-一章- ~零~
各章の零は今回のような内容になります。
実際の過去の話は次回からです。
では、どうぞ。
それは、何の前触れもなく訪れた。
「お兄ちゃん、私を雇って~!!」
喫茶店、狭間の世界。
麗らかな午後の一時を過ごしていた彼、ここのマスターでもある春園鏡は、突然扉を蹴り開けた珍客に目を白黒させた。
「ちょっと、お兄ちゃん聞いてる?今度こそ私をここで働かせてもらうからね」
珍客の正体は春園零。鏡の妹で、現在別々に暮らしている。
「帰れ」
「ひっどーい。お客様に向かってそれはないんじゃないの?」
「普通の客は開口一番に、雇って、などと言わん」
「でもほら、人手が大いにこしたことはないんだし。私なら看板娘としても十分に」
「それなら間に合っているわよ、零。相変わらずね」
「あ、哭月久しぶり。元気してた?」
新たな登場人物の名は哭月。哭月はウエイトレスとしてこの店で働いており、零とも旧知の仲だった。
哭月こそ、狭間の世界の看板娘の一人だ。看板娘は他に二人いて、これ以上誰かが入り込む余地はない。
「ええ。ご主人に可愛がってもらってるわ」
「ぶっ!?おいこら、哭月。なんてことを言うんだ!?」
「そっちも相変わらずみたいね。羨ましいったらありゃしない」
「・・・で、お客様。用がないのでしたら本当に帰っていただけませんか?・・・世間話をしに来たのならもう少し待っててくれ。見ての通り俺は今仕事中なんでね」
「ぶぅ、お兄ちゃんのいじわる・・・・・・えと、紅茶とケーキお任せで」
「畏まりました。紅茶とケーキですね・・・ったく最初っからそう言えばいいのに」
「そういう訳にはいかないわよ。それで、話は戻るけど、雇ってくれる?」
「駄目」
「むぅ~、ケチッ!」
それから、零と哭月は仲良さげに思い出話に花を咲かせていた。
鏡は、それを遠目に見つめて溜息を吐いた。
鏡とて、その話に加わりたい。長く離れて暮らしていた妹との再会だ。話したいことはいくらでもある。幸い、今はさほど店も忙しくないため少し話をするくらいなら問題ない。
なのに鏡が話しに加わらないのは、彼女たちの話題が何故か自分中心であったためだった。他にいくらでも話題はあるだろうに、何故よりによって自分を話題にするのか。当人が近くにいるというのに。
コレでは会話に入りづらい。
「仕事しろよ・・・」
呟きが虚しく空を漂う。その声は哭月には届かない。
「ねえ、お兄ちゃんあの後って本当に色々あったよね~」
「・・・・・・・・・・はい?」
「はい?っじゃなくて・・・話、聞いてなかったの?」
うわ信じられない、みたいな表情を浮かべる零。
鏡にしてみれば、いきなり話しかけられて、どう返答すればいいのか分からぬのに、その態度には少し傷ついた。何故か自分が悪いような気がしていた。
「・・・理不尽だ」
その呟きもまた、彼女たちにつく前に霧散する。
「もう!だから、お兄ちゃんたちが結ばれて、騒動が起きるまでの話よ。半年とちょっとしかなかったけど、毎日色々あったじゃない」
「そういえば、そうだな。確かに、色々、あったな・・・・・・・・・」
鏡は過去に想いを馳せる。
思えば、濃密な半年だった。今とは違う大切な、幸福な時間。
「みんなで旅行に行ったこともあったよね」
「ああ、ありゃ大変だったな。確か・・・」
鏡の脳裏に、とある旅館での出来事が再生された。
それは、北に位置するある旅館で起きた出来事。
長らくお待たせしてすいません。本編がようやく完結しましたので、こちらを書き始めようと思います。
で、なんですが、この作品は本編の外伝、番外編などを来客たちとの思い出話という形で書いていきます。内容自体は本編と同じような主人公視点の一人称で書きますが、~零~だけは違い、今回のような進め方をします。
まあ、詳しい説明は次回のあとがきで。
新たな狭間の世界をよろしくお願いします。
では、また次回。