奪われた日
朝日が丘の草原を金色に染めていく。風が小麦を撫で、遠くで水車がのどかに回る。鳥の囀りが微かに聞こえ、澄んだ空気が肺に満ちた。
ここは辺境の村"アーク"。王都からも遠く離れた、地図にも載らないほど小さな集落。
この村はーー"異端者"の村と呼ばれていた。
異端者。それは、スキルを持たないものたちへの蔑称。この世界では、神が人間に与えるとされるスキルが存在価値の全てを決める。身体能力を上げるスキルを持てば騎士に、治癒系のスキルを持てば聖女に。そして、スキルを持たないものは"神に見放された者"として、生きる価値すら否定される。
妹のリナや、この村のほとんどの人々は、そんな"見放された者"だった。
「リナ、みーつけた!」
「……もうっ、兄ちゃん! スキル使ったでしょ! 『気配察知』禁止って言ったのに!」
木陰から飛び出した妹リナが、頬を膨らませて抗議する。
同じ黒髪に紺色の瞳。顔立ちもどこか似ていて、仲の良い兄妹だと一目で分かる。
レオンは笑って頭をかいた。
「悪い悪い、つい……」
「つい、じゃないの! ズルはズルなんだから!」
リナが口を尖らせると、彼女の声にやわらかな笑い声が重なった。
「ほんと、レオンったら。隠れんぼでスキルを使うとか、案外大人気ないのね」
ゆっくり歩いてくるのは、幼馴染のエリカ。一言で言えば絶世の美女。腰まで届くストレートの長い髪は、ここらでは珍しい絹のような白髪。白く透き通る肌に淡い青のグラデーションのかかる大きく垂れ目な瞳は神秘的で、造形も完璧。その美貌と圧倒的なスキル『物質顕現』によって、この村の中では"奇跡の子"と呼ばれている。
(……こいつがいつも俺と一緒にいるせいで村では嫉妬の嵐だ。本当にやめてほしい。早く好きな奴作れよと思わんでもない。)
「だってリナは隠れるのが上手なんだよ」
「言い訳禁止!」
「ふふっ。相変わらず仲良いわね、二人とも」
「「よくない!」」
村では"異端者"という言葉が日常のように使われていた。王都から逃げてきた無能力者たち。スキルを持たないことで家族からも追放された者たち…皆、この地でひっそりと暮らしていた。
王国の法の外、神の加護の外ーーそれでも平穏だった。
ーーその日までは
夕方。空が血のように赤く染まった時、それは突然だった。
「聖騎士の異端審査だ!逃げろおおッ!」
誰かの絶叫が上がった瞬間、爆炎が地を揺らした。赤い旗を掲げた白銀の聖騎士たちが村を踏み荒らす。家々が燃え、炎が屋根を飲み込み、黒煙が空を覆う。悲鳴が響く。泣き声。剣戟。破壊音。
ーー地獄が、訪れた。
「リナが……!」
レオンは反射的に走り出した。『気配察知』を使う。碌にスキルアップをしてこなかった過去の自分を恨んだのはこれが初めてだった。いくつもの気配が動いているのを感じる……その中の一つに、慣れ親しんだ気配を感じた。
「いた……!」
リナの気配は、白い鎧の聖騎士のすぐそば。駆け抜ける足が瓦礫を蹴り、熱風が顔を焼く。それでも止まれなかった。
「リナッ!」
「兄ちゃん!よかっ――」
(違うッ…!リナ!後ろだよ!)
声に出す前に、リナの言葉の途中で、騎士の剣が振るわれた。光が走る。時間が止まる。
「……あ……」
リナの唇が何かを言おうと震えたが、声は出なかった。リナの胸を刃が斜めに裂き、赤が弾け、彼女の瞳から光が消えた。ーー彼女は崩れ落ちた。
地面を染める赤。小麦の香りと血の匂いが混じる。そして全ての動きが緩慢になる。
「……あ、ぁ……」
レオンの中で、何かが音を立てて壊れ始めた。息ができない。視界が歪む。足が震える。世界から音が消え、ただ妹の体が倒れる音だけが残る。絶望。
「リナぁぁぁぁぁあッ!!」
叫びは他の誰かの悲鳴によって掻き消された。
「レオン!」
後ろからエリカの声がする。彼女は『物質顕現』で壁を作り、横から迫る火球を遮った。
「逃げなきゃ!ここはもうーー」
「リナは……リナが……!」
「もう無理よ!レオン、今のあなたじゃ!」
ーー無力。その言葉がレオンの胸に突き刺さる。
この世界ではスキルがすべて。スキルの強さが、命の価値を決める。だからスキルを持たぬものは、殺されても誰も咎めない。
理不尽。これが神の秩序か。
「…ああ、ふざけるなよ……」
胸の奥に、黒い何かが流れ込んできた。憎悪?後悔?怒り?それとも悲しみ?ーーそれらが混ざり合い、ドロドロと胸の奥に侵食してくる。
目の前の聖騎士が、リナの血に染まった剣を引き抜いた。
ーーリナを殺した剣。
その刃に反射した炎が、レオンの視界を塗りつぶす。
……リナを喪った。
いや、奪われた。
なら……
奪い返すまでだ。
拳を握った瞬間、頭の奥が熱を持った。世界の輪郭が歪む。空気が揺れる。そしてーー見えた。
聖騎士の胸の奥に、"何か"が蠢いていた。光と影の存在の境界のような鎖が蠢いている。それは透き通った青い球体を、きつく縛りつけていた。
「……何だ、あれは……?」
理解するより先に、体が動いた。本能だろうか。レオンの手が勝手に伸びた。突然のことに驚いた騎士は反応が遅れた。騎士の胸に触れる。刹那、世界がひずむ。
《後天的スキル:能力喰いを獲得しました。》
"声"が頭の中に響く。
次の瞬間、鎖が生き物のようにレオンの腕に巻き付いた。強烈な衝撃が腕を貫き、全身に電流が流れたような痛みが走る。
だが、なぜかこの鎖を離してはいけないと感じ、鎖を強引に引っ張る。
(奪ってやるんだ。)
「ぐっ……ああああああああ!」
騎士が叫ぶと同時に鎖が巻き付いている球体の表面に罅が走る。罅は蜘蛛の巣のように広がり、光が漏れた。それは美しく、それでいてどこか恐ろしい。
ついに、音が弾けた。まるで硝子が砕けるような高音と鎖が引きちぎられる音。球体の内部で、色と光が瞬く間に乱れ、割れた。球体の破片は光の粒として飛び散り、鎖はレオンの腕に流れ込む。
冷たい。けれど熱い。焼けるように。だが、心地良くもあった。
《スキル奪取:筋力増強》
聖騎士は膝から崩れ落ち、空な目を開いたまま動かなくなった。動かない唇。まるで魂を抜かれた抜け殻。
レオンはその光景を見下ろしながら、胸の奥で何かが震えるのを感じた。痛みでも、恐怖でもない。
快楽に似た得体の知れない熱。
「レオン!早く!」
エリカが腕を掴む。その手は震えていたーー恐怖か、それとも……哀れみか。レオンは何も言わず、彼女とともに燃える村を駆け抜けた。熱風が背を押す。焦げた木の匂いが鼻を刺す。走って、走ってーー村を抜ける。
振り返ると、そこにはもう“日常”はなかった。小麦畑も、鳥の声も、妹の笑顔も。全部、燃えていた。
足元の大地が揺らぎ、涙が零れた。けれど、それを拭うことはなかった。夜明け前、腕に残る鎖の感触が、彼の中で確かに脈打っていた。
ーー奪い返せ。そして生きろ。
この日からレオン・アークレイドの物語が始まる。
やがて彼は、“人類の敵”ーーあるいは“英雄”として語られる。
これは、その始まりの物語である。
病気で学校行けない分、暇だから受験生だけど勉強せず書いてみた処女作です。こんなに重いのは1話だけだと思います。多分。




