-一章- ~四~
前話のあとがきでコメディ風とか書きましたが、全然コメディじゃありません。
かといってシリアスでもないですが。
一人温泉に入る鏡。その心は?。そして女性陣の入浴シーンの続きをお送りします。
では、どうぞ。
鏡side
俺と哭月は、九凰さんに調査結果を報告した後、風呂に入ることになった。夕食まではまだ時間があり、俺たちだけが入っていなかったからだ。
九凰さんはメモを見て頭を抱えて唸っていたが、困った笑顔で送り出してくれた。
「ふう・・・・・・」
そして今、誰も居ない湯船に一人浸かっている。
「・・・・・・やっぱ、いいもんだな」
ゆったりと肩まで浸かり一人ごちる。
源泉掛け流しというのがこの温泉の謳い文句らしいが、その言葉に偽り無しといったところだろうか。
湯に体を浸けているだけで体だけでなく心まで休まる。まるで、疲れが湯に溶けて消えていくようだ。
体温が上がってきたせいか、思考が緩慢になる。何を考えるでもなく、ぼうっと目の前の虚空を見つめていた。
「・・・・・・静か、だな」
ここには、俺一人。他者が生み出す雑多な音は一切ない。
湯が流れ落ちる音と、滴る雫、湯船から零れる水音だけが室内に響き渡る。
こういう時間も、いいものだと思う。
孤独が好きとか、そういうことではない。
一人物思いに耽るでもなく、何も考えずゆったりとした時間を過ごす。
人間、たまにはそういう時間も必要なのだと思う。ま、俺は人間ではないけれど。
世の中みんな、焦って急いで忙しく、時の歩みは早く感じ、気を休める暇もない。
そんな世の中だからこそ、こういう休息が大切なのだと思う。
・・・・・・単に疲れているから、殊更そう感じているだけと言われればそれまでだが。
確かに、そんな妙なことは普段考えもしないのだから、俺も余程疲れていたのだろうか。
何にせよ、今俺は安らぎを感じている。それだけは偽りのない真実だ。
思考があらぬ方向に曲がってしまった。それも、凄く恥ずかしいことを考えていた。
どうしようもなく意味のない思考に嵌ってしまうのは、どうしたらいいものか。
んー、それだけ幸せだということだろうか。他に何か不安を抱えている訳ではないから、意味の無いことを考える。
それとも現実逃避か。幽霊調査、難航しているし。
って、そんなことはどうでもいい。それよりも、気になることがある。や、さっき気付いたことではあるのだが。
「・・・・・・つーか、銀司はどこいったんだ?」
天井を仰ぎ見ながら首を捻る。
外はもう夜の帳がおり、辺りは暗く静まり返っている。
九凰さんに報告に行った時には部屋にいなかったし、報告と桜花たちに事情を説明することに気を取られて訊くことをすっかり忘れていた。
まさか、まだ調べまわっている訳でもないだろうし、いったい何をしているのやら。
もしや、本当に覗きをして制裁を喰らって気絶しているとか?
・・・・・・ないとは言い切れない。
もしそうだとすれば、姿が見えない理由も九凰さんたちが心配しない理由も説明がつく。
哭月が悲鳴を聞いたというし、その可能性は高い。
「・・・・・・ま、いいか」
熱くなってきたので、一旦上がり湯船の縁に腰掛ける。
真実がどうあれ、その程度でどうにかなる銀司ではない。
そのうちひょっこり顔を出すだろう。傷だらけかどうかはともかくとして。
ふと、流れで銀司がここにいたらどうな風だったろうかと考える。
きっと、他愛ない会話に花を咲かせ、銀司はあらぬ妄想を膨らませ俺がそれに突っ込む、という感じだろうか。
そんな場面が用意に想像できる。
この広い湯船を一人占め出来るというのは、なかなかに気持ちがいいものだが、誰かと一緒に入るというのもまた良いものだと思う。
流石に修学旅行などで、クラス単位で風呂に入るときのような賑やかさは遠慮したいが。それはそれで楽しいのだが、俺のときはなんやかんやで逆に疲れたような記憶がある。
ま、一人にせよ多数にせよ、どちらでも楽しめるということだ。
・・・・・・・・・断じて寂しいな、とか感じているわけではない。
そうして暫く湯船の縁に腰掛けたまま水面の波紋を眺めていると、ガラガラ、という戸を開ける音が聞こえた。
恐らく、銀司だろう。
俺たちの他に予約客はいないということだし、こんな山奥に急な泊り客が来るとも考えにくい。大昔ならいざ知らず、この旅館までの道はしっかり整備されているし、暗くて危ないからという理由で一泊するなんてことはまずないだろう。全くないとは言い切れないが、そんな小説や漫画みたいなことがある訳がない。
俺は水面を見つめたまま、声をかける。少し、文句でも言ってやろうか。
「銀司、今までどこ行ってたんだ?大方、覗きでもしてたんだろ?」
すぐさま怒声が飛んでくるかと思いきや、何も応答がない。
ただ、ひたひたと足音が近づいてくる。
俺は不審に思い振り返ると・・・・・・・・・・・・
「残念。私は銀司じゃないわよ、ご主人」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
鏡side end
少し時を遡って舞台は女湯へと移る。
真雪side
「あれ、哭月は?」
「どうしたの、桜花?」
きょろきょろと辺りを見渡したかと思えば、首を傾げ何事かを呟いた桜花に声をかける。
出来るだけ波をたてないようにゆっくりと近づき、桜花の隣に腰を下ろした。
「真雪、哭月知らない?来てないみたいなんだけど・・・・・・」
何処か不安そうな表情を浮かべる桜花。
確かに言われてみれば、哭月の姿を見ていない。いつの間にか自然に消えていたものだから気付かなかった。
「私は知らないわ。まだ、脱衣所に居るってことはないでしょうしね」
体を洗い、湯船に身を浸けてもう何分になるだろう。まだ脱衣所に残っているということは考えられない。ならば、私たちと別行動をとって何処かに行ったと考えるのが自然だ。
だとすると、知っている可能性があるのは・・・・・・
「え!」
「ん?どうしたの?」
急に桜花が大声を上げるものだから少し吃驚してしまった。
なるべく動揺を表に出さないように気をつけながら尋ねた。
「うん。もう一人の私が教えてくれたの。何故かはまだ詳しく聞いてみないと分からないけど、鏡について行ったみたい」
「・・・・・・そう」
何でそれをもっと早く言わなかったのかと問いただしたいところだが、桜花が何者かと喧嘩しているかの如く表情を動かすものだから何も言えない。多分、もう一人の桜花と話しているのだろう。
はたから見ると、一人で百面相しているようにしか見えない。少し面白い。
良心的な考え方をすれば、恐らくもう一人の桜花は私たちが哭月が消えたことに気付いていたと思っていたのだろう。どうしてそう思ったのかは疑問ではあるが。
悪心的な考え方をすれば、もう一人の桜花は哭月と示しを合わせてわざと黙っていたか、何も知らずに温泉を堪能する私たちを嘲笑っていたか、という感じだろうか。
まあ、それはないだろうけど。
私の思う限り、もう一人の桜花も鏡に懸想している。
だとすれば、今回の抜け駆けに近い哭月の行動を黙ってみているとは考えにくい。それでも彼女が黙っているとなれば、何らかの事情がある筈だ。
彼女が目を瞑るほどの事情があるのだとすれば、よっぽどのことだ。
それを桜花に訊きたかったのだが、まだ一人百面相を続けている。
仕方ないので、事情を知っていそうな人物に直接訊いてみることにする。
「九凰さん、少し聞きたいことがあるのだけど」
「ん、何ですか?」
九凰さんはタオルを頭に乗せ、良い意味で気の抜けた穏やかな表情をしていた。その上気した頬と表情はは色っぽさを演出し魅力を惹きたて、湯の中で見えにくいがそれでも分かる豊満な胸と肉体が私の目に突き刺さった。
腹立たしいほどに完璧だ。自分と比較するのが嫌になるくらい。埋めようのない差があることを実感してしまう。
少なからずイラっときて、悪戯したい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。
訊かねばならないことがある。憂さ晴らしはその後だ。
何故、九凰さんに尋ねるのかといえば、答えは単純。この宿を手配したのは九凰さんだ。私たちしか客がいないというのはどう考えても不自然だし、何か知っているに違いない。最もきな臭いのはこの旅館なのだ。
「哭月の姿が見えないのだけど、知らない?」
「ああ、それでしたら・・・・・・」
・・・・・・結果的に言うと、案の定元凶は九凰さんだった。その理由は一応理解できたけど何か釈然としないものがある。
簡単にまとめると、この旅館に幽霊が出るからその退治のために情報収集が必要だったので鏡と銀司に頼み、それを聞いていた哭月が二人だけじゃ大変だろうからと手伝いを申し出て、それを許可した。何でそれを私たちに黙っていたのかといえば、せっかくの旅行を楽しんで欲しかったからとのこと。秘密裏に事を終わらせるつもりだったらしい。
その気持ちはありがたいが、教えてくれても良かったと思う。まったく水くさい。そういうことならみんなで協力すればいいのだ。
だがまあ、問題はそこではない。
問題はその一件を鏡に頼むとき、私たちからある程度距離を置いて話をしたとはいえ私たちの一団はまだ近くにおり、且つ一団の中にいた哭月がそれを聞きつけたということにある。
つまりそれが何を意味するのかというと
「よっぽど温泉が楽しみだったんですね」
清清しいほど腹が立つ笑顔で九凰さんが言った。
「あら、顔が赤いですよ。のぼせたんじゃないですか?」
邪心のない顔で九凰さんが言うが、わざと言ってるんじゃないだろうな。こいつ、絶対分かっていて言っているだろう。
確かに私の顔は赤いだろうが、それは決してのぼせたからじゃない。今私を支配しているのはどうしようもない羞恥心だ。
一緒に居た哭月が気付き、その他の私を含めた全員が気付かなかった。つまりそれは、目前の温泉に気を取られていたということの証明だ。年甲斐も無くはしゃいでいたとわけだ。
悔しいが、返す言葉がない。この場合、気付かなかった私たちにも非がある。
それに、今更手伝いに行ったところでどうしようもない。色々と台無しにしてしまう。
「いいえ、気のせいじゃない?」
そう言い返すのが精一杯だった。引き攣った笑顔でそそくさと退散しようとする。
「あ、真雪。なんかね、鏡たち幽霊退治に行ったみたい。全然気付かなかったよ。ははは、なんか恥ずかしい」
律儀に教えに来てくれた桜花が、恥ずかしそうに俯き加減で言った。やば、何この可愛いイキモノ。
もとい、しかしそうか。もう一人の桜花も、鏡たちの会話はしっかり聞こえていたらしい。桜花が気付かなかったのは、耳に音が入っていても桜花自身の意識がそれを認識せず外に追いやっていたからだろう。
耳いいんだな。妖怪って。
「そうらしいわね。今九凰さんに聞いたわ」
「ふえ?」
可愛らしく小首を傾げる桜花。
・・・・・・・なんというか、この手の仕草は男にしか効果ないと思ったが、そうでもないらしい。
お陰で、今まで感じていた苛立ちも何処かへ吹き飛んでしまった。
顔はあどけなさを残すものの逆にそれが可愛らしさを引き立て、対照的に起伏のある女性らしい身体とのバランスが絶妙だ。肌には赤みがさし、艶っぽさが増している。おまけに無防備な姿を晒し、この仕草。仕草にわざとらしさなど一切なく、らしいとさえいえる。
全くいやらしさは感じないが、その一方で妖艶さと可愛らしさが同居している。
ああ、抱きしめたい。九凰さんとは違う動機で悪戯したい。
そりゃ、鏡も落ちるわ。
チラッと九凰さんと見ると、笑っていた。ただし口元はいやらしく歪んでいたが。
すると、私の視線に気付いたのか、九凰さんと視線が交わった。
その瞬間、九凰さんが視線で語りかけてきた。私も視線に意思を込め、アイコンタクトを試みる。
茜『やりますか?』
雪『やっちゃいましょう』
茜『手筈は?』
雪『私が後ろにまわりこむから・・・・・・』
茜『私は前で・・・・・・・』
雪『よし、それでいきましょう』
茜『では・・・』
雪『ええ・・・』
視線の交錯は一瞬。互いの役割を確認し合い、行動に出ようとする。
だが・・・・・・
「あ、真雪後ろ!」
「・・・・・・え?」
桜花が私を、正確には後ろを指差し叫ぶが、既に動き出していたので反応が遅れた。
こちらの思惑に気付いた?いや、それはないか。本能的に危機を感じ取ったとしても反応が早すぎる。
ならばいったい何が?
慌てて振り返ると、そこには・・・・・・
真雪side end
すいません。書いてて長くなったので、お約束なサービスシーンは次話に持越しです。
今回の話については書く事はあんまりないです。ちょっと語らせようと思ったらこんな感じになってしまいました。
あと、茜と真雪のアイコンタクトの語り合いの場面ですが、『』内が会話の内容です。また、茜はもちろん九凰茜を、雪は真雪を表しています。
次回は少し事件が動くかも?続きの展開は予想できるとは思いますが、多分予想通りの展開になるかと。超展開とかはないのであしからず。
では、また次回。