2-6
一週間後。
マルクスは、初めて正装に身を包んでいた。
黒い礼服。白いシャツ。
剣は、儀礼用の装飾剣。
「似合わないな」
鏡を見て、苦笑する。
前世では、スーツを着ていた。
毎日、会社に通うために。
「あの頃とは、違う意味での緊張だ」
ドアがノックされた。
「マルクスさん、準備はできましたか?」
アリアの声だ。
「ああ、行ける」
部屋を出ると、全員が正装していた。
ティグリス、ギムリ、ルーナ、カミラ、セリア、アリア。
「全員で行くのか?」
「当然だろ」
ティグリスが笑った。
「お前だけ行かせるわけにはいかねえ」
「俺たちは、仲間だからな」
ギムリも頷く。
マルクスは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
王宮への道。
豪華な馬車が、彼らを迎えに来ていた。
王女アリシアの手配だ。
「初めて王宮に行くわ」
ルーナが緊張している。
「俺もだ」
ギムリも落ち着かない様子。
カミラだけは、余裕の表情だ。
「貴族の館には慣れてるから、大丈夫よ」
セリアが祈るように手を組んでいる。
「神のご加護がありますように」
馬車は、王宮の門をくぐった。
巨大な城。
金の装飾。
衛兵が整列している。
「すげえな...」
ティグリスが感嘆の声を上げた。
馬車が止まる。
扉が開かれる。
「お待ちしておりました」
侍従が深々と頭を下げる。
「こちらへどうぞ」
一行は、長い廊下を歩いた。
赤い絨毯。高い天井。壁には絵画。
「前世で見た、ヨーロッパの宮殿みたいだ」
マルクスは思った。
やがて、大きな扉の前に到着した。
「謁見の間です」
扉が、ゆっくりと開かれる。
広大な部屋。
高い玉座。
そこに、一人の男が座っていた。
王、エドワード三世。
50代の男。厳格な顔つき。だが、優しい目をしている。
「よく来た、マルクス殿」
王が口を開いた。
マルクスは一歩前に出た。
膝をつく。
「お呼びいただき、光栄です」
「顔を上げよ」
マルクスは立ち上がった。
王は、マルクスをじっと見ている。
「そなたが、『灰色の成敗人』のリーダーか」
「はい」
「騎士団長、商人ダリウス、貴族フェルディナンド」
「三人の悪人を、そなたたちが始末したと聞いた」
「...はい」
王は立ち上がった。
玉座から降りてくる。
「よくやった」
王の顔に、微笑みが浮かぶ。
「彼らは、余の頭痛の種だった」
「だが、法では裁けなかった」
「証拠があっても、権力で揉み消される」
「証人がいても、金で黙らされる」
王は溜息をついた。
「王でありながら、余は無力だった」
「だが、そなたたちは違った」
「法を超えて、悪を裁いた」
王はマルクスの肩に手を置いた。
「感謝する」
マルクスは頭を下げた。
「恐れ入ります」
「そして、新たな依頼がある」
王は侍従に合図した。
侍従が、書類を持ってくる。
「これを見よ」
マルクスは書類を受け取った。
『密告状』
内容を読む。
目が、徐々に鋭くなる。
「これは...」
「宰相、ヴィクター・グレイの不正だ」
王の声が、低く響く。
「余の右腕であるべき男が」
「裏で、敵国と通じている」
「国を売ろうとしている」
マルクスは書類を見つめた。
「証拠は?」
「それが問題だ」
王は苦い顔をした。
「証拠はあるが、決定的ではない」
「宰相は用心深い」
「そして、権力がある」
「下手に動けば、余が失脚する」
マルクスは理解した。
「つまり...」
「そなたたちに、始末してほしい」
王は真剣な目で言った。
「宰相ヴィクター・グレイを」
「誰にも気づかれずに」
「事故死に見せかけて」
マルクスは深呼吸した。
「報酬は?」
「金貨500枚」
ティグリスが息を呑む音が聞こえた。
「そして」
王は続けた。
「そなたたちを、王家直属の密偵団として認める」
「Aランク冒険者への昇格」
「王宮への自由な出入り」
「そして、余の全面的な支援」
マルクスは仲間たちを振り返った。
(どうする?)
テレパシーで問いかける。
(やるしかねえだろ)
ティグリスの声。
(報酬が魅力的ね)
カミラの声。
(危険ですが...王様を信じましょう)
アリアの声。
全員が、頷いている。
マルクスは王に向き直った。
「お受けします」
王の顔に、安堵の表情が浮かぶ。
「ありがとう、マルクス殿」
「ただし、条件があります」
「言ってみよ」
「宰相の不正の証拠を、完全に入手します」
「そして、公表します」
「彼の死を、ただの事故にはしません」
「悪人として、歴史に刻みます」
王は驚いた顔をした。
そして、笑った。
「面白い」
「そなたは、ただの暗殺者ではないな」
「はい」
マルクスは答えた。
「俺たちは、正義を執行する者です」
「気に入った」
王は手を差し出した。
マルクスは握手した。
「では、頼んだぞ」
「必ず」
謁見が終わった。
廊下を歩きながら、ティグリスが呟いた。
「宰相か...大物だな」
「ああ」
マルクスは答えた。
「今までで、最も危険な仕事だ」
「だが、成功すれば」
「俺たちは、王国で最も信頼される存在になる」
全員が、決意に満ちた顔をしていた。
次なる標的。
宰相ヴィクター・グレイ。
王国最大の敵。
灰色の成敗人の、最大の挑戦が始まる。
宿に戻ると、マルクスはすぐに作戦会議を始めた。
机の上に、宰相ヴィクター・グレイの資料を広げる。
王から渡された情報だ。
「宰相ヴィクター・グレイ、55歳」
「30年以上、王宮に仕えている」
「権力、人脈、財力、全てを持っている」
ティグリスが資料を見る。
「こいつ、警備も凄まじいぞ」
「屋敷には常時20人の護衛」
「全員、元騎士団のエリートだ」
ルーナが地図を広げた。
「屋敷は王都の中心部」
「周囲は他の貴族の屋敷に囲まれている」
「侵入も、脱出も困難ね」
ギムリが唸った。
「今までで最も厳しい仕事だな」
カミラが資料をめくる。
「それに、宰相は用心深い」
「毒見役がいる。食事は全て検査済み」
「外出時は、常に護衛が10人以上」
セリアが心配そうに言った。
「こんな相手、本当に倒せるんでしょうか...」
マルクスは黙って聞いていた。
そして、口を開いた。
「倒せる」
全員が、マルクスを見た。
「俺には、プランがある」
マルクスはペンを取り、紙に書き始めた。
「宰相を、屋敷で殺すのは不可能だ」
「警備が厳重すぎる」
「外出時も、護衛が多すぎる」
「ならば」
マルクスは紙に図を描いた。
「宰相を、おびき出す」
「おびき出す?」
アリアが聞いた。
「ああ。宰相が、一人になる場所に」
マルクスは地図を指差した。
「王宮の密会所だ」
「密会所...?」
「カミラの調査で判明した」
マルクスは説明した。
「宰相は、敵国のスパイと定期的に会っている」
「その場所が、王宮の旧図書館」
「現在は使われていない建物だ」
カミラが頷いた。
「ええ。私が尾行して確認したわ」
「宰相は、月に一度、そこで密会している」
「護衛は、建物の外で待機」
「つまり、その時なら一人になる」
ティグリスが理解した。
「なるほど。密会中を狙うのか」
「ああ」
マルクスは頷いた。
「密会は、今週の金曜日」
「夜10時」
「俺が、テレポートで旧図書館に侵入する」
「宰相とスパイ、両方を始末する」
「そして、証拠を回収する」
ルーナが心配そうに聞いた。
「でも、護衛に気づかれたら?」
「気づかれない」
マルクスは自信に満ちていた。
「テレポートで侵入し、テレキネシスで殺す」
「音も立てない。姿も見せない」
「そして、テレポートで脱出する」
「完璧な暗殺だ」
ギムリが頷いた。
「さすがだな」
「ただし、保険も必要だ」
マルクスは全員を見渡した。
「お前たちは、旧図書館の周囲に配置する」
「もし何かあったら、すぐに援護しろ」
「テレパシーで、常に連絡を取り合う」
(了解)
全員の声が、頭に響く。
「それと、もう一つ」
マルクスは資料の束を取り出した。
「宰相の不正の証拠」
「これを、完全に回収する」
「王は、ただ殺すだけでは満足しない」
「証拠を公表し、宰相を悪人として歴史に刻む」
「それが、俺たちの仕事だ」
アリアが真剣な顔で言った。
「証拠は、どこにあるんですか?」
「旧図書館の地下」
マルクスは答えた。
「カミラの調査で、隠し部屋があることが判明した」
「そこに、全ての証拠が保管されている」
「密会が終わった後、俺が地下に潜入する」
「証拠を回収して、脱出する」
「所要時間は、30分」
ティグリスが腕を組んだ。
「リスクが高いな」
「ああ。だが、やる価値がある」
マルクスは立ち上がった。
「金貨500枚」
「Aランクへの昇格」
「王家直属の密偵団」
「全てが手に入る」
「そして、何より」
マルクスの目が鋭くなる。
「王国を裏切る宰相を、裁ける」
「前世で、俺は会社の不正を見て見ぬふりした」
「怖かったからだ」
「でも、今は違う」
「俺には、力がある」
「魔法と、仲間がいる」
「だから、戦う」
全員が立ち上がった。
「俺たちも、一緒だ」
ティグリスが言った。
「当然よ」
カミラが微笑んだ。
「仲間ですから」
アリアが頷いた。
マルクスは、仲間たちを見渡した。
「ありがとう」
「では、準備を始める」
「金曜日まで、あと三日」
「装備を整え、魔法を磨け」
「そして、完璧な作戦を実行する」
全員が頷いた。
(了解!)
テレパシーの声が、部屋に響く。
マルクスは窓の外を見た。
王宮が、夕日に照らされている。
「宰相ヴィクター・グレイ」
「お前の最期が、近づいている」
「覚悟しろ」
三日後。
王国最大の敵が、消える。
灰色の成敗人の手によって。
三日間、マルクスたちは徹底的に準備した。
カミラは、宰相の行動を細かく監視した。
毎日、変装して尾行する。
「宰相は、規則正しい生活をしています」
「朝7時に起床、夜11時に就寝」
「金曜日の夜10時、必ず旧図書館に向かいます」
ルーナは、旧図書館の周辺を偵察した。
屋根から、双眼鏡で観察する。
「護衛は8人」
「建物の四方に、2人ずつ配置」
「建物内には入らない」
ギムリは、旧図書館の構造を調べた。
古い設計図を入手する。
「地下への入り口は、書庫の奥」
「隠し扉になっている」
「鍵は、魔法錠前だ」
「俺の装置で、開けられる」
アリアは、魔法防御の有無を調査した。
魔力探知の魔法を使って、建物を走査する。
「魔法防御は...ありません」
「宰相は、魔法使いではないようです」
「つまり、テレポートもテレキネシスも有効です」
セリアは、緊急時の回復準備を整えた。
薬草、包帯、魔法の巻物。
「何があっても、すぐに対応できます」
ティグリスは、武器を研いでいた。
万が一の戦闘に備える。
「護衛と戦闘になっても、俺が食い止める」
そして、マルクス自身は。
テレポートとテレキネシスの訓練を、何度も繰り返した。
宿の屋上から、街の反対側へ。
距離100メートル。
「テレポート」
瞬間移動。
そして、戻る。
「テレポート」
何度も、何度も。
魔力消費を最小限に抑える。
イメージを明確にする。
「空間という紐を、折り曲げる」
完璧に、制御できるようになった。
次に、テレキネシス。
重い石を、遠隔で持ち上げる。
50メートル先の的に、投げつける。
「テレキネシス」
石が飛ぶ。
的に命中する。
「よし」
人型の藁人形を用意する。
首の部分に、印をつける。
「テレキネシス」
魔力が、藁人形の首を捕らえる。
そして、ねじる。
グシャッ。
藁人形の首が、ちぎれた。
「完璧だ」
マルクスは汗を拭った。
「これで、準備は整った」
金曜日。
夜が訪れる。
マルクスたちは、旧図書館の周辺に配置についた。
ティグリスは東側。
ルーナは西側。
ギムリは南側。
カミラは北側。
セリアは、少し離れた場所で待機。
アリアは、マルクスの近くで監視。
(全員、配置についた)
マルクスがテレパシーで確認する。
(東、問題なし)
(西、異常なし)
(南、OK)
(北、クリア)
(待機中)
(監視中です)
全員の声が、頭に響く。
マルクスは、旧図書館から50メートル離れた路地に立っていた。
時刻は、午後9時50分。
(もうすぐだ)
10分後。
馬車が、旧図書館の前に止まった。
太った男が降りてくる。
宰相ヴィクター・グレイ。
護衛が8人、周囲を固める。
宰相は、旧図書館に入っていく。
(標的、建物に入った)
カミラの声。
(護衛は、外で待機している)
ルーナの声。
(よし。5分待つ)
マルクスは時計を見た。
宰相が、スパイと会う。
密談が始まる。
その隙を狙う。
5分後。
(侵入する)
マルクスは深呼吸した。
魔力を集中させる。
空間という紐をイメージする。
この路地と、旧図書館の二階を結ぶ。
「テレポート」
視界が歪む。
次の瞬間。
マルクスは、旧図書館の二階に立っていた。
古い書架が並ぶ部屋。
埃っぽい匂い。
下の階から、声が聞こえる。
「...情報は、確実か?」
宰相の声。
「ええ。王の軍事計画です」
別の男の声。敵国のスパイだ。
マルクスは、静かに階段を降りた。
一階の書庫。
奥の部屋に、明かりが灯っている。
扉の隙間から、覗く。
宰相と、黒い服の男。
二人で、書類を見ている。
(標的、視認。実行する)
マルクスは手を前に出した。
魔力を集中させる。
宰相の首。
スパイの首。
両方に、魔力を巻きつける。
「テレキネシス」
目に見えない力が、二人の首を捕らえる。
「な、何だ!?」
宰相が驚く。
だが、遅い。
マルクスは、両手を同時にねじった。
グキッ。グキッ。
二つの骨が砕ける音。
宰相とスパイが、同時に倒れる。
「終わった」
その瞬間、体に強烈な光が満ちた。
キィィィン!
『レベルアップ!』
『マルクス レベル38 → レベル42』
『HP: 505 → 565』
『MP: 690 → 770』
「4レベル...!?」
マルクスは驚愕した。
宰相という王国最高位の存在。
そして敵国のスパイ。
二人同時討伐の経験値は、想像を絶していた。
『新スキル習得!』
『上級剣術Lv1 習得可能』
『テレポートLv3 習得!』
『テレキネシスLv3 習得!』
『魔力制御Lv6 習得!』
「これは...」
力が溢れてくる。
魔力の制御が、さらに精密になった。
マルクスは部屋に入った。
二人の脈を確認する。
無い。
「死んだ」
マルクスは部屋に入った。
二人の脈を確認する。
無い。
「死んだ」
机の上の書類を見る。
王国の軍事機密。
「これが、証拠か」
書類を回収する。
(標的、沈黙。証拠を回収した。これから地下へ向かう)
(了解。周囲に異常なし)
マルクスは、書庫の奥へ向かった。
ギムリの情報通り、隠し扉がある。
魔法錠前。
マルクスは、ギムリから借りた解除装置を使った。
ジジジ...
カチャリ。
扉が開く。
地下への階段。
降りていく。
狭い部屋。
金庫が一つ。
「ここに、全ての証拠が」
マルクスは解除装置を使った。
数分後、金庫が開く。
中には、大量の書類。
「これは...」
敵国との密約書。
賄賂の記録。
暗殺の指示書。
全てが、ここにある。
「宰相の、30年分の悪事か」
マルクスは全てを袋に詰めた。
(証拠、回収完了。脱出する)
(了解!)
マルクスは地下を出た。
一階に戻る。
宰相とスパイの死体を確認する。
「事故死に見せかける必要はない」
「むしろ、暗殺だと分かった方がいい」
「敵国への警告になる」
マルクスは部屋を後にした。
二階に上がる。
「テレポート」
視界が歪む。
次の瞬間、路地に戻っていた。
(全員、撤退しろ)
(了解!)




