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ブラウン夫妻

 焼けた村を後にして、レオンとエリカは森の縁にたどり着いた。焦げた匂いがまだ離れない。胸には妹の笑顔と、守れなかった光景が焼きついている。だが、立ち止まる余裕はなかった。もしかしたら聖騎士が俺たちを追っているかも知れない…


 二人はただ生き延びるために、ひたすら森を駆け抜けた。もう丸一日走っているような気がする。息を吸うたびに肺が痛い。喉は焼けつくように乾いていた。それでも、足を止める気にはなれなかった。


 レオンは拳を握りしめる。焼け落ちた村の映像が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。

 そして、腕の奥に妙な熱がある気がする……皮膚の内側で何かが脈打つような、違和感。

 そういえば、あの時の“声”はなんだったのだろうか。


ーー能力喰い(スキルイーター)。スキル奪取。


 男のでも女のものでもない機械的で冷たい声。俺の腕から鎖のようなものが伸び、敵に絡みついた感触もはっきり覚えている。だが、あれが何だったのかは分からない。現実感がなさすぎた。気づけば騎士は倒れ、俺の息は上がっていた。


「……スキル奪取ってことは、アイツのスキルを奪ったってことなのか……?」

「え? なんて言った?」

「いや……なんでもなかった。」


 エリカが振り返る。森の薄闇の中でも、その瞳は心配そうに揺れていた。


(この力が確かになるまで黙っていたほうがいいよな…)


「レオン、大丈夫? 顔色、悪いよ」

「……平気だよ」


 そう答えたものの、全身がだるい。力を使い果たしたような倦怠感が、骨の髄まで染み込んでいる。まるで身体に鉛を流し込まれたみたいだ。そして、何かを失ったような虚脱感。この違和感はあの現象がもたらしたものなのか、はたまた疲労からくるものなのか。


 レオンは黙って前を見据えた。今は考えても仕方がない。



 木々を抜けると、視界が開けた。夕暮れの光が山の端に沈みかけている。


「やっと森を抜けたな……!」

「ねえ!あそこに家があるわ!」

 小川沿いに、小さな民家が見えた。庭で草を摘んでいた年配の夫婦が、こちらに気づいて目を見開く。


「おや…お前たち……だ、大丈夫かい?」

「まさか、“異端者の村”から逃げてきたのかい?」


 やばい。逃げたほうがいいだろうか。反射的に背筋が跳ねる。確かに、俺たちは血に汚れ、火傷や擦り傷まみれ。異端者の村が異端審査にあったという情報があればそこから導き出される結論は一つだろう。


 異端者。スキルを持たない者。神に見放されたとされ、迫害の対象になっている存在。リナたちは、それだけの理由で焼かれし、異端者を庇う者もまた、迫害の対象とされる。


「えっ…と……」

「早く、家に入った方がいい」「え?」「追っ手が来たら厄介だろう?ほら、急ぎなさい!」


 戸惑うまもなく、夫婦は二人を小さな家の中へ押し込んだ。間もなく、外から金属靴の音が聞こえてくる。


「すみません。この辺に異端者の村の者が逃げてきませんでしたか?」「見てないねぇ。ねえ、ばあさん?」「見たらすぐ追い返しますよ。なんであんな穢らわしいもの達を生かしておくんだか。」


 男に受け答えする夫婦の声は穏やかだったが、よく耳をすませば微かに緊張が混じっているのが感じられた。

 それでも、追っ手の男ーーおそらく聖騎士は去っていくのがわかった。家の中には、焚き火のような安堵の空気が広がった。


「……助けてくれたんですか?」


 エリカがおずおずと尋ねると、おばさんはにこやかに微笑んだ。


「困ってる子を放っておけないだけさ」


 おばさんはマリナ。おじさんはホルンという名だった。

 家の中は古びていたが、温もりに満ちていた。棚には乾燥した薬草、壁には古い風鈴。どこか懐かしい香りがして、二人の張り詰めていた心が少しずつ解けていく。


「あんたら、異端者なのかい?」

「いいえ。俺は妹が……エリカは両親がそうでした」


 言葉にするたび、胸が痛む。マリナは何も聞かず、そっと白米を盛った皿を差し出してきた。


「食べなさい。心も体も、まずはお腹からだよ」


 炊きたての湯気が、暖かな温もりが胸に広がってゆく。


「うまっ……!」

「だろう? ばあさんの飯だけは世界を救うレベルなんだ」

「“だけは”って何さ!ほとんどのことは全部私頼りのくせに!」

「いやいや、それも含めて愛してるぜ!」

「はいはい、言うだけタダ!」


 そんな夫婦の掛け合いに、思わず笑ってしまった。

 焼け落ちた村を出てから、初めて笑った気がするーー

 ふと横を見ると、エリカも小さく笑っていた。口元に米粒をつけて。


「……エリカ、米がついてる」

「え?うそっ!?……もう、レオン笑わないでよ!」


 マリナもホルンも笑い出し、家の中に小さな笑い声が広がった。この温かさが、永遠に続けばいいのにと思った。





 夜。夫婦が眠りについた後、レオンは一人で外に出た。

 静寂の森。冷たい月光が、彼の影を細く伸ばしていく。掌の奥で、まだ何かがうずく。熱でも寒気でもない。

ーー内側で鎖が軋むような、異物の脈動。


 思わず袖をまくりあげる。そして、目を見開いた。


「……なんだ、これ……」


 腕に黒い模様が浮かんでいた。血管のように絡み合い、中心で渦を巻いている。


 ぞくりと背筋を走る寒気。


「はは……何だよ、これ。俺の中で……何かが蠢いてやがる」


 模様はまるで心臓に合わせるように脈を打ち、淡く光を放っているように見えた。その光を見た瞬間、脳裏にあの声がよみがえった。


 ——能力喰い(スキルイーター)。スキル奪取。


「奪う……? 力を……?」

 レオンは思わず笑った。恐怖か、興奮か、自分でもわからない。


「…“奪う者(スキルイーター)”か……」


 言葉にした瞬間、鎖が心の奥で鳴った気がした。金属音のようで、鼓動のようで。


「……くそっ、笑えねぇな……」


 そのとき、足音がした。レオンは反射的に袖を引き下ろし、腕を背に隠す。


「レオン?」


 エリカ身体に毛布を巻き付けて立っていた。彼女の瞳が月明かりを受けてきらめく。その視線が一瞬、レオンの袖の下に向かう。バレたか心配になったが、そうではないようだ。


「寝れないんでしょ。寒いから、風邪ひくよ」

「……悪い、ちょっと考え事をしてた」

「……リナちゃんのこと?」


 レオンは何も言わず、夜空を仰いだ。そこに散る星々が、なぜか灰のように見えた。


「もし神が本当にいるなら、これはどういう神の思し召しなのだろう……」

「レオン?」

「いや、なんでもない。独り言。」


 エリカは少し心配そうに眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。


 夜風が吹き抜ける。レオンの袖の奥で、刻印は月の光に応えるように脈動を続けていた。

ーーまるで彼のの運命を嗤うように……

ブラウン夫妻はおばさんとおじさんのことです。

今回はレオン君、厨二病感出してみました

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