2-3
午後9時。
カミラは華やかなドレスに身を包み、娼館『夜想曲』の扉をくぐった。
店の主人が、にこやかに迎える。
「いらっしゃい。新しい方ね」
「ええ。今夜から働かせていただくわ」
カミラは事前に、店に話をつけていた。
金を払い、一晩だけの臨時雇用という形で。
「お客様を、たっぷりと楽しませてあげてね」
「任せて」
カミラは奥の部屋へ案内された。
豪華な内装。柔らかいソファ。香の匂い。
「騎士団長様がいらっしゃったら、あなたが相手をして」
「もちろん」
待つこと30分。
店の扉が開いた。
「騎士団長様、いらっしゃいませ」
カミラは鏡で、騎士団長の姿を確認した。
中年の男。傲慢な表情。護衛を連れている。
「今夜は、新しい娘がおります」
店の主人が言った。
「ほう? どんな娘だ」
「とびきりの美人でございます」
騎士団長の目が光った。
「では、その娘を」
カミラは深呼吸した。
そして、部屋のドアが開く。
「お待ちしておりました」
カミラが妖艶に微笑んだ。
騎士団長の目が、カミラに釘付けになる。
「これは...素晴らしい」
「どうぞ、おくつろぎください」
カミラは騎士団長を部屋に招き入れた。
同時刻。
娼館の外。
ティグリスとアリアが、暗闇に身を潜めていた。
「騎士団長が入ったな」
「はい。護衛は4人、外で待機しています」
「カミラは大丈夫か?」
「信じましょう。彼女は強い人です」
ティグリスは腕を組んだ。
「それにしても、妙な作戦だな」
「男を誘惑して時間を稼ぐなんて」
「マルクスさんは、前世でこういう作戦を学んだそうです」
「ハニートラップ、と呼ぶそうですわ」
「ハニー...? まあいい」
その時、ティグリスの懐で魔石が光った。
マルクスの声が聞こえる。
『ティグリス、状況は?』
「騎士団長が娼館に入った。護衛は外で待機中」
『了解。ルーナ、ギムリ、侵入を開始しろ』
王都の反対側。
騎士団長の屋敷。
ルーナとギムリが、裏口の前に立っていた。
「時間だ」
ルーナが囁いた。
「おう」
ギムリが音消しの油を、扉の蝶番に塗る。
ルーナが鍵を開ける。
カチッ。
音もなく、扉が開いた。
「よし、入るぞ」
二人は、暗い廊下に滑り込んだ。
使用人用の通路。照明は消えている。
「警備は?」
「まだいない。交代の時間だ」
足音を殺して進む。
階段を上り、二階へ。
「書斎はこの先だ」
ギムリが先導する。
廊下の突き当たり、重厚な扉。
「ここか」
ルーナが再び鍵を開ける。
だが、今度は開かない。
「魔法錠前だ」
「俺に任せろ」
ギムリが魔法錠前解除装置を取り出した。
魔石を扉に当てる。
ジジジ...
魔力が流れる音。
そして、カチャリ。
「開いたぜ」
二人は書斎に入った。
月明かりが差し込む部屋。
奥に、大きな金庫。
「あれだ」
ギムリが金庫の前にしゃがみ込んだ。
装置を金庫の鍵穴に差し込む。
「5分、待ってくれ」
ルーナは窓から外を見張った。
「急いで。嫌な予感がする」
ギムリは黙々と作業を続ける。
汗が額を伝う。
「もうちょっと...」
カチャリ。
金庫が開いた。
「やったぜ!」
中には、大量の書類。
そして、革装の帳簿。
「これだ」
ルーナが帳簿を取り出した。
ページをめくる。
金額、日付、商人の名前。
全てが記録されている。
「決定的な証拠ね」
ギムリが偽物の帳簿を金庫に入れる。
マルクスが作った、白紙のノート。
表紙は本物そっくり。
「よし、これで気づかれねえ」
金庫を閉める。
鍵をかける。
「撤退だ」
二人は書斎を出た。
廊下を戻り、階段を降りる。
その時。
足音が聞こえた。
「まずい!」
ルーナとギムリは、物陰に隠れた。
息を殺す。
警備兵が、廊下を歩いてくる。
松明の光が揺れる。
「...誰もいないな」
警備兵が通り過ぎる。
二人は、静かに裏口へ向かった。
扉を開け、外へ。
「成功だ」
ルーナが魔石を取り出した。
『マルクス、帳簿を手に入れた』
マルクスの声が返ってくる。
『よくやった。すぐに宿へ戻れ』
『了解』
二人は、夜の闇に消えていった。
娼館『夜想曲』。
カミラは騎士団長の相手をしていた。
酒を注ぎ、微笑みかけ、言葉巧みに話を引き出す。
「騎士団長様は、本当にお強いんですのね」
「ふふん、当然だ」
騎士団長は上機嫌で酒を飲む。
「この王都で、俺に逆らえる者はいない」
「王も、貴族も、皆俺の顔色を窺う」
「まあ、素敵」
カミラは内心、嫌悪を感じながらも笑顔を崩さない。
「お前も、俺の女になるか?」
「金なら、いくらでも出す」
「嬉しいお言葉ですわ」
カミラは酒を継ぎ足す。
「でも、騎士団長様ほどのお方なら、きっと奥様がいらっしゃるでしょう?」
「あんな女、どうでもいい」
騎士団長は吐き捨てるように言った。
「俺が欲しいものは、全て手に入れる」
「金も、女も、権力も」
カミラは時計をチラリと見た。
まだ30分しか経っていない。
「もっとお話を聞かせてくださいな」
その頃、宿。
マルクスは地図を見つめていた。
魔石から、次々と報告が入る。
『ルーナです。帳簿を手に入れました』
「よし。すぐに宿へ戻れ」
『カミラです。騎士団長を引き留めています』
「あと30分、頼む」
『ティグリスです。護衛に動きはありません』
「引き続き警戒を」
セリアが心配そうに見ている。
「皆さん、無事でしょうか」
「今のところは順調だ」
マルクスは冷静に答えた。
「だが、これからが本番だ」
10分後。
ルーナとギムリが宿に戻ってきた。
息を切らしている。
「帳簿だ」
ルーナが革装の帳簿を差し出した。
マルクスは受け取り、ページをめくる。
金額、日付、相手の名前。
全てが記録されている。
「完璧だ。これが決定的な証拠になる」
ギムリが水を飲みながら言った。
「それで、次は?」
「騎士団長の始末だ」
マルクスは立ち上がった。
「全員、武器を持て」
「娼館へ向かう」
午後11時。
カミラは限界を感じていた。
騎士団長の話は、延々と自慢話が続く。
「それで、俺はその貴族を黙らせたんだ」
「金を握らせればな、誰でも言いなりになる」
「まあ、さすがですわ」
その時、カミラの魔石が微かに振動した。
マルクスからの合図だ。
「あの、騎士団長様」
カミラは立ち上がった。
「お手洗いに行ってきてもよろしいですか?」
「ああ、行ってこい」
カミラは部屋を出た。
廊下で、素早く魔石を確認する。
『カミラ、そろそろ解放しろ。全員配置についた』
カミラは部屋に戻った。
「騎士団長様、もうこんな時間ですわ」
時計は11時を指している。
「そろそろ、お屋敷にお戻りにならないと」
騎士団長は不満そうだったが、立ち上がった。
「そうだな。明日も仕事がある」
「またいらしてくださいね」
騎士団長は金貨を数枚、テーブルに置いた。
「次も、お前を指名する」
「お待ちしておりますわ」
騎士団長が娼館を出る。
護衛が馬車を用意している。
「では、戻るぞ」
馬車が動き出す。
暗い路地へ入っていく。
カミラは窓から、その様子を見ていた。
そして、小さく呟いた。
「さようなら、騎士団長」
暗い路地。
マルクスたちが、待ち構えていた。
ティグリス、アリア、ルーナ、ギムリ、セリア。
全員が武器を構えている。
「来たぞ」
ティグリスが囁いた。
馬車の音が近づく。
マルクスは剣を抜いた。
「全員、配置につけ」
ティグリスとギムリが前方。
ルーナが高所から弓を構える。
アリアが魔法を準備する。
セリアが後方で回復魔法の準備。
マルクスは、冷静に命じた。
「護衛を先に倒す」
「騎士団長は、俺が相手をする」
馬車が、路地の中央に差し掛かった。
「今だ!」
マルクスが叫んだ。
ルーナの矢が、御者を射抜く。
馬車が止まる。
「何だ!?」
護衛が叫ぶ。
ティグリスが飛び出す。
大剣が、護衛の一人を薙ぎ払う。
ギムリが戦斧を振るう。
もう一人の護衛が倒れる。
「敵襲だ! 騎士団長を守れ!」
残りの護衛二人が、剣を抜く。
だが、アリアの魔法が炸裂した。
「ファイアボール!」
火球が護衛を吹き飛ばす。
そして、馬車の扉が開いた。
騎士団長が、剣を抜いて飛び出す。
「貴様ら! 何者だ!」
マルクスが前に出た。
フードを外す。
「俺は、マルクス」
「お前を裁きに来た」
騎士団長の顔が歪む。
「裁く? 笑わせるな!」
「俺は騎士団長だぞ!」
「この王都で、俺に逆らう者は...」
「お前の罪を数えろ」
マルクスが冷たく言った。
「賄賂、暗殺、放火、子供の殺害」
「全て、知っている」
騎士団長の顔が青ざめた。
「貴様...何者だ...」
「灰色の成敗人だ」
マルクスは剣を構えた。
「お前のような悪人を、始末する者だ」
騎士団長は剣を構え直した。
「ふざけるな! 俺を殺せば、王国中が貴様らを追う!」
「その前に、お前が死ぬ」
マルクスは一歩踏み出した。
騎士団長が攻撃を仕掛ける。
だが、動きは鈍い。
酒が入っている。
マルクスは軽く避けた。
「鎧は最高級品だな。だが...」
マルクスの剣が、騎士団長の脇腹を狙う。
鎧の隙間。
「ぐあっ!」
騎士団長が悲鳴を上げる。
「ギムリから聞いた。お前の鎧の弱点」
マルクスは冷静に攻撃を続ける。
膝の裏。
肩の関節。
首筋。
全て、鎧の隙間を狙った一撃。
「く...くそっ!」
騎士団長が倒れ込む。
マルクスは剣を騎士団長の首に突きつけた。
「最期に聞く。三年前、孤児院を焼いたのはお前か?」
騎士団長は血を吐きながら笑った。
「ああ...そうだ...」
「あんな場所、邪魔だっただけだ...」
「子供たちのことは?」
「知るか...ガキが二人死んだくらいで...」
マルクスの目が、冷たく光った。
「それを聞きたかった」
剣を振り上げる。
「待て! 金を出す! いくらでも...」
「お前の金は、賄賂で得た汚い金だ」
マルクスは断言した。
「そんなもの、要らない」
剣が振り下ろされた。
騎士団長の悲鳴が、路地に響く。
そして、静寂。
マルクスは剣を鞘に収めた。
「終わった」
ティグリスが近づいてくる。
「これで、騎士団長は...」
「ああ。もうこの世にはいない」
アリアが震える声で言った。
「私たち...本当に殺してしまったんですね...」
「そうだ」
マルクスは答えた。
「これが、俺たちの戦い方だ」
「法で裁けない悪を、直接裁く」
ルーナが屋根から降りてきた。
「周囲に人はいないわ。誰も見ていない」
「よし。痕跡を消す」
マルクスは命じた。
ギムリが護衛の死体を集める。
「どうする? このままじゃ、すぐに見つかるぞ」
マルクスは考えた。
「魔物の襲撃に見せかける」
「魔物?」
「アリア、騎士団長と護衛の体に、火の魔法を使え」
「焼き払って、魔物に食われたように見せる」
アリアは躊躇した。
「でも...」
「やるんだ。これも作戦の一部だ」
アリアは震える手で、魔法を発動した。
「ファイア...」
炎が死体を包む。
やがて、原型を留めないほどに焼けた。
「これで、魔物に襲われたことにする」
マルクスは馬車を調べた。
「馬車も壊す。襲撃の痕跡を作る」
ギムリが戦斧で馬車を破壊する。
木材が砕け散る。
「よし。これで魔物の襲撃現場に見える」
セリアが祈るように両手を組んでいた。
「神よ...どうか、私たちをお許しください...」
マルクスは全員を見渡した。
「これから、王都は大騒ぎになる」
「騎士団長が魔物に殺されたと」
「俺たちは、何も知らない一般の冒険者だ」
「決して、今夜のことを口にするな」
全員が頷いた。
「では、撤退だ」
「別々のルートで宿に戻れ」
一人ずつ、暗闇に消えていく。
最後に残ったマルクスは、騎士団長の死体を見下ろした。
「お前は、子供を殺した」
「だから、俺がお前を殺した」
「それだけだ」
マルクスは背を向けた。
「前世の俺は、こういう悪人を見て見ぬふりした」
「でも、もう違う」
夜風が吹く。
月が雲に隠れる。
「これが、俺の戦い方だ」
マルクスは、闇に消えていった。
翌朝。
王都中に、衝撃のニュースが駆け巡った。
「騎士団長が魔物に襲われて死んだ!」
民衆は恐怖に震える者もいれば、密かに喜ぶ者もいた。
腐敗した騎士団長を憎んでいた者は、多かった。
マルクスたちは、宿で何食わぬ顔で朝食を取っていた。
「すごいニュースですね」
アリアが新聞を読んでいる。
「ああ。恐ろしいことだ」
マルクスは平然と答えた。
「魔物が王都近くまで来るなんてな」
ティグリスも演技をする。
ギムリがパンをかじりながら言った。
「騎士団は、これから大変だろうな」
カミラが紅茶を飲む。
「新しい騎士団長が選ばれるまで、混乱するわね」
その時、宿の扉が開いた。
黒いローブを着た女性が入ってくる。
マルクスはその顔を見て、気づいた。
「王女...アリシア...」




