-一章- ~七~
今回は鏡視点のお話になります。
鏡の前に現れた人物とは?そして、その後に現れたモノの正体とは?
では、どうぞ。
鏡side
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
俺は、我が目を疑った。
何故なら、目の前には一糸まとわぬ姿の哭月が、微笑を浮かべて立っていたのだから。
「な、なななななななな、哭月!?何で、ここに!?っていうか、何で裸なんだ!?」
「何でって、私は有言実行しに来ただけよ。それに、温泉なんだから裸なのは当然でしょ?」
さも、当然というように言いのける哭月。
まあ、温泉だから云々というのは確かにそうなんだが、問題はそういうことじゃない。
今の哭月はバスタオルを手に持ち、胸を隠しているという状態だ。お陰で膝下あたりまでタオルが隠しているため、問題になりそうな場所は見えていないが、それだけだ。裸ということに変わりはない。
あと、有言実行って何の話だ。
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃない!!」
「じゃあ、何?」
顎に手をあて、可愛らしく首を傾げる哭月。
「ここは男湯で、お前は女で、つーか、それ以前にお前は何でそんな平気そうな顔でっていうか、あああああああああああああああああああああああ!!!」
「ご主人、落ち着いて」
「いや、無理だから!!」
「落ち着いたわね」
「どこが!?」
って、などと漫才をしている場合ではない。
「・・・・・・・・・・・・なんの、つもりだよ。本当に」
「私は、ただご主人と一緒に温泉に入りたいと思っただけよ。邪な気持ちなんかこれっぽっちもありはしないわ」
「あったら困る」
「じゃあ、いいわよね」
む。本当なら全くよくないのだが、ここでよくないといと言っても哭月は聞きはしないだろう。哭月は冗談でこんなことはしないだろうし、何より目が本気だ。
ここは、俺が妥協するしかないだろう。後が怖いけど。
「・・・・・・分かったから、せめてタオル巻いてくれ。後ろ向いてるから」
「ふふ、後ろからしてくれるのね。分かってるわ」
「何をだよ!?」
妖しい笑みを浮かべ、哭月は頬を赤らめている。
分かってないよね。いや、分かっててやってるよね、それ!
「っ・・・ったく」
俺は後ろを向き、目を瞑る。これ以上からかわれたら敵わん。
暫くすると、隣から、チャプッ、という水音がした。
「目、開けていいわよご主人」
そう言われ、恐る恐る隣を見ると、しっかりと胸元にタオルを巻いた哭月がいた。
それを確認すると、はぁ、と安堵の溜息が出た。
「失礼ね。女の子と一緒に温泉に入っているのに、溜息を吐くなんて」
不満顔で非難の視線を浴びせる哭月。
いや、だって、ねぇ?
よく踏みとどまったと思うよ?俺。有名な大泥棒のように飛び込まなかっただけ、褒めてくれてもいいくらいではないだろうか。
「無茶言うなよ。確かに悪かったとは思うけど、こっちの身にもなってくれ・・・・・・」
また溜息が出そうになったのを飲み込む。
正直、こうしている間も心臓が激しく鼓動を刻んでいる。いくら妖怪になったとはいえ、年齢的には健全な男子高校生と変わらないわけで。
隣にこんな美女が、ほぼ裸同然でいるとなればそれも仕方ないことだろう。
それ程、哭月は綺麗だった。
ほんのり上気した頬。淡い赤みがかった肌。湯の中でも分かる見事な肢体。何より表情が穏やかで、邪な気持ちを抱いてしまった自分に、若干の罪悪感を感じるには十分だった。
「ふふ、ごめんなさい」
そう言って柔らかな笑みを浮かべ、哭月はこちらに視線を向けた。
「・・・なんだ?」
「・・・なんでもない」
クスッと微笑む哭月に、俺は頬の朱がさらに濃くなるのを感じた。
それから暫く、お互い無言で時を過ごした。
会話がないといっても、苦痛ではなかったし気まずい空気でもなかった。
むしろ、穏やかな時間。
五月蝿いくらいに拍動していた心臓も次第に落ち着いていった。
いつまでもそんな時間が続くかと思ったが、そういう訳にもいかない。
「・・・・・・・・・なあ、哭月?」
先に沈黙を破ったのは、俺。何も、沈黙に耐えかねた訳ではない。もっとこの時間を楽しみたかったくらいだ。
「何?ご主人」
「どうして、こんなことをしたんだ?」
今更、こんなことを聞かなくてもよかったのかもしれない。けれど、哭月は意味も無くこんなことはしない。必ず、何かしら理由がある筈だ。
本気でからかう事だけが目的なら、もっと徹底してやっている。
ならば、俺はその理由を知らねばならない。恐らく、俺に関係する事柄なのだろうから。
「・・・・・・私は、ご主人のことが好き」
「え?」
「勿論、ご主人と桜花については認めているし理解してもいる。でもね、それでも納得できない自分がいるの。だって、私だって桜花と同じ意味でご主人のことが好きだから。だからといって、ご主人と桜花をどうこうするつもりはないの。二人とも好きなんだもの。それでも、どこか満たされない自分がいるのも事実」
「哭月・・・」
「だからね、構って欲しかったんだ。こんなやり方は卑怯かとも思ったけど、ご主人と桜花の前で正直に言うのは怖かったから。今も怖い。ご主人に拒絶されたらどうしようって」
その言い方は、あまりにも卑怯だ。どんな想いでそれを口にしているのか、俺では想像もつかない。どんな決意の元で告白しているのか、俺も知るのは怖いのかもしれない。
「私は、二番目でもいいの。ただ、私の気持ちを知っていて欲しかった。その上で、ご主人の傍に置いていて欲しかった」
「・・・・・・・・・哭月、俺は」
何と、言えばいいのだろうか。俺も、哭月のことは好きだ。だが、それがどいうものなのか、自分でも判断がつかなかった。
ただ、正しい選択をするのなら、哭月を拒むべきなのだろう。お前の気持ちにはこたえられないと。
けれど、そんなことをすれば今の関係が崩れてしまう。一見すれば同じように見えても、その実、両者の関係には深い溝が出来ることになる。
それだけは、絶対に避けたかった。
それはきっと、哭月も俺も桜花も望んではいないのだろうから。
「すまん、哭月。今は、答えることが出来ない・・・・・・・・・・・・それは、きっと俺だけで決めてしまっていいことじゃないから」
「・・・ご主人」
「でも、俺は哭月のこと好きだぞ・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃ、露天行って来る」
そう言って、俺は早々に露天風呂へと逃げ出した。
優柔不断の臆病者と笑わば笑え。それ以外に俺が取れる行動はなかった。
「・・・・・・ん?」
露天風呂に浸かって、ふと思う。
あれ?
そういえば、これって取り方によっては、俺が哭月を誘ってるように見えないか?
その俺の懸念は的中し、ガラッという音が耳に届いた。
「・・・・・・ご主人、私」
案の定、哭月が入ってきた。しかも、タオルを解き最初と同じようにタオルで胸を隠した状態で。
「ちょ、ちょっと待て哭月」
俺は今になって、さっさと上がっていれば良かったと後悔していた。
「ご主人、私思ったの」
「な、何を?」
「この際、既成事実作っちゃった方が、桜花も説得しやすいかなって・・・・・・・・・っていうかもう我慢できない」
「何ぶっちゃけてんですか!?つーか、さっき言ってたことと違うし、てか最後の何だオイ!?」
「魂の迸り」
「んなもん知るかー!?」
「ご主人・・・・・・」
「あ、あれ?哭月さん?何か、目がマジですよ?何か潤んじゃってますよー!?」
「ん・・・」
「くっ・・・哭月」
哭月の唇が目の前に迫っている。
俺は、金縛りにでもあったかのようにピクリとも動けない。逆に、吸い寄せられているような錯覚を覚えた。
ついに、互いの唇が触れようとしたその時
「「ん?」」
『おー・・・』
何者かの視線を感じた。
『凄いですー。昼ドラですー。えっちぃです。長年ここにいますけど、ここまでのは中々お目にかかれませんねー』
「「誰?」」
『あれ?何やってんですか?さっさと、ぶちゅっとして、くんずほぐれつして見せてくださいよ~。このエロ猫と鬼畜がー、です』
俺と哭月の真横に、ナニカが存在していた。
ソレは、全体的に色素が薄く、身体がが中に浮いていた。
「「幽霊?」」
『え?もしかしなくても見えちゃってます?です?』
「「うん。というか、誰が淫猥な主従だ!!」」
『誰もそんなこと言ってないです!?』
まあ、何はともあれ、件の幽霊と思わしきモノとの接触に成功。
ただ、俺も哭月も続きをする気は削がれ若干消化不良気味だったのは言うまでもない。
今回の続きは、またの機会に持ち越し、か?
はい。そういう訳で、完結まで書き続けます。
今回は、鏡と哭月の真カップルのお話でした。まー、この二人の絡みが一番書きやすいといいますか、哭月が一番動かしやすいだけなんですけどね。もしも、「狭間の世界で」がギャルゲーだったとしたら、正ヒロインは真雪か桜花。全ルートをクリアした後で攻略可能になる真ヒロインは哭月ってことになります。
「狭間の世界で」本編において、哭月の過去を夢に見る、という話がありますが、あれは本来なら哭月ルートのみで見られる話ってことにしたいです。今ならそうしますけどね。それに相当する話として各ヒロインの過去話、あるいはシリアスっぽい感じになります。ラストは皆喫茶店を開いて終わりになりますが、桜花が連れ去られる流れになるのは、桜花と哭月ルートのみという設定です。
まあ、ようは現時点において、詳しく過去が設定されているのが哭月だけというだけなのですが。
それはさておき、鏡視点のお話はもう一話くらいあります。その後は、複数視点になる、かも?
ともあれ、サービスシーンはこれにてお終い。後はオカルトな話に。ホラーではない・・・・・・ですね。俺にホラーは書けません。はい。
多分、後三、四話くらいで終わるといいなぁ。
てことで、次回は事態が少し動きます。
では、また次回。