第1話
そのノートを見つけたのは、暖かい日差しが心地よい春の日のことだった。
午後一番の選択授業で美術室に来た私は、窓際にある自分の席に着く。
仲良しの友人はみんな音楽を取っていて、この教室にはいない。
選択を間違えたかな、とつくづく思う。
だって、ここでは一人きり。
新しい友人も作れなくて、ただ一人の時間を持て余している。
雑談に花を咲かせる他のクラスメイトたちを見ていると、ちょっと寂しくなった。
こんなことなら、みんなと同じように音楽にすればよかった。
音痴だとか楽器が苦手だとか、関係なく。
そもそも友人たちも、音楽が一番楽だからと選択していた。
だから、私もそう選択すればよかったのだ。
「あれ?」
視線を下に落としたときだった。
机の中からほんの少しだけノートがはみ出ている。
そっと取り出してみると、買ったばかりのような真新しいものだった。
パラパラとめくってみると、案の定ほとんどのページが真っ白だ。
「忘れ物かなぁ」
でも、おかしい。
美術で罫線入りのノートなんて使わないのに。
真っ白のスケッチブックに、ただ好きな絵を描くだけ。
学期末に一つ作品を出せば、後は自由だ。
だから、授業が始まった今だって雑談が途絶えることはない。
いつだって賑やかな教室で、静寂を求める声もない。
そんな美術室で内職なんて……まぁ音楽を聴いていれば、できるのかもしれないけど。
「あ」
スケッチブックも開かないまま、そのノートに見入いる。
最初のページまで行くと、そこにほんの一行ばかり文字が並んでいた。
──ずっとあなたのそばにいます。White Dandelion
ただそれだけ。
「ほわいと、だんで……?」
直訳すると、白いタンポポ。
そんなもの、見たことがない。
タンポポと言えば、黄色。太陽の色。
ヒマワリよりもずっと、太陽に近いと思う。
少なくとも私の周りにあるのは、そんなタンポポだけだ。
「あなたって誰だろ」
たぶんその人へのメッセージだろう。
そう思ったら、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がした。
いや実際誰かから誰かへ宛てた手紙なのだから、見てはいけないのだけど。
私はそっとノートを閉じ、元の場所に戻した。
絵はもう少しで完成する。
これが完成すれば、今学期の作品提出の心配はなくなる。
スケッチブックを開くと、もうノートのことは頭から離れていた。
だからかもしれない。
翌週、そのままのノートを見たときに何故かドキドキしたのは。
まさか一週間経った今でも、そのノートが残っているとは思ってもいなかった。