝えることとする』
「家に帰れたりは……?」
『俺もそうしてやりたいが、転移魔法は高度でな。特に異世界に場所を指定して行き来させるのには、陛下の魔力を持ってしても時間がかかるのだ』
「そうなのね……」
魔力かー。魔法があるなら、もちろん使うための魔力も必要だよね。
『アリア様の娘なら魔力も相当数ありそうだが……』
ジョセフが私のことを横目でチラッと見てくる。
「おあいにくさま。残念ながら魔力なんてものは持ち合わせがありません」
『だろうな。とりあえず寝泊まりする部屋に案内する。ついてこい』
ジョセフに迎賓館へ案内され、使えと言われた部屋に連れてこられた。
天蓋付きの広いベッドに身を委ねると疲れていたのか、すぐに眠りについてしまった。