1.不吉な予感
初めまして!
初投稿です。拙い文書ですが、暇つぶしに読んで頂ければ嬉しいです!
あらすじはシリアス気味ですが、メインは零の恋愛事情ですので、頑張ってラブラブできたらと思っています。宜しくお願いします♪
*途中残酷描写が出てきますので、苦手な方はご遠慮ください
―これで、逃げるのは最後にしよう
彼女を見たとき、そう思った。
嘘に固められた生き様を、己の醜悪さを浮き彫りにするような、その強い光。
天啓のように。
真夏の太陽の残像のように。
焼け付いて離れないその姿を傍で見たくて。
彼女のいる世界に生きたいと願った。
春の寝ぼけたような季節が移ろい、照りつける日差しは強いものの、まだ爽やかな風が吹いている初夏。
GW明けの校庭から、体育祭の予行演習を終えた生徒達が校舎へと戻っていく。
「委員長! これどこにしまったらいい?」
散ってゆくクラスメイトから一人離れて片づけをしていた少年は、後ろから呼び止められ、ゆっくり振り返った。
初夏の午後の陽光を反射し、分厚いメガネがきらりと反射する。
一度も染めたことのないような黒い髪に黒縁メガネ、ぴんと張った背筋と、―2年2組の教室を見渡したら誰が委員長か一発で分かる―、そんな笑い草にすらなっている「委員長」らしい委員長、それが少年、瀧和零である。
振り返った先には、いつも片づけを手伝ってくれている篠宮温子が、長縄を引きずりながらやってくるところだった。
「貸して、篠宮」
来週の体育祭で使用する綱引き用の長縄は、女子が一人で持つには骨が折れるはずだ。何しろ長い上に重い。
「え、いいよ! 委員長だって色々持っているし」
「うん、だから、これと交換ね」
そう言って、持っていたラインマーカーを篠宮に押し付け、返答を待たずに長縄を奪い取る。篠宮が引きずって持ってきたせいでぐちゃぐちゃになってしまった縄をもう一度手早く束ねると、軽々と肩に担いで歩きだした。
「…くそう、やっぱり委員長は凄いなあ」
女子陸上部の部長を務める温子は、かなり男勝りな性格だった。
下手すると男子より短いベリーショートの髪、いつも外で活動しているため肌は明るい小麦色だ。
活力が余っているのか、こうして時間があれば誰かの手伝いを自主的にしている姉御肌なところがあるが、その分負けん気も強いというわけだ。
自分より頭一つは小さい篠宮を見下ろし、零は思わず苦笑する。
「そりゃ、一応毎日部活で竹刀を振っていますから」
こちらは剣道部部長の零にとって、この程度の重さは苦ではない。着やせするたちなので細く見えるのだろうが、これでも上腕は篠宮の足首よりは太いのである。
「私ももっと筋肉がほしい!」
それでも、少し吊りあがり気味の大きな目に憧憬をこめて見上げられれば、悪い気はしない。
「篠宮には十分ついているでしょ。それ以上筋肉つけたら、体が重くなってタイムが落ちるよ」
体育倉庫に荷物を下ろし施錠をする。零の生真面目な性格を知っているので、体育教師もそこらへんは丸投げだ。
「やっぱ落ちるかなあ。それでも、せめて20回は懸垂できるようになりたいんだよね~」
これでも毎日ダンベル体操しているのに…、と呟く篠宮の腕は、確かに細く見える。
「どれ」
興味が湧いて、零は篠宮の手首を掴んでみた。180cm近い身長の零の手が大きいこともあるだろうが、簡単に指が回ってしまうその華奢な骨格に落ち着かない気分になってくる。ただ、触れた皮膚の下の筋肉は力強く、嘆くほど筋肉がないとは思えなかった。
「篠宮は筋肉がないんじゃなくて、骨格が細いんだと思うよ。だいたい、懸垂なんて出来てもできなくても関係なくないか?」
そう首を傾げて篠宮を見やると、なぜか掴まれた手首を凝視して固まっている。
「あ、悪い。痛くしたか?」
力を込めたつもりはなくても、不快感を与えたのかもしれないと、慌てて手を離す。特に痕が残っていないようで、思わず零は胸を撫で下ろすが、手を離した後も篠宮が動かないので不安になってきた。
相手の了解を得ずに触れたのは、やはりNGだったのだろうか。未だに人との距離感が上手く掴めないせいで、時折このような失敗をしてしまう。男友達が気軽に肩に腕を回しているのだから、女友達にも同様にして良いと思ったのだが、どうやらダメのようらしい。
「…篠宮? 大丈夫か?」
「うわ! うん、大丈夫、大丈夫! なはは」
零に顔を覗きこまれた篠宮が、びくりと身じろぎして乾いた笑い声を立てた。
「ごめんごめん、考え事していてさ。うん、懸垂はそれほど重要ではないかもしれん」
なぜか顔を赤らめてわたわたと手を動かしているが、大丈夫という意味のジェスチャーなのだろうか。
「ていうか、委員長! 次の授業始まっちゃうよ! 早く着替えないと」
「そういえばそうだな。篠宮、いつもありがとう。助かった」
「お安いご用ですよ!」
とりあえず問題はなさそうだと判断し、零は笑顔で礼を述べると更衣室へ向かった。
誰もいない女子更衣室で、温子は先ほど零に触れられた手首をそっと撫でてみる。
零の手はひんやりと冷たかった。いつも竹刀を握っているにしては滑らかな手の平に長い指。大きな手は、温子の手首など軽々と回ってしまうほどで、零の傍に立つといつも温子は自分が「女の子」になった気持ちになってしまう。
他の女子には「野暮ったい」と言われている零だが、近付いて見ればその目鼻立ちは驚くほど整っており、眼鏡の奥のまっすぐな視線に見つめられると、なぜか心臓がばくばくとうるさくなるのだ。
「ありがとう、だってさ」
別れ際に見せてくれた笑顔を思い出しては一人にやけている間に、次の授業のチャイムが鳴り始め、―温子は部内一位のその俊足を活かす羽目になったのだった。
正直、学校の授業は退屈で辛い。
特に体育の後、暖かな日差しの注ぐ室内では、眠気と格闘するために気力の大半が使われる。
もっとも眠気と戦う気はさらさらなく、とっとと眠りの世界に誘われてしまう男子生徒の方が圧倒的に多いのだが、人前で眠ることのできない性格の零にとっては、一種の苦行に近かった。
単純に知識を得るのは嫌いではないのだが、創意工夫の感じられない授業には興味がわかない。そもそも教科書を読むだけであれば、学校で授業を受ける意味などないと思うのだが。
そこら辺を一度教師に聞いてみたい気もしたが、「優等生」の瀧和零クンとしては、迂闊な言動は慎むべきだろう。
利点があるとすれば、斜め前で居眠りを始めている篠宮の姿を鑑賞できることだろうか。皆ぼんやりとしている時間帯なので、多少長く視線を置いていてもからかわれないのが良い。
かすかに傾いでは、はっと姿勢を正す篠宮に微笑みを誘われる。生真面目な彼女としては眠るのは本意でないのだろうが、ハードな朝練をこなし毎日放課後も部活に勤しんでいる身とあって、睡魔の誘惑に勝てていない。
短い髪はうつむく彼女の項の細さを際立たせ、零を落ち着かない気持ちにさせた。
ふと、先ほど触れた腕の感触を思い出す。
自分なら、簡単に握りつぶせるその細さ。女の腕など、みな同じだと思っていた。
しなだれかかってくる女たちの腕を煙たいと思ったことはあっても、まさか自分から触れたくなる日がくるとは。
キスや体を重ねる行為など、健全な彼女にはまだ教えたくない。ただ、その手を握っていたいのだと、そう告げたら昔の知り合いたちはどう思うだろうか。
そう考えて、零は頬づえのしたでひっそり笑んだ。
まとわりつく眠気を篠宮鑑賞でやり過ごし、ようやく聞こえてきたチャイムに大きく伸びをすると、何とはなしに携帯を手に取る。
今はやりのスマフォではなく、何の変哲もない銀色の二つ折り携帯である。ストラップなどの装飾も皆無、購入してからはすでに3年以上経過、ちなみに待ち受けは初期設定のままという、ある意味高校生らしくないカスタムであるが、とりあえず電話とメールに支障がなければどうでも良い零にとっては、そこそこ使い勝手の良い携帯といえる。
単に明日の天気を見たいだけだったのだが、珍しくも見知らぬ番号からの着信履歴に僅かに眉を寄せる。
これだけ情報が流通している時代である。
極力零は自分の個人情報を漏らさないように注意しているが、連絡先を交換したクラスメイトなどから情報が漏れてしまうのは致し方ないことだろう。だが、やはり理解はしていても不愉快なことには違いない。
ため息をつきながら着信拒否を設定しようとし、留守電が入っていることに気付いた。
ふと嫌な予感がしたが、ここで無視をしたらより大きな災厄に見舞われる、そんな気がする。
少し逡巡した後、零は留守電を確認し、ーやはり聞くのではなかったと後悔に肩を落とした。