第3話
それから何度かノート上で言葉を交わしたけれど、向こうが自分の正体を明かすことはなかった。
いろいろと質問を変えて探ってみたけれど、見事にスルーされ続けている。
明かす気もないのだと思っていた。
間違ってノートを見てしまっただけなのだ。
相手がこんな交換日記染みたことをしたいのは、少なくとも私ではない。
男か女かもわからないけれど、私ではない他の誰かとするためにノートを置いていった。
これ以上、この中に侵食していくべきではない。
そう思っていた矢先だった。
──好きな人っていたりする?
向こうが待っていたのは私だったんじゃないか。
そんな勘違いをしてしまいそうなほど、的確な時期に送られた質問。
いつも通り報告だけの日記なら、そのまま放置することができたのに。
質問文で終わらせたメッセージを今寄越すなんて酷すぎる。
「返さなきゃ、後味悪いじゃない」
今までのやり取りに目を通す。
──今日は天気がいいね。居眠りしそう。
──帰り道に友達が犬に襲われそうになっていたよ。巻き込まれそうになって、大変だった。
──いつも合格してる小テストを落として、先生に呼び出されたよ。話長くて疲れた。
そんな何でもないような内容ばかりが並んでいる。
クエスチョンマークなんて、私が書いたところにしかなくて。
……本当に今回初めて、相手から質問文が回されたのだと改めて思い知った。
「これが、最後」
そう決めなくても、これが最後になることはわかっていた。
何の気紛れか、先生が突然席替えをすると言い始めたのだ。
新しい席を決めるくじはもう引いている。
どこになるかは来週までわからないけれど、また同じ席になることはないだろう。
もうこのノートを見ることも書くこともない。
……私が少し早く来るか、誰もいない時間にここに来るかしない限り。
そこまでする義理はないことはわかっている。
何も知らないのだ、お互いに。
お互いに深いところには入るべきではない。
──好きな人はいません。もうこの席に座ることはないので、これで最後にしますね。
そこまで書いて、手を止める。
最後の言葉を書くべきか、否か。
このままの流れで書いてしまうのは、少し寂しい。
数時間にも満たないやりとりをしただけと言っても、関わったことには変わりない。
それでも終わりにするには……生温い終わり方はお互いの心残りを生むから。
──さようなら。また、会えたらいいですね。
「これもこれで、生温いかな」
そう呟きつつ、シャープペンを置いてノートを閉じる。
表紙は見つけたときのまま、何も書かれず汚れもほとんどない。
寂しい。
少なからずもこのやりとりを楽しんでいた。
だから、こうやって手放すのはとても寂しい。
「さようなら、白いタンポポさん」
ノートを机の中に入れて、私は終わりにした。
……はずだった。