-一章- ~六~
今回もまるまる桜花視点のお話です。
さてさて、女風呂の珍道中は、どんな終幕を迎えるのか?
では、どうぞ。
桜花side
「円香、こっちにいたんだ」
「ああ。中は何か騒がしいな。何やってんだ?」
「・・・ん~、知らないほうがいいかも」
「は?・・・・・・まぁ、いいけど」
疑問符を浮かべながら、何かを察したのか円香はそれ以上追及してこようとしなかった。
うん。懸命だと思う。
真雪と零はともかく、実の姉があの有様じゃ、知らないほうが幸せだと思う。
「隣、いい?」
「ああ」
円香の隣に腰を下ろし、肩まで浸かる。湯気が立ちこめ、冷涼な外気が程よく頭を冷やす。
別に中と外で湯の室が違うという訳ではないが、やはり露天のほうが開放感がある。
私は、露天風呂の方が好みだ。
もう一人の私の記憶でも、湯浴みは外の方が気持ちよかった。まぁ、建物の中ではいつ人間にばれるかという緊張感があって、気の休まる暇がなかったのだけど。昔は、妖怪が営む旅館などなかったし。
「・・・・・・んー、気持ちいぃ」
思わず、気の抜けた声が出た。
真雪たちには失礼とも思うが、中では色々あって落ち着けなかった。一方、落ち着いた空気の流れる露天
は、思いのほか気持ちよく必要以上に緩んでしまったらしい。
「お、色っぽい声だな。鏡のやつがいたら襲われるぞ?」
唇の端を持ち上げて、円香が面白そうに言った。
「もう、円香までそういうこと言うの?っていうか親父くさい」
もっとも円香の場合、単にからかっているだけ、ということはその表情からも分かる。その分茜よりはマシだ。
「ほっとけ。ま、鏡が相手だったら本望か、お前の場合?」
むぅ、ああ言えばこう言う。
・・・・・・ちょっと違うかな?いや、それは置いといて。
「うん。全部受け止めちゃうよ」
出来うる限り、満面の笑顔で、語尾にハートマークがつきそうなぐらいの勢いで言ってやった。
「え?・・・・・・・・・なーんか、思ってた反応と違うなぁ」
一瞬意外そうな表情を浮かべた円香は、すぐに複雑な表情で私を見つめた。
こちらとしては、してやったりだ。
「そりゃ、夏の終わりからずっと、零や哭月にからかわれたからね。もう慣れっこだよ」
そう、本当にアレは今思い出しても腹が立つ。慣れたとはいえ、その境地に至るまでは色々苦労したのだ。
真雪や哭月は、ちょっと囁くぐらいで大したことはなかったんだけど、零はもうわざとらしく、嫌がらせともいえる行動が目立った。
それくらい鏡のことが好きだったんだろうけど、ちょっと傍迷惑だった。ブラコンも大概にしろというのだ。確かに零は可愛いかもしれないけれど、実の妹だというのに、何を考えているのだろうあの色情魔は。
・・・・・・・・・・・・口悪いとか言う人、嫌いです。
「なんとまぁ、そりゃ、ご愁傷様というか・・・・・・・・・・・・・・・はぁ、つまらんな」
言いたいことは、それだけか!
つまらん、という一言だけで済まされるのは、何か釈然としないものがある。
とはいえ、これ以上言うと喧嘩腰になって収拾がつかなくなりそうだったので、黙っていることにした。
「ふぅ。たまには、こういうのもいいな・・・・・・」
円香の呟きは、湯煙の中に静かに溶けていった。
私に向けられた言葉じゃない。多分、独り言。
それから暫く、お互い何も言わずにゆったりとした時間が流れていたのだけど、ふと円香に目を向けたとき、気になることがあった。
それは、円香の背中に刻まれた大きな傷跡。
右肩から左側の腰あたりまで真直ぐ刃物で斬られたような痕があった。色が大分薄くなって肌に近い色になっているから、相当昔のつけられた傷だろう。
私は、その傷痕から目を離せなくなった。こう、何か惹き付けられるモノがあったのだ。
「ねえ、円香。その傷・・・・・・」
「ん?・・・・・・あぁ、コレか。やっぱり気になるか。子供の頃、退魔の仕事についていってドジってな。その時の傷だ。あんまり見てて気持ちいいもんじゃないだろ?」
円香は苦笑して、まるで気にしていないという風に言い放った。
そう言おうと、内心では触れられたくない事柄であることは確かだろう。
けれど、そう理解しつつも、やはり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・触りたい。
「・・・・・・えー、あ、あの、その、円香」
「ん?どした?」
「・・・そ、その、触っても・・・・・・いい?」
「あ?・・・・・・あー、もしかしてこの傷跡か?・・・・・・・・・んー、まぁ、ちょっとだけなら」
私の視線から何をしたいのか察したのか、円香は戸惑いながらも頷いて見せた。その頬は、若干朱に染まっている。
多分、今まであまり他人に見せたことなどないだろうし、触りたいなどと言われた事もないだろうから恥ずかしいのは納得できる。
が、そんな反応を見せられては、私の胸まで熱くなる。どうにも、邪な衝動が抑えられない。
だから、零たちに触発され露天で沈静化された嗜虐心が、再び鎌首を擡げるのも仕方ないと思う。
うん、仕方ないのだ。
「・・・・・・・・・触るね?」
そう言って、そっと、傷跡を指でなぞる。
「んっ・・・・・・」
小さく可愛らしい声をあげる円香。
次は、上方の傷痕を軽く舐める。
「うひゃ!?ちょ、桜花!?」
すると円香は戸惑いの声をあげ、後ろを向こうとする。私は、それを円香の腕ごと抱きしめて阻止する。一応、私も妖怪の端くれなので、力は円香よりも強い。
「あ、む・・・」
「ひぅ!?」
暴れる円香を無視して、今度は上から下まで傷跡を舌でなぞる。
「あ、あ、あ、だめぇ、桜花ぁ」
何度も何度も舌を往復させ、丹念に舐めあげる。時折、背筋にも舌を這わせ、その度に円香が身体を震わせる。
「ふ、ん~・・・・・ふぁ、あぅ・・・・・んっ」
繰り返すうちに、次第に声音が甘くなり身体からも力が抜けてきた。無抵抗で私にされるがままの円香は、いつになく可愛く感じる。
あー、これは駄目だ。クセになりそう。
「ふふ・・・・・・円香、可愛い」
私が危ない領域に踏み込みそうになった、その時、露天風呂の扉が大きな音を立てて開いた。
「ちょーーーーーっと、桜花さん!!ナニ羨ましいこと、じゃないっ、抜け駆け、じゃなくて、ええと・・・・・・と、とにかくナニやってるんですかーーーー!!私も混ぜなさい!?」
「な、何言ってるのよあんたは・・・・・・けど、桜花。貴女もやるわね」
「はあ、はあ、はあ・・・・・・・・・・・・・・・ぐっ!」
猛スピードで突っ込んできたのは、茜。何やら凄く錯乱してるみたい。というか、最後の方本音が混じってるし。
次は真雪。こっちはゆっくり入ってきたけれど、茜の錯乱具合を見て呆れ気味だ。というか、何故に指をぺろりと舐めているのだろう?
最後に足を引きずるようにやってきたのは零だ。何やら息も荒く足取りも覚束ない。結局攻守は逆転出来なかった模様。というか、そんなに疲れているのに私にサムズアップしないでほしい。
「いやー、別になんでもないですよ?スキンシップです。スキンシップ」
パッと円香を開放し距離を取る。我ながら棒読みだとは思う。けど、ここは白をきり通したほうがいい。
欲望にかられた自分に若干嫌悪しつつ、円香にも罪悪感を覚えた。
「・・・えっと、そのゴメンね円香。こんなつもりじゃ、なかったんだけど・・・・・・本当にゴメンナサイ」
私が言えたことじゃないのは分かっているけど、他に思いつかない。後は、謝りとおすしかないかな?
「・・・・・・・・・・・・いや、いい。いや、良くはないけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クソ姉貴、いつかコロス」
えーと・・・・・・大変ご立腹なご様子で。
幸いなのは、怒りの矛先が私じゃないことか。
ご愁傷様、茜。骨は拾ってあげるよ。残っていれば。
状況が混沌としてきた時、それは起こった。
ガサガサッ
「「「「「む!?」」」」」
露天風呂の端の草薮が突然揺れた。
竹で出来た柵の向こうに草薮があり、その奥は崖になっている。
つまり、そこには何者も存在するはずがない。居るとすれば、それは・・・・・・・・・・・・
「「「「「そこぉっ!!」」」」」
草薮に向かって、氷が、雷が、白い閃光が、紅い炎が、蒼い炎が殺到する。
因みに、氷が真雪、雷が零、白い閃光は私、赤い炎が茜、蒼い炎が円香。
五条の攻撃が炸裂し、草薮は吹き飛び、着弾点と思われる場所は大きく抉れていた。
「ぎゃあああああぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!」
そして聞こえる断末魔の声。
皆で顔を見合わせ、私と真雪が恐る恐る様子を伺う。
すると、遥か崖の下には、奇妙な物体があった。
所々血に濡れ、黒こげになっているそれは
「・・・・・・銀司?」
「みたいね。ったく、あの馬鹿は・・・・・・ん?」
よく目を凝らして見ると、銀司らしき物体は私たちに向かってサムズアップしていた。
「「・・・・・・アイツ」」
ムカついたので、私は拳より一回り大きな光球を三十発ほど撃ち、真雪は人間二人分くらいの大きさの氷塊を投げつけた。
銀司からは、悲鳴一つ聞こえてこなかった。
「・・・なんだったんですか?」
首を傾げながら聞いてくる茜に、私と真雪は揃って即座に答えた。
「変態」」
その後、外から中を見れないように結界を張り、茜たちも気が削がれたのか、普通に温泉を楽しんだ。
桜花side end
つーわけで、次回からは完結までこの作品に専念することにします。どうにも旅行編が長くなってきたので、物語自体を旅行編ってことにします。まあ、後はチョコとかはその時期になったら思い出したように書こうかなーと思っています。それ以外のお話は書きあがり次第投稿しようと思います。書けばね。
で、とりあえず、桜花視点の話は今回で終わり。次回は鏡視点の話になります。多分、一話で終わると思います。
多分あと五話くらいかなーと思いますので、最後までお付き合いください。
では、また次回。