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(ゴツン!と机に書類を置く音)


「…………」


受付カウンターの向こうで、ミーシャはゆっくりと顔を上げた。眼鏡が冷たい光を反射する。彼女の視線は、今朝もニヤニヤと頼みごとをしに来たコウタと、その斜め後ろに無表情で立つセシリアを、交互に見た。


長いため息がひとつ。


「コウタさん。あなたの『チート』が何なのか、私は知りませんし、興味もありません」


淡々とした、しかし確実に疲れた色の混じった声で、彼女は言った。


「ですが、あなたの『検証』が、他のギルドメンバーの邪魔にならない、かつ、あなた自身が怪我をしない──そして何より、セシリアさんが過度に心配する必要のない任務……」


ミーシャは書類の山から、わざとらしく一枚を選び出して、コウタの前に滑らせた。


「……これなど、いかがでしょう」


コウタが目を輝かせて書類を掴み、読み上げる。


「『街の薬草園へ、薬用ミミズの採取のお手伝い』……!」


「おお! これだ! 自然の中で、汗を流して働く男! 薬草園には優しいお姉さんガーデナーもいるかもしれない! しかもミミズ! 地面を這うあの生き物! あれって、女子ってなんか引くじゃん? でもオレは平気だってカッコつけられる! 一石二鳥だぜ!」


コウタは勝ち誇ったように拳を握りしめる。しかし、ミーシャの表情は変わらない。むしろ、少し憐れむような目をしている。


「薬用ミミズは、魔力を帯びた特殊な種で、通常のミミズより少し大きく、色が金色がかっています。扱いには少しコツが必要で、素手で触ると……『ぷるぷる』と震え出す性質があります」


「な、なるほど! 『ぷるぷる』か! つまり、かわいこちゃんが『きゃー!』って震えながら、オレのところに飛び込んでくる可能性も……!」


「……正確には、ミミズが震えると、それが微弱な鎮静魔力を放出し、触れた人間をほんのり眠くさせます。特に初めて触る人は、気持ちよすぎてその場で寝落ちするケースが、過去に17件報告されています」


「……」


コウタの笑顔が一瞬で固まる。


「でも!」ミーシャは続けた。「採取自体は単純で、危険はほとんどありません。広い薬草園なので、もしあなたが『検証』の途中で寝落ちしても、他のスタッフがすぐには見つけられないでしょう。……十分、『検証』に集中できる環境かと」


ミーシャの言葉には、「変なことを始めて寝てても、誰にも迷惑かけずに済むから、とりあえずそこで大人しくしていて」 という、事務的な慈悲が込められていた。


「ち、ちがうんだ! オレはモテる男としてのチートを検証したいんだ! 寝落ち任務なんて…」


「コウタ」

背後から、静かな声がする。

セシリアが一歩前に出て、薬草園の依頼書をちらりと見た。

「…この任務、私も同行します」

「なんでだよ!?」

「ミミズの鎮静効果は、人によって差があります。コウタがもしその場で眠って、そのまま野垂れ死にでもしたら困りますから」

「野垂れ死に!? そんなわけねえだろ!」

「予防です。それに…」

セシリアはミーシャと一瞬目を合わせる。ミーシャはごく軽く、ほぼ見えないほどにうなずいた。

セシリアはコウタを見つめ、ごく自然に言う。

「…私、金色のミミズ、少し触ってみたいです。一緒に行ってくれませんか?」


(…………!?)


コウタは息を呑んだ。セシリアが、自分から何かを「やりたい」と言うなんて、そうあることじゃない。それに、なんか…「一緒に行ってくれませんか」って…そんな風に頼られると、断れないじゃんか!


(ちっ、セシリアがいると、女の子が寄ってくるわけねえよな…)

(でも…でも、セシリアの「やりたい」を叶えてやる男、ってのもカッコよくね…?)


ジレンマに陥るコウタ。ミーシャはその様子を冷静に見つめながら、受付の下から小さな袋を取り出した。


「これは、特製の耐魔力の薄手手袋です。これをつければ、ミミズの鎮静効果は9割方カットできます。まともな採取作業が可能です」

(そして、あなたの変な「検証」を、セシリアさんが最小限の労力で管理できる、という意味でもあります)


「お、おう…ありがとな…」

「ただし、レンタル料として、採取した薬用ミミズの2割を徴収します。同意なら、ここにサインを」


ミーシャは、依頼書の下部を指さす。

そこには、小さくしかしはっきりと、追加条項が書かれていた。


【追加条件】依頼人コウタは、任務中、同行者のセシリアの指示に従うこと。また、薬草園のスタッフに対して、いかなる「チート検証」名目の不審な言動も行わないこと。


「………」


コウタは、神様から貰った謎のチートと、ミーシャから突きつけられた現実の制約の間で、魂が揺れる。

しかし、目の前には「一緒に行きたい」と、かすかに期待を込めて(ようにコウタには見える)こちらを見つめるセシリアがいる。


(…しまった。これ、完全にセシリアペースじゃねえか?)

(でも…まあ…ミミズ採りくらい、楽勝だろ! その隙に、ガーデナーのお姉さんにアプローチすれば…!)


「…わかった! オレがやってやるよ! セシリアのためでもあるしな!」

「ありがとうございます」

「その代わりだ、ミーシャさん! 次回来た時は、オレがモテモテな報告をするからな! その時は、デートに付き合ってもらうからよ!」


ミーシャは、無表情のまま、次の冒険者の書類を手に取った。


「次の方、どうぞ」


そう、全ては、まだ金色に光るミミズが這う、静かな薬草園での出来事に過ぎなかったのである。


 (金色の光が、土の上をぷるぷると蠢く)


「よぉぉぉし! 見てろよセシリア! これがオレの本気だぜぇ!」


薬草園の一角。コウタは耐魔力手袋を嵌めた両手を土に突っ込み、必死で金色のミミズを追いかける。ミミズは思ったより素早く、土の中をぬるりと逃げ回る。


「へっ! そこだ!」

右手を素早く動かし、土を掴む。手の中に、ぷにぷにとした感触。

「よし、捕まえた! なーんともねえよ、こんなもん!」


コウタは得意げに掴んだミミズを掲げる。確かに金色に光り、手の中でくねくねと震えている。鎮静効果は手袋でほとんど防げているが、手のひらに伝わる微かな振動は気持ちいい。


「……すごいです。本当に捕まえましたね」

セシリアは少し離れて、無表情で拍手をしている。その目は、コウタの必死な後ろ姿を追っている。


「そりゃあそうだ! オレはな、こう見えて……幼馴染みにも容赦なさすぎだぜぇ!」

「?」

「だってよ、セシリア! お前はいつもオレに優しいけど、オレはな、お前にもっともっとガツガツいかなきゃって思ってんだ!」


コウタは熱く語りながら、捕まえたミミズを腰にぶら下げた採取用の籠に入れる。そして、次のミミズを探して土をかき分ける。


「見てろ、今度はもっと大きいのを捕まえて……おっと!」


次のターゲットを見つけ、飛びかかろうとしたその瞬間、足元の石につまずき、よろめく。

「うわあっ!」

バランスを崩し、手にしていたミミズが宙に放り出される。

その軌道は、見事にセシリアの方向へ。


金色のミミズが、くるりと回転しながら、セシリアのワンピースの胸元めがけて落下する。


時間が止まったように見えた。

セシリアの碧い瞳が、ゆっくりと落下するミミズを追う。

そして──


パシッ


ごく自然に、セシリアが右手を上げ、ミミズをきっちりと空中でキャッチした。彼女は無表情のまま、手のひらの上でくねくねする金色の生き物を観察する。


「……捕まりました」

「お、おう…す、すげえキャッチだな…」

「コウタがわざと落としたのですか?」

「違う! 絶対違う! 偶然だ! つまずいただけだ!」


セシリアは一瞥をコウタに投げ、そっとミミズを自分の小さな籠に入れる。

「…私の分、ありがとうございます」


「ちっ、次こそは…!」


コウタは再び土に向かう。今度は慎重に、しかし確実に。

一時間ほど経った頃には、コウタの籠は金色のぷるぷるでいっぱいになっていた。汗だくで、泥だらけだが、どこか満足そうな顔をしている。


「はあ…はあ…どうだセシリア! オレの働きぶりは!」

「とても…活発でした」

「そ、そうだろ? で、でさ…この薬草園のお姉さん、さっき通りかかったけど、オレのこと、ちゃんと見てたよな? どう思う?」


セシリアは一瞬、遠くで草花に水をやっている中年の女性ガーデナーを見た。その女性はコウタの必死な姿を一目見て、苦笑いしながら去っていっただけだった。


「…きっと、『よく働く方ですね』と思ったでしょう」

「おお! やっぱりな! 次はもっと……あっ!」


またしても、土の窪みに足を取られ、よろめく。今度は籠ごとひっくり返りそうになる。

「うわああ!」

バタバタと手足をばたつかせ、なんとか体勢を立て直すが──

籠の中から、3匹の金色のミミズがぽろぽろとこぼれ落ち、セシリアの足元に転がり落ちた。


セシリアは低頭し、足元のミミズたちを見下ろす。

そして、ゆっくりと腰をかがめ、一匹、また一匹と拾い上げていく。


「……また、落としましたね」

「ご、ごめん! これも絶対偶然だから!」

「そうですか」

セシリアは拾い集めたミミズを自分の籠に加え、ようやく顔を上げる。

その表情は、相変わらず無表情だが…コウタには、なぜかほんのり楽しんでいるように見えた。


「……ところで、コウタ」

「ん?」

「あなた、さっきから『容赦なさすぎ』と言っていましたが」

「あ、ああ…」

「具体的に、私にどう『容赦なく』して欲しいのですか?」


セシリアは真っ直ぐにコウタを見つめ、尋ねた。

その目は、純粋な疑問に満ちている。


「え? いや、それは…つまり…もっと、オレを男として見て…ってか!?」


コウタは突然、自分の言ったことの意味に気づき、顔が真っ赤になる。

「ち、違う! そういう意味じゃねえ! もっと、オレがカッコいいところを見せたいってだけだ!」


「カッコいいところ…」

セシリアは、コウタの泥だらけの服と、汗でぺたついた前髪、それに満杯のミミズ籠を見つめる。

そして、ごく自然に、ほんのりと笑った。


「今の、十分カッコよかったですよ。ミミズを…たくさん、落とすところも」


「…………」


コウタは、言葉を失った。

(こいつ…もしかして、わざとらしくミミズ落とすの、楽しんでるんじゃねえか?)

(ってか、この笑顔…やべえ、可愛い…いやいや!)


「…はあ。もう帰ろうぜ、セシリア。オレ、なんだか…ぐったりだ」

「はい。…今日の『チートの検証』は、成功でしたか?」

「………」

コウタは籠を提げ、俯き加減に歩き出す。

(成功もクソもねえ…結局、セシリアにしか迷惑かけなかったし、モテるどころか泥だらけだ…)

(でも…なんだか、嫌じゃねえかも…)


背後で、セシリアが小さく呟く声が聞こえた。


「…また、来たいです。薬草園」


コウタは振り返らず、こっそり笑みを浮かべた。

(…まあ、それだけでも、よしとすっか)


そうして、金色のミミズと、たくさんの泥と、そしてほんの少しだけ変わった何かを籠に詰めて、二人は薬草園を後にしたのであった。


夕日が、彼らの長い影を、ぷるぷるのミミズのように揺らめかせながら。


 今回のプロンプト

 よぉぉぉしチートの検証だぜぇ


このコウタふさわしい依頼をくださいミーシャーさん

今日もかわいこちゃんに

プルプルしてらあ




 ほらほらおれば幼馴染みにも容赦なさすぎだぜぇ

と言ってミミズ捕まえまくる


たまにセシリアにおとす

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